第3話 四姉妹と食事させて下さい!

 鳴爽道長が、四姉妹の父に交際の許可をもらいに行ってから――

 若菜家と鳴爽の間で、一つの取り決めができた。


 それは、“週に一回、鳴爽は若菜家で夕食をいただく”ということだ。


 若菜家は古びた――趣のある一軒家だ。

 余裕で築50年以上経っていることは、誰の目にも明らかだ。


 さすがに多少の改修やリフォームはしているらしく、内部はかなり綺麗だ。

 子供が四人もいて、それぞれに個室を与えられるだけの部屋数もある。


「……俺、ホントに手伝わなくていいのかな?」

「いいの、いいの。ボクだってなんもしてないし」


 時刻は午後七時前――

 若菜家の居間。


 鳴爽と絆奈が(仮)の付き合いを始めた翌週に、第一回の“夕食会”が行われることになった。


 卓袱台の前に座る鳴爽の隣には、四女のみつばがいる。


 みつばは鳴爽も通っている星京学園の中等部の生徒だ。

 女子は冬服も夏服も白色のセーラーで、紺色のスカート丈は中学生らしく膝より少し上くらい。


 茶色の髪のポニーテールがトレードマーク。

 実年齢よりさらに幼く見える顔立ちで、ぱっちりした目が印象的だ。

 身長は150センチほどで、小柄で細い。


 小さくとも活発で、座っていても動きがいちいちしなやかなのがわかるくらいだ。

 実際、運動神経はかなり良く、スポーツテストは学年トップらしい。


「お兄さん、週イチなんて言わずに毎日ウチでご飯食べればいいのに。ねーねー、そうしよ?」

「いやあ、さすがに家族団らんを毎日邪魔するわけには」


 鳴爽も、この小さく無邪気な少女には特に甘くなってしまう。

 イタズラで階段から突き落とされても笑って許してしまいそうだ。

 いや、そんなイタズラをする子ではないが。


「パパがまた変な条件つけたせいだよね」

「ああ、別に普通のことじゃないかな?」


 条件は、先の“週イチ”を含めて三つ。


1.週に一回、鳴爽は若菜家で夕食をいただく。

2.若菜家の父と四姉妹の五人が揃っている日に限定する。

3.特別なメニューにせず、若菜家の普段の食卓に招待する。


 鳴爽としても特に文句はない。

 毎日でも食べに来たいのはやまやまだが、それを図々しいと思う程度の常識は持っている。


「俺は週一回でも、みつばちゃんと晩メシ食えるのは嬉しいよ」

「ついでにボクも食べちゃう?」

「ぶっ!?」

「きゃはは、冗談冗談♡」


 この四女は元気なだけでなく、自由奔放でもある。


「あらら、早くもJCに手をつけちゃうわけかな、鳴くん?」

「ち、違いますって、舞さん!」


 もう一人の自由奔放が登場。


 長女の舞だ。

 大学3年生で、今年21歳。


 四姉妹の中で、唯一成人しているのが彼女だ。


 ボブカットの赤毛、自宅でもナチュラルなメイクはしている。


 今日は白のハイネックセーターに、デニムのミニスカート。

 いつものことだが、素晴らしい脚線美をあらわにしている。

 セーターの胸元も大きく盛り上がっていて、まさに色香溢れる雰囲気だ。


「まずは絆奈と(仮)で付き合うんですから。みつばちゃんに手をつけるのは、二番目以降です」

「手をつけるのは否定しないんだ!?」


 舞がぎょっとしている。

 一番自由奔放なのは鳴爽かもしれない。


「付き合うとなったら、そういうことは避けて通れないかなと」

「ま、まあ、そうなんだけどさ……みつば、いいの?」

「うんっ!」

「あらまあ、いいお返事」


 じーっ、と舞は末っ子を呆れた目で見ている。

 この子、“手をつける”の意味わかってんのかと疑っているようだ。


「そりゃ、あたしも中学生にもなった妹に、うっさいこと言わないけどさ。あたしだって、中学の頃に既に大概だったし」

「俺は、女性の過去にはこだわりません。マジで」

