妹からの援護射撃

「お兄ちゃん、どこ行ってたの?」


 家に戻ると、リビングから妹が登場した。

 ひょっこりと顔だけを覗かせて、俺の外出先を問いかけてくる。


「……い、いや……別に」

「なるほど、結衣ちゃんのところか」

「おい待て。どうしてその結論に行き着くんだよ」

「お兄ちゃん、分かりやすすぎ」


 顔に出ているのか? これでもポーカーフェイスには自信があるのだけど。

 ペタペタ顔を触って確認していると、瑠璃るりが俺の元に近寄ってきた。


「お兄ちゃん。結衣ちゃんと付き合うことになった?」

「っ、ごほっ、こほっ! な、なんだよ急に!」

「まだなんだ。早く付き合えば良いのに」

「付き合うって、俺と七条は幼馴染、だし……」

「……? それが何か問題あるの?」

「ないけど……その、なんつうの? 幼馴染だから、さ」

「ま、関係壊れるの怖いってのは分かるけどね。とはいえ、私視点からすると、はよ付き合えって感じ。てか、過程すっ飛ばして結婚しちゃいなよ。そしたら結衣ちゃんが私のお姉ちゃんになるし!」


 ピンと人差し指を立てて、意気揚々と語りはじめる瑠璃。

 俺は嘆息混じりに一言だけ返した。


「アホか」

「むぅ。アホなのはお兄ちゃんでしょ。言っとくけど、結衣ちゃんレベルで可愛い子そうそういないからね。お兄ちゃんは恵まれてるの。よちよちしてると、誰かに横取りされちゃうよ」

「横取りって、別に七条は俺のモノじゃねぇし」

「……はぁ。私は、結衣ちゃんの妹になりたいの。だからね、私としては、お兄ちゃんが結衣ちゃんと付き合い、結婚してくれると完璧なの。……分かったら、さっさと付き合って!」

「んなこと言われても……」


 ピシッと人差し指を突きつけてくる。

 鬼気迫る様子の瑠璃に、物怖じしつつ、俺はさっと視線を横に逸らした。


「はぁ……相変わらず、面倒なお兄ちゃんだなぁ。結衣ちゃんのこと好きなくせに」

「か、勝手な事言うな」

「バレバレだって。結衣ちゃんが告白されたって話を聞く度に、合格発表前の受験生かってくらい、ビクビクしてんじゃん」

「……き、気のせいだよ」

「結衣ちゃんも素直じゃないけどさ……お兄ちゃんも素直じゃないよね。てか、お兄ちゃんマジ捻くれすぎ」

「捻くれてなんかない」

「しょうがない……妹が一肌脱ぎますか」

「は?」


 瑠璃が、やれやれとため息交じりにこぼす。

 くるりと踵を返すと、そのまま瑠璃の部屋がある二階につながる階段を登りはじめた。


「は? 待てよ。何する気?」

「私、生まれてこの方、ずっと結衣ちゃんの味方だからね」

「いや答えになってねぇんだけど」

「ま、明日になれば分かると思うよ。……あ、てか香水」


 瑠璃が思い出したように呟く。

 タッタッと小走りで俺の元に戻ると、注意してきた。


「お兄ちゃん、香水の使い方はちゃんと学んだ方が良いと思う。まぁこのくらいなら問題ないけどさ……無闇やたらに吹きかけるものじゃないからね香水って」


「……っ。お、おう……」


 後で、香水の掛け方をしっかりと勉強しよう。

 そう思った。



 ★



 翌日になった。

 昨日、香水の付け方を学んだが……顔や服に直接吹きかけるような代物ではないらしい。なんとなく、イメージはあったけれど……惚れ薬の真偽解明であったり、俺のヘタレが発動したりと、それどころではなく適当に使用していた。


 まぁ、今後は香水兼惚れ薬を使わなければいいのだけど。

 そういう訳にはいかない。……惚れ薬を使っている最中は、七条が胸の内を赤裸々に明かしてくれる。大変、有用なアイテムなのだ。


 日頃から生意気で、俺にばかり突っかかってくる七条が、素直になってくれるこのアイテムは、今後も引き続き使っていきたい。

 とはいえ、俺の勝手な行動により、香水くさいと七条に悪評が広まるのは、望むところではない。そこで、俺はケースに入った紫色の液体をすべて除去することにした。


 空になったケースには、水を注いである。

 これで、香水の心配はなくなっただろう。一々ケースの中身を確認されたらアウトだけど……そこまでは見てこないだろうしな。色水も考えたけれど、服が汚れたら後処理が面倒だ。そんなわけで、ただの水道水で代用することとした。


 さて、長々話したけれど、翌日になった。

 昨日の約束を覚えているだろうか。今日は、七条と一緒に登校する日だ。


 ゴールデンウィークが明けて、気分は憂鬱なはずだけれど、今は緊張やら何やらで万感の思いだった。

 家を出てすぐにある電柱に背中を預けていると、七条が姿を見せた。


「お……おはよ。古川」

「よ、よう七条」

「…………」

「…………」


 お、おお……なにこの気まずい感じ。

 普段、七条とどんな話していたっけ。へ、へるぷみー。


「い、行くか」

「うん」


 取り敢えず、高校目指して歩を進める。

 七条が、わずかに俺の後ろを歩きながら、住宅路を慣れない歩調で進んでいく。


 天気の話でもすればいいのか、それとも朝の占いの話……いや、やめておこう。どちらも膨らむ話ではないし、会話の内容としてつまらなすぎる。

 トークスキルのなさを憂いていると、七条が最初に沈黙をやぶった。


「あのさ、古川」

「ん?」

「その、昨日あの後、瑠璃がウチに来たの」

「瑠璃が?」


 初めて聞く情報だった。

 そういえば昨日、一肌脱ぐとか妙なことは言っていたけど。


「うん、でね……これ渡された」

「なにそれ」


 七条がポケットから取り出す。

 手のひらに収まるそれを、訝しむように見つめる俺。


 見覚えはある。というか、それに類似した物を、俺もポケットに忍ばせている。


 俺の質問に、七条は端的に返事した。



「惚れ薬だって……古川に対してだけ効果のある惚れ薬」


「……は?」



 ──俺の妹、なに考えてんの? 



──────────────────────


やる気出たら、夜にまた更新します。

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