1.最悪な神
――死んだ。
俺はこれからどうなるのか? 最後にそんなことを考えていたがやがて意識は飛び、そしてしばらくしてから目が覚めた。
「なん……だ? 生きているのか俺は? ここは……?」
『やあ、目が覚めたね、久我和人君』
「誰だ……!」
知らない声に意識が即座に覚醒し、転がるように起き上がって周囲を確認する。さっきまで確かに腹を抉られて死んだ、はずだ……
だけどここは庭園のような場所でまるで空気が変わっていた。
そこで背後から声がかかる。
『はは、凄い身のこなしだ。流石に裏稼業で生きてきた訳じゃない、か』
「……好きでやってたわけじゃないがな。あんた、何者だ?」
白いテーブルセットでお茶を飲みながらスーツ姿をした金髪の男が俺に笑いかけてくる。
他に――
『他には誰も居ないよ。僕と君だけだ』
「……」
見透かされている?
『そうだね、君の考えていることはだいたい。こっちへ来なよお茶でも飲みながら話をしよう』
「わかった。どうせ死んだ身だ、毒は入っていようがそうでなかろうがどっちでもいいしな」
『くく、その物言い、いいね。それに心を読まれると知ってわざと口にすることもね』
「……」
俺が対面に座ると男はパチンと指を鳴らし俺の目の前に紅茶が現れた。
少し動揺したがそれを口に含むといい香りが鼻を抜ける。
「……美味い」
『いいだろ? 僕の好きな花から作ったお茶さ』
「それで、俺に何の用だ。 そしてここはどこだ? 俺は死んだはずだ」
『まあまあ、もう時間に追われる必要も無いだろ? 復讐は終わったんだ、のんびり話そう』
「チッ」
悪態をつく俺は男が紅茶を飲み干すのを頬杖をついて待っていると、一息ついた男がカップを置いて柔和な笑みを浮かべて口を開いた。
『さて、まずは自己紹介だ、僕は‟イルネース”短い間だけどよろしく、久我和人君』
「俺の方は必要なさそうだな」
『そうだね、両親と妹を殺されて復讐に生きた君は本懐を遂げた。正直、賞賛に値するね』
「ただの人殺しだ、褒められるようなもんじゃない。終わったことはどうでもいいイルネースとか言ったな、そんな話をするために呼んだのか?」
俺が仏頂面で口を尖らせると、イルネースは目を細めて笑みを浮かべた。
『ははは、せっかちなのは嫌われるよ? ま、いいか。久我和人、享年35歳。後は僕がその魂を送れば、存在自体が消える――』
「……」
やはりそういう話かと頭の中を覗かれている前提でそんなことを考えていると、イルネースが頷いてから話を続ける。
『――予定ではあるんだけど、僕は君が面白いと思ったんだ。それで提案をしたい。僕が創った世界でもう一度、人として生きてみる気は無いかい?』
「は?」
どういうことだ? 俺は生き延びることができるのか?
『そうだよ。ただ、その姿ではなく、現地の人間……それも赤んぼうからスタートだけど記憶はそのまま引き継いで、ちょっとした能力を与えてもいい』
「それをすることでお前にメリットがあるとは思えないが……」
『くく、疑り深いね。まあ、特にメリットらしいメリットなんてない。だから君は僕の創った世界で生きて、僕を楽しませてくれないか?』
「楽しませるだと……?」
俺が苛立ちを露わにした声で威圧すると、手のひらを見せながら不敵に笑う。
『見ての通りここは娯楽と呼べるものが全然なくてね、下界の様子を見るのが一番楽しいんだ。君は君のいた世界でも異質な生き方をしてきたよね? あれはワクワクしたよ、死ぬか生きるかをあの世界で繰り広げたのはさ』
「全部見ていたのか……」
『ああ、最後の瞬間までね。そんな君を僕の世界に送ってどうなるか、それを見てみたい。退屈しのぎにはなるからね』
「断る」
『ふうん?』
俺はあっさり断るが、想定内だという顔をしてニヤニヤと笑い、指を向けてから語る。
『ま、モルモットみたいで嫌だろうなとは思うよ。ならこうしよう僕を楽しませてくれたらなにか願いを叶えてあげようかな』
「必要な――」
『例えば、妹さんを別の姿で転生させるとか、ね?』
「……」
こいつ……そんなことも出来るのか? 確かに俺はこんなところ呼ばれているわけだが、もう10年も前に死んだあいつの魂があるとは思えない……
『あるよ。彼女は凄惨な殺され方をしたから浄化まで時間がかかるんだ、だからできる。……残念だけど君の言う通り10年は経っているからここに姿を出すことはできないけど。どうする? 妹さんの次の人生はもしかしたら犬生かもしれないし猫生か、もしかしたらナメクジかもしれない。僕なら人間にしてあげることは可能なんだけど』
……どうする? この時点でもこいつにはメリットが無い。むしろ俺に利がある話ばかりだ。
俺を騙している可能性は十二分に存在するが『俺がここに呼び出された時点』で、こいつの話に応じるしか選択肢が無いと考えられる。
逃げ場がなくこいつをどうにかする力が無いという、カタギじゃない人間の事務所に連れ込まれた時と似ているなと思っていると、頷きながら顔を輝かせる。……最低だなこの神。
『なんとでも言ってくれ、それじゃ久我和人君は僕の世界で生きていく。ということでいいね』
「はあ……好きにしてくれ……今更、普通の生活ができるとは思えないが……記憶は残さなくてもいいんじゃないか?」
『ははは、その人格だから面白いんじゃないか。人一倍、人に優しく気を遣えるのに、人を殺し過ぎた人間の人格がね』
「そうかよ」
どうでもいいかと諦めてため息を吐くと、俺の体が光り始めた。
『それじゃ早速送るよ。あ、そうそう、最後にひとつ。君の恋人、怜香さんだっけ? 彼女も病気で二年以内に亡くなる予定だ』
「え……!? あ、あいつそんなことを一言も――」
『君に知られたくなかった無かったみたいだね。……そうだ、彼女も君と同じところに送ろうか!』
「やめろ! あいつは静かに休ませ――」
『……くく、じゃあね、僕はいつでも君を見ているよ――』
最後に、にたりと影のある笑みを浮かべたイルネースが見えた瞬間、俺の意識は急激に途絶えた。
『……そう、僕は常に君を見ているよ。さて、どう生きていくのか楽しみだ。せいぜい僕を楽しませてく――』
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