Prelude 後編



「いつまでコレやらせるんだよー!!」

「しっかり泡立つまで。朝陽なら余裕かと思ったんだけれど、じゃあミシェル兄さんにお願いしようかしら」

「いや?こんなの俺一人でも余裕だし?」

「じゃあお願いね、朝陽」

いつも通りというか、よく見た光景というか。僕は僕で調理を進めながら微笑ましく眺めていた。

「にしても、助かったよ柝音」

「兄さん、時々抜けてるから。それに今日の朝はバタバタしてたから」

「はは……兄として面目ないなこれは」

「そんな事ないよ。兄さんはいつも唯鈴のことも、みんなの事も考えてくれてるでしょ」

「そりゃまあ、兄としては当然だよ」

「でも、だからこそ放っておけないんだよ。まだ兄さんも子供なのに」

「柝音だってまだ子供のままでいていいんだからな?」

ふふ、とお互いに笑いあう。

僕は長男として家族を守ろうとして、柝音は長女として家族を支えようとして。


大人に憧れて、大人になり切れないピーターパン。

ほんの少し大人びていて、それでも憧れはその胸に秘めたマザーグースの魔女。


僕たちはそんな真逆のような、似たもの同士の兄弟だった。



—————————————————————



白き闇は一枚の紙に吸い取られ、斬撃は茨の網に絡め取られる。

「みんな、無事でよかった」

そして声の方向を向けばペンを片手、もう片手に本を持った柝音の姿が。

「You’re timing couldn’t be better!! 助かったよ柝音!!」

「遅いんだよー!!まあ、俺たちだけでもどうにかしたけどさー!!」

「……来たんだね」

そしてそれに僕は、少し苦い顔をして。けれど彼女は気に留める事なくいつも通り。

「うん。私も色彩の勇者だし、それにみんなの力になりたいから」

「僕は昨日の夜、柝音は戦わなくていい。来なくていいって言っただろ」

少し突き放すように言葉を放つ。まだ僕の中では受け入れ切ることができていなかった、認めたくなかったから。

けれど柝音は呆れたように、少しだけ笑みを浮かべて。

「でも兄さんは戦うなとも、来るなとも言わなかった。なら私も好きにさせて貰おうかなって」

「……本当はそう言いたかったけれどね」

僕も彼女の言葉を聞いて初めて心を決める。きっとそれが柝音にとっていい事だと信じてたから。


「それに私ならみんなの力を引き出せる。それが私という色彩の勇者に与えられた力みたいだから」

そう彼女が言えば僕らの前にもペンと本が。僕の前には"ピーターパン"、ミシェルには"ライオンキング"、そして朝陽の前には"アーサー王伝説"。それぞれの物語の本が取り出されて、けれど1ページだけ白紙のページがあって。

