12.平和


 「フォルネン、なにかおやつ無い?」

 「また厨房に来て……アル坊ちゃん、火傷でもされたら大目玉を食らうのは私なんですから、勘弁してくださいよ。いや、それ以前にそんな目にあったら申し訳が立ちません」

 「気を付けてるから大丈夫だよー。あ、パンプキンパイだ! 一切れ貰うね!」

 「アル坊ちゃん、奥様に怒られますよ」

 「大丈夫だよフォルネンしか見ていないし」


 「アル様、また勝手に厨房に来てつまみ食いしてますね!」

 「げ、マイヤ!? ま、またね!」

 「はいはい。まったくご両親に似ずやんちゃだなあ。アルバート様に似たのだろうか?」


 俺は厨房からパンプキンパイをくすねてマイヤの手をすり抜けながら呆れるフォルネンの言葉を背中に覚えた。


 まあ、血は繋がってるけど中身はおじさんだから勘弁して欲しい。


 「待ってください! 奥様に報告します!」

 「まだ追ってくる!?」


 そんな俺も5歳となり、かなり動き回れるようになってきた。

 学校に通うのは10歳かららしいので、それまでは屋敷とたまに買い物でついていく町の中がルーティンとなっている。


 ――そして


 「うわあ!?」

 「掴まえましたよアル様! それに、あまりこっちへ来ちゃダメですよ」

 「マイヤの足には勝てないかー。はい、パンプキンパイ半分」

 「もう、聞いてます? ……でも、景色はいいんですよね、ここ」


 俺が逃げた場所は屋敷の近くにある大きな川だ。

 段々分かって来たことだけど、ウチは貴族だけど領主みたいな仕事をしているわけではなく、単純にお金持ちの家くらいの感覚のようだ。

 親父の仕事は学者で植物を主に扱っているらしい。母さんは専業だけど。


 そんなウチの屋敷から少し離れたところにある川辺はお気に入りのスポットで、少し小高い位置のこの場所は遠くが見渡せる。

 川とはいえ、向こう岸までの幅は数キロに及び、向こうの世界のラプラタ川ほどではないが、かなりある。


 「向こうの大陸は別の国なんですよね。あ、船が出ましたよアル様」

 「うん。大きくなったら見てみたいけどね」


 実はこの川、大陸のあちこちに存在していて遠い真逆にも川があるらしい。

 国はその川で分断された大陸で構成されており、攻めるなら船、もしくは橋を渡るしかない。

 殆んど海のようにも見えるが、上流から下流へ『流れている』ため川なのだそうだ。


 「……」

 「どうしたのマイヤ?」

 「え? ううん、なんでもありませんよ。アル様も大きくなったなって」

 

 最近、悩み事があるような感じを見せるマイヤに尋ねてみるが、俺を膝に乗せたままゆっくりと首を振って微笑む。

 彼女ももう17歳だ、色々あるのだろうと俺は胸に後頭部を埋めながら上を向く。


 「もうちょっと大きくなりたいけどね。それじゃ、そろそろ帰ろうか」

 「そうですね! 責任を持って抱えていきます!」

 「歩けるよー!?」


 それにしても何で悩んでいるんだろう? 母さんあたりが知らないかな?



  ◆ ◇ ◆


 そんなある日のこと――


 「『水よ、そのささやかなる力を我に』<アクアフォーム>。これをこうすれば……」


 俺は直線にしか飛ばない水の泡を浮かせたり、引き寄せたりして遊んでいると、後ろで見ていた母さんが驚愕の声を上げる。


 「もうそんなにマナの制御ができるの……? うーん、アルの魔法の才能は凄いわね……」

 「右手からファイアーボールを出しながら左手でスラッシュウインドを出した時は驚いたね……」

 「あはは……」

 「よし、今度は剣術だ! ……お義父さんにきちんと教えるように頼まれているからね」

 「うん!」

 「頑張ってねアル、あなた」


 親父との剣術修行は直接剣を交えるのではなく、素振りと俺の身長に合わせた木偶人形に打ち込みをする。

 

 「たあああ!」

 「そうだ、しっかり握って相手から目を離さないように斬るんだ。急所を狙えば木の棒でも十分対処できるから、冷静にそこを叩け」

 「う、うん!」


 親父は爺さんより弱い。だけど、学者故か今のように冷静に分析する能力が高く、隙を見極めるのが格段に上手い。

 爺さんちに遊びに行った際、練習試合をしていた時に初めて『平均より強い』という理由が分かった。

 淡々と急所を攻撃して相手を倒すのは背筋が凍ったなあ。


 とまあそんな感じで、魔法も剣も少しずつではあるけど成長中。

 剣は前世の経験があるけど、しっかり剣術を教わるのは楽しく、魔法に至っては制御さえできればビギナークラスは結構使えるようになった。

 

 ……五歳にしては強いマナを持っている俺だが、これはどうもあの神の仕業かもしれない。

 たまに意識すると何か特殊能力のようなものが頭に浮かぶのだ。



 「あ、すっぽ抜けた!? ルック危ない!?」

 「え? ……あいた!? 坊ちゃん、勘弁してくださいよー、この前、奥様の好きな花を燃やしたばっかりでしょ?」

 「あ!? ちょ、ちょっとルック!?」


 庭師のルックが苦笑しながらそんなことを口走る。あれは謝っておくって言って、そのままになっていた事案だ!


 「アル~? どういうことかしら?」

 「あ、痛い痛い!? ごめんお母さん、虫を退治するのに魔法を使った時に……」

 「私達が見ていない時につかわないって言ってたわよね?」

 「マ、マイヤが居たから……」

 「まあ、あの子も知っていたのね? マイヤー!」


 その後、俺達はこってり絞られた……

 マイヤの悩みは聞けなかったけど、ま、その内でいいか。

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