実習
「本当に宝石になれるの?」
真珠パウダーが目立つメイクをした女性客の第一声はそれだった。若く美しい女。きっと近いうちに彼女の訃報を聞くことになるだろう、とKは心の中で息を吐く。
「もちろんでございます。我が社の誇る化石化エンバーミング技術は乳白色から漆黒まで、お望みの色のオパール様の宝石へとご遺体を変じさせることができます。宝石以外にも様々なタイプの化石にして埋葬することも適いますよ」
笑顔とともにKはさりげなく大理石のテーブルに視線が向かうよう手振りをする。
「あら。このテーブルも化石なのね。貝?」
Sは感心してみせる。実のところ彼女は貝の化石には関心はなかったけれど真珠光沢を持つ乳白色から鮮やかな虹色、漆黒の中にインクルージョンが踊っていたり、いかにも
「当社の化石化技術によるものです」
宝石にすることだけが売りのサービスではない、とKはさりげなく主張したが顧客候補Sは艶と遊色のある部分以外にはやはり関心が向かわないらしい。この様子であれば、もっとも高価なコースの契約も易いだろう。葬儀屋といってよい仕事はそうそう良い気分でばかりいられるわけではないけれど、自ら美しい骸になろうということであればましな部類だ。それに、とKはさりげなく客を観察する。Sと名乗った女はとてもK好みの容姿と雰囲気を備えていた。息絶えてしまえばただの肉塊にしか見えなくなるのは生前の美醜や纏っていたオーラにも関わりなく万人に共通だが、美しい石になれる者も確かにいて、顧客Sは数少ないそんな存在に違いないと直観が訴えていた。だがKには義務がある。自ら死を選ぶことの多いこのサービスの顧客に冷水を浴びせるような事実を。
「申し上げておかなければいけないのは、弊サービスが提供するのはあくまでもエンバーミングの一種であるということです。どれほど美しい骸になることができても、エンバーミングを受けるご自身は当然ながら化石や宝石になった姿を見ることはできません」
「承知の上だわ。サンプルもあるそうじゃないの。見せてくれる?」
Kが頷き、Sを導く。案内されたのは敷地内に造られた教会様の建物の地下だった。
「これって人――ええと、ご遺体そのものが展示されているの?」
「ええ。棺に収めることもできますが、幣サービスのお客様は概ねこうした展示を望まれます」
「人の亡骸を見ているような気がしないわ。どれも美しくデザインされているのね」
「エンバーミング職人も、分譲スペースデザイナーも厳選してございます」
Kの自慢げな言葉にSは頷く。葬儀として破格の料金を取るだけのことはあった。
「そちらでは宝石も化石も同じように作るみたいだけれど、望み通りの結果が間違いなく得られるの?」
「もちろんでございます。弊社のエンバーミングは科学的なプロセスに基づきます。契約のご当人に確認いただくことはできませんが、後のことを託された方々からも好評をただいております」
Sの足が区画の一つで止まる。
「これは――ブラックオパール?」
「オパール
Sは相槌を打ちつつ目の前の骸骨の宝石から目が離せなくなっていた。
「素敵だわ」
「自信を持ってご覧いただける逸品にございます」
軽く首を傾げた案内役はSの肌に何気なく視線を走らせて笑顔を作った。Sはブラウスの袖をたくし上げて見せる。
「生まれつきこうなのよ」
前腕の肌を示した。なんとなく伝わってきてはいた。このKという接客担当の女はSの顔のラメを化粧だと思っていて、そんな装いに好感を持っていると。真珠の肌が天与のものと知ればさらに惹きつけられるだろうことも。
「S様は天性の宝石でいらっしゃるのですね。であればぜひご覧いただきたい墓標がございます」
Sが案内されたのは透明感のある艶やかな乳白色に遊色効果が踊る見事な墓標――というよりは骸だった。骨格ではなく肉を持つ姿のまま。臍の緒がついた赤子の宝石だ。
「骸骨の姿だけではないのね?」
「弊社自慢の軟組織の化石化エンバーミングにございます」
ノジュールがどうとか微生物がなんだとかいうKの説明はSの耳を素通りしていった。Sは宝石には、殊に時代を超えて受け継がれいくような逸品には“曰く”が欠かせないことを知っていた。目の前の嬰児の宝石は見ただけで悲劇の存在が窺えた。恐らくは死産だろう。もしかしたら宝石にするために殺してしまったのかもしれない。
――壊れている。
倫理とか常識とかそんなものが。それに、とSを見上げてくるKの視線に満足を覚える。これは憧憬の眼差しだろう。真珠の肌を持つSの賛美者たち共通の表情が浮かんでいた。
――見つけたわ、副葬品を。
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