狂える物語のなすがまま

藍沢椛

『或る国の物語』

 ここはどこ? わたしは……だれ?

 



 目が覚めると私は全ての記憶を失っていた。

 

 

 

 (本がいっぱい……)

 

 ふと目覚めてからしばらくぼんやりと部屋を眺めていた。

 そうしている内にだんだんと意識がはっきりしてくると今度はたくさんの疑問が溢れ出してきた。


 一体ここはどこで私は何をしていたのだろうか。

 自分をすっぽりと覆うほどの背もたれのある豪奢な椅子に凭れていた身を起こし辺りを見回した。

 四方の壁には天井まで本棚がそびえ立ちぎっしりと本が詰め込まれていた。四方に溢れる本に圧倒される。窓は本を日光から守るためなのか、分厚いカーテンが掛かっていて部屋の中は薄暗い。

 本棚に詰め込まれた大量の本以外は古い書き物机と先程まで座っていた椅子が一脚あるだけだ。

 何故だかただの書斎というにしては不思議な威圧感のある部屋だった。

 

 私は柔らかな絨毯を現実感なく踏みしめながら部屋の外へ繋がるであろう扉まで歩いた。

 

 こくり。

 

 無意識に呼吸を飲み込むとその扉の取っ手に手を伸ばす。

 ゆっくりと取っ手を捻り扉を開くと一筋の光が差し込んだ。

 明るい外へと一歩踏み出してみれば、そこには淡い夕陽に染まる絨毯敷きの廊下があった。

 静寂に包まれたそこは人の気配を感じなかった。

 

 僅かな恐怖に阻まれつつ、ゆっくりふらふら廊下を歩く。

 自分の足音さえも柔らかな絨毯に吸収されて静かだ。――まるで音のない世界に来たかのように。

 

「だ、誰かいませんか?」

 

 静けさに恐ろしくなって震えかすれた声で問いかけてみる。しかし、その言葉に返してくれる声はなかった。

 

 長い廊下にはいくつかの扉がある。先を見れば階段もありとても広い屋敷にいるということだけは分かった。

 試しに近くにあった扉をいくつかひねってみるもどれも鍵が掛かっていて開かなかった。

 

 小さくため息をつくと、人に会うことを諦めて元いた部屋に戻った。相変わらず本に埋め尽くされた部屋は薄暗く異様な雰囲気を放っている。

 何故ここにいるのか、どうやってここまで来たのか、若しくは元々ここの住人だったのか考えてみても分からない。

 

 (ここはどこで私は誰なの? 何もわからなくて怖いよ……)

 

 何か手がかりはないかと書き物机の引き出しを漁ってみると引き出しに手鏡があった。

 取り出して鏡に自分を映す。

 そこにいたのは金糸のような艶やかな髪に空色の瞳の少女だった。顔立ちは整っているが鮮やかな色彩を纏っているわりにどことなく大人しそうな少女は不安気にこちらを覗いていた。

 

 (……やっぱり顔を見ても分からない)

 

 溜息をつきながら手鏡を裏返して置くとまた本の壁を見回した。

 

「なんだろう、ここ。図書室?」

 

 個人の邸宅にしては膨大な量の本だが部屋の外の様子を見るに公共施設の類いではなさそうだ。

 

はここに住んでるのかな?」

 

 うーんと腕を組み唸ってみるも記憶が戻る気配は全くない。人もいないし屋敷は広いのに部屋は開かないしどうしたものかと途方にくれる。

 

 カタリ。

 

 部屋の中から響いた物音にびくりと飛び上がった。

 

「な、なに?」

 

 カタリ、カタリと小さく揺れる音が聞こえる。

 怖気付きながらも音のする方へ歩いた。本棚の一角で一冊の本が小さく揺れていた。

 

「なんで勝手に本が動いてるの……」

 

 疑問に思いながらも吸い寄せられるようにその本を手に取った。

 しっかりと装丁されたハードカバーの本はなめらかな触り心地でとても良い本だと言うのが分かる。この本は丁寧に作ってもらったのだろう。私は表紙と裏表紙を確認しながら金のインクで刻された題名に触れた。

 

『或る国の物語……?』

 

 中を確認しようと表紙を開いたとき。

 本が光り輝くとそれに目が眩んだ私は再び意識をなくした。

 

 



 

 

「また……? どこなのここ……」

 

 ふと気付くと先程までの本だらけの部屋ではなかった。とても広い部屋に華美な装飾や家具がセンス良く置かれた見るからに上流階級の部屋だった。

 それでもまたひとり。

 何が起こっているのかさすがに訳が分からなすぎて困り果てていると扉を叩く音が聞こえた。

 

