第17話 四姉妹と温泉に行かせて下さい!

 車は安全運転で進んでいる。


「あー、怖っ。俺、ペーパーなのにこんなデカイ車、キツいだろ」

「はいはい、父上。文句言わない。六人乗れる車、借りてきてあげたんだから、しっかり安全運転するように」


 七人乗りのアルフォードを運転しているのは、もちろん若菜父だ。

 運転席の後ろのシートに座っている舞が、この車をどこからか借りてきた。

 若菜家には、自家用車がないからだ。


 人気のミニバンで、そこまで高価でもないが高級感もある良い車だ。

 どんなツテで借りられたのか、舞は謎が多い。


「ちっ、いつもどおり五人なら、普通の車でよかったのにな」

「これからは増えることはあっても、減ることはないですよ」

「どうやって増やす気だ、鳴爽ぁ!」


 鳴爽は、三列になったシートの一番後ろに座っている。


「そうですね、でもあと三年は先ですかね」

「私を見ながらなにを言ってるんです……私のお腹見るの、やめません?」


 鳴爽の隣の絆奈が、じろっと睨んでくる。


 もちろん鳴爽は絆奈が新しい生命を授かる日を妄想している。

 今のところ、新しい生命を授ける儀式のほうに興味津々だが。


「つーか、この座り方、おかしくねぇ?」

「父さん、まだ言ってるの……?」

「だってなあ、乃々香」


 若菜父はずいぶんと不満たっぷりなようだ。


「俺は特におかしいとは思いませんが……満足です」

「だろうな!」


 運転席に若菜父。

 その後ろのシートに舞と乃々香。

 さらにその後ろのシートに絆奈とみつば、二人に挟まれる形で鳴爽。


 以上が、この七人乗りミニバン内の座り方だ。


「普通、助手席に誰か座るだろ!?」

「カーナビあるから助手はいらないんじゃない?」

「ふざけんな、舞! 助手席に座るのは――その、運転手への礼儀ってもんだろ!」


「お兄さん、このお菓子美味しいよ。これも食べてみて。あーん♡」

「あーん」


「あーん、すんな! 堂々と中学生とイチャついてんじゃねぇよ、鳴爽!」

「でもこの旅行、お義父さんからのお詫びって形ですよね? 多少の不満は受け入れないと」

「くっ……!」


 そう、父は家出を娘たちに詫び、一泊二日の温泉旅行を提案してきた。

 鳴爽にすすめられたとおりの展開になったわけだ。


 鳴爽も同行したのは、“三日”ほど鳴爽家に泊めてもらった礼も兼ねて、ということになっている。


「まさか、父上が四日も家を空けるなんて……寂しかったなー」

「舞、おまえが一番なんでもねぇだろ。温泉行きたいだけじゃねぇか」

「そんなことないよ。あたしもまだ親のスネかじりだし、父親の家出はねぇ。世間的にはあたしが父上の代理になるから、プレッシャーハンパなかったよ」


「そうでしたっけ? 姉さんが家のことは仕切ってましたし、家事は私がしてましたし、お姉さん、いつもどおりダラダラしてたような……?」

「絆奈、あたしは普段どおりの姿を妹たちに見せることで安心させてたんだよ」


「ものは言い様だな……こいつは本当にたくましく育ちやがった」

「そりゃ、父上に育てられたので♡」


「…………」


 鳴爽は、若菜家には謎があることをとっくに認識している。

 その中でも、本当にわかりやすい謎が一つあることも。


 若菜家の母親は、どこにいるのか――?


