One Thousand ─現代妖怪始末屋日誌─

カバタ山

砂漠と鷲

 ──「ワンサウザンドとは関わるな」


 今、妖怪達の中でこのような噂がまことしやかに囁かれている。奴に命を狙われた妖怪で生きている者はいないとも。


 ある妖怪は言う。「そんなハンターはいない」と。

 またある妖怪は言う。「俺のダチはソイツにあっさり退治された」と。


 人間と妖怪が共存する二十一世紀の平行世界の日本。人間にも犯罪に走る者がいるように、妖怪も人間と同じく犯罪に走る者が数多くいた。


 警察の手に余るそうした妖怪の犯罪者を専門に狩る"ハンター"。国の外部委託機関が彼らを取り纏めている。その機関に本名としては勿論、コードネームとしても「ワンサウザンド」の登録は無い。


 「ワンサウザンド」とは一体何であろうか?



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 麗らかな午後の日差しが射し込む窓際の席で、アンニュイな気分に浸りながらグラスに入った水を一口飲み、まったりとした時間を過ごす。


 日々の喧騒を忘れる事のできる至福の時間。この時がずっと続けば良いと思いながらも、現実からも目を背けられない自分がいた。 


 黒光りするそのボディを見るとため息しか出ないがやるしかないようだ。


「おいワンサウザンド、お前何水だけで黄昏れてるんだ。いいからさっさと注文しろ!」


 俺に声を掛けてきた男は、この喫茶店のマスター。小さなお店ではあるが一国一城の主。それなりに長い付き合いがある。そのお陰か遠慮無くズケズケと言ってくるのが玉に瑕だ。


「その名前で俺を呼ぶな。本名の坂上か、コードネームの"ウィザード"と言え」


「お前の事を"ウィザード"と呼ぶ奴なんか見た事無い。それよりも、ワンサウザンドと言われたくなければ注文しろ。それとも追い出されたいのか?」


 一八〇を超える身長に褐色の肌。明らかに客商売には向いてそうにない厳つい顔。これでしかも見下ろしてくるのだから、ビビッて客も逃げ出すんじゃないか? 事実、今も俺以外の客はいない。閑古鳥が泣いている状態だ。だからこそ、こうしてテーブルの上に愛銃を広げられるというのもあるが……。


「ちっ、分かったよ。コーヒー一つ。後、水だ」


「最初から素直にそう言や良いんだよ」


 顔に似合わずこの店のコーヒーは美味い。良く分からないが使う水に秘訣があるそうだ。週に一度、水を汲みに車で数時間掛かる場所に行くと言っていた。俺には理解不能な領域である。


「さて……とやるか」


 伸びをしてから、作業に取り掛かった。


 ブッシングを回してプラグを取り出す。スライドストップを外してフレームからスライドを引き抜く。最後はバレルと……。


「精が出るなワンサウザンド。ほら、コーヒーだ。……1911ナインティーンイレブンか?」


 取り出したバレルの中を確認している最中、マスターが注文したコーヒーを持ってくる。まだ飲んでもいないのにこの香りだけで目が覚めそうだ。今すぐにでも飲みたいが、手を汚している中で飲むと何を言われるか分からない。しばらくは我慢である。


「デザートイーグルだ。水を忘れてるぞ」


「どこからどう見ても1911だろうが。どこがデザートイーグルだ。後、水のおかわりは無しだ。コーヒーをおかわりしろ」


 1911、日本では「コルト ガバメント」と言った方が通りが良い。しかし、今はパテント切れにより各社からガバメントモデルが販売されているため、総称して「1911」と言われる。1911はコルト社だけではなく、ライバルのS&W社、SIG社、キンバー社等々から出ている。当然マグナムリサーチ社からも。


「ああー、クソ。ライフリングがズルズルになってやがる。交換しかないな、これは。オッサン、スライドをよく見てみろ。"DESRET EAGLE"と書いてあるだろ? デザートイーグル1911Gだ。その辺の1911と一緒にするな」


 通常分解する前から駄目だろうとは思っていたが、こうなっていては諦めるより他無い。バッグから予備の精密バレルが入っているケースを取り出し……ため息が出てくる。

 

