にじのくじら 〜Arc-en-ciel Aurore〜

芋メガネ

Prelude

Prelude 前編


————あの日、空を飛びたいと願った。



子供みたいな願いで、けれどその時だけは必死に、心の奥底から手を伸ばす様に。

「っ……!!」

翼なんて無くても駆け出すしかなかった。

いいや、気付いた時にはとっくに駆け出していた。

あまりにも無謀なのは分かってた。人が校舎の屋上から飛び降りて助かるわけないって。


それでも————


「お願いだ、マリーゴールド……!!僕なんかでもヒーローになれるなら……だったら、今こそ!!」

「さっきまではあんなに渋っておったのに……ようやくやる気になったのか!」

「ああ!!誰かを助けられるってなら信じてみせるさ……!!君のことも……"色彩の勇者"ってやつも!!」


目の前の助けられる誰かを、もう見捨てたくなんてなかったから。もう二度と諦めたくなんてなかったから。


だから全力で、必死に空を駆けるように飛び上がって。


「仕方ないのう。最初は断られたからどうしてやろうかと思ったが、まあわらわはイケてる魔女じゃからの?それくらいは寛大での?」

「いや、落ちてるから!!早く!!助けて!!」

「全く、 ヒーローになると言ってるのに情けないのう」

叫ぶ僕にやれやれと言えば一節か二節、彼女が呪文を唱えて。僕の身体は青緑の光に包まれて。


次第に身体が軽くなっていく。


心の内側から、力が湧き出てくる。


色という色が溢れ、僕の身体を御伽噺のヒーローの衣装が包み込んで————


「これが……色彩の勇者……!!」


その姿はまさにピーターパン。

幼き時に憧れた御伽噺の主人公。

その服装を纏いて、黄金の光を纏って僕は空を飛ぶ。

掛けていたはずの眼鏡もどこかに消えて、子供の頃のように遠く先まで見渡す事ができる。

まるであの頃見た絵本の中の彼のように軽やかに、何に縛られることもなく。


「さあ、ヌリツブーセを倒すのだ"スカイ・エッジ"!!わらわはもう疲れたからチャチャッとやるのだぞ!」

「いや、そんな雑な!?初めてだよ僕!?」

「うるさい!変身させるのも結構疲れるんじゃ!」

勢いよく背中を押されて、そのまま一気に加速していく。


小さなイケてる魔女に背中を小突かれながらの初めての戦い。


そしてこれは僕たちの、色彩の勇者達の物語の始まり。


どうしようも無いほどに怖くて、緊張して。


でもそれ以上に子供のように、ドキドキワクワクしていたのを今でも僕はハッキリと覚えている————



—————————————————————



「……よし、盛り付けオッケーっと」

少年は巧みな包丁捌きで鯛を捌き、果実や野菜を盛り付け皿に彩りを持たせていく。

その技は高校生にも関わらずプロ顔負けの域まで達していて。

というかそもそも、カルパッチョをこうも手際良く作れる高校生はそういない。

ただ仕事の都合上で両親が海外を飛び回っていた事もあって家事、特に料理に関しては腕が立つようになって。

そして彼、旭鉦一郎もその出来栄えにエプロン姿で珍しく少し誇らしげにしていた。


「相変わらずいい腕だね、鉦一郎」

そんな風にしていれば隣から彼が声をかける。輝くようなブロンドの髪に、空のような碧の瞳。王子様と形容するに相応しいだけの顔立ちをしていて。

「それもこれもミシェルや、ミシェルのお母さんに教わったからだよ」

「It's just your hard work has paid off. 僕らは本当に教えただけだけだよ。鉦一郎の努力の賜物さ」