「は、はい!」

「失礼致します」

 

 やっと人に会える! と希望を抱いて扉を見やる。扉が開くと一人の若い男が入ってきた。

 

 (うわぁ。かっこいい)

 

 その男はスラリと背が高く顔立ちがとても整っていた。黒髪に宝石のような碧の瞳を持ったその男に、やっと人と会うことができてほっとした私は思わず見惚れてしまった。

 

「姫様? いかがされましたか?」

「ん? ひめさま? 私のこと?」

「え? ええ。姫様と言ったら貴女しかいらっしゃいませんよ。ぼんやりなさってどこか具合でも悪いのですか?」

 

 自分を指さして呆ける私にその青年は心配そうに私の額に手を遣ると熱はなさそうですねと言った。

 

「ひえっ? あ、あの! 今ちょっとぼんやりして記憶が曖昧で! えっと……ちょこっと寝過ぎちゃったみたい! えー……。えぇーっと……あなたのお名前は?」

「……キースです」

 

 自分でもどうかと思う言い訳をしながら目の前の青年に尋ねると案の定不審そうに答えられた。

 

「本当に大丈夫ですか? やっぱり医者に診てもらった方が……」

「いえ! ううん、大丈夫、です! そう、そうでした。私は姫でしたね!」

 

 本当に大丈夫なんだろうかと胡乱げに見てくるキースに話題を躱そうと必死に話題を探した。

 

「そう! 何か用事があってきたんですよね! なんでしょうか!」

「……ええ、孤児院訪問の時間でしたのでお呼びに参りました。」

「あ、そうでしたか! 分かりました!」

 

 私は孤児院に行く用事でもあったのだろうか。分からない。とは言っても全ての記憶がない今流れに乗っておいた方がいいだろうといそいそとソファから立ち上がった。

 既に現在滞在している部屋の割に比較的質素なワンピースを着ている辺り元から行く予定だったのだろう。

 

「……本当によろしいのですか?」

「え? はい。行きましょう?」

「かしこまりました……」

 

 どことなく不安そうに問いかけるキースに首を傾げながら私は頷いた。

 

「安全を期するつもりではございますが、何かありましたらすぐにお逃げください」

 

 行きの馬車の中、キースは真面目な顔をして伝える。孤児院へ行くだけなのにと思うもその物々しい雰囲気に圧され頷いた。

 

 孤児院への奉仕は貴族の女性が世間へのアピールの為に良くすることのひとつだ。崇高な目的がある女性だって勿論いるが。私は気楽に孤児院へ訪問しお土産のクッキーや靴下などを孤児院の院長へ手渡す。

 ひと通り終わった私は子ども達がいる庭で一緒に遊ぼうと近づくとそこにいた子どもたちは表情を凍らせた。

 

「おうじょさまだ……」

「こわい……」

「おぎょうぎよくしないとせっかんされるぞ!」

「折檻? そんなことしないわ。……いたっ!」

 

 怖くないよと子どもたちの緊張を解すように微笑みながらと近づこうとすると離れた場所から石を投げつけられた。石が飛んできた方向を見ると十歳くらいのまだ小さな男の子が怒りの表情でこちらを見ていた。

 

「こいつらからはなれろ、わるもの!」

「悪者……」

「そうだ! お前たちはオレたちからたくさんうばうんだ! クッキーなんかもらったってうれしくない! とうちゃんとかあちゃんをかえせ!!」

 

 また石を投げつけようとした所で男の子は護衛に取り押さえられた。純然たる怒りをぶつけられた私は呆然としていると院長が慌ててやって来て土下座しそうなほど必死に頭を下げてきた。

 

「申し訳ございません! 申し訳ございません! この子どもはすぐに処分致しますのでどうかお怒りをお沈めください!」

 

 顔を青ざめさせ謝り続ける院長に私は慌てた。

 

「怒っていないです! 大丈夫です。ただ、びっくりしただけですから。ですので、子どもを処分するなんて言わないでください」

 

 私は周りを見渡した。謝り続ける院長、護衛に抑えられながらも怒りをこちらに向け続ける子ども、こちらを見て恐怖に固まる子どもたち、訪問に同行した護衛。そのどれもが硬い表情をしていて私が歓迎される事がないのがよく分かった。

 


 あの後子どもに罰を与えることのないよう院長へ念を押し、すぐに帰ることとなった私たちは馬車へ向かう。孤児院の門の前へ付けた王家の紋章の付いた華美な馬車に乗り込む直前、遠巻きに見る街の人達の視線に気付いた。