「さあ、ここからはお前たちの物語を記すのじゃ!」

「なるほど、そういう事かい」

「カッコよく決めてやるよ!!」

「……頼んだよ、柝音」

「うん、任せて」

僕らは、それぞれの名をその白紙のページに刻み込む。己の想いを、夢をそこに刻むように。

そして全員が刻んだのを見て、彼女も自身のページにその名を記して。


瞬間、光が溢れる。


青緑の光が僕を、蒼き光がミシェルを、そして黄金の光が朝陽のことを包み込む。

あの日、僕らが色彩の勇者として初めて変身した時のように。

いや、あの時よりももっと溢れんばかりの光が僕らに力を与えてくれて。

「凄え……」

「これが……」

「柝音の力……!!」

衣装のデザインもよりお洒落に煌びやかに。

それこそ僕らがあの頃憧れた、御伽噺のヒーローのように。


そして彼女自身もつば広のティアラのような帽子に、花嫁衣装のような無垢な白き装いで。

「ふーーーーーん?いいじゃん、馬子にも衣装って奴で」

率直な感想だったのだろう。彼自身も悪気はなかったのだろうが、柝音は背中の本棚から一冊手にして振り上げて。

「痛゛っ!!何すんだよーーー!?」

「失礼な物言いに対する正当な対応です」

いつも通り無表情ではあるが、その無表情さが僕にも少し怖いと思えた。


けど、そんなことも気に留めていないかのように柝音自身がそのペンを彼へと向けて。

『Now we dance looby, looby, looby.』

口ずさむは幼き頃に聞いた童謡の一節。その音色が、言葉が僕らの色をより鮮やかなものにする。

これが柝音という白き魔女の力。何にも染まらず、されど全ての光の色の源たる輝きが僕らを導く。


「何をしようとも……無駄だ……!!」

その光を掻き消さんと、喰らい尽くさんとメナスもその手に白き闇を集わせてその刃を大きく振り上げる。

虚無、絶望、それを表すにふさわしいだけの一筋の太刀。全ての夢を否定する一振り。

されど相対するは黄金の光に満ち溢れた一振りの聖剣。

「へっ、無駄かどうかなんてやってみなきゃ分かんねえだろ!!」

その輝きは東の空に登る、暖かくも力強い太陽の光そのもの。

「そんな……光如きに……!!」

「真の王様ってのを、見せてやるよ!!」


斬り結ぶ。闇が、光が弾ける。

白き闇はその光さえも喰らわんと蝕んで、正中線目掛け振り下ろされたその太刀に僅かに押される。

「ぐぬぬぬぬぬ……まだ、まだ負けてねえーーーーっ!!」

それでも彼は、そして彼を支える兵達はその力を聖剣へと力を注ぎ僅かに押し返し。

『Sing a song of sixpence, a pocket full of rye. 』

彼女の力が最後の一押しを、運命さえも書き換えるような力で。


弾く。

「—————ッ!!」

「っしゃあ!!」

今の今まで敵うことの無かったその力を退けて。

「トドメは譲ってやるぜ、ミシェル!!」

「All right!!」

間髪入れる間もなく空駆けるように、滑るように氷剣携えた彼が一気に距離を詰めて。

「君がどれだけの絶望に打ちひしがれたのかは、さっきので伝わった……」

蒼き刃は冷たく鋭く、獅子の爪が如く。

「けれど、僕にも守りたい物があるんだ……!!だから—————!!」

一気に振り下ろす。それは仲間を、家族を守る獅子の王の一振り。

「まだ……!!」

咄嗟の守り。白き闇を壁のように展開して受け止めて弾かんとする。

『Old King Cole was a merry old soul』

されどそれさえも押し通す柝音の一押し。凍てつく刃が全ての闇を凍らせて。

「っ……!!」

砕け散る。そはダイヤモンドダストのように、蒼く儚く煌めいて。