そう、彼はまるで自分の事のように嬉しそうに笑っていた。


—————————————————————


ミシェル・Nノア・ステュアート。

オーストラリアからやって来た容姿端麗、頭脳明晰スポーツ万能なみんなの憧れの的。

数々の女子の心を射止めた、誰が呼んだか"初恋ドロボウ"。


そして僕の幼き頃からの親友で"ブルースター"、二人目の色彩の勇者だ。



彼との出会いは幼稚園生の頃。

彼が一人転校生として僕たちの幼稚園にやってきた。

「I'm Michel Noir Stewart. Ah……I can only speak Engli————」

「えっとね、えっとね、ボクはしょういちろう!あさひしょういちろう……じゃなくて、まいねーむいず、しょういちろうあさひ!」

初めは彼も日本語は喋れなくて。僕も英語は喋れなくて。

「……Nice to meet you, Shoichiro!」

「うん、ないすとぅみーとぅーミシェルくん!」

それでも子供ながらのコミュニケーションで僕らはすぐに意気投合してすぐ様友達になった。


そして僕らのこの縁は幼稚園で終わる事はなく、小学生、中学生、そして高校生まで続いて。

「助けてくれよミシェル〜!英語の課題が分からないよ〜!!」

「全く、あの時のペラペラだった鉦一郎はどこに行ったんだか」

「あの頃もたどたどしかっただろ〜!」

「何言ってるんだか。まあ今日はご飯をご馳走になるしほら、ここはこう解くんだよ」

僕らは互いに助け合って、ある種の兄弟のように成長してきたんだ。



それは僕らが色彩の勇者になってからも変わらず……いや、むしろそれがきっかけだった。



「鉦一郎!!」

「大丈夫、こいつは僕がやるから!!」

突如学校に現れたヌリツブーセ。

人々から心を奪わんとする空白の使徒は僕らの、ミシェルの前にも現れて。人の負の感情より作られたヌリツブーセは彼の心を喰らわんと襲いかかった。

「させない……!!」

彼らと戦い人々を守るのが色彩の勇者の使命。けどそれ以上に僕は僕自身の意志で強くこの戦いを望んでいた。



—————俺は、ミシェルに救われてばかりだった。


「コイツ、硬い……!!」

助け合い?

違う。本当は僕がずっと彼に助けられていたんだ。

両親がいない時は家族のように招き入れてくれて、僕が困った時にはいつも手を差し伸べてくれて。

「ヌリツブーセ!!」

「っ……!!」

だから今度こそ僕が、ミシェルの力になりたかった。僕一人で全部どうにかしようと思ったのに。


「ッ……ヌリツブーセ!?」

「今のは……!?」

「一人で全部やらせなんてしないよ、鉦一郎」

目の前には獅子の意匠が施された蒼き鎧を纏い、氷の剣を携えたミシェルが僕を守るように立っていて。

「何で……何でミシェルまで!?」

「そりゃわらわが変身させたからのう!」

「マリーゴールド!ってそうじゃなくて!!ミシェルは色彩の勇者になる必要は————!!」

「それは鉦一郎だってそうだろ?」

戦いの中にも関わらず、穏やかに優しく。

「鉦一郎が皆んなを守る為に戦ったら、その鉦一郎を誰が守るって言うんだい?」

「でも、それでもミシェルがやる必要は……!!」

「Don’t take it all on yourself. 一人で背負わせないよ。それに一人じゃ倒せない敵でも、二人で力を合わせればどんな敵でも倒せるよ。僕と鉦一郎なら、さ」

