第6話 娘さんを通い妻にして下さい!

「お義父さん、お嬢さんたちに通い妻になってもらいたいんです」

「よし、今日こそケリをつけてやらぁ」


 父はお馴染みの作務衣の上を勢いよくはだけた。

 中年にしては引き締まった身体が現われる。


「待ってください、誤解があると思います」

「今の台詞のどこに、誤解の余地があんだよ!」


 こちらもお馴染みの、若菜家の居間――

 鳴爽は、またもや若菜父と卓袱台を挟んで向き合っていた。


 放課後、学校帰りに若菜家に直行し、父への面会を申し出たのだ。

 なお、今日は夕食会の日ではない。


「おまえは、いちいち俺に妄言を吐かねぇと気が済まないのか? 俺を高血圧で殺して、娘たちを手早くゲットしようってわけか?」


「とんでもありません。俺は、お義父さんから出された条件をクリアする気満々ですよ」

「だったら、なんなんだよ! おまえ、(仮)だかなんだか知らんが、絆奈と付き合うんじゃねぇのか!」


「それは続行しますが、他の三人を放っておくわけにもいきません」

「放っておいてほしいんだがな」

「少なくとも、俺は彼女たち三人にも告白しました。告って、OKをもらって、放っておくのは筋が通らないかと」

「四人と付き合おうとしてるほうが、よっぽど筋が通らんな」


「そういうわけで、通い妻です」

「脈絡がわからねぇ!」


 父は、バンと卓袱台を殴りつける。


「ところで、お義父さんは無職なんですか? 今日は平日ですし、いつ来てもいますよね?」

「もっと脈絡がねぇな! おまえなあ、無職で娘を四人も養えると思うのか?」

「思わないので、なにかヤベぇ秘密があるのかと今日まで黙ってました」

「とんでもない誤解をされてんな、俺……」


 父は嫌そうな顔をして腕組みする。


「俺は今、在宅ワークなんだよ。ライター業やってんでな。金になるなら、女性ファッション誌の記事だって書くぜ。オファーがありゃあな」

「へぇ、ライターさんなんですか。取材とか行かないんですか?」


「なんせ、ウチの娘たちが美人揃いなんでな。家を空けると、どんな悪い虫が寄ってくるかわかったもんじゃねぇんで、取材の必要がない仕事を選んでてな」

「大変ですね」

「おまえが悪い虫だっつってんだよ!」

「一寸の虫にも五分の魂と言います!」

「虫を認めんなよ! ごめんな、言いすぎたよ!」


 父は叫んでから、ふうっと一息ついて。


「……ともかくだ。通い妻とかふざけんなよ」

「俺はここ何日か、若菜家にお邪魔してます」

「呼んでもいねぇのにな」


「四姉妹が普段どんな生活をしているのか、見せてもらっています。風呂とか」

「その件については、俺も詳しく聞き出したいんだがな……」

「みつばちゃん以外の三人はおっぱい大きいですね」

「そんなことを聞き出したいんじゃねぇよ!」


「あ、みつばちゃんも伸びしろは充分あると思いますよ?」

「中学生相手にも遠慮のねぇ野郎だな、おまえは……」


「それはそれとして」

 鳴爽もその話題を続ける危険を察知したらしい。


「とにかく、四姉妹の生活は見てきました。だったら、俺も見せなければフェアじゃないと」

「そんなトコだけ真面目になんなよ」


 鳴爽はなにに対しても大真面目だ。

 冗談を口にすることはあっても、実際の行動はすべて真剣だ。


 父もそれがわかりつつあるらしいが、ツッコミだけはやめられないらしい。


「通い妻ってな……久々に聞いたぞ、そんな単語。せめて、もっと穏便な言い方はねぇのか?」

「通い妻は四姉妹のネーミングです。正確には舞さんですが」

「舞ーっ! くそっ、あいつ今日はいないのか!」

「大学生ですからね。明るいうちに帰ってくるほうが珍しいんじゃないですか?」


「そうだった……くそっ、要するに娘たちもOKしてんのかよ、通い妻」

「というより」


 ちらっ、と鳴爽は横を見た。


 そこには、絆奈がちょこんと正座している。

 まったく口を挟んでいないが、さっきからすぐそばにいたのだ。


 さっきの鳴爽の「みつば以外はおっぱい大きい」発言のときは膝を乗り出しかけたが、こらえたらしい。


 ちなみに乃々香は生徒会、みつばは友達と遊んでいるようで、まだ帰宅していない。


「俺の生活も見てほしい、と言ったら娘さんたちのほうから自宅訪問を提案された感じで」

「おまえら、なんの話をしてんだよ、いったい?」


 ギロリ、と父は三女を睨む。

 絆奈はぷいっと目を逸らす。


「生活っつったって、おまえもただの高校生だろうが。わざわざ見るほどのもんがあるのか?」

「さあ、そこは自分ではわかりません」


 鳴爽はそこまで言って、ふと気づいた。


「一応言っておきますが、俺は一人暮らしです」

「危ねぇ! そんな家に娘たちを通わせられるか!」


「安心してください、お義父さんの許可もなく娘さんたちとセックスしません」

「そんなもん、許可を求められても困るんだが……」


「許可をいただいてセックスしたあとは、帰るときにもお義父さんに“終わりました”と連絡します」

「俺はラブホの受付か!」

「最近は自動精算なんで、フロントに電話はしませんよ」