「……確かにそんな感じだわ、君」


 とはいえ、舞に現在彼氏がいないことは確認済みだ。

 三人の妹たちも、それは保証している。


「俺だって、舞さんに彼氏がいたら付き合ってくれとは言わな――いや、言ったでしょうね」

「言うんだ……」


「彼氏がいるからあきらめる、なんて俺にはありえない選択肢ですね」

「どんだけメンタル強いの、鳴くん?」


「俺も略奪は趣味じゃないので、舞さんに彼氏がいなくてほっとしました。めちゃくちゃモテるでしょうに彼氏がいないって、人柄の問題ですかね?」

「拳を繰り出すぞ」


 ぎろり、と舞が鳴爽を睨みつける。


「い、いえ、舞さんすっげー美人でおっぱい大きいし、脚も綺麗だし、モテない理由を分析してみただけで」

「全国模試1位の頭脳で分析しないでくれる? メチャクチャ正解っぽいから。風評被害も甚だしいよね」

「正解ならふーひょー被害じゃないんじゃない、舞姉まいねえ

「末っ子に甘いお姉ちゃんでもたまには怒るぞ」


 今度は、みつばを睨みつける舞。


「きゃー、舞姉が怖いよ、お兄さん!」

「こらこら、ドサクサに紛れて鳴くんに抱きつくんじゃないの。忘れたの、今は絆奈のターンなんだからね?」

「あ、そうだった」


 鳴爽に抱きついていたみつばが、座ったままさっと離れる。

 その前に、一度ぎゅーっと抱きつき直したのは、サービスだろうか。


 みつばの胸はGカップの絆奈や、それに劣らないサイズの舞と比べればずっと小さい。

 それでも、まったくの貧乳でもなく、割と柔らかさを味わえた。


「……やっぱり急いで四人同時に付き合うべきかな」

「こらこら、中学生に抱きつかれてヨコシマなこと考えてんじゃないの」


 舞が、つんと鳴爽の額を押してくる。


「す、すみません。あ、ちょっとお手洗い借りていいですか?」

「どうぞ、なんぼでも。ウチ、男女で分かれてるから、居間を出て廊下をまっすぐ行って左のほうが男子用ね」

「はい、どうも」


 男女というより、父と娘たちでトイレが分かれているのだろう。

 古くても広い家なので最初から手洗いは二つ以上あったのだろうし、年頃の娘たちが四人もいるなら当然の区分けだ。


 鳴爽は教えられたとおりのトイレを使い、居間に戻ろうと歩いていると――


「あ……鳴爽、さん……」

「あっ、乃々香先輩。お邪魔しています」


 玄関から入ってきた乃々香の姿が見えた。

 どうやらたった今、帰宅したところらしい。


 次女の乃々香は、鳴爽や絆奈とは一つ年上の高校3年生。


 セミロングの黒髪で、前髪で右目が隠れている。

 キャメル色のブレザーに、膝丈のスカート、黒タイツ。

 背がすらりと高く、モデルのようなスタイルだ。


「今日は遅かったですね」

「え、ええ。生徒会のお仕事があったから……」


 四姉妹の中では唯一のおとなしいタイプ。

 それでいて、星京学園高等部では生徒会長を務めていたりする。


「お疲れ様でした」

「あ、うん……ありがと……」


 乃々香は両耳にワイヤレスのイヤホンを挿している。

 今だけではなく、外を歩くときはたいてい着けているらしい。


「乃々香先輩、前から気になってたんですが、イヤホンしてたら道路歩くの危なくないですか? なんなら、俺がお送りしましょうか?」

「あ、大丈夫……これ、外部音声取り込みだから……会話、できてるでしょ?」

「え、ええ」


 どうしても乃々香は、できるだけイヤホンを着けておきたいらしい。

 耳のケアにも気を配っているようだが、そこまでして着けておく必要があるのか。


「今日はお夕食会の日だったね……わざわざ来てもらってごめん」

「いえいえ、俺が隙あらば若菜家に入り込みたいだけですから!」

「……本当に鳴爽さんは隠し事できないタイプだね……」

「ありがとうございます!」