いつも通りの笑顔。皆の心を解きほぐして誰にも安らぎを与えるような甘い笑顔。

どうしてか、今はこの笑顔に僕自身も安堵を覚えて。

「……そうだな。二人でなら、何だってできる……何だって守れるよな……!!」

「ああそうさ親友。僕らなら、ね」

二人、示し合わせたように笑顔で一歩踏み出して。



これが僕らの、色彩の勇者達の始まりだった————







そうして始まった僕らの放課後のヒーロー活動。二人だけの秘密の物語の始まり……だと思っていたのだけれど。


それは思いもがけぬ形で、新たな方向に転がっていった。


「くっ……こいつら一体一体は強くないのに……!!」

「ヌリツブーセ!ヌリツブーセ!」

「数が多いね……!!」

小等部に現れたヌリツブーセの群れ。いや、恐らく本体となる一体が居るんだったのだろうけれど。

「しつこい!!カレー鍋の油汚れくらいには!!」

「例えが主婦みたいになってるよ。しつこいのは同意だけどね!」

たとえ僕ら一人一人が力を持っても、無数の数の前ではかなり苦戦を強いられていた。


「というかマリーゴールドは!?こういう時に何か便利なことをしてくれるのがイケてる魔女じゃないの!?」

「確か、新たな色彩の勇者を連れてくるからそれまで時間を稼げって言ってたね。何はともあれやるよ、鉦一郎!!」

幾度かの戦いを乗り越えた僕らは互いの戦い方を理解した頃で、連携を駆使しながら無数のヌリツブーセを一体一体倒していく。

ティンカー・ベルの光り輝く妖精の粉で僕は宙を舞い敵を撹乱。その隙をミシェルが獅子の牙が如き氷剣で貫く。初めて共に戦うとは思えないくらいに連携は取れていて。

それでも、やはり数の差にはだいぶ押されてしまって。

「しまっ……!!」

「鉦一郎!!」

「ヌリツブーセ!!」

一手のミスが、致命的な状況に繋がった。



————瞬間、視界を黒が覆う。

「これ……は!?」

その黒は全て人の形をし、それぞれが剣や槍に盾を携えていて。

「ふん、すげえ数の敵がいるって聞いてたけど大した事ないな!!」

その声の方を向けば、先の黒とは対照的に黄金の鎧を纏った少年が一人。

腰に手を当て黄金の剣を前に突き出し、誇らしげにしていて。

「やるではないか!さすがイケてるわらわの変身させた色彩の勇者!」

「このくらいの敵なら俺達、"ゴールデン・ナイツ"だけでお茶の子さいさいだぜ!!」

少年とは思えない……いやむしろ少年だからこその高笑いを上げる。なんならマリーゴールドも揃って高らかな笑い声が校舎内に響いた。


ただ、それであっさり終わるような物語ではなく。

「It's not over!!ここからが本番だよ!!」

叫ぶミシェルの目線の先には倒したと思った筈のヌリツブーセ達が合体し、その巨躯で彼とマリーゴールドを叩き潰さんとする様。

「なんだよそのサイズ!!ズルだぞズル!!」

「させない!!」

「やらせない!!」

ミシェルも僕も駆け出して、マリーゴールドと少年へと手を伸ばす。

かろうじてギリギリ、横目にミシェルの腕がマリーゴールドを抱えたのは目にして。


けれど、僕の手は間に合わない。

反応が遅れたから、あと一歩届かぬところでヌリツブーセの腕が振り下ろされる。



————嫌だ。もう嫌だ。

手を伸ばして届かないのは。

目の前で何かを失うのは。



だから必死に駆ける。もう二度と失わぬ様に。二度とこの手から溢さないように。

「届けぇぇぇぇぇっ!!」

叫んで、叫んで、腕が千切れそうな程に前へと真っ直ぐに伸ばして。



でも、それは意味を成さなかった。



「っ……うおおお!?」

だって気づけば、黄金の光の粒が彼を空へと逃して、ヌリツブーセの攻撃は何も無いところを殴打していたのだから。


「い、今のは……」

「ナイスだよ鉦一郎!!」

「た、助かった〜……って別に?さっきのも俺一人で避けれたけどな?」

ミシェルはサムズアップで賞賛してくれてたが僕自身、この時は何が起きたのかわからないでいて。


けれど、確かに彼は無事だと認識もできて。


「なーにをゆっくりのんびりしてる下僕ども!!早くヌリツブーセを倒さないか!!」

「人使いが荒いなぁ!?」

「ま、僕もだんだん慣れてきたけどね」

「へん、所詮は図体だけだろ」

そう少年は言って、一歩前に踏み出し剣をヌリツブーセに向けて。

「いいこと教えてやる。王様ってのは、一人じゃなれないんだぜ!」

その言葉とともに再度彼の周りに影の兵士たちが現れる。彼に寄り添うように、そして彼に従うように。

「よし、僕らもやるとしようか!」

「ああ、いくよ!」

僕らも一気に地を蹴り、刃を構えて彼らと共に立ち向かった。




————そして戦いは終わりを迎えて。

「ありがとう、ゴールデンナイツ」

「最後のトドメも見事だったよ」

戦いを終えて僕とミシェルは変身を解いて彼に礼を述べた。

「クソーッ!!お前最後の最後俺に譲っただろ!!」

途端、彼は突っかかるようにミシェルの方に向かってきて。

「お前!!名前教えろ!!」

「え、ああ、僕はミシェル・Nノア・ステュアート。こっちは鉦一郎」

「俺は晴永 朝陽はるなが ともあき!!お前がみんな大好きな王子様なら、俺はみんなが尊敬してくれる王様になるんだ!!見てろよミシェル、お前なんか直ぐに追い越してやるからな!!」

