近付くお別れ
季節外れの雨の日が数日続いた。夏も終わることを表すように、ずっと半袖で過ごせていたのに最近では長袖だとかパーカーを着ないと寒くて辛い。
美空は、つい先日の買い物の時、誠二から長袖の服も数着買っておいてもらって良かった、と思いつつ、久しぶりの晴れの日だからと少し慌てながら洗濯物を外に干した。
誠二が会社に退職届を提出して、まもなく三日。
五日前の夜、珍しく……むしろ美空を匿い始めて初めて、誠二はその日、定時に会社を出てきた、と言った。
どうしたのか、と美空は誠二を心配した。そして誠二から会社を辞める、という旨の発言を聞くと、美空は喜ぶことはなかったが、安堵したのだった。
誠二はその翌日、退職届を提出してきたその日に、美空にこれからのことをポツポツと語った。
今月は最終出社日以外溜まりに溜まった有給休暇を消化すること、それからこの社宅からも出て、次の住居を探すこと。
それらを、美空に語った。
ずっと、長い地獄の中を歩いていた誠二の顔が、以前に比べて少しだけ明るいような気が、美空はした。
しかし誠二は、有給休暇に入ったその日でも忙しそうにいつもの時間に朝目覚めるのだった。どうせならもっとゆっくりと寝たら、と美空は言ったが、もう体が慣れてしまったんだ、と誠二は苦笑するのだった。
朝起きて、誠二はまもなく不動産屋に出掛けて行った。
この社宅から、誠二は出なければならない。それは当然なのである。誠二はもう、この部屋を借りる会社の人間ではなくなる、のだから。
誠二がようやく元気を取り戻した。いいや、美空からしたら初めて見る元気な姿。
それを見ているのは、これまでの誠二の辛そうな顔を知っているばかりに、心の底から安堵を覚えるのだった。
しかし、不動産屋に出掛けて行く頃、美空は一抹の不安を覚えていた。
まもなく誠二は、この部屋を去る。
つまりは美空も、この部屋を去らないといけなくなる。
美空は、不安だった。
誠二が引っ越した後に、果たして自分はどうなってしまうのだろうか、と。
誠二が元々美空を……パパ活女子高生を家に匿った理由は、今の会社がブラック企業だったからだ。それが理由で誠二は、一度は死んでも良いとさえ思ったのだ。
しかし、誠二はもうその会社から去る。
もう、誠二は自暴自棄になったりしないだろう。死を望むなんてこと、無くなるだろう。
そうなれば誠二は、もう美空のことは必要ではなくなるはずなのだ。
何故なら誠二は、もう破滅なんて望んでいないのだから。
美空は気付いていた。
誠二の態度を見て。誠二の口振りを見て。気付いていた。知っていた。
誠二が美空を匿った理由を。
だから美空は不安だった。
もう自分のことが、誠二は不要なはずなのだから。
誠二はもう自分を傍に置くことなんてないだろう。
もう、二人は離れ離れになるのだろう、と。
別れの日が近づいている。
久々の晴れの日なのに、美空の心は晴れなかった。
しかし、それで良かったのかもしれないと美空は思っていた。自分のようなリスクを、大人な誠二が抱える必要はないのだ。誰よりも誠二の今後の活躍を願っている美空だから、そう思わされた。
美空は、だから最後の日まで、この部屋から去ろうとは思わなかった。
最後まで。
誠二との別れの日まで。
誠二を、ずっとこの部屋で、サポートするつもりだった。
一月、美空は誠二の世話を続けた。その間の生活サイクルは最悪と言って間違いなかった。一人で誠二を待っている時間は退屈だったし、睡眠時間が少ないのも辛かった。
あの日の苦痛。
誠二には負けず劣らず、美空はもう繰り返したくないと思っていた。
しかし今、さっきまで誠二の活躍を願っている、とそう思ったばかりなのに。
美空は、内心で誠二にまだ帰ってきて欲しくない、とそう思っていた。
部屋の掃除が済んでいないからではない。
夕飯の支度が済んでいないからではない。
誠二に早く、良い部屋を見つけて欲しいから、ではない。
美空は……まだ、誠二との生活を続けたかったのだ。
誠二には自分はもう不要であること。
むしろ、自分がいない方が良いこと。
そのことに気付いているのに、美空は生活を続けたかった。
その理由は……果たして、どうしてなのか。
美空は自分の気持ちに、整理が付かなかった。
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