🍄1 遅刻で配信、田舎エルフ

第1話 いきなり遅刻、即失格


 思えば私の受験は、最初っからトラブルまみれだったんだ。

 私の名前はハルカ・モコモコーナ(15)。北方辺境の村からやって来た、エルフの末裔だよ。


 地図にも載ってないような田舎育ちで、のんびりしてる性格のせいか、王都の荒波で揉まれましたよ、いきなりね。


「ち、遅刻ゥ――――!?」


 私は入試当日の朝、国立魔法学園の正門前で立ち尽くしたよ。 


「ちこ、ちこくなのぉ――!?」


 巨大な時計塔の針は10時10分。

 そして入試の開始時間は朝の9時。人生を賭けた一大イベントの時刻がもう1時間も過ぎていた!


 私は汗をかきながら、ポケットに突っ込んでた入試案内をもう一度確認。

 

 *試験の開始時間は朝の9時です。【遅刻は厳禁。即失格です】


 う、うん……。何度見ても印刷の文字は変わらない。失格なのね………………。

 すうーっと背筋に真冬の氷より冷たいものが這い降りる。




ホラホーラばんざーい(エルフ弁)! ホラホーラばんざーい(エルフ弁)!」


 脳裏に浮かぶのは故郷のモコッチ村のみんなのこと。30人ぽっちの小さい村だけど、みんなでホラホーラばんざいして私のこと送り出してくれた。


 エルフ様式の丸くて雪に覆われた家の間を通ると、戸口で村人が待っていて、

「ハルカちゃん、ホラホーラばんざーい(エルフ弁)!」って声をかけてくれる。


「ありがとー! 私受験がんばるっ!」


「これ、持ってって食べれ!」

 そう言って、フルーツが一杯に入った堅パンを渡してくれる。


「ありがとうだ!」

 白い息を吐きながら、お礼を言うよ。


「おらはこれを贈るだ!」

「ハルカおねーちゃん、これ持ってってっ!」

「私からはこれ!」

「これ餞別だよ!」

@**@@$$%###これ食べさい(なまりのキツいエルフ弁)!」


 そうやってみんなが餞別をくれるものだから、私のリュックは沢山のパンとかピクルスとか、手作りの枕とかマフラーとか、キノコの干物とか巨大なカボチャとか、あふれんばかりの心づくしで一杯だよ。


 枕でリュックはパンパンになっちゃうし、カボチャなんか重すぎて王都までの旅には向かなくて、おすそ分けのノリだなあ~、って思うけど。

 そういうのんびりしたところも含めて、私はこの村が大好きなんだぁー。


 キッ!


 私は表情を引き締めて村を振り返る。


 雪に覆われた村の向こうには雪に埋もれた麦畑があって。


 冷たい水が流れる川があって。


 その対岸に、大量の樹木が倒れて雪をかぶってる。


 あれ全部、魔物の死骸なんだよね。


 歩き樹木ギリーマンっていう魔物が攻めてきて、討伐した跡なんだ。


 なんとか撃退に成功したけど、将来的にまた攻めてくるらしい。


 この村は、魔物の縄張りに飲み込まれそうになってるんだって。


 だから私は来たるべき将来に備えて、大好きなこの村を守るために――。


 魔道士になるんだ!


 戦う力を身につける!


 そのために、国立魔法学園に受験に行くッ!


「おねいぢゃんっ!」


 村はずれの森にさしかかったところで、妹のモモカが待っていた。6才の小さな背丈で、雪に埋まるようにして立っていた。


 ほっぺは真っ赤で、瞳は涙で一杯で、何度も泣いたみたいなまぶたをしてる。


 その顔を見た瞬間、私も泣きそうになってしまう。


「モモカ、ここにいたの……? 行ってきます、って言おうと思ったらいないから、探したよ。時間ないから出発しちゃったけど……」


 別れがさびしくて隠れてるのかなって思ったんだよね。モモカと離れるなんて生まれてこの方ないからね、私も切ないよ。 


「おねいぢゃんっ……!」


 モモカは小さな瞳をまばたきさせて、鼻をすすり、小脇に抱えていた陶器のキノコを差し出してくる。『1000ゴールドたまる貯金箱』と、傘の部分には書いてある。


「モモカの宝物、あげるっ!」


 それは私たちの父が狩りに出かけたとき、遠くの町で買ってきてくれたお土産だった。


 ここは田舎過ぎておもちゃも何も珍しいものがなくて、モモカは大きなどんぐりやきれいな石を宝物にしてたくらいだから、陶器のキノコをもらってそれは大喜びだった。


 毎日磨いて毎日眺めて、コインを一枚だけ入れて音を聞いて、大切にしていたものだった。


「宝物、お姉ちゃんにくれるの……?」


「う"んっ……!」 


「でも私、試験に行くんだよ。魔法でサバイバルするみたいだし……。間違って壊しちゃうかも知れないよ?」


「持っていってっ……!」

 モモカは涙をぼろぼろこぼしながらうなずいた。


 モモカにとっては、お守りタリスマンを託すような気持ちなのかも知れない。


「ありがとう。大事にするよ……」

 私はそう言ってキノコを受け取ると、膝をつき、モモカをぎゅっと抱きしめた。


「おねいぢゃんっ……! うう――っ!」

 涙で濡れたぷにぷにほっぺにキスをした。


 次に会うときは何年後だろう?


 モモカはだいぶ大きくなってるのかなあ? もう重くて抱っこ出来なくなってるかなあ……?


 私はモモカのぬくもりを心に刻んで…………。


「行ってくるね!」

 そう言って、立ち上がった。


 こっちも泣いてしまいそうなので――、ていうか泣いてるけど、別れが辛くて振り向かずに足早に森の中に入って行った。


 すると後ろから、モモカのきれいな歌声が聞こえてきた。


「森を走り進み続けた♪ 世界樹の手がかり探して行った♪」


 それはモコッチ村の伝統歌。

 はるかいにしえから歌い継がれてきて、魔物除けや子守歌やお祝い事や、いろんなときに歌う聖歌アンセムだ。

 私もモモカがお昼寝の時に歌って聞かせたっけ……。


 モモカはその歌で私を送り出してくれるのだ。


「ここにあるよ、ここにあるよ♪ 呼ばれる声に導かれ♪」


 何か私はもうこみあげてきてしまって、視界がよく見えなくなってしまった。


「「「回せー♪ 回せ――――♪ せーかーいーをー回せ――♪」」」


 歌い手の声が増えた。モモカの声に合わせて村人たちが聖歌を歌ってるのだ。


「「「「「「「踊れー♪ 踊れ――――♪ エールーフーよー踊れ――♪」」」」」」」


 歌声がどんどん増えていく。

 私はみんなの愛情に送り出され、涙でボロボロになりながら森を進んだ。


 心の中で誓ったよ。


 私、絶対に魔道士になって帰ってくるからね……! って。






 で、遅刻ゥ――――――!


 大事な試験に遅刻ゥ――――――! 試験とっくに始まってるゥ――――!


【遅刻は厳禁。即失格】だってぇェェェ――――――――!!!


 あっあっあっ………! あひゃわっ!


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