仲間になったばかりで宣戦布告。子供らしいけれど、僕らは何となくすでに打ち解けていて。

「ああ。楽しみにしてるよ、朝陽」

「僕も楽しみにしてるよ」

「えー、鉦一郎はすぐに越せるし?」

「何でさ!?」


そうして二人だけだった色彩の勇者は三人に増えて、放課後のヒーロー活動はさらに光と彩りを増して続くことになったのだ……



—————————————————————



「なぁー、まだかよ鉦一郎ーーー」

「あと少しで揚がるからまってて」

そう言って僕はフライパンの中でじゅうじゅうと音を立てながら揚がった、薄く切られた芋のフライを皿に装う。

「じゃあミシェルこれお願い。朝陽も一人で全部食べちゃダメだぞー」

「わ、わかってるし!そんながめつくないし!」

「でも鉦一郎の作るチップスは美味しいからついつい食べちゃうよね」

そう言ってミシェルはテーブルに運んだら一つ摘んで、朝陽もすかさず手を伸ばす。


「よし、下拵えの大体はできたし……ここからはケーキの準備っと」

僕らはこうやって三人で上手くやってきた。

それぞれがそれぞれの個性を活かして、連携に連携を重ねて街の平和を守って。

何もかもが上手くいっていたと、そう思ってたんだ。


「あっ……」

「どうした鉦一郎?腹でも壊したか?」

「牛乳……買い忘れてた……」


そうあの日、脅威メナスが現れるまでは。



—————————————————————



「っ……ああああっ!!」

「ミシェル!!」

一薙。卓越した剣技の前に、ミシェルは軽々しく弾かれて。吹き飛ばされた先のコンクリートの壁に叩きつけられる。

「クソッ……なんだよお前!!」

朝陽によるゴールデン・ナイツの進軍。兵一人一人それぞれの練度も高く、決してヌリツブーセに遅れを取るような実力でもない。

なのにその脅威、彼の剣線はひとつ、また一つと影の兵たちを斬り伏せていく。


「これなら……!!」

その隙を、僕は背後から突くように短剣を振り下ろす。

勢いよく、鋭く一気に。

けれど、それはもう一方の剣に遮られ。

「っ……!!」

腕を絡め取られるように、流れるようにバランスを崩されて。

「————!!」

一閃。声を発する間も与えられずにそのまま僕自身も羽虫のように地面に叩きつけられる。


「その程度か。色彩の勇者」

そう彼は僕らを見ろして、静かに、厳かに呟く。

水に溶けたような薄い藍の混じった空白の使徒、"メナス"。

それは左手にカトラスを握り、右手は剣が如く変貌した鉤爪を携えていて。その名に相応しく脅威そのもの。

ヌリツブーセの一体も呼び出す事なく彼はその風貌——海賊が如く、蹂躙の限りを尽くした。


「心の色を……夢を糧に戦うと聞いていたが、期待外れだったな」

彼が少し落胆したように呟けば、両の剣に白き光のような……いや、むしろモヤのような白き闇が集って。

「終わりだ」

一歩。音もなく距離を詰められる。その鮮やかな足取りに感動さえも覚えてしまい、身動き一つ取ることさえ許されず。

「鉦一郎!!」

ミシェルの叫びに我に返る。

けど、もう間に合わない。

白刃が迫る。首筋目掛け、刃が飛ぶ。


1秒後、確実に僕の首と身体は離れている。それなのに、何故か落ち着いていて————



その時、一枚の紙がその斬撃を受け止めた。

「っ……!?」

「なるほど、まだいたというわけか」

白き紙は刃を覆っていたモヤを、それこそ白きキャンパスが絵の具を吸い取るように全て受け止めて。

続け様に茨という茨が彼を襲うように、そして僕らと彼を遮るように。

「これは……!?」

「なーにをしてる下僕ども!!早く逃げるのじゃ!!」

すぐさま聞き覚えのある、イケてる魔女の声が聞こえてきて。

「クソーー!!覚えてろよーー!!」

「行くよ鉦一郎!!」

「あ、ああ……!!」

咄嗟に金の粉を振り撒き皆を空へと飛ばす。

振り返ることもなく、一目散に逃げるように。


どんどんと遠くなっていくその姿。先ほどの茨も容易く切り裂くが、追っては来ず。

ただそれでも消えず残る彼の姿が、僕たちにとっての初めての敗北としてこの胸に、この記憶に強く刻まれた。



そうして、逃げ延びた先。僕らは息をあげて変身を解く。

「た、助かったよマリーゴールド……」

「全く、わらわと新たな色彩の勇者がおらんかったらどうなってた事やら……」

「新たな色彩の勇者……?」

ミシェルがその存在を問い掛ければ、その人は物陰からその姿を現して————

「お前は……!!」

「なん……で……」

思わず僕は言葉を失った。