「褒めてねーよ」


「ん?」

「あ、いいえ、なんでもないよ。食べるだけのわたしが言うのもなんだけど、たくさん食べていってね……じゃあ、わたし着替えてくるから……」

「お手伝いしましょうか?」

「次にわたしがジャンケンに負けたらね……」


 乃々香はかすかに頬を染めて、そんな冗談を言った。


「あ、そうだ……こういうこと、言ったら絆奈さんに怒られるかもだけど」

「はい?」


 この乃々香は、妹の絆奈とみつばを“さん付け”で呼んでいる。


「わたしたち、四姉妹で揉め事になったら、ジャンケンで解決するんだけど……」

「ああ、絆奈から聞きました」


「絆奈ちゃん、ジャンケン弱いんだよね。不思議と、真剣勝負であるほど負けるんだよね……」

「…………」

「ちなみに、誰が一番に鳴爽さんと付き合うか、ジャンケンで決めようって言い出したの、絆奈さんだよ……」

「…………ツンデレ?」

「さあ……?」


 乃々香は、ふるふると首を振る。


 乃々香の話からでは想像しかできないが――絆奈は自分が負けて一番に鳴爽と付き合うとわかっていて、ジャンケンを提案したのだろうか?


「ちょっと、絆奈の様子見てきますね。少しは手伝えますから」

「うん、よろしく……」


 鳴爽は乃々香に一礼して、台所へ――良い匂いがしてくるほうへと向かう。


 居間から廊下を挟んで向かい側に謎の小部屋があり、その奥が台所だった。


「あのさ、絆奈。やっぱお客さんっつっても、これから毎週のことなんだし、手伝いくらいは――」


「きゃっ」


 冷蔵庫を開けて中を覗いていた絆奈が、小さな悲鳴を上げた。


 絆奈は長い黒髪を後ろで結び、ピンクのエプロンを着けている。

 下は制服のミニスカートのままだが――


「……斬新な料理スタイルだなあ、絆奈。いや、むしろありがちか?」

「あ、ありがちではありません!」


 絆奈は冷蔵庫を背に、鳴爽と向き合う。

 だが、その前に一瞬見えた絆奈の背中は――


 白いブラジャーが剥き出しだった。


 正確には、白いブラジャーと、同じく真っ白な背中があらわになっていた。


「裸エプロンが、若菜家の料理中のユニフォーム……とか?」

「そ、そんな頭のおかしなしきたり、無いです!」


 絆奈はそう言うと――


「だ、だって……」

「だって、どうしたんだ?」

「鳴爽くん、先週言ったじゃないですか」

「俺、なにを言ったっけ?」


「来週には、おっぱいの予定だって……だ、だからその……」

「…………」


 絆奈は顔を真っ赤にして、もじもじしている。

 エプロンの胸元、横側からブラジャーをつけたGカップの胸が溢れんばかりだ。


 この格好は、絆奈ができる精一杯のサービスなのかもしれない。

 鳴爽が台所に来なくても、覚悟ができたら呼ぶつもりだったのだろうか。


 どっちみち、かなり頭がおかしいが……。


「正確には、おっぱいを揉む予定だったんだけどな」

「もっ!? こ、これが限界ですっ!」


「おおい、絆奈、鳴爽。おまえら、なにを台所で騒いでんだ。まさか、俺もいるのにイチャついてんじゃ――」


「きゃああああああああっ、お父さん、入って来ちゃダメです!」

「う、おおっ? わ、悪い……って、マジでなんかしてんのか!?」

「してません、してません、お義父さん!」

「お義父さん、ヤメロ!」


 絆奈が手に持っていたモヤシの袋を投げつけ。

 台所に入ろうとした父の顔に命中して。

 鳴爽が口を挟んで火に油を注ぎ。


 とりあえず、絆奈のイカレた格好は、父に見られずに済んだようだが――


 鳴爽は思う。

 ここの四姉妹と父は俺をどうかしてるみたいに言うけど、若菜家も相当だよな、と。

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