 

「王家の……」

「王女だ……」

「次は一体何するつもりだよ……」

 

 ああ、ここでも歓迎されることはない。

 街の人達の蔑んだ表情に私は暗い気持ちになった。

 

「大丈夫ですか」

「え?」

「血が出ていらっしゃいます」

 

 石が当たった場所にキースはそっと触れた。ハンカチで拭い消毒をしてくれる。私はキースの流れるような動きをぼんやりと見ていた。

 

「知っていたんですか?」

「何がでしょう?」

「こうなるかもしれない事です」

「そう、ですね。予想はしておりました。もちろん怪我をさせるつもりはなかったのですが。申し訳ございません」

「いえ、謝らないでください。それよりも知っていて連れて来たのですか」

「行きたいと仰ったのは姫様ですが……。ですが、申し訳ございません。少しでも知っていただきたかったのです。今の街の様子がどのようであるのか。姫様にならきっと分かって頂けるかと思いましたので」

 

 馬車から見る街の様子はただ暗い。街に活気はなく人気はあまりない。城下町であるにもかかわらずだ。生気のない人間が座り込み、又は倒れ込んでいるのが見えた。

 

「……どういうことでしょうか。教えてください、この国で何が起きているのか。この国の王族が、貴族が何をしてしまったのか」

 

 今更だと思われるだろうが私は聞いた。

 私には記憶がない。正直王女だという意識もない。それでも、私が王女だと言われるからには知る必要があるのだ。

 

 馬車の中、キースは王家や貴族達がこの国で何をしてきたのかを話した。

 上流階級が好き勝手にしてきたせいで政治は腐敗し国は活気をなくし貧しくなった。疫病が流行ろうが、災害で国が荒れようが対策も補填もなく上の人間たちにのみ金が流れていった。特権階級の贅沢の為にどんどんと税収が上がり庶民は苦しみ喘いでいるそうだ。

 王家はその筆頭だった。王は戦争にしか興味がなく、王妃は夜毎夜会を開いては遊び耽り、王太子は自分の後宮に籠り贅の限りを尽くしているそうだ。そして、このままではいけないと王家に進言した忠臣達は断頭台に送られ処刑され今では王族に歯向かう人はいなくなってしまったとも。

 

 最後まで聞いた私はなんと言っていいのか分からなかった。国民を犠牲にして私は生きてきたのか。体の震えが止まらない。戦慄く口を何とか開けると言葉を絞り出した。

 

「……なんとかしなければ。少しでも改善しなければ」

「……お手伝い致します」

 

 


 それから私は出来る限り動いた。あまり目立つ人間ではなかったのだろう。王宮内で動き回る度、珍しい物を見るかのような視線をそこかしこで感じた。

 

 私はまず自分の父と兄である王と王太子を諌めようと一生懸命説得した。

 しかし、意識を変えてくれるどころかうるさいと疎ましがられ時には殴られることもあった。

 次に、疫病が流行らないようにと国中に医療所を設けようと動いた。しかし、貴族達の特権がなくなると大反発に合い計画は遅々として進まなかった。

 川の氾濫時に壊れた橋を修復出来ればと計画しても税金の無駄だと取り合ってもらえることはなかった。

 

 あれから何度も孤児院へ足を運ぶ。子どもたちは硬い表情のまま前よりも痩せこけるばかりだった。街の様子も変わりなく私は何も成せていないと打ちひしがれる。

 

「姫様は頑張っていらっしゃいます」

「……がんばるだけではダメなんです。私は何も成せていない……」

 

 どうにか改善しようと動き回る私を遂に見過ごせなくなったらしい。王に命じられ私はしばらく牢屋へ入れられた。私のことは娘とも思っていないらしい。

 腫れた頬を冷やしてくれるキースに思わず泣き言を言ってしまった。

 どうにかせねば。その気持ちだけが先行し実績が伴わない。

 どうにかせねば。飢えて死ぬ人を少しでも減らさなければ。私は気が急いていた。その焦りのせいで目立ちすぎたのだろう。今では父や兄だけでなく貴族達にも目の敵にされていた。

 

 気がつけば私の側にずっといてくれるのはキースただひとりとなっていた。

 

「姫様は本当に頑張っていらっしゃいますよ。国民の目線に立って国を変えようとなさってる」

 

 優しい言葉にうっかり絆されそうになったが、ふるふると首を振り唇を噛み締める。慰めてもらえるほど成果を出したとは思えない。それを見たキースはふっと優しく微笑み私の頭を軽く撫でた。

 