—————————————————————


「朝飲み切ったのを忘れてた……」

「おっちょこちょいだな鉦一郎はー!」

「僕が買ってこようか?」

「うーん……でもミシェルにはもう色々やってもらったしなぁ……」

そう言って僕が腕を組みながら悩んでいれば、ガチャリと玄関が開く。

「ただいまー」

透き通るような、大人びた少女の声。よく耳を澄ませば足音ともにガサゴソというビニールの袋の鳴る音が近づいてきて。


「おかえり柝音たくと……ってそれは!」

「兄さん、牛乳買ってきたよ。忘れてると思ったから」


僕にとっての大切な家族の一人、妹の"旭 柝音"。

そして我らが頼れる四人目の色彩の勇者、"ホワイト・ライム"のおかえりだ。


—————————————————————



「で、こいつ誰?」

「柝音……!?」

戦いを終えた僕らの前に現れたのは僕の妹の一人の旭柝音で、思わず声をあげてしまう。

「何じゃ、知り合いか?」

「私の兄さん。最近放課後にコソコソ何かしてると思ってはいたけど、色々と合点がいった」

そんな僕とは対照的にとても落ち着いた様子の柝音。

「何で、何で柝音が色彩の勇者に……!!」

「何故ってそりゃ適性があったからじゃ。何なら今まで出会った中でも一番の適正じゃ!」

「Amazing!! 柝音が来てくれるならさっきの奴だって————」

「そういう話をしてるんじゃないよマリーゴールド!!」

声を上げて、自分が冷静じゃないことに気づく。けれど、上がり切った熱を下げる事は自分でも出来ないで。

「これは遊びじゃない……ヒーローごっこなんて生易しいものじゃない!!

「分かってる。マリーゴールドからはちゃんと聞いたから」

「とても危険で、もしかしたら命だって……心だって奪われるかもしれないんだ!!」

「でもそれは兄さんとミシェル兄さんも、彼もやってるんでしょ?」

「それは僕らは————」

言葉に、詰まる。口にした事を今の今まで、先の戦いまで一切自分で受け止めきれていなかったことを初めて理解した。


けど、でも。

「……駄目だ。柝音は絶対に戦わせない。こんな危険な事には巻き込ませられない」

「鉦一郎!!」

「……兄さんはそう言うと思ってた」

僕の言葉を聞いて、とても冷めた空虚に満ちた目で僕を見て。

「でも、私ももう守られるだけの子供じゃないから」

落ち着いた口調で静かに、僕を諭すように。僕なんかよりも遥かに大人びていて。その時はいつの間にか大きくなっていた彼女の背中を見つめ続けることしかできなかった。





そうして、夜も更けた帰り道。

僕は受け入れられない事だらけで、何を噛み砕く事もできなくて。

「鉦一郎、気持ちはわかるよ。柝音は僕らにとって大切な妹で、危険な目に遭わせたくないってことは」

ミシェルの言葉は、悔しいくらいに僕の心に染み入る。

ミシェルは柝音が小さい頃から知っている。家族ぐるみの付き合いだからそれこそ本当に自分の妹のように可愛がってくれて。

僕らは兄弟ではない。けれどミシェルにとって柝音は本当に妹同然だから、彼は僕と同じくらい彼女のことを考えてる。だから彼が無責任に言ってるのではないのだと分かってる。

「……僕だって柝音が協力してくれるなら嬉しいよ。僕よりもずっと大人でしっかりしてる柝音が仲間なら何よりも心強い。けど……」

僕自身が怖いんだ。柝音から心が、色が失われてしまう事が。

分かってる。僕が過保護で、もしかしたら僕自身が柝音の光を奪ってしまっているのかもしれない。分かってるんだ、これが僕の身勝手だって。それでも————


「Don't be afraid of any challenges. 例えどんな時でも、立ち向かうことを恐れてはいけない!」

不意をつくように放たれた言葉。思わず苦悩さえも吹き飛ばされて。

「な、何だよいきなり」

「これはダディの口癖なんだ」

「……それこそ、何でいきなり」

その問いかけにはミシェルは優しく微笑んで。

「鉦一郎は柝音を守りたい。その気持ちは大いにわかる」

「だったら……!!」

「けれど柝音も大人になって、自分のやれることを探してるんだと思うんだ」

それこそいつもの君みたいに、なんて付け加えられたから僕にはもう反論出来なくなってしまった。

「だから鉦一郎も恐れずに向き合ってあげて。柝音の気持ちと、君自身の気持ちに」

「……努力はしてみる」

「その調子だよ、鉦一郎」

その言葉は僕の背中を押すように、しっかりと一歩前へと踏み出させてくれて。

「じゃあ、また明日」

「Good night and have a nice dream!

