第15話 三女をいかがわしい街に連れて行かせて下さい!

 授業が終わり、鳴爽は席を立った。

 話しかけてきた友人たちと適当に雑談してから、教室を出る。


「あのっ、鳴爽くん、待ってください」

「ああ、絆奈」


 スマホを操作しながら廊下を歩いていると。

 すぐに後ろから声がして、振り返ると絆奈がいた。


「歩きスマホはよくないですよ」

「外ではやらないよ。どうかしたのか?」


「いえ……今日もウチに来るんですか?」


 絆奈は声をひそめ、周りを気にしつつ言った。

 まだ二人の――鳴爽と若菜家の関係を人に知られたくないのだろう。


「時間はちょっとわからないけど、行くつもりだよ。昨日はお尻だけだったから、今日こそは」

「そこで止めないでくれます?」


 絆奈は、さっと腕で胸を隠す。

 自分のGカップが危機にさらされていることはよく理解しているらしい。


「とりあえず、歩きながらでいいか?」

「いいですよ。あなたと二人で歩いてると目立ちますけど……」

「それはこっちの台詞だな」


 鳴爽は、はははと笑う。

 実際、廊下にいる男子どもが羨ましそうな目を向けてきている。


 若菜絆奈といえば、校内では知らない者はいない。

 清楚な長い黒髪が似合う美少女で、おまけに制服の上からでもわかる胸のボリューム。


 特に男っ気のなかった彼女に、鳴爽が近づいていることも最近は噂になっているらしい。


「時間がわからないってなにか用があるんですか?」

「束縛する系なんだな、絆奈って。いいなあ、俺が四人を独り占めにするばかりだったけど、独占されるのも悪くない」

「なんでも良いように受け止めますよね……」


「世の中、悪いように見ようと思えば悪いことしかない。受け止め方は大事だろ」

「含蓄のあるお言葉ですね。私たちのことばかり気にしてますけど、鳴爽くんも謎の多い人ですよ」


「俺にはたいした過去なんてないよ。ハーレムラブコメは、ヒロインさえちゃんと描いておけばよくて、主人公はうらやましがれておけばいいんだ」

「みつばじゃないんですから、ラノベの話をされても」

「ラノベ作家だからな、俺は」


 まだ一冊も出していなくても、大賞をもらっているのだからそう自称してもいいだろう。


 二人は並んで校門を出て、歩き出す。


「駅に行くんですか?」

「ああ、ちょいと電車で移動だな」


「というか、用って本当になんですか……?」

「ちょっと、お義父さんを見つけてこようかと思って」

「えっ!? み、見つかったんですか!?」


「これからかな。そうだな、お義父さんを捕まえるなら俺一人のほうがいいかと思ったけど、絆奈がいると助かるかも」

「み、見つかるなら私も一緒に行きたいですけど……本当に?」

「俺が嘘を言ったこと、あったか?」

「…………っ」


 鳴爽が絆奈に顔を近づけると、彼女は真っ赤になって後ずさった。


「昨日のうちに見つけてもよかったんだが、せっかく合法的に美人四姉妹の家にお泊まりして、三女を狙えるチャンスだったし」

「狙い撃ちですか!?」


「まさか、女子大生、女子高生二人、女子中学生の下着姿を見られるとは……もうお義父さんの条件とかどうでもいいから、四人とももらいたかった」

「とんでもないこと企まれてました!?」


「冗談だよ。俺は嘘は言わないし、約束も守る。守るためには、約束した相手がいないと始まらないからな」

「……だから、お義父さんを捜してくれるんですか?」


 不意に、絆奈はぴたりと立ち止まった。

 鳴爽も足を止め、振り返って絆奈の目を見つめる。


「……もしかすると、お義父さんはこのままいなくなったほうが幸せなのかもしれません」


「いや、違う」

「思わせぶりに言ったのに、ノータイムで否定ですか!?」


「こんな可愛い娘が四人もいる以上の幸せなんてあるのか?」

「どこにでも幸せはあるんじゃないですか? あなたのように、なんでも良いように受け止めるなら」


「美人四姉妹が絡んでくるなら話は別だ。絆奈たちを娘として可愛がれる男は、この地上にあの人だけなんだからな」

「それはそうですけど……」

「いなくなるほうが幸せなんて、ありえない」

「…………」


 絆奈はなにか言いたげだが、また歩き出す。

 鳴爽も、またその横に並んだ。


「絆奈たちを女の子として可愛がれる男も、この地上に俺だけなんだけどな」

「それはそう……ま、まだ可愛がっていいなんて言ってませんからね!?」

「まだ絆奈のお尻しか可愛がれてないからなあ」

「もうお尻のことはいいです!」


 絆奈は、鳴爽をギロリと睨んで。


「というか、キスもしたこと忘れてませんか……?」

「忘れるどころか、隙あらば二度目三度目、ディープなヤツを狙ってはいるんだが」

「思った以上に私って危険にさらされているのでは……」


 迂闊なことに、狙っている女子を警戒させてしまったらしい。

 ハイスペックな鳴爽でも女子の取り扱いの経験が少なすぎて、失敗してしまう。


