第4話 家族団らんにまぜて下さい!

 夕飯のメニューは、ハンバーグだった。

 もちろん手作りで、絆奈の愛情がたっぷり込められている(鳴爽視点)。


「おお、美味い! 絆奈、料理なんてできたんだなあ」

「若干引っかかる言い方ですが、ありがとうございます」


 若菜家の居間には、若菜父・若菜四姉妹と鳴爽が卓袱台の周りに集まっている。

 まるで昭和の食卓――たとえるなら、サ●エさんのようだ。

 だったら俺はマスオさんだろうか、と鳴爽は考える。


 卓袱台の上にはボリュームたっぷりのハンバーグ、付け合わせのにんじんとフライドポテトとブロッコリー、バターライス。

 それに油揚げの味噌汁がついているのが家庭的で好印象だ。


「特別なもん出さなくていいって言ったが、結局割といいおかず出してるな」

「いいじゃん、父上。鳴くんは育ち盛りなんだし、ボリュームのあるもの出してあげないと」

 ぶつぶつと文句を言っている父をたしなめているのは長女の舞だ。


「う、うん。まさか冷凍食品ってわけにもいかないし……」

「ボクは美味しい物食べられるなら、毎日お兄さんに来てもらいたいなー♡」


 と、続けて次女の乃々香、四女のみつば。


「私も普段よりボリュームのある料理をつくるのは勉強にもなりますし。次はトンカツか、カレーか……カツカレーでしょうか?」

「俺、好き嫌いはないんでなんでもイケる。なんでもどん欲に食うよ」


 料理を担当した三女の絆奈は、鳴爽の様子を注意深く見守っていたらしい。

 自分の味を楽しんでもらえたか、気になって仕方ないようだ。


「ふん」

 作務衣姿の父が、面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「なんでもって、女だけじゃなくて、食い物にも見境ねぇんだな、おまえは」