また明日ね!」

僕らはそれぞれ帰路につく。来るべき明日にそれぞれで備えて。


「ただいま……」

「おかえり兄さん。ご飯、唯鈴と私は食べちゃったけど兄さんの分もあるからね」

「……うん、ありがとう」



眼鏡を拭いて、掛け直す。

きっと見落としてたものを、見るべきものをこの目で見る為に。



そしてその日は待つ事もなく、すぐに僕らの元へとやってきた————





「っ……!!」

「やはりその程度か、色彩の勇者」

空白の使徒、メナスとの再戦。僕ら三人だけでの決戦。再度剣を交えるがやはりその剣線を捉えることは困難で、次第に次第に押されていく。

「クソー!!鉦一郎、アイツは来てないのかよ!!」

「柝音は……」

「今はヤツに集中するんだ!!」

再度斬撃。奴が剣を振ると共に僕らを切り刻まんと、空を切る闇が飛ぶ。思考も思惑もまともに出来ぬほどに鋭く、疾く。

それでも、こんな状況でもここに柝音がいなくて良かったと心の底から安堵する自分がいだことに気づく。


「ブルースター、ゴールデンナイツ!!連携攻撃いくよ!!」

「ああ!!」

「やってやるよ!!」

光の粉を振り撒いて、僕とミシェルは共に空駆け奴との距離を一気に詰める。

朝陽の率いるゴールデンナイツが、そして彼の手にする聖剣が奴めがけて勢いよく一気に振り下ろされる。

「無駄だ」

されどそれは奴が剣を振るうまでもなく、目の前に白き闇を広げその全てを受け止める。

「何だよ……コレ……!!」

刃は阻まれ、反撃と言わんばかりに彼がその剣を振り上げる。


「させない……!!」

「行くよ、鉦一郎!!」

その背後を突くように、二人同時に一気に斬りかかる。

「相変わらず、期待外れだな」

朝陽の攻撃は闇で抑え続け、僕らの連携攻撃はカトラスと鉤爪で確実にそのまま動きを止める。

それでも、それに終わらせるつもりなんてなくて。柝音がいなくても戦えるんだと、それを示すために。

「今……だぁぁぁぁっ!!」

咄嗟の閃きだった。

他者を空に飛ばすことの出来るこの力なら、彼の盤石も崩せるのではないのかと。

そしてそれは、目論見通りで。

「っ……!!」

僅かに浮いたその足は、彼の体軸を揺らがせ、確かな隙を作り上げる。

「ミシェル!!」

「ああ……!!」

一瞬、その隙を逃す事なく突き出す。

不可視が如き早さでその短剣を。地獄の炎さえも凍らせんその氷剣を。

だが、それでも。

「……小細工は、好かないな」

「これ……は……!!」

「さっきの朝陽への……ッ!!」

白き闇は阻む。

僕らの心宿した一撃さえも。

同時、何かが頭の中に流れ込んでる。


————竹刀の振りすぎで手に豆ができた。


「なんだ……よ……これ……!!」


————足の皮も剥けるほどに擦り足を重ねた。


「これは……記憶……?」


————きっとこれは夢、何て大層なものじゃない。けど、それでも夢中になれていた。ただ全力で、真っ直ぐに、打ち込めた。見たい景色もを目指して進み続けていた。

それなのに————



濁流のように、堰き止めようにも流れ込んでくる。

誰かの記憶、誰かの想い……憧れにも似た、明るい光に満ちた心。なのに、苦しく悲しい

いや、きっとこれは誰かじゃない。これは————



「遊びは終わりだ」

「っ……!!」

彼は構える。その剣を、夥しい程の闇を纏わせて。

この目に映る程にそれは強大で、決して逃さずここで仕留めるという意思の表れ。

「どうすんだよミシェル、鉦一郎!!」

「あれは……避けられないね」

「万事休すって所かな……」

でも振り上げるその動きがあまりにも清廉で、研ぎ澄まされていて思わず見惚れてしまうほどで。

どうしようもないくらいに、この心は落ち着いてしまうほどで。



『Who killed Cock Robin?』


それでも、ここで物語を終わらせるのは————


『I, said the Sparrow, with my bow and arrow,』

「こらーーー!!そうはさせぬぞ下僕共ーー!!」

『I killed Cock Robin.』


僕らの魔女たちが、許してはくれなかった。



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