「い、いえ。それより……本当に心当たりがあるんですか、鳴爽くん?」

「まあ、騙されたと思ってついてきてくれ」



「騙されました!」


 絆奈が、がーっと鳴爽にくってかかってくる。


「ど、どういうことですか! なんでこんな……そ、その、いかがわしい場所に……」


 だんだんトーンダウンしていく絆奈。

 涙目になっている。


「待て、落ち着け。周りをよく見ろ」

「よく見て言ってるんですよ! ど、どう見ても……ラ、ラブ……」


 清楚な絆奈は口には出せないらしい。

 確かに、ぱっと見はここは――


「そうだ、ラブホばかりに見えるだろう。どうだ、まだ昼間だっていうのに何組もご休憩して、ここから半径五十メートル内で何人も猿のようにヤりまくってるわけだ」

「詳しく説明しないでください!」


「も、もう少し待ってくれるかと思ってたのに……ケ、ケダモノっ」

「……もう少しでOKだったのか」

「なにか言いましたか!?」

「イイエ」


 鳴爽は、ふるふると首を振る。


「いやいや、冗談だって」

「冗談じゃなくて、実際に私をホテル街に連れて来てるじゃないですか……」

「さすがに、このあたり全部がラブホじゃないって。そこまでこの国の性も乱れてないよ。ほら、あれだ」


 鳴爽が、近くの雑居ビルを指差した。


「DVD・アダルトトイズ、使用済みも買い取りOK。ヤバガチャ入荷しました……がうっ!」

「うおっ!?」


 かぷっ、と絆奈が鳴爽の手を取って噛みついてきた。

 甘噛み程度で大して痛くはないが、驚いてしまう。


「な、なにを見せてくれてるんですか! 音読しちゃったじゃないですか!」

「俺、読めとは言ってないけど……そうじゃない、その上だよ、上」

「上……?」


 絆奈が視線を上に動かす。

 そこにはネットカフェの看板が出ている。


「まあ、なんでこんな場所にって感じだけどな。普通の客、入るのかここ?」

「あ、ちょっと待ってください……ひ、一人にしないでください」


 鳴爽がさっさとビルに入ると、絆奈も慌ててついてくる。


「……本当にネカフェなんですか? ネカフェに偽装したいやらしい場所とか……」

「あと少し待てば普通にできるのに、慌てて騙すこともないだろ?」

「なるほど」


 絆奈はあっさり納得したようだ。

 危なっかしくて目が離せない女の子だ。


「トシミツ」

「ん? ああ、来たんか、ミチナガ」


 鳴爽はネカフェのフロアに入ると受付にいた男に話しかけた。

 今時は少ないロンゲの金髪で、耳にはバチバチにピアスを着けている。


 店のエプロンをつけているので、店員なのだろう。

 お世辞にもガラがいいとは言えない。


 絆奈でなくても、一般人ならすぐに回れ右して帰るような店だ。


「言っておくが、俺はなんも知らねーぞ。最近はうるせーんだ。客のことなんて、ヨソに漏らせねーんだ」

「わかってる、俺もなにも知らない。ここって、個室も鍵かからないよな?」

「鍵なんてかけたら、なにするかわかんねー客ばっかだよ」


 トシミツと呼ばれた金髪ロンゲは、ぼそりと番号をつぶやいた。

 鳴爽は軽く手を挙げ、そのまま受付を通りすぎていく。


 後ろをついていく絆奈に、トシミツはもの凄く興味深そうな目を向けてきた。

 彼女は目を逸らして。知らんぷりしたようだ。


「えっと……ああ、ここだ、ここだ」


 鳴爽はためらわずにドアを開いた。


「え? なんだ……って鳴爽ぁ!?」


「お迎えにきました、お義父さん」

「えぇっ、本当にお父さん……!」

「き、絆奈まで!?」


 シートに寝転がってスマホをいじっていた男――若菜父が慌てて立ち上がる。

 黒いTシャツにジーンズというラフな格好で、くつろいでいたらしい。


「な、なにしてんだ、絆奈! こ、こんないかがわしい街に!」

「お義父さん、外に泊まりたいならウチに来てください。四姉妹以外は泊めたくないですが、お義父さんだけは別です」


「話を進めんなよ! お、おまえ……なんでここが……?」

「俺もお義父さんほどじゃないですが、顔は広いんです」


 鳴爽は、ごく簡単に説明する。


「じゃ、行きますか。ウチはけっこう快適ですよ。週二回、メイドも通ってきますし」

「俺の娘じゃねぇか!」


「絆奈、とりあえずここを出るから、お義父さんを捕まえといてくれ。逃げられると面倒だけど、娘を振り切ってまで逃げないだろ」

「は、はい」


「む、娘が父より男に従ってるような……」

「変な言い方しないでください。い、いいから、ここを出ましょう。私には刺激が強いです、この街は……」

「うっ……」


 さすがに、父も娘をこのいかがわしい場所には置いておけないだろう。

 絆奈を連れてきたのはナイス判断だった、と鳴爽は自分を褒めたくなってきた。


 絆奈の言うとおり、まずはここを出ること。

 若菜父から話を聞くのは、それからだ――

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