「姫様の頑張りはきっと誰かが見てくれています。きっと国は変わるでしょう。……もうすぐです」

 

 

 

 

 反乱が起きた。

 

 牢屋から出された日。牢屋から出ていいと言われ部屋に戻ろう歩いていると王宮内全体の騒がしさに気付く。

 耳をすませばあちこちから聞こえる貴族の怒号、焦る声。

 

「反乱が制圧できんそうだ!」

「反乱軍がもうすぐ王宮に来るらしい……っ」

「騎士共は何をしておるのだ!」

 

 奇襲だったのだろう。慌てふためき国外へ逃走しようとする貴族達がバタバタと王宮内を走り回っている。いつもだったら走るなど愚民のすることだとバカにしていた貴族が慌てて右往左往している様子は酷く滑稽に映った。

 

 (私も逃げなきゃ……! )

 

 ――でも、逃げるってどこへ?

 ううん、反乱が起きたのならもうする事はひとつでしょ?

 

 私ができるのは王族としての最後のケジメをつけるくらいだ。

 孤児院で石をぶつけられたあの日から私は王女だった。初めは王女としての意識が薄かった。でも、今は王家の後始末はしなければならないと思えるほどにはしっかりと王女としての自覚を持っていた。

 

「姫様! ここは危険です。どうかお逃げください」

 

 慌ただしくキースが部屋へとやって来た。反乱軍から逃がそうと来てくれたようだ。

 私は一度目を瞑り開くとゆるく首を振った。

 

「いいえ、私は王族として最後のケジメを着けます。きっと何も成せなかった私の罰です。ならば私が最後に出来るのは国民の前へ出て謝罪する事のみです。国民からの罰をしっかりと受けます」

「貴女は頑張ってこられました! 孤児院へ初めて行ったあの日からずっと。もういいのです、十分です。貴女ばかりが責任を負う必要はありません!」

 

 ここまで必死になってくれたキースに私は微笑んだ。いつも穏やかだったキースが感情を荒げ私にぶつけてきてくれたことにこんな混乱の最中だというのに嬉しく感じた。それでも私は首を振る。

 

「いいえ、これでいいのです。私はキースがいてくれたからがんばれました。何も出来なかったけど、あなたにがんばっていますと言われて心が救われました。だからキース、あなたは生きて。もうすぐ反乱軍が来ます。すぐに逃げてください。」

「姫様……っ!」

「キース、さようなら」

「……っ! ……失礼します」

 

 絞り出すような声が聞こえたと思ったら首筋に衝撃がきて目の前が暗くなった。

 

 

 



 

「ん……っ」

「お目覚めですか」

 

 朝の光が眩しい。薄く目を開いた私に誰かが声をかけた。声だけで誰なのかもう分かる。

 

「キース……」

 

 キースの声を聞き何があったのか思い出す。

 ここは王宮ではない。王女の私室よりも小さい小屋のような家にいた。寝ていた粗末なベッドだって今までのベッドの半分以下の大きさだ。

 意識を落とす前とのあまりの違いに私は慌てて外へ出た。

 

「うそ……」

 

 辺りは一面緑の草原だった。

 爽やかな風に吹かれて青々とした草花がなめらかにそよぐ。やわらかな朝日に照らされた青空は空高く雲ひとつ見えない。

 緑と青だけの壮厳なその景色に息を飲む。まるで夢を見ているようだ。しかし青く若い草と土の匂いがここは現実であることを教えてくれた。

 

 静かであまりにも綺麗なその景色に頬をひとしずく涙が伝う。

 

 広い草原の小高い丘にこの小屋は建っているらしい。王宮どころか民家さえ見えない。

 私は力が抜けてぺたりと草原に座り込んだ。

 

「ここは、王国の端です。いえ、もう王国ではないですね。最後の王は討たれ王制はなくなりました」

 

 座り込む私の背後からキースの声が聞こえる。ゆっくりと振り向くとキースは座り込んだ私を支えて立たせた。

 

「なぜですか。なぜ、私を助けたのです」

「死ぬ必要がないからですよ。貴女はよく頑張ったのです」

「そんなことない! 私は誰も助けられなかった!」

「いいえ、貴女は救いましたよ。数は少なかったかもしれませんが。貴族の反発に合いながらも医療所を建て病気の人を救いました。孤児院へ出向いては文字や計算を教えました。それだけで救われている人はいるのです」

 

 私はぼんやりとキースを見た。本当に? 私は誰かの役に立てたのだろうか。

 

「実際に姫様は認められてきていたのです。処刑しないでほしいと嘆願が来る程に。孤児院で石を投げたあの子どもからも来ましたよ。あの子は申し訳なかったと謝っていました。