 だが、言いたい放題の鳴爽でも「母親は生きているのか死んでいるのか、生きているならどこにいるか?」とは訊けない。


 舞が今年21歳で、みつばが15歳。

 少なくともみつばが生まれた時点で、舞はとっくに物心ついている。


 乃々香は3歳、絆奈は2歳なので、もし母親がみつばが生まれてすぐに――だとすると覚えてない可能性もあるが。


 さすがにそんな推測は口には出せない。


 しかし、この温泉旅行で少しでも真実に近づきたい。

 彼女たち四姉妹を全員もらうためには、彼女たちの真実抜きには達成できない。

 そんな確かな予感があった。



「はー、いいお湯ですね。やっぱ露天はいいなあ」

「……おまえ、いい身体してんな。柔道全国制覇は伊達じゃねぇってか」

「きゃっ」


 鳴爽は慌ててお湯に肩までつかる――フリをする。


「ふざけんな。野郎の裸を見て喜ぶ趣味はねぇよ!」

「俺も見せて喜ぶ趣味は――まあ、四姉妹になら見せたいですね」

「人の娘を相手に性癖披露すんな!」


 というわけで、無事に温泉に到着。

 荷物を置いて、さっそく浸かりに来たわけだ。


 四姉妹も今頃全裸でお風呂中のはずだが、残念ながら別々だ。


「冗談じゃねぇぜ。なにが悲しくて、鳴爽と裸の付き合いなんか」

「既にウチの風呂に三日も入れてあげた仲じゃないですか」

「その節はお世話になったよ、ありがとよ!」


 鳴爽家に三日間泊まっていった父は、意外に楽しそうだった。

 たまには家族から離れてまったく違う生活をすることも必要なのかもしれない。


 さすがにそれ以上は娘たちを放っておけない――

 いや、毎日若菜家を訪ねる鳴爽を放っておけなかったようで、家に帰ったが。


「まあ、俺は三日のうち二日は若菜家に泊まってたから、結局なにもお世話できませんでしたけどね」

「いや……快適に暮らせただけでもありがたかったわ。あのマンション、24時間ゴミ出しOKなんだな」

「そこですか? マンションって今はだいたいそうじゃないですか?」

「そんなことねぇだろ。俺をこどおじだと思って適当に言ってるだろ」

「いえ、こどおじじゃないでしょ。お義父さん、両親の世話になってるわけじゃないんですから」


 温泉でなにを語り合っているのだろう、と鳴爽は笑いそうになる。


「あ、そうだ。よく昨日の今日でこの旅館の予約、取れましたね。けっこう高いんじゃないですか、ここ?」

「老舗だが高くはねぇよ。ここ、馴染みの旅館でな。多少は融通が利くんだ」

「へぇ……」


 若菜父は顔が広いという話は本当らしい。

 ここは隣県の旅館だが、広範囲に知り合いがいるようだ。


「おおっ、そこにいるのはもしかして若菜の兄ちゃんか!」

「ホンマや! ひっさしぶりやなぁ!」


「あ、どうもお久しぶりっす」


 露天風呂に入ってきた初老の男性二人が驚いたような声を上げた。

 どうやら、若菜父の知り合いらしい。


「この若いのは……あれ、若菜の兄ちゃんトコは娘さんじゃなかったか?」

「ああ、そうやった。なんかえっらい可愛らしいのが二人おったよなあ」


「いえ、こいつは……娘の友達です。ウチは娘四人っすよ」

「そうやったっけ! いやー、久しぶりすぎて忘れとるわ!」


 ワイワイと若菜父と初老の二人が盛り上がり始める。

 一応、鳴爽も如才なく挨拶したが、この三人の輪には割り込めそうにない。



「ただいま――って、あれ」


「あ、お兄さん、おっかえりぃ。遅かったね」

「女の子よりお風呂長いの、珍しいね……」

「鳴くん、浴衣似合うじゃん。背が高いとなに着てもサマんなるねえ」

「あれ、お父さんはどうしたんですか?」


 鳴爽が部屋のふすまを開けると、四姉妹も既に温泉から上がっていた。


 若菜父と知り合いたちの会話に思ったより長く付き合っていたようだ。


