ランジェリー
大手衣料店を後にして、二人は約束通りにアウトレットへと歩を進めた。幸い、ショッピングモールからアウトレットの距離は近かった。ロータリーを少し歩いて、降りてきた駅を過ぎて、ほんの少し歩いたら目的はもうそこだった。
二階建てのアウトレット。
どこから回ろうか、と二人は話し始めた。平日昼間のアウトレットもまた、ショッピングモール同様にあまり人はいなかった。
「休業日様様だな」
日頃は悪感情しか浮かんでこない会社に対して、誠二は珍しく感謝の気持ちを覚えた。しかし、そのせいで仕事を思い出し、思わず俯いた。
「どうかした?」
「何も」
少女の問いに、誠二は落ち込んだ声で返答した。生憎、誠二は仕事のことになると簡単に割り切ることが出来ない。
誠二の様子を、少女が気にすることはなかった。日頃なら献身的に寄り添うが、少女は今、楽しんでいた。
「あっちっ。あっちから行こう!」
だから、誠二の気も知らずに年相応の快活なそれで誠二を引っ張った。
快活な少女のおかげで、二人がアウトレットを散策出来ない、という最悪の事態は免れた。端から、スポーツ用品店。有名ブランド店。様々なお店に入っては冷やかしし、あれが良いこれが良い、と少女は楽しそうにしていた。
「あっ」
そんな様子で楽しんでいた少女が、声を上げた。
かれこれ三十分近く落ち込んでいた誠二も、これには思わず顔を上げた。
「ど、どうかした?」
誠二が尋ねると、
「下着、買い忘れた」
少女は言った。
それは、さっきの大手衣料店での買い忘れのことを言っているのだろう、と誠二はすぐに気が付いた。
確かに少女は、誠二に匿われるに辺り、着ていた制服以外の衣類は持ち合わせている様子はなかった。だから誠二も家用にと私服を貸したのだ。
そう言えば、今日までのしばらく、少女の下着事情はどうなっていたのだろう、と邪な感情ではなく知的好奇心で誠二は思った。
考えれば考える程変態染みたことしているな、と気付いて、それ以上の思考を誠二は止めた。
「だったら、この辺で買えばいい」
幸いここは、アウトレット。ランジェリーショップの一つくらいあることだろう。
「ほら」
早速見つけて、誠二は目的のお店を指さした。
「あ……良い?」
「うん」
もし駄目と言ったら、下着なしで生活する気か? と誠二は思った。誠二は頷いて、二人は早速そのお店へと歩を進めた。
あまり、深い考えはなかった。
途中、明らかに邪な感情こそあったものの、それは異性を見る人間であれば当然のこと。つまり、当然のこと。
だから誠二は、あまり考えずにそのお店に入店しようとしたのだった。
カップルでもない男女が、そのお店に一緒に入店すること。
多分、少女は気にしていないのに……ドアを超えて、防犯用のセンサーの枠組みを超えようか、という辺りで、誠二の足はまるで接着剤で止められたように止まった。
「どうしたの?」
引っ張っていた手が動かなくなり、少女は背後で制止した男に尋ねた。
誠二は……、
「財布」
財布を、少女に手渡した。
「え?」
「……あー。その、一人で行けるよね」
「行けるけど」
「じゃあ、行ってきなさい」
「え?」
少女は戸惑った。ただ不運なことに、誠二も戸惑っていた。
なんとなく、誠二はアウェー感を感じていたのだ。
観客動員数三万人のスタジアムがあったとして、ホームのチームのファンは二万五千。アウェーのチームのファンは五千。それくらいの格差、パワーバランスを感じていたのだ。
「あそこで待ってるから」
誠二は、背後にあったベンチを指さした。
それを少女は、誠二が疲れたのだろう、と思うのだった。下着を買うことを忘れるくらい抜けた少女だが、彼女は誰よりも他人に気を遣うのだった。
「わかった」
少女は、苦笑して財布を受け取った。
「なるべく早く戻ってくるから」
「ゆっくりしてきなさい」
誠二は、そう言ってランジェリーショップに入っていく少女を見送り、ベンチへ向かい、腰を下ろした。
ふう、と一つため息を吐いた。
今日一日、まだ半日くらいしか過ぎていないのに、誠二は日頃の仕事にも勝るとも劣らない疲労を感じていることに気が付いた。
「遊ぶのにも、体力がいる」
すっかり鈍った体を労わるように、肩を回した。
ただ疲れるものの、仕事と違うことが一つ。
それは、ストレスはまるでない、と言うことだった。
誠二としても、少女とのショッピングは結構楽しかったのだ。
「この後、どうするか」
まもなくお昼ご飯の頃合い。
あまり腹は空かないが、少女がそうだとも限らない。あまりずらすのも良くないだろうし、アウトレットを見終わったら食べに行こうと誠二は思った。
その後は?
その後。
お昼を食べた後……午後は、何をするか。
まだまだ時間はたくさんある。
深夜帯まで仕事をして、その生活にも慣れた誠二だからこそ、そう思った。
何をするか。
アウトレットにあるジュースバーを、誠二は視界の隅に捉えていた。まずは、あそこで少女と一緒に何か飲むもの良いかもしれない。
その後は……。
……。
日頃、深夜帯まで働いていたとはいえ。
疲れは、溜まっていた。
「おじさん」
「……んあ」
誠二は、すっかりと転寝をしていた。
起こしてくれたのは、買い物を終えた少女だった。
誠二は。
ベンチに腰掛けながら、目の前に立つ少女を……見上げた。
少女は、ハンカチを誠二に手渡した。
アウトレットのお店の隙間を縫って、陽の光が差し込んだ。
逆光のせいで、少女の顔は見えなかった。
しかし誠二は、今少女がどんな顔をしているか、わかった。
「涎、垂れてるよ」
少女は今、いつものように献身的に誠二に接して、苦笑していた。
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