「鉦一郎!!」

「ああ!!」

駆ける。空を舞い踊るように。迷うことなく真っ直ぐ、想いの、力の限り。

「っ……ぐ……!!」

全ての守りを失ってなお、彼はその剣で僕の短剣を受け止める。後ずさりしながらも、耐えて耐え抜いて。


————砕かれた。夢も憧れも、何もかも。突っ込んできたあのトラック一台に。


「……夢があるから苦しくなるんだ」


「がっ……ぐっ……」


記憶が、想いが流れ込む。

彼の夢が、憧れが。


————右腕は動かなくなって、明日に控えてたはずの大会も、全てを諦めなければいけなくて。


「夢があったから辛くなったんだ」


苦しい。辛い。

そんな感情の波が押し寄せる。

絶望が、諦めが。


「だったら、最初から夢なんてない方がいいじゃないか!!」


弾かれる。

水底の闇のような、そんな昏き藍色の絶望が僕の身体を吹き飛ばす。


「そうかもしれない……夢があるから苦しみが、悲しみがあるのかもしれないけど……!!」


それでも————


「僕は、僕らは夢を信じてる……!!」

「っ……!!」

瞬転、そのまま一気に再加速。


「たとえ叶わぬ物だとしても……いつの日か叶うと信じたからここまで来れた……!!」

再度剣を交える。もう一度記憶は流れてきても、それでも立ち止まるわけにはいかない。

「例え、いつかその夢を失うとしてもそう言えるのか……お前は!!」

「ああ……言ってみせるさ……!!僕が僕な限り……僕が色彩の勇者である限り……!!」

瞬間、刃が光り輝く。青緑の光を、白き光が包み込む。星の光のような、小さな煌めきが。


ガキン、という音とともに力強く弾く。

「っ……ぐっ……!!」

「僕は信じてみせる……!!人の夢を……人の願いを……!!」

無防備になったその体目掛けこの短剣を振り上げて。


「……君自身がまた、その夢と共に立ち上がる事も出来るって」

「—————」

その胸目掛けて、一気に突き刺した。


————闇が、弾ける。


突き刺した短剣が振り払うように散らして、彼女の白き光がそれを吸い去って。

彼が纏っていた闇という闇は、乾いたインクのように崩れ落ちる。

そうして全ての闇が振り払われて、メナスではなくなった彼は彼としてその場所に横たわる。


後ろを振り返ればミシェルと朝陽が手を合わせていて。

変身を解いた柝音が、ゆっくりと彼の元に歩み寄って来る。

「なあ柝音、彼は……」

「うん……きっと空白の使徒に漬け込まれたんだと思う」

それを聞いて心の奥底で怒りのような、悔しさが湧き出てくる。人の心をそんな風に利用する彼らを許し難くて。

「私、色的にも少しだけ空白の使徒の力に通じるものがあるみたいだから、少し彼の様子を見てみる」

「……うん、お願いするよ」

同時に、柝音がいて良かったと思う。僕らだけではきっと、彼は救えなかったから。


「帰ろう、柝音」

「うん。ご飯の支度もしないとだしね」


彼を背負って、僕らはそれぞれの帰路につく。すでに日は落ちて辺りは暗くなっていて。

それでも今の僕らの闇は振り払われて。なんとなく光に満ち溢れている、そんな気さえもしたんだ————


—————————————————————


「さてと。ここからは柝音、頼んだよ」

「任せて」

そう言って彼女は慣れた手つきでクリームやデコレーションの準備を進める。

僕も僕で最後の支度を進めようとして、そういえばそろそろだった事を思い出す。


そして時間きっかりというか、真面目なところは相変わらずと言わんばかりにチャイムがなって。

「はーい、待ってたよー!」

ドアを開ければ少し気怠そうに、けどいつも通りの穏やかで優しげな彼がそこにいて。