「お義父さんは知り合いがいたみたいで、しばらく戻ってこないんじゃないかな」

「あー、どっかのおじいちゃんたちだよね。あの人ら近所で、温泉にだけ入りに来てるんだよ」

「なるほど……」


 頷きつつ、鳴爽はくつろいでいる四姉妹を見つめる。

 全員、旅館の浴衣姿だ。


 もうあたたかい季節なので、上着は羽織っていない。


 舞などは前を半分開いていて、おっぱいがちらりと覗いている。

 見たところ、誰もブラジャーは着けていないようだ。


 室内にいる限り、鳴爽にとっても歓迎するべきことだ。


 絆奈などはきっちり前を合わせていても、くっきりした谷間が覗いている。

 これはしっかり脳に焼きつけておく必要がある。


「みんなも浴衣似合いますね。うん、可愛い」

「ストレートに言うなあ、鳴くんは。なんか、身体の一部に視線が来てる気もするけど」


 くすくすと笑う舞は、珍しく肩までの髪を後ろで縛っている。


 セミロングの乃々香は短い三つ編み、ロングの絆奈は後ろでまとめ、同じくロングのみつばは、ポニーテールではなくツインテールに結んでいる。


「どうどう? ボクも浴衣似合うよね?」

「ああ、すっごく可愛い。このままお持ち帰りしたい」

「まだ来たばっかだよ、帰るの早すぎ!」


 にやにやと笑いながら、みつばはくるくる回っている。

 中学生の彼女には温泉は面白くないかとも思ったが、楽しんでいるようだ。


「でも、あのおじいさんたちが来てるの……ちょっと外に出づらいかも……」

「え? 乃々香先輩、なんでですか?」

「ううん、気にしないで。わたしだけの問題だから……」

「はぁ」


 若菜家の秘密、新たに追加。

 そろそろ、優秀な鳴爽の頭脳でも覚えきれなくなりそうなので、整理が必要そうだ。


「鳴爽くん、男湯の露天はどうでした? 男女でけっこう景色が違うんですよ」

「あー、景色なんて見てなかったかも。絆奈たちの全裸がずっと頭に浮かんでて」

「風情がなさすぎですよ! もっと温泉を楽しんでください!」

「わ、わかってるって」


 半分冗談だったのだが、怒られてしまった。


「ああ、そうだ、鳴くん」

「なんです、舞さん?」


「ここ、家族用の貸し切り風呂もあるんだよ。鍵掛けて入れちゃうヤツ」

「……お義父さんと入ってあげるんですか? 泣いて喜びそうですね」

「ちゃうちゃう。父上はおじいさんたちと盛り上がってるんでしょ。お酒入るんじゃない? 父上、お酒弱いから夜はぐっすりだよ」


「もったいないですね。せっかくの旅館の夜なのに」


 ちなみに、鳴爽と若菜父、四姉妹は同室だが、ふすまで仕切りって別々の部屋で寝ることになっている。

 さすがに鳴爽はもちろん、父も四姉妹と布団を並べて寝られない。

 つい先日、鳴爽は四姉妹と布団を並べたが。


「修学旅行じゃないんだから、いいんだよ。それより――12時になったらコッソリ部屋を抜け出すよ」

「……つまり?」


「もちろん、あたしたちと家族風呂、入ろう。タオルも水着もなーんにも無しでね♡」

「…………」


 鳴爽は、舞以外の三人の顔をさっと確かめる。

 乃々香と絆奈は顔は顔を赤くして目を逸らし、鳴爽の前で回っていたみつばも、頬を染めて恥ずかしそうに笑っている。


 鳴爽は、こくんと頷いて。


「温泉旅館でセックスって、不倫カップルみたいですね」

「どういう発想ですか!? というか、セック――そんなことするとは言ってません!」

「なんだ、そうなのか」


 てっきり、四姉妹が先日の泊まり込みのお礼に――という展開かと思った。

 なかなか美味しい話というのはないものだ。


 だが、一泊二日でも温泉旅行はまだ始まったばかりだ。

 お楽しみはこれからだろう。

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