幼馴染が惚れ薬を渡してきたんだけど ~どう考えても惚れ薬が偽物な件~

ヨルノソラ/朝陽千早

幼馴染が惚れ薬渡してきたんだけど

「古川、アンタにこれをあげるわ」


 ゴールデンウィーク最終日。

 幼馴染、七条結衣しちじょうゆいが俺の家に訪ねてきた。


 少し挙動不審気味に、彼女は後ろ手に持っていた香水らしきものを差し出してくる。


「なにこれ? 香水?」

「惚れ薬よ」

「へえ、惚れ薬か。……は? 惚れ薬⁉︎」

「……っ、急に大声出さないでよ。心臓に悪いでしょ」


 七条が、キッと猫のように鋭い目で睨みつけてくる。


 だが、文句を言われるのは府に落ちない。いきなり惚れ薬なんて単語が飛び出したら、ビックリする。予想の斜め上もいいところだ。


「いや、惚れ薬なんて言われたら驚くだろ。……てか何の冗談? 惚れ薬なんてあるわけないだろ?」

「じ、実在するし……それは本物だしっ」

「頭大丈夫?」

「大丈夫よ! てか、本物かどうかは使ってみなきゃわからないでしょ。使いもしないで決めつけないでよ」

「まあ、それは一理あるか。使いもせずに否定するのは良くないな」


 七条に言われて、ちょっと反省する。


 惚れ薬が現実に存在するとは思わないが、この惚れ薬が本物か偽物かを判断できる材料は今の俺にはない。実際に使用してみて、効果を確かめてみるまでは決めつけるのはよくない。


 この世に絶対はないと言うし、もしかしたらこの惚れ薬が本物という可能性もあるだろう。限りなくゼロに近いが。


「で、なんでこれを俺に? そもそも惚れ薬なんてどこで手に入れたんだよ?」


 俺は惚れ薬(どう見てもただの香水にしか見えない)を訝るように見つめながら、七条に問いかける。


「た、たまたま懸賞で当てたのよ。でも、あたしには不要な代物だから古川にあげようと思って」

「懸賞って、いよいよ胡散臭くなってきたな。……つーか、俺が惚れ薬を必要としてると思われてるのは心外なんだが」

「そう? 非モテの古川にはうってつけの代物じゃない」

「し、失礼な……!」


 くっそ、言い返せないのがムカつく! 


 カノジョいない歴は毎秒更新中。女子との会話だって、七条を除けば数えるくらいしかしていない。自他共に認める、非リア充である。


 たしかに、惚れ薬を必要としていると言われて仕方はないし。惚れ薬があったらいいなと妄想したことも少なくはない。


「それじゃ目的は果たしたしもう帰るわ。またね古川」

「ん、ああじゃあな」


 そう言って、七条は小さく手を振る。


 この惚れ薬を俺に渡すためだけに、わざわざ来てくれたらしい。ありがたいようなありがたくないような……いや、絶対ありがたくないわ。


 こんなの貰っても使い道ねえし……。


 さっきは惚れ薬が本物の可能性もある的なことを言ったけれど……普通に考えて、本物なわけがない。これは一〇〇%偽物だ。


 もし惚れ薬が開発できたら、どこでもドアだって近いうち開発されるだろう。つまり、それくらいあり得ない代物である。これを実用することは、恐らくないだろうな。


「…………」

「……あれ? 帰らないのか?」


 ふと、俺は七条がまだ帰っていない事に気づく。

 彼女は、玄関先で足を止めたまま前髪をくりくりいじっていた。


「……た、試さないの?」

「はあ? 試す? 試すって何を?」

「そ、そんなの一つしかないでしょ。アンタ今まで寝ぼけてたわけ?」


 七条がいつにも増して興奮状態で言う。頬は赤くなっていた。


 ──と、そこで俺は七条が何を言っているのか理解する。

 俺は、腰に手を置き苦笑い気味に、


「いや、試すわけないだろ。試すだけ無駄だし。つーか、万が一成功したらどうするんだよ?」

「どうするって、責任取って結婚でもすればいいでしょ?」

「おもっ。尚更使えないじゃんか」

「……ッ」


 そう言うと、七条が奥歯を軋ませた。心なしか目つきが怖い。

 俺が軽く戸惑っていると、七条はプイッと顔をそっぽに向け、


「ふんっ、もう帰るから。帰るからね? ちなみにあたし、歩くときは後ろ振り返らない主義だから。背中がら空きだから。めちゃくちゃ隙だらけだけど、まあ気にしないことね」


 そう言って、今度こそ帰路についたのだった。なんだその忠告。

 小首を傾げつつ、七条の後ろ姿を目で見送る。


 振り返らないとか言っていたが、七条は、門扉を抜けたあたりでチラリと視線を寄越してきた。


「……なんだよ振り返ってんじゃねえか」


 しかも、なぜか不満顔だし。女心は男にはわからないというが本当らしい。

 幼馴染という近しい距離にいながらも、七条の胸の内は分かりそうにない。

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