「すまない、待たせたな」

「いいや大丈夫だよ。というか、言ってくれれば鍋ごと取りに行ったのに」

「左腕の筋トレにもなるから丁度いい。ただ、そろそろ疲れたから中に入ってもいいか?」

「ああ、ごめんごめん!」

鍋を片手、柔らかな空気と共に僕らの輪の中へと入っていく。


ついこの間までメナスと呼ばれていた彼、舟崎 鉤ふなざき こう

今となっては彼は、僕らの大切な友人の一人だ。



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あの戦いから数日。

「いやーー、やっぱコウは強いなぁ……」

「全く、本当にあの時の色彩の勇者とは思えないな……」

僕は彼と、メナスと呼ばれていた舟崎鉤と共に学校の剣道場で竹刀をその手に打ち込みあって、一本取られたまま天井を見上げていた。

「僕はむしろ評判通りというか、噂通りというか」

「噂?」

コウは少し不思議そうにする。まさか、本人がこうとは意外だったから僕も驚きは隠せなくて。

「剣道の天才、現代に現れし剣聖、舟崎鉤!一応僕も中等部までは剣道やってたから、勝手に名前だけは知ってたんだ」

「現代の剣聖……なんとも大層な呼ばれ方だな」

彼は嘲るように。それも、自分自身を。

「でも、僕はそれはあながち嘘じゃないと思うよ」

「過大評価だ」

「少なくともあの時、君に僕は一人じゃ歯が立たなかった」

彼は少し俯いて無言。彼は彼なりに少し気にしているようだったみたいで。だから僕は言葉をそのまま繋ぐ。

「とても、とても綺麗な構えだった。振る剣もその足取りも全部が全部並大抵の練習じゃ得られない、とても研ぎ澄まされたものだったんだ」

思わず見惚れてしまった。死ぬかもしれない、心を失うかもしれないなんて恐怖よりも、あの時は憧憬の方が強くなってしまったほどで。

「……だからこそ、君の苦しみが伝わった。君の絶望がどれほどのものなのか、想像できたんだ」

「俺には、これしか無かったからな」

そう呟く彼の口調から、改めて彼がどれだけ剣道に打ち込んできたのか想像できて。

「だからこそ凄いよコウは」

一つのことに打ち込むなんて中々できることではない。少なくとも、色々なものを諦めた僕からしたらとても凄いことで。

「とにもかくにも、今日はコウの色々を聞かせてもらうからな!」

「色々とは……いや、確かにこのあとお前の家で飯を食わせてもらう事にはなっているが……」

「まさか、僕らがなんの用意もしてないと思った?」

「……全く、元空白の使徒だぞ俺は」

「でも今は僕らにとって友達も同然だ。だから折角だし歓迎は盛大にね!」

この言葉には彼も呆れながらも、少し諦めたように。

「ああ……本当に。お人好しが過ぎるぞ、鉦一郎」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


敵対していた筈の僕らはこれを機に少しずつ、少しずつ歩み寄っていく。



「朝陽、それダウトだ」

「だーーーっ!!何で分かるんだよコウはさー!!」

「It’s written all over you face. 僕でも分かったよ、朝陽」

そうして、そんな彼の歓迎会は夜が更けるまで続いて。

「はいこれ、夜食のクッキー」

「ありがとう柝音。唯鈴は?」

「もう寝ちゃった。コウくんが遊んでくれて嬉しかったみたい」

「へん、はしゃいで寝るなんてお子ちゃまだな!」

「そういう僕らもこんなに楽しんで、まるで子供みたいだ」

「まるでじゃなくて、僕らはまだ子供だよ鉦一郎」

「それもそうだね」

みんなで笑い合っていれば、少し柝音が低く落ち着いた声で。

「ほら、明日も学校なんだから兄さんたちも早く寝るんだよ」