「何しけた面してんだ。こういうのは早めに交換しておかないと、後で泣き見るぞ。シアーは大丈夫なのか?」


「ああ、シアーのキレは良い。暴発もガク引きも無しだ。こっちもカスタムパーツを使っているからな」


 バレルは命中精度に直結し、シアーは発射のタイミングに直結する。銃において思い通りに発射し、当てるためにはどちらも手を抜いてはいけない部分だ。しかし、どちらも消耗品というのが悲しい。


「そうか。けど……その辺に拘るんなら、デザートイーグル止めてウィルソンかナイトホークにした方が良いんじゃないか? どっちもハイエンドだけあって箱出しでも性能はピカイチだぞ」


「デザートイーグルが好きなんだよ。小市民の俺にはハイエンドモデルはどうも性に合わん。1911のトリガープルが好みで使っているんでね。そういう意味ではヨーロピアンは相性が悪い」


 最近のグロックはカスタムパーツを使えば1911のトリガープルとほぼ同じになると聞いてはいるが、どうにもストライカーには手を出し辛い。


 古いと言われようが、やはり俺にはこれが一番にしっくりくる。


「まあ、1911は幾らでもカスタムできるからな。お前の好きなようにしろ」


「そうさせてもらうさ」


 そう一言言ってから作業に戻る。今度は逆の手順で組み立てていく。スライドを引いて聞こえるシャキンという金属音。フェザータッチでハンマーがダウンする。スムーズに動くのを確認して満足した。


「弾薬はどうする?」


 コーヒーを充分に堪能した後、つい手持ち無沙汰になってガンスピンで遊んでいた所にマスターが店のもう一つのお勧めを聞いてくる。ここは看板こそ喫茶店ではあるが、その実こうして弾丸やらパーツの消耗品までも販売していた。これがこの店の裏の顔。幾ら俺がハンター稼業をしているとは言え、店内で平気で銃を通常分解していたのには理由があったという話。


 銃こそ本部から手に入れる必要はあるが、さすがにこれらの物までイチイチ本部を通していたら仕事をする事ができない。そのため、この店のような存在が各所にある。金の無い俺が長い付き合いがあるというのはこれが理由だった。


「ああ、頼む。いつもので、支払いもいつもので」


「.45ACPの対魔仕様だな。支払いもたまにはツケじゃなく、現金で払って欲しいんだがな」


 苦笑いをしながらもカウンターに50発入りの箱を二つボンと置いてくれる。このやり取り自体が、いつの頃からか"いつもの"になっていた。


「どうだ? そろそろ借金の方は一千万円を下回りそうか?」


「いや駄目だ。逆に増えた」


「巷ではお前の事は千人に一人の才能を持つから『ワンサウザンド』と言われていると思われてるが……本当の意味は借金の額だと知りもしねぇ。こうしてツケで買う所をそいつらが知ったら泣くぞ」


「だから『その名前で俺を呼ぶな』と言っているだろう」


 本当に不名誉な二つ名だ。俺の事を誰もがこう言う。お陰で本来のコードネームを言っても誰もが知らないという悪循環に陥っていた。しかも、心無い奴は俺にコードネームを変更するようにまで言ってくる始末。当然ソイツには病院のベッドを紹介してやった。


「まあ、せいぜい頑張りな。次の仕事が入ったんだろ? 早くウチの店のツケも払えよ。後、コーヒー代は五〇〇円だ」


「今、財布には一二〇円しかない。それもツケだ」


「ワンサウザンド、お前なぁ」


「水しか飲んでいない俺に無理に注文させたのはお前だろう。無茶を言うな。次の仕事で賞金が入ったら払ってやるから、それまで待て」


「分かったからさっさと行ってこい。その言葉忘れるなよ」


 分かっている筈なのに毎度こうしたやり取りをする。俺に金がない事は知っているのだから、少しは学習して欲しいと思うのだが、なかなか上手く行かないものだ。


 店の外に出て、そう言えば……と、今日飲んだコーヒーの味は普段より薄かった事を思い出す。マスターがこんな失敗をする事は考えられない。体調不良で舌が麻痺していたのだろうか?


 店外に停めていたオフロード仕様の自転車に跨り少し進んだ所でふと気が付いた。


 俺はあの時、「コーヒーと水」と言った事を。


「やられた」


 いつも通りだと思っていたが、今日は少し違っていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る