「知るか! そんなトコ、すっかりご無沙汰なんだよ、中年ナメんな!」


 男二人で馬鹿な会話をしてから、鳴爽も父もはっと気づいた。

 恐る恐る横を見ると、絆奈が真っ赤な顔をしてうつむいている。


 生々しい話は、この潔癖な三女には刺激が強いらしい。


「んんっ。それでだな」


 父はわざとらしく咳払いする。


「おまえ、なんで高校生の身空で一人暮らししてんだ? その……この前、家族崩壊とか不穏なことぬかしてたが……」


 さすがに父も言いづらそうにしている。

 だが、よほど気になっていたらしく、訊かずにはいられなかったようだ。


「あ、別に実家を追い出されたわけじゃないです」


 鳴爽は笑って、首を横に振る。


「ただ、家族が家に揃っていても誰も得しないので。俺の高校入学を機に一家離散しました。今は家族全員バラバラですね」

「おまえ、淡々と説明しやがるな……あー、それで、なんだ?」

「なんですか、お義父さん?」


「私もそのあたり、詳しく聞いてませんけど……鳴爽くん、大丈夫なんですか?」


 心配そうに、絆奈が口を挟んでくる。


「ん? 大丈夫って?」

「要するにだな、絆奈が言いたいのは……親からその……なんかひでぇ目に遭わされたんじゃねぇかって話だよ。言いたくなきゃ言わなくていい」


「あー、そういう。全然そんなことはないです。親父にもぶたれたことないですし、バイオレンスな話とかではありません」

「そ、そうか。それならいいんだが……一応、そういう問題にはツテがあるんでな」

「はぁ」


「おまえは気に入らないが、まだガキだ。家庭のことで困ってるなら助けないほど俺も腐ってねぇ」

「ありがとうございます、お義父さん」

「つっても、おまえに娘全員をやるって話は全然別だからな!?」


「なあ、ツンデレだよな、お義父さん」

「え、ええ。あまり素直なタイプではないですね……」


「絆奈、鳴爽! 聞こえてんぞ!」

「あ、すみません。ですが、大丈夫です。親からは生活費も学費も出てますし、金銭面でも困っていません。ただ、家族全員ガチで嫌い合ってるだけで」

「それも相当な話なんだが……」


「そういうわけで、俺はそれなりにぼっち暮らしを楽しんでいるので、娘さんたちには安心して通い妻してもらいたいんです」

「どうしても通い妻だけは強行したいわけだな!」


「ま、まあ……私たち、実際にまだ鳴爽くんのことをよく知らないので」

「それでよく、あんな無理難題を吹っかけたもんだな。絆奈、おまえも相当だぞ」


「そ、そうでしょうか。でも、この人、“四人全員好きです! 付き合ってください!”って言ってきたんですよ?」

「そうだったな。よく吹っかけた、絆奈」


 手のひらがドリルのようにくるくるする父。


「私だけは、“どの口で私に好きとか言うのか”と思いましたけどね……」

「ん? なんだ、絆奈。なんて言った?」


「あ、いえ、なんでも……」

「絆奈だけは“どの口で私に好きとか言うのか”と思ったらしいです。思わせぶりなこと言うよな、絆奈って」

「わーっ! そこは聞こえなかったことにしてください!」


「おい、絆奈。おまえ、過去にこいつになんかされたのか?」

「そういうわけでは……ないような、あるような」

「ラブコメのヒロインっていうのは、もったいぶるものですよ、お義父さん」

「誰がラブコメヒロインですか!」


 敬語の黒髪ロング美少女キャラというだけでも、ラブコメヒロインっぽい。

 そんなことには気づいていない絆奈だった。


「だが、一理あるな」

 父はあごに手を当てて考え込み出す。


「ですよね、ラブコメヒロインは情報を小出しにしてなんぼですよね」

「そこじゃねぇよ。鳴爽のことを知っておくことは必要だってトコだよ」


 ぎろっ、と鳴爽を睨む父。


「こいつは追い払ってもあきらめるわきゃねぇし……」

「だいぶ、俺のことを理解してくれているようですね」

「そんだけグイグイ来れば、わかりもするよ! ああ、性格だけはわかったが、他にも知っておくことは山ほどあるだろうな――おい、絆奈!」

「は、はい」


 絆奈はさっと立ち上がる。


「通い妻ってネーミングはともかく――鳴爽の家に行け」

「え、いいんですか、お父さん?」


「大丈夫です、もしも流れで絆奈とそうなっても、“終わりました”の連絡はきちんとします」

「流れで娘をいただこうとすんな! そうじゃなくてだな!」


 父も立ち上がり、びしりと鳴爽に人差し指をつきつける。


「可愛い娘を一人で行かせられるか! 俺も同行して、鳴爽家を見せてもらおうじゃねぇか!」


 父はきっぱりと宣言し、再び腕組みして鳴爽を見下ろす。


「……まさか、保護者に見られながら絆奈をベッドに連れ込むことになるなんて」


「おまえはどんなプレイをするつもりなんだ!?」

「まだ(仮)が始まって、一ヶ月経ってませんよ!?」


 馬鹿しかいない若菜家の居間だった。


 とりあえず、父と三女、二人での鳴爽家訪問は決まったようだ――

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