「はーい」

「あと一回!!次こそは俺が勝つから!!」

「今日はお開きだ。泊まる身としては迷惑をかけるわけにはいかんからな」

「勝ち逃げするなよーっ!」

「明日も相手してやる」

「じゃあ明日もうちで何かしようか!」

「……それなら俺も何か作ろう。鍋料理であれば大抵は得意だ」

「鍋!折角だしレシピを教えてもらいたいな」

「僕もウチから何か持ってくるよ。ダディもマムも鉦一郎のレビューが聞きたいって仕方ないしさ!」

「じゃあ俺も得意料理を披露してやろうかなぁー!」

「朝陽も料理できるの!?」

「おう!カップ麺とお茶漬けが得意だ!」

「それは料理とは呼ばんな」

「何だとォ〜!?」

そう僕らは笑い合いながら、それぞれの寝室へと向かう。楽しい時間を、気持ちをそのまま胸に込めたまま布団へと飛び込んだ。



「寝るときに部屋を真っ暗にしないでくれ。寝れないだろう」

「え、ちょっと意外」

「……あと、時計の針の音もダメだ。気になって眠れない」

「分かる!あれ気になるともう寝れないないよね」

そしてミシェルは静かに休み、朝陽は寝相悪く寝ていて、コウと僕の二人は常夜灯だけにして、何となく語らいをはじめる。

「それで鉦一郎……いや、スカイエッジと言っていたか」

「……うん、そうだね。どうしたんだい、メナス」

「お前はその夢を失ったとしても……それでも本当に信じ続けられるのか?」

あの戦いのときに投げられた問いの、その続き。あの時は勢いで答えてしまったけれど、きっと、うん、僕は————

「……信じてみせるよ。少なくとも全てを失うその時までは、僕が色彩の勇者である限りは信じ続けてみせるさ。きっとこれは僕だけじゃなくて、僕らの誰もがそうだと思う」

「……そうか」

彼は少し納得したような。いや、まだ彼自身で噛み砕こうとしているようで。

「早く寝ろよなー。寝る子は育つって言うだろ?でも俺はとっくに大人なんでもう寝る必要はないわけ。三日三晩戦い続けることも余裕だね」

聞こえてきた朝陽の声。一瞬起きて喋ってるのかと聞き間違う程にはっきりとした寝言。

「……僕らも寝よっか」

「ああ、そうだな」

そう言って僕らは静かに瞼を閉じる。夜の闇にその身を預けて。

「……夢、か」

彼は小さく呟く。闇に沈みながら、己に聞かせるように。





そしてその翌日、僕らの日常で放課後の戦い。

「アイツと比べれば全然だけどよ……!!」

「少しずつ強くなってるね……!!」

現れるヌリツブーセは今までよりもその力も、その戦略も進化していて。

「兄さん!」

「ああ……!!」

柝音の支援を受けて一気に空駆け、ヌリツブーセの一つを落とす。

「これで……あと……!!」

「まだ油断してはならぬ!!」

僕が少し気を抜いたその瞬間、マリーゴールドの視線のその先にはもう一体のヌリツブーセが柝音を狙い襲いかかって。

「柝音!!」

彼女も気づいて走り出そうとして。

けど、逃げるのも間に合わない。

僕らの誰も間に合わない。

咄嗟に飛ばした光の粒よりも早く、その腕は振り下ろされて————



「……小細工は、好かないな」

その一撃を、彼は左手に握った竹刀で受け止める。それもそのまま、鮮やかな太刀筋で振り払って。

「コウ……!!」

「Nice timing!!」

「コウじゃねえか!!」

柝音を守ったのは舟崎鉤、その人。

かつて空白の使徒であり、彼らと対峙したその力は衰えていなくて。

「まさか、お前……!!」

その姿を見て誰よりも驚いたのはブラック・マリーゴールド。その存在を信じられないかのように少し狼狽して。そして柝音は少し納得したように、背中から一冊の本取り出しペンと共に彼に投げ渡して。


