即興小説#3 「異形退治」

乙Ⅲ

「異形退治」

「いたわ、あそこ!」

「うわっ!、おった、おった!」

セーラー服姿の少女達が一斉に声を上げ、指差したその先には


顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔……。


全長三メートルはあろうかという巨大な赤黒い顔の塊。

夕闇迫る逢魔が時、校舎四階廊下の突き当りにそれはいた。



「ぶっコロすケ、ぶっころすけなりぃ~」

「うへへへ、やったぁパンちゅ見えたぁあ」

「焼きそっば、焼っきそばぱぁぁン」 「うぶぶぶぶぶぶぶ!」

「ふじぃさふぁりぱぁぁくぅ!」 「数学の橘はワっキガ~!」

「愛と勇気だけがトモだチさァ~♪」 「そんなぉかんへぇねぇ!」


顔達は瘴気を放ちながらそれぞれがブツブツとわけのわからない

ことを呟いていた。


「ほんま、相変わらずきっしょいなぁ……残留思念ってのは」

とやや気後れた香織を差し置き、花子が異形の前へと躍り出る。


「お先に失礼! 白き守護者達よ、我、山田花子が命ずる! 

 聖剣を以て眼前の敵を討ち滅ぼせ!ナイツオブザラウンド!!」


そう叫び、花子がトランプを異形へ向け放つと

それは青白く燃えあがり、四騎の白銀の騎士達へと姿を変え

鞘から剣を抜くや蠢く異形へ目掛け一斉に突撃した。

騎士達は一筋の閃光となり異形を廊下の壁に磔(はりつけ)た。



「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!

 おたぁすけぇア○パンマぁあああ~ん!!!!!」

耳を劈(つんざ)くような怒声と悲鳴が混じった叫び声。

周囲の窓ガラスは割れ、壁に磔にされた異形から生え伸びた無数の

赤黒い触腕が二人に向かって一斉に襲いかかった。


「おいっ! 花子さんよぉ! ナイツオブなんちゃらが

 あんま効いてへんねんけどぉ?!!」

香織は無数の触腕を紙一重で華麗に躱(かわ)しながら少し怒気を

孕んだ声で叫けび、矢継ぎ早に


「よう見とけヘボ術師!!

 グロいのにはこっちのが効果覿面や! 破っ!!」

と、袋から塩を鷲掴み触腕目掛けて勢いよくバラ撒くと

それらは悪臭を放ちながらドロドロと溶けていった。

袋には青い文字で「アジシオ」と書かれていた。


「ナメクジでもないのに何でそんなものが効くのよ! 

 冗談はあんたの胸だけにしてよね!」


「仕留め損なった上に乳の大きさでも負ける。

 くやしいのぅ、くやしいのぅ」

二人は口論しながらも、更なる触腕の猛攻をヒラリヒラリと躱していく。


「グギギギ……あんたには負けないんだからっ!次はクローバー!

 暗き森の隠者達よ! 我、山田花子が命ずる!聖杖を以てこの世ならざる

 ものを虚無へと還せ!ヴォイドフレイム!!」

花子がそう叫び、トランプを放つと今度は三人の杖をつき黒いローブを纏った

老魔術師へと姿を変え、杖の先の水晶玉から幾つもの火球を放った。

それは全ての触腕を包み込みこむと、一斉に燃え上がり諸共何処かへと

消えていった。


「なんや、やれば出来る子やんけ、偉い、偉い」


「一々茶化さないのっ! それよりトドメよ、さっきので相当弱ってるわ!」


「よっしゃよっしゃ!任しとき!今日のは上物やで~」

香織はドヤ顔で背中のリュックから一升瓶を取り出し栓を噛み「キュポン」と

小気味よい音を立て引き抜くと、それを吐き捨てた。

白いラベルには毛筆で「鬼ころし」と書かれていた。


「また勝手に家から持ち出してきたの? 怒られても知らないんだから!」


「こまけぇこたぁいいんだよ!仕事だったらじいちゃんも堪忍してくれるって!」


「そうかしらね?まぁいいわ……清らかなる泉に住まう水の精霊達よ!

