十字砲火
タンッ
威嚇とも嘲笑とも取れる弾丸が足元で跳ねる。
「これまで何度かハンターとやり合ったが、お前ほど馬鹿なのは初めてだ」
銃口に煙を残しながら、派手なアロハを着た中央の男が嘲るように声を上げていた。
その男を中心にずらりと並んだ作業員風。俺を半包囲するように取り囲んでいる。距離は約一〇メートル。都合一〇人。下卑た顔には東側のアサルトライフルが良く似合う。AKと言うよりは五六式だろう。ノリンコ製のコピー品。当たると超痛い。
本部から依頼を受け、やって来た某県のダム建設予定の現場で俺は今、地下アイドルも真っ青の大歓迎を受けていた。最近のファンは銃を突きつけるのが流行らしい。
「折角自転車で約三〇キロ走ってきたというのに、こんなもてなしを受けるとはな」
「この状態でよく無駄口が叩けるな。馬鹿だから分からないのか?」
金の無い俺は移動の全てが自転車である。普段は無理の無い距離で活動をしているが、今回遠征として県を跨ぐ。ようやく到着したと思ったらこれだ。随分と運が悪い。
軽く顔を見渡す。昔は違ったらしいが、今の妖怪は外見だけなら人間とそう変わらない。特徴と言えば眼の色が違い、肌の色が違い、人よりも身体能力が少し高いくらいである。だからこそ共存ができたと言っても良い。
もう見慣れたが、こうしてニッカボッカにライフルを手にしている姿を見ると、妖怪も随分と近代化したものだと思う。これも時代の流れだろう。
ハンターの同僚にも妖怪はいるのだが、そいつから「強力な力を持つ大妖怪でもなければ道具を使った方が早い」とあっさりと言われたのを思い出す。そんな事言いながらもそいつは「銃は性に合わない」と刃物を好んでいたが……。
それはさて置き、今回のターゲットは中央のアロハ。サングラスをしているので間違っている可能性もあるが、多分コイツだ。罪状は殺人と死体損壊、そして死体遺棄。つまり殺して食った。しかも複数人。その中には警官も含まれている。
「まあ、俺が馬鹿なのは認めるさ。けどな、そんな俺にこの程度で勝てると思っているお前等は馬鹿を通り越して大馬鹿だよ」
だからと言って正義のためにここにやって来た訳でもなければ、気取る訳でもない。する事はコイツ等と同じ。所詮は単なるドブさらい。
故に──
腰に差したホルスターのロックを解除して、愛銃を引き抜く。セフティを倒しながら目線の位置へ。腕を伸ばしながらのサイティング。真っ直ぐに伸びた瞬間、ハンマーが倒れ手に衝撃が伝わった。
タンッ
マズルフラッシュが閃き、射出された鉛の塊。目標は勿論アロハ。寸分違わぬヘッドショット。一秒にも満たない早撃ちでこのパーティーに鮮血という名の彩を添える。
──だが、
「ふん、無駄な足掻きを。苦し紛れに俺様を狙うくらい分かっていた。それだけに詰まらんな。今回はもう少し骨のある奴だと思っていたのに」
それは次の機会へ。
何事も無かったかのように首を振って避けたかと思うと、不機嫌そうな態度で俺を見下した発言をする。
大半のターゲットなら即終了となるクイックドロウ。事前に警戒していたからといって、そう簡単に回避できるものではない。やはり俺をあっさりと取り囲む手際の良さと言い、これまでの相手とは違う。あの時のコーヒーからケチが付いたようだ。面倒な事になった。
「試してみるか?」
それでもそんな事はおくびにも出さずに強気でいく。奇襲が失敗したなら今度はタイマン勝負という具合だ。当たり前ではあるがこの数で大立ち回りなどしたくないからだ。
しかしその願いは届かない。
「コイツ等を倒せたらな。お前等、やれ!」
もう既に見切りを付けたのか、「お前には興味が無い」とで言いたげな素振りで後ろに下がりながらの一声。瞬間、手下のニッカボッカの持つ五六式の銃口から一斉に火が吹いた。
もし、コイツ等が俺を完全に取り囲んでいたなら、フレンドリーファイアを恐れて発射にも遠慮があったろう。だが今は半包囲状態。好きなだけぶっ放せる。理想的な十字砲火が可能だ。秒間一〇発の弾丸が雨あられと降り注いでくる。
「チッ、面倒な」
最早覚悟を決めるしかない。この仕事くらいは省エネで終わらせたかったが、今回も叶わない。全ては命あっての物種。そう自身を納得させ、握り込んだグリップから手を放し、トリガーガードを中心に勢いをつけて回し始める。
"ガンスピン・ディフェンス"
高速で回転する1911が盾の役目を果たし、弾丸を弾き飛ばす。全てを受ける必要は無い。対象は俺に確実に当たる物だけで良い。敵の銃口の向きを見、トリガーを引くタイミングを見定め、射線上に入った弾だけを狙う。少しずつ距離を詰めながらガンスピンをさせ、右に左へと腕を動かす。