「……俺は、海賊だからな」

その手にするは藍色の表紙の、僕と同じ御伽噺。

「夢を奪いもするけれど、夢を追い求めるのもまた海賊なんだよ」

開くは白紙のページ。今はまだ記されていない、彼の物語。

「だからもう一回願ってみるさ。お前らみたいな夢を……」

左手でそのペンを強く握りしめて————

「変身」

剣を振るうように、切り拓くように、その筆先を一気に走らせた。


瞬間、光が溢れる。


水の底のような藍色。彼のかつての絶望の色。

けれど今は彼にとっての再起の色。


その悲しみを知っているから、その苦しみを知ってるから今度こそまた立ち上がれる。


その想いが、心が形となって彼の頭を覆う三角帽子に、アイパッチに。

そして彼たるその敵役を象徴する右腕となりて。


右手に鉤爪、左手にレイピアを手にしたキャプテン・フック、それが色彩の勇者としての彼の姿。


「さて、コイツは俺に任せてもらおう」

そんな彼は堂々とした立居振る舞いで先のヌリツブーセの前に立つ。

「Are you serious?デビュー戦だからって無茶はいけないよ?」

「何、先ので奴の力量は分かっているし、それにまだお前達とあれだけの連携は取れないからな」

「言っとくけど、ここだと俺の方が先輩なんで心から敬うようにな!」

「ああ。それなりに弁えるつもりだ」

「支援なら任せて。それならきっと貴方でも戦えるから」

「それはとても助かる、旭妹。それと————」

皆に答えた後、そのまま僕の方を向いて。

「背中は預けていいんだな、スカイエッジ」

「……ああ、任せてくれ。えっと……」

「インディゴ・ローグ」

「うん。任せたよ、インディゴ・ローグ!!」

「ああ」

彼は厳かに、落ち着いた声で答えてくれた。

瞬間、一気に両の手の剣を振るい払う。それは鮮やかに、洗練された太刀筋で。

されどメナスの力強さとは違う、思いの込められた一太刀。


藍色の光纏し剣線は目の前のヌリツブーセを一気に両断。

「さて、元空白の使徒の力を見せてやろう」

ほんの少し、意地悪そうに笑う。

それこそ物語のキャプテンフックのように。残忍で狡猾な海賊船長のように。

けれど誰よりもその絶望を知って、なお夢を追い求めることを選んだインディゴ・ローグとして彼は戦う。その姿はどこからどう見ても、ヒーローそのものだった。




そうして揃った僕ら色彩の勇者。

五人揃って、僕らの物語は大きく動き出したんだ。




そしてこの前章、最後の最後の大勝負。


「ハッ……お前たちなんざ、束でかかってきてもオレには勝てねえんだよ!!」

「っ……ぐぁっ……!!」

新たなる空白の使徒、"ペイン"との戦い。


メナスの絶望を超える、憎しみの力によって僕らは追い詰められて、次の一手で確実に終わらせられる。


けど、それでも僕らは諦めない。


「You must not jump to that conclusion!!それはまだわからないよ!」

蒼き獅子の氷剣は皆を奮い立たすように輝いて。


「へん、この数を見ても本当にいえるんのかぁ!!」

黄金の王と彼の勇士達は決して倒れぬと再度その剣先を彼へと向ける。


「確かにお前は強いが……俺たちの心も、夢も、お前のその憎しみには負けない」

藍色の海賊は決して屈しないと、彼からも奪ってみせんと不敵に笑ってみせて。


「私達の色は、ここで消えない」

白き魔女の、希望の光が僕らの行先を照らしてくれた。


解き放たれる僕らの心の色。

混ざり合った光は再びそれぞれの色を象って、それぞれの想いに応えるように光り輝いて。


虹色が僕らを包み込む。

暖かで、優しい光の束が。


「僕らはこの夢を……人の想いを信じる……!!」

「何だよ……それは……!!」

「それが僕たち————」


そして一気に空駆ける。

この空に虹の橋を架けるように。希望の光を示すように。


「色彩の勇者だ……!!」

「っ……!!」


その憎しみを、晴らすように————




「……思ったよりやるじゃねえか、色彩の勇者。今回は退いてやるが、次は本気だ」

そう言って、彼はそのまま姿を消す。

そして気がつけば、静寂が訪れていた。



「勝っ……た……?」

「It's a great victory!!とは言っても、ギリギリだったけどね」

「へっ、ざまーみろってんだ!」

「何とか押し切ることが出来たな」

「お疲れ様、みんな」


勝ったとは思えぬほどにボロボロで、それでも僕らは確かにその勝利を感じていて。


瀬戸際の勝利でも、確かな一歩。

刻まれた確かな一つの物語。


そうして僕たちの戦いは一度終わりを迎えた。

けどこれはまだPrelude前章

ここから先は、虹の向こう側へと続く物語。

未だ誰も知らない、これから彩られていくページの物語。


この続きは、今に続いて—————



—————————————————————



————僕らは全員で彼女の帰りを待つ。

「……その、喜んでくれるかな」

緊張で、浮き足立って仕方がない。流石にここまでやったのは初めてだったから、つい。

「大丈夫だろう。こういうのは気持ちが大事という奴だ」

「安心して兄さん。コウくんの言う通り、気持ちはきっと伝わる」

「Don't worry and have confidence in yourself!! 大丈夫、きっと喜んでくれるよ!」

「あいつ、まだまだお子ちゃまだからな〜!」

「それはお前もだろう朝陽」

「何だとぉ〜!」


そんな風に、緊張和らぐ会話を続けていればガチャリとドアの開く音が聞こえて。

「え、なになに有彩お姉ちゃん!?」

「それは〜、そのドアを開けるまでのお楽しみ!」

声が聞こえる。少し驚きながらも期待を隠せないような、そんな子供らしい声。

再度緊張に胃がひっくり返りそうになって、それでも満面の笑みを浮かべる。彼女が入ってきたときにあっと驚かせたかったから。何より————


「「ハッピーバースデー!!唯鈴!!」」


今日は大切な妹の誕生日なのだから。



一斉に弾けたクラッカーの後、僅かな静寂。唯鈴本人はとても驚いたようで、言葉も出なかったようで、あれ、もしかしてやり過ぎた……?