 王と王妃と王太子、それから国民から搾取し続けた貴族達は断頭台へと送られました。

 しかし、罪を犯さず改革しようと頑張ってきた貴女に反乱軍は処刑を見送りました。何も罪を犯していない貴女を処刑してしまったら旧王と同じになってしまうという考えのようです」

「そっか……。お父様もお母様もお兄様も……。貴族たちも……」

「……ええ。処刑されました。もちろん悪事を働いていない貴族は残されていますが数は少ないです。……王族は貴女だけです」

「私だけ……。私、悪事を働かなかった?」

「はい」

「私、みんなの役に立ててた? 誰かを救えた?」

「はい」

「私、死ななくていいの?」

「もちろんです」

「そっか。……そうなんだ……っ」

 

 感情が溢れて涙が溢れて止まらなくなった。

 うわーんと大きな声を出して子どものように泣き崩れる私をキースは優しく抱きしめ何度も何度も背中を撫でてくれた。

 

 時間が経ち落ち着いてきて少し気恥ずかしくなった私はキースから体を離した。

 

「あの……ありがと」

「落ち着かれましたか?」

「うん、もう大丈夫」

 

 優しく問いかけるキースに私ははにかんで頷いた。

 

「……それにしてもキースは、詳しいのですね」

「え……?」

「反乱軍のこと」

「……」

「嘆願が誰から来ていたかなんて詳しいこと反乱軍の内部からじゃなければ分からないでしょう?」

「そ、れは……」

「ふふ、なんてね。知ってましたよ。キースが反乱軍の一員ということなんて。王女の情報収集能力を侮ってもらったら困るわ。初めから私を見張るためにいたのでしょう」

「ご存知、だったのですか……。申し訳、ございません。貴女をずっと裏切り続けた……」

 

 顔を青ざめさせて強ばったキースに私は首を振った。別に恨んでなんてないのだ。

 

「ううん、謝らないで。あの王国のままだったら国民はずっと苦しみ続けた。あなたたちは良くやってくれました。私は成し遂げられなかった。国を救ってくれてよかった」

「ひ、めさま……」

「私、キースが側にいてくれてよかった。見張るためだとしてもずっと一緒にいてくれたでしょう。周りが敵ばかりの中あなたに支えられていたの。私にとってあなたは敵じゃなかった。ありがとう、キース」

「姫様……っ!!」

 

 キースは思いっきり王女を抱きしめた。

 知られていた。裏切り者と知ってなお感謝を伝えられた。キースの心は苦しさと愛しさが綯い交ぜとなって全身を巡った。

 

「好きです」

「……え?」

「姫様、貴女が好きです。あの孤児院の日から貴女は変わられた。この国を変えようとずっと頑張っていらした。お側で見守ってきていつの日か姫様を支えたくなったのです。

 私は今まで貴女を見張るためにいました。反乱の日まで逃がさないように。断頭台へ送る為にいました。

 ですが、貴女は変わられました。辛くても苦しくても踏ん張り続ける貴女にいつの日か心を奪われていたのです。

 貴女は頑張った。私が姫様を断頭台へなんて送らせない……っ!」

 

 抱きしめながら全てを打ち明けたキースに私は顔を赤く染めた。

 

「貴女は走り続けました。もうそろそろ休んでもないのではないでしょうか。……出来れば私の側で」

「きーす……」

「貴方をお慕いしています。どんな目にあおうとも民を想い続けた貴女の事を見守るうちに想いが募るようになりました。側で守れなかった自分を何度歯がゆく思ったことか。今度こそ私は貴女を守りたいのです」

「……っ。嬉しい。私はこれからもキースの側にいたい。こんな気持ちは持っちゃダメだと思ってた。私も側にいてくれたキースの事好だったの。ずっと」

「姫様……! 今度は裏切りません。貴女を幸せにします」

「ふふ、嬉しい。だけど私なんかが幸せになっていいのかな」

「もちろんです。誰にも貴女に幸せになってはいけないなんて言わせません」

「キース……。貴方もずっとがんばったよ。幸せになろう、二人で」

 

 お互い目を合わせるとどちらともなく惹かれ合い目を閉じた。

 そっと唇が重なった二人を登ったばかりの朝日だけが見守っていた。

 

 きっと新しくなったこの国の未来は明るいだろう。

 優しく照らす朝日のように。

 

 ――Fin.

 

 意識が白くぼやける。泣きたくなるほどの美しい光景がだんだん遠くなり。私は再び目を閉じた――。

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