 我、山田花子が命ずる! 聖杯を以て大地を清めよ!フロウウォーター!!」


香織に呆れた顔をした花子が掲げたトランプが聖杯へと姿を変える、その底からは

懇々と水が溢れ出し激しい一筋の流れとなって、津波のように異形を飲み込んだ。

異形は必死に新たな触腕を伸ばし抵抗するが、聖水は止めどなく溢れ続ける。


「聖水と神酒のチャンポンや、これは効くでぇ~!」

そこへダメ押し、香織が神楽のように華麗に舞い踊りながら一升瓶を

傾け酒を勢いよく異形へ振り撒く。


「あっあっぁあ……、イじめカっこワるいぃィぃ!!! ダめ!ゼっタィいい!!」

異形は弱々しい叫びを上げ、どんどん小さくなっていく。


「これでラストや!」

香織はソフトボール並みに小さくなった異形に近づき容赦なく残りの

「鬼殺し」を振りかけると

「フォオオ……おパンちゅ……ワキガぁ……しおしぉおお……」

断末魔をあげながら異形は跡形もなく溶け、消えていった。


「よし、これでお掃除完了、怪異を起こしていた残留思念も綺麗サッパリね!」

「バイバイ○ーン! やったぜ、今日も完全勝利や!」


二人は互いにハイタッチを交わし、勝利の喜びを分かち合う。

外はすっかり夜の帳が下りていた。







「ええ、お掃除は無事完了しました。……ところでギャラなんですが……

 え?本当ですか?それでは楽しみにしてますね、宜しくおねがいします!

 それでは今後ともご贔屓に!」

仕事帰りにいつも立ち寄るファミレスに向かう道中、花子は携帯端末越しの

依頼人へギャラの最終確認をしていた。


不気味なほどの満面の笑みで。


『この顔はまさか……。 いや、まさかなぁ……、でも一応聞いとかんとな……』

香織に一抹の不安が過ぎった。


「な、なぁ花子さん、今回のギャラなんやけど?」


「うん!喜んで香織! 今回のギャラはね、激レア純国産高級バナナ半年分よ!

 今ねバナナがマイブームなのよ、私」

花子が信じられないことを言い放った。

その不安は見事に的中、香織の心は『地獄の業火の如き真っ赤な怒り』に

支配され、不動明王もかくや怒髪は天を突いた。


「おいコラ、メスゴリラ……」


「え?ちょっ……誰がメスゴリラよ!!」

怒りの炎は言葉の火の粉となって花子に燃え移った。


「お前しかおらんやろ、メスゴリラ! 

 今からそのバナナ全部売ってこい!上等なもんやったら高く売れるやろ!」


「絶対嫌!! そんなにバナナが嫌いならあんたの分も全部貰ってあげるわ!!」


「なんでそうなるんじゃっ! お前、ほんま頭に虫でも湧いとるんか?! 

 このゲーヲタ中二病メスゴリラ三流術師がっ!」


「何よ!面倒くさいって私に交渉押し付けたのはあんたでしょ?!

 コミュ障ナメクジ駆除術士!」


「神山流を馬鹿にしたよったな!! このクソビッチゴリラ!」


「ビッチじゃないし! またゴリラって言ったし! 女子高生だし!

 お前のじいちゃんハ~ゲ!」


「ハゲの何が悪いねん、俺のじいちゃんに謝れ、全世界のハゲに謝れ!」


「やーい、ハ~ゲ! ハ~ゲ!あんたのお股もつーるつる!」


「この……人が気にしてることを……! まな板ビッチ!」


「またビッチって言った!しかも、まな板って! きぃぃぃ~!!!」


下品極まりない二人の罵声が夜道に響き渡る。

醜い罵声は、腕力による実力行使へと姿を変え更に醜さを増した。

互いを殴り蹴るは当たり前、裏拳、飛び蹴り、膝蹴り、ネリチャギと

果ては高度なプロレス技「恥ずかし固め」で道行く人達に御開帳までやらかし

その醜さは既に異形達を遥かに凌駕していた。


急に予定を思い出したかのように踵を返し去ってゆく

通りすがりのサラリーマン。

遠巻きに動画をSNSへアップするバカ学生。

「ママ~あれなに~?」と好奇心を抑えられない子供と

「見ちゃダメ!」とその目を必死で塞ぐ母親。

身の危険を察した散歩中の犬は突然の事に躓き倒れた

飼い主を引き摺りながら逃げ出し、二人の禍々しさに

猫は背を丸め「フーッ」と威嚇した。


見るに堪えないキャットファイトを繰り広げる二人の少女達を

月明かりだけが優しく照らしていた。


 完

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