もしかして————

「あのね、あのね、みんなありがとう……!!」

……杞憂だった。

少なくとも心の底から喜ぶ彼女の姿を見れば、今までの緊張も不安も全部吹き飛んでいった。


そしてテーブルに広げられたさまざまな食を目の当たりにして、その目を輝かせる。

「凄いご馳走……!!」

「鉦一郎が唯鈴の為にって企画してくれたんだ」

「感謝しろよな唯鈴〜。俺めっちゃ頑張ったんだからな!」

「ほんと!?朝陽君は何作ったの!?」

「俺はだな〜……あれだ、ケーキ!!ケーキのなんかを泡立てた!!」

「朝陽は生地を作ってくれたよ。とってもふっくらに焼けてるから楽しみにしててね、唯鈴」

「楽しみ〜!」

その様子は本当に子供らしく、年頃の少女らしく。

いつも僕らを手伝おうとして背伸びをさせてしまってたからその様子を見て、思わず僕は胸を撫で下ろした。


「みんなが最近こそこそ何かしてたのはこれだったんだね!」

瞬間、全員無言。一気に目を逸らす。

「なになに、どうしたんだよ柝音もコウもさ〜!」

「な、何でもない。そうだよな朝陽」

「お、おう。何も隠してないし?ヒュ〜ヒュルリ〜」

ならぬ口笛で誤魔化そうとしているのがより怪しく見えて。けど唯鈴はまだはてなを浮かべたままだからどうにかうまく隠し通す事はできたみたいだ。

「さて、まずはコウが作ってきてくれたビーフシチューからご相伴に預かろうか!」

「わーい!」

「先鋒が務まるか、少し不安ではあるがな」

「はーい、みんな並んで並んでー!!」


そうして、僕らのパーティは始まっていく。

家族みんなでのパーティ。いつにも増して賑やかで、その声が、その表情の一つ一つが僕らが守り続けてきた心の光が一つ一つ明かりのようだった。

「頑張ってきてよかったね、鉦一郎」

そんな僕の隣に、いつものように立ってくれるミシェル。僕は少し照れ臭くなりながらも小さくはにかんで。

「頑張ったなんて思ってないよ。僕は、僕が守りたかったから始めただけだし」

「Be proud of yourselfだよ鉦一郎。君は立派にこの街を、色んな人たちを守ってきたんだから」

「……そうだね、守れて本当によかった」

彼らを見て、改めて思う。

色彩の勇者になってよかったと。この街を守るヒーローになれて良かったと。

今度こそ、俺は————


「鉦一郎お兄ちゃんも、ミシェルお兄ちゃんも一緒にやろ!」

「わっ、そんな引っ張らなくたってすぐ行くって」

「いいのかい唯鈴。僕は鉦一郎よりも強いんだよ?」

「うん、朝陽君すぐダウトされちゃうから!」

「何で分かるんだよ〜!!」

「顔に出ているわよ」

「顔に出ているからな」

「コウは全然わかんない〜!」


夜が更けて、微睡が来るそのときまで僕らは楽しみ続ける。

守り抜いた日々を、心の光に照らされて。


これはまあるいおまんじゅうのようなお山、その裾野には平地が広がって、長閑で平和な商店街と学校のある、そんな月虹町で繰り広げられる物語。


僕たち色彩の勇者の、みんなの心を守るヒーローの物語だ——————
















—————————————————————












————刃と刃がぶつかり合う。


その度にガキンという鈍くも高い音が鳴り響く。

「ッ……!!」

幾度となくその剣線はこの身を掠め飛沫が散って、傷口が熱を帯びる。


相対するは白銀の鎧、仮面を纏いし氷剣の使い手。その剣は練りに練られていて。何度死を覚悟しただろうか。

この戦いはギリギリの綱渡り。けどまだ落ちてない。だからまだ、戦える。そう己に言い聞かせて。

それはあちらも同じ。なのに落ち着いて厳かに、その仮面の向こう側で口を開いて。

「お前の覚悟はその程度か、"消失する鋭刃ヴァニシング・エッジ。いいや—————」