「はい!」

「はい、じゃねぇよ!」


「あ、違いますね、俺はあくまで四姉妹にしか興味ないので。たとえトップアイドルが路上に全裸で転がっていてもスルーします」

「そこは助けてやれよ。興味なさすぎだろ」


 早くもお馴染みになった漫才を続けている鳴爽と父。


「つーか、絆奈よ。気になってたんだが」

「なんですか、お父さん?」


「なんで鳴爽の野郎だけ目玉焼きが乗って、一人だけワンランク上みたいになってんだ?」

「あ、これは……すみません。うっかり玉子を買い忘れてて、一つしかなかったので」


「その場合、大黒柱の俺じゃないのか!? それか末っ子のみつばとかな!」

「お客様に出すのが当然かと思って……お姉さんも言ってましたけど、鳴爽くんは育ち盛りなんですから」

「俺と舞以外は全員育ち盛りだろ」


「俺はありがたくゴチになります! 娘さん全員も!」

「まだ全員やるとは言ってねぇだろ! 勢いでしゃべんな!」

「ああ、つい。でも、出されたメシは遠慮なく全部いただきます」

「ふん、いい食いっぷりじゃねぇか。身体でけぇもんな、てめえは……って、待てよ?」


 父はハンバーグをつついていた箸を止めた。


「おい、鳴爽くんよ」

「はい」


「おまえ、なんたらコンテストだの柔道の全国大会だので優勝したんだろ?」

「勝たせてもらいました」


「そんなら、勝ちっぱなしってわけにはいかねぇんじゃないか?」

「そうですね。ヤリ逃げってわけにはいきません」


「言葉を選べ! コンテストはともかく、ウチの娘たちにヤリ逃げしたら――って、いかん、いかん。中学生もいるっていうのに」

「え? パパ、ボクもヤリ逃げくらいわかるよ?」

「わかんのかよ。パパ、ちょっとショックだな……」


 父は娘の成長を喜ぶとは限らないらしい。

 いつまでも無垢でいてほしい――それは親のエゴではないだろうか、と鳴爽は思う。


「鳴くん、ユーノボーイコンテストって優勝したらソッコーで芸能事務所からのオファー来るんだよね?」

「はい、舞さん。コンテストは出版社主催ですけど、芸能事務所と提携してるみたいです。モデルデビューまでがセットになってるんですね」


「なーるほど。オファーなら任意だろうけど、実はほぼ強制ってわけだね」

「ええ、コンテストもタダじゃないんだから、優勝者には働いてもらうって感じで。出版社のファッション雑誌とか、TVとかにも出ないといけないみたいですね」


 鳴爽としては舞に出された試練をクリアすればそれでよかったのだが。


「まあ、高校生なら仕事量はセーブできるみたいなんで、バイト感覚でやってみます」

「わー、いいなあ。ふふ、モデルデビューしたら、ますますイケメンになるなあ」

「お姉さんは、顔のいい男性が好きですよね……」

「男は顔だよ。顔さえよければ、性格とか知能に多少問題あっても許せるからね」


「おかしいな、俺って長女の育て方間違えたか?」


 父は続けてショックを受けているらしい。


「ウチの柔道部はそこまでガチじゃないんで、運動も兼ねて続けますよ。模試は……これが一番気楽ですかね。連続1位なんてほぼ無いんで、そこそこの成績取ってれば問題ないでしょう。トップ10維持かな」


「さらっと凄いこと言ってます……全国トップ10なんて人間業じゃないですよ」


 絆奈は自分がつくった味噌汁をすすりながら震えている。


「鳴爽さんは柔道でオリンピックとか狙わないの……?」

「ノノ姉は、スポーツ観るの大好きだもんね。お兄さん、金メダルとか獲ったら、すぐにノノ姉がえっちさせてくれるかもよ?」


「ぶっ!? おっ、おいっ、みつば! おまえ、なんつーことを!」

「えー、これくらいJCなら普通だよ?」

「あの、みつばさん? あなたがわたしをどう思ってるか、一度確かめたくなってきたよ?」


 父と乃々香、みつばがワイワイと盛り上がっている。


「あ、それで? お兄さん、ラノベのほうはどうすんの?」

「大賞獲ったら本を出さなきゃいけないらしいね。本当なら何ヶ月も前に出るはずだったんだけど、俺はまだ高校生で学業優先ってことにして先送りにしてたんだよ」


 出版社側も、昨今は無茶をできないらしい。

 相手が高校生、未成年ならばなおさらだ。


「でも、そろそろやらないと。今度、編集さんと会うことになってるよ」

「わー、すっごーい。あたしのカレシがラノベ作家! 印税で不労所得!」

「印税って不労所得になるのかな?」


 みつばはラノベが好きらしいが、かなりミーハーでもあるようだ。

 いかにも体育会系という感じの、活発なこのJCが読書好きというのも意外だ。


 そんな感じで、“四つの試練”のその後について語りつつ――

 父が暴れ出すこともなく、無事に夕食会は終了。


「あー、そういや、鳴爽のご両親に一応話を通しといたほうがいいか? 週イチでウチに来やがるなら、礼儀としてな」

「あ、必要ないですよ、お義父さん」

「お義父さんは……もういいや。つーか、なんでだ?」


「ウチ、家庭崩壊してるんで。俺がなにをしてても、だーれも気にしませんよ。あっはっは」


「……………………」


 しーん、と騒がしかった食卓に、一気に重い沈黙が落ちる。


「あ……す、すみません。この話するとドン引かれるの、忘れてました!」

「そんな大事なこと忘れんなよ……まあ、なんだ」


 父は腕組みして、うつむくと――


「やだなあ、……」


「え? 運命?」


「な、鳴爽くん! そうだ、せっかくですから一緒にお風呂に入りませんか!」

「は?」

「お姉さんも姉さんもみつばも! ウチは古くて汚いですけど、お風呂は広いですよ!」


 唐突に――あまりにも唐突に、絆奈がイカレたことを言い出していた。


「そだね、絆奈との(仮)のお付き合いとは別ってことで。試練クリアのご褒美は全然あげてないもんね」

「全国を制した鳴爽さんのボディを見られる……?」

「じゃあ、ボクがお兄さんの背中流すね! そうか、おっぱいで洗うと男の人は喜ぶって友達言ってた!」


「ちょ、ちょっと待てい! 親父の前で堂々と娘四人が男と一緒に風呂とか! 俺ももう、最後に娘たちと風呂入ったのが何年前なのか!」


「えぇ……お父さん、もうみつばでさえ父親とお風呂とか無理ですよ……?」


 イカレた絆奈が、蔑むような目で父を睨む。


 鳴爽は食後のお茶をすすりながら、事の成り行きを眺めている。

 どうも、絆奈がなにか無理矢理に場の空気を変えたようだが――


 そんなことは、美人四姉妹との風呂に比べれば些細なことだった。

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