一斉発射を終え硝煙がこの場を満たした。
普段通りなら、この十字砲火で蜂の巣になって、無残にも血を流し倒れる姿となっているだろう。けれども現実は違う。煙が流れ視界がクリアとなった先には無傷な俺がいた。脳内でエラーでも起こしたのか、それを見て数人の動きが止まる。瞬間、グリップを握り込んで左手へとトスした。
逆手に渡ったデザートイーグルをさっと横に倒し、すかさずトリガーを引く。ヘッドショットを狙わなければ腕の向きだけでも当たる箇所は大体分かる。着弾を確認するまでもない。撃ち出された反動で腕がムーブする。そこでもう一発。更には今一度の発射。
"馬賊撃ち"
マズルジャンプを利用した広範囲射撃。腕は勝手に動いてくれる。集中するのはトリガーを引くタイミングだけ。連続横撃ちで一気に三人を行動不能に追い込んだ。さすがのマンストッピングパワーだ。心地良いうめき声さえ聞こえてくる。9mmではこうはいかない。勿論、棒立ちにならないよう足運びも行なう。残りの敵からの狙いを絞らせない事も忘れない。
お次は右へスイッチ。今一度の馬賊撃ちをするべく、横撃ちの構え。
──だが、
タンッ
一瞬の隙を付いて銃弾が迫ってくる。それでも構わず馬鹿面を晒している雑魚の顔面へと鉛弾のプレゼント。慣性の力が腕へと伝わる。それを利用しての爪先立ちでの高速回転。
"マズルジャンプ・ターン"
半身となり、身体一つ分の位置の入れ替え。そのまま敵に背を晒す事となるが、これも策の一つ。油断を誘った所で左脇から後ろに銃口だけを突き出し一撃。これで五。
瞬き一つの間に敵の戦力が半減した。予想もできない惨事か手下達に動揺が広がる。「次に撃たれるのは誰か?」もしくは「死にたくない」とでも考えているのか。トリガーを引く指に迷いが生じ、動きが堅くなる。それに乗じて一人を始末した。
ここでマグチェンジ。親指でマガジンキャッチボタンを押し、マガジンを落とす。敵もさる者。ハンドガンである事を見越してこれに狙いを絞っている奴もいた。この程度はこちらの想定内。落ちてくるマガジンを足の甲で受け、押し出すようにそいつの顔面へとサッカーボールよろしく蹴飛ばす。
「ギャ」
短い悲鳴を上げながら後頭部から倒れこむ最中、空に向かって銃弾の花が咲き乱れた。暴発したフルオートは全てを撃ち尽くすまで止まらない。戦場で恐いのは敵の弾よりも味方の誤射。一斉に俺からの注意が逸れた。
この瞬間、俺の勝ちが確定した。腰からマガジンを取り出して装填。俺の動きに気付いた相手から順番に屠っていく。もうここからは作業だった。
最後はマガジンシュートを喰らわせた相手やまだ生きている奴に止めを刺して終了。その後のマガジンチェンジも忘れない。
全てはカップラーメンさえも完成しない僅かな時間の出来事であった。
「後で空薬莢だけでも拾っとかないとな」
銃の世界は一発幾らの世界。とにかくランニングコストが掛かる。しかも、俺の使用する弾は特別仕様なので更に高い。どうして俺は毎回こうした派手な立ち回りになるのだろうか? まるで呪われているようだ。
「ほぉ、思った以上にやるじゃねぇか。少し惚れたぞ」
そう言えば、まだコイツが残っていた。さっきとは違い何だか嬉しそうだ。普通なら手下が殺されたのだから怒る所だろう。しかも俺に殺されるのをただ黙って見ていただけである。何を考えているんだ?
「そいつはどうも。けど、俺はノーマルだから『ごめんなさい』だけどな」
「そう粋がっていられるのも今の内だ。今度は俺様が相手してやる」
サングラスを投げ捨て名乗りを上げてくる。お陰で休憩時間ゼロの連戦が確定した。まあ、それも良いだろう。こちらも早く終わらせたいので願ったり叶ったりだ。逃げ出されるよりはマシだと思う事にする。
「じゃあ、少し場所移動するか。ここだと足元が覚束ないからな」
「馬鹿のクセにそういう所に気が回るのか。良いだろう。場所を変えるぞ」
ここはダム建設予定の現場だ。土地は広々としている。俺達がやりあう場所には困る事は無い。
互いに目を合わさない状態で無言のままお互いがお互いのスタート位置を決める。まるで正々堂々とした決闘のようなシチュエーション。それに乗っかる俺も俺だが、こういうのはとても分かり易くて良い。勝った方が全てを頂くという単純なルールだ。
「そろそろ始めるか?」
「いいだろう。いつでも掛かって来い。1911じゃお前の勝ちは無いと思うがな」
「どういう意味だ?」
「おしゃべりはそれまでだ!」
タンッ
勝負の開始を知らせる弾丸が俺に向かって放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます