回転籤引

吟野慶隆

回転籤引

(あと、一箇所──「07」のマスを開けられたなら、ビンゴになる……それも、一位だ……!)西吉備(にしきび)敏護(としもり)は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(一位の景品──ハワイ旅行チケットを、手に入れられる……!)

 現在、彼は、とあるアミューズメント施設の建設現場の中にある駐車場にいた。駐車場は、すっかり完成していて、今からでも利用できそうである。しかし、そこ以外のエリアは、まだ工事の途中だった。例えば、駐車場の西側は、地面の舗装すら行われておらず、高さ十メートルほどの塔形クレーンが据えられていたり、大きさ10トンほどのダンプカーが停められていたりしている。

(なんとしてでも、ビンゴして、一位になってやる……それで、愛する妻を、愛する息子を、愛する娘を、ハワイ旅行に連れていってやるんだ……!)

 辺りには、敏護以外にも、たくさんの人がいた。カードを手に持った、このイベントに参加している者や、その者に付き添っている者、派手な意匠の法被を羽織った、このイベントを取り仕切っている者などだ。

 駐車場の真ん中あたりには、巨大なビンゴマシンが置かれていた。六メートルほどの直径を有するホイールは、緯線と平行に据えられている。それの内部には、二桁の番号が書かれた玉が、たくさん入れられていた。司会者の説明によると、廃棄されたボウリング球をリサイクルしている、とのことだ。

(一年ほど前、新築の一軒家を購入した時に、貯金のほぼ全部をはたいて以降、家族サービスの類いは、あまりできていない……おれが、ハワイ旅行チケットを持って帰れば、妻や子供たちは、おれを見直してくれるに違いない)

 西吉備家は、敏護が今いるアミューズメント施設の建設現場の、すぐ近くにあった。駐車場の東方、南北に通っている車道を越えた先だ。二階建てで、立派な見た目をしており、高級住宅、と形容して申し分ない。

(妻と子供たちは、今朝から、買い物に出かけている……そろそろ、帰ってくるはずだ。おれが、ハワイ旅行チケットを手に入れられたなら、そのことは、すぐに伝えられる……)

 そこまで敏護が考えたところで、司会者が、「それでは、次の抽選を開始します!」と言った。

 彼は、我に返ると、ビンゴマシンを、じっ、と見つめた。一秒後、ホイールが、西から東に向かって、ういいいい、という音を立てながら、ゆっくりと回転しだした。中に入れられている玉が、転がったり落ちたりして、ごとっごとっ、という音を鳴らし始めた。

「それでは、今から、『ハイスピード・ローリング・タイム』に突入します!」司会者がテンションの高い調子の声で言った。

 それから、マシンの回転速度は、どんどん上がっていった。しばらくすると、あまりにスピードが高いせいで、ホイールの表面に描かれている模様や、中に入れられている玉の動きなどが、見えなくなってしまった。ごごごごご、という、地響きにも似た重低音が、辺りに鳴っていた。

 それから、数分が経過した。まだ、玉は、排出されていなかった。

(……?)

 敏護は、ビンゴマシンの土台の近くにいるスタッフたちに、視線を遣った。彼らは、なにやら、慌てているようだった。

 数秒後、どごおおん、という大きな音が、辺りに轟いた。同時に、地面が、ぐらぐらぐらっ、と揺れた。

(な……何だっ?!)

 揺れは、すぐに収まった。敏護は、体勢を整えると、本能的に俯かせていた顔を上げ、再度、マシンに視線を遣った。

 それの土台から東に数メートル離れたあたりのアスファルトに、何かがめり込んでいた。目を凝らしたところで、それの正体が、ビンゴ玉である、とわかった。ホイールが、あまりに高いスピードで回転しているせいで、排出口から、とても勢いよく──地面に衝突した後、そこにめり込むほど──飛び出したに違いなかった。

 そんなことを悠長に考えている場合ではなかった。今なお、速度を少しも落とすことなく動き続けているホイールの排出口からは、中に入っていた玉が、次々と飛び出してきていた。

 一秒後、飛び出した玉のうちの一つが、駐車場から西に数メートル離れたあたりに設置されている塔型クレーンの根元に、ばきいん、と衝突した。クレーンは、めきめきめき、という音を立てながら、南東に向かって傾いていくと、やがて、駐車場の上に、どんがらがっしゃあん、と倒れた。そのあたりにいた、小学生グループだの、赤ん坊を抱いたカップルだの、聴導犬を連れた老夫婦だのが、下敷きになった。

 一秒後、飛び出した玉のうちの一つが、西に向かって、ひゅるるるる、と山なりに飛んでいった。玉は、建設現場の敷地から出ると、西隣を南北に通っている車道、それの路肩に停めてあったタンクローリーの荷台に、ごしゃあん、と激突した。

 タンクローリーは、どっかあん、と爆発した。近くを歩いていたキャリアウーマンは、全身が真っ黒焦げとなり、近くを通りがかっていたバキュームカーは、タンクが破損して中身が辺りにぶち撒けられ、近くに建っていた学習塾のビルは、積み木のごとく崩落した。

 一秒後、飛び出した玉のうちの一つが、東に向かって、ひゅるるるる、と高く飛んでいった。それは、西吉備家の上空を通り過ぎると、ちょうどそのあたりを飛行していた、陸上自衛隊のヘリコプターに、がっしゃあん、と命中した。それは、錐揉み状態で落下していくと、近くにあった幼稚園の園舎に、どぐしゃあん、と直撃して、どっかあん、と爆発炎上した。

 一秒後、飛び出した玉のうちの一つが、天に向かって、ほとんど垂直に、ひゅるるるる、と高く飛んでいった。それは、そのまま、落ちてこなかった。

 そこまで見たところで、ばきばきばきばき、という音が前方から聞こえてき始めた。敏護は、そちらに視線を遣った。音は、ビンゴマシンの土台から鳴り響いてきていた。

 数秒後、ぼっきいん、という、ひときわ大きな音が辺りに轟いた。次の瞬間、未だに高速で動いているホイールが、落下し始めた。回転軸が折れたに違いなかった。

 直後、ホイールは、駐車場のアスファルトに、どっ、と着地した。即座に、東に向かって、ごろごろごろごろ、と猛スピードで転がり進み始めた。その後は、あっという間に、駐車場を出て、建設現場の敷地からも出た。そして、車道を横断すると、西吉備家に衝突した。

 どんがらがっしゃあん、という音が辺りに響き渡った。高級住宅は、一瞬にして、低価値な瓦礫の山と化した。

 敏護は、呆然として、その様子を眺めていた。数秒後、西吉備家の残骸の前を通っている車道の北方から、自動車が一台、やってくるのが、視界に入った。

 それは、西吉備家が所有しているセダンだった。目を凝らすと、中に、妻や息子、娘が乗っているのも見えた。

(そうだ、今、妻や子供たちは、家にいないんだった……)敏護は、はああーっ、と安堵の息を吐いた。(家族さえ無事なら、それで──)

 次の瞬間、数十秒前にホイールから天に向かって飛び出していった玉が落ちてきて、西吉備家のセダンに命中し、爆発炎上させた。


   〈了〉

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