「っ……!!」

「鉦一郎!!」

一歩、空を滑るように一気に距離を詰めてくる。

研ぎ澄まされた刃がこの首狙って一気に振り抜かれる。


されど即座に瞬転、その背後を突き一気に刃を飛ばす。即応、氷壁による防御。僕の短剣ではそれを貫く事はできない。

けど、その隙を突く事こそが狙いで。

「お前に一体……俺の何がわかる……!!」

「ッ……!!」

再度瞬転。零距離、真正面。確実に回避されないこの距離で一気に刃を振り下ろす。

その仮面に突き立てるように、その頭蓋を貫こうと。

けど————

「何が分かるって……?少なくとも今お前が躊躇った事くらいは分かるんだよォ!!」

「っ……!!」

浅かった。仮面に穴は穿てど、その刃は頭部には達さず。僅かな迷いが、決定的な勝利を逃した。


そして同時、致命的な隙を生んだ。

「っ……がッ……!!」

顔の皮が、肉が削がれる。

頬から額に一直線に、一文字の傷が刻まれる。

視界は赤に染まって、仮面の奥より覗きし碧眼も滲んで、歪んで。

痛みに意識が持っていかれそうになる。


それでも————

「俺はもう柝音を失いたくない……今度こそ守ると誓ったんだ……!!」

「っ……!!」

一気に加速。ここでは終われないから。もう二度と失う訳にはいかないから。

大切なものを失うのはもうごめんだから。

「お前が柝音を奪うと言うのなら、俺がこの手でお前を討つ……!!」


振り上げる。ただ一点、その碧眼に狙いを定めて。


「俺の宿敵、“蒼き復讐の炎ブルー・リベリオン”……いや—————」


そして、一気に————


「ミシェル・N・ステュアート————ッ!!」


























「っ……!!」

飛び起きる。額に手を当てて、痛みはあれど傷が無いことを確認する。脂汗に冷や汗、嫌な汗ばかり出ていて。

「なーんだよー鉦一郎ーー、さっさと寝ろよなーー」

朝陽の寝言で、あれが夢だったと初めて気づく。それほどにあの夢は、あまりにも現実味が強かった。

息も荒く、心臓の鼓動も早い。そうもしてれば二人が徐に体を起こして。

「大丈夫か、鉦一郎。顔色が悪いぞ」

「あ、ああ……少し、悪い夢を見ただけだ」

鉤に心配されて、誤魔化そうとしたけれどやっぱりミシェルにも気づかれる。

「よっぽど酷い夢を見たんだね。話してみて。そうすれば夢は正夢にならないから」

優しい声音。いつも通りのミシェル。あの夢の中の彼とは大違いの……

そうだ……あれは夢なんだから。大丈夫。

「……僕とミシェルが殺し合ってた。色彩の勇者の力みたいな力で……全力で……」

そう口にすればミシェルは不思議そうに首を傾げて。けれどいつも通り微笑んで。

「It's just a nightmare. 僕達がそんな風になる訳ないだろ?」

「ああ、お前達が殺し合うなんて想像もつかないな」

コウの一押しもあって、少しだけ心が落ち着く。呼吸も拍動に合わせて治っていく。

「さ、今日はもう寝よう鉦一郎。今日悪夢を見た分、明日を楽しめばいいのさ」

「ミシェルの言う通りだ。今は忘れて寝た方がいい」

「そうだぞーー。大人になるってのは忘れることでむにゃむにゃ」

最後の朝陽の寝言に少し笑ってしまって。

「そうだね……。お休み二人とも。明日もよろしくな」

「ああ、よろしく頼む」

「こっちこそね」

再び瞼を閉じる。今度こそその夢を見ないことを願って。

もうそんな悲しみが訪れないことを願って。


これは僕たち色彩の勇者の、みんなの心を守るヒーローの物語。



そして僕らが夜明けに旅立つまでの、物語だ。

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