第34話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない⑤


「なんですか? アタシが知らない間に、もう夜中にこっそり会う関係になっちゃってましたか? だったら、ちゃんと報告してくださいよ。ってか先輩、もしかして手出されたんですか?」


「い、いや……これは……ううっ!」


 咄嗟に隠そうと自分の頬を触るが、それが逆に仇となってしまって、痛みで呻き声を上げてしまう。


「先輩、いくら鷹宮たかみや先輩の前だからって、カッコつけすぎじゃありませんか? 喧嘩の傷が男の勲章なんて、何世代前の話だと思ってるんですか」


三枝さえぐささん! 藤野ふじのくんは、私を庇って……!」


「わかってますよ。先輩が馬鹿な行動を取ったのは、大方予想できてますから」


 三枝は、わざとらしく大きなため息を吐いて、頭を抱える。


 その仕草は、正真正銘、僕の後輩である三枝アリスの反応なのだが……。


「三枝……本当に、三枝……だよな?」


 目の前の三枝に対して、僕は思わずそんな質問をぶつけてしまう。


「はぁ? 先輩、アタシが助けに来る前に、どれだけ殴られたんですか? こんなカワイイ後輩の顔を忘れるなんて、マジヤバですよ?」


 しかし、やはり三枝が話す内容は、学校で僕と話すときのものと変わらない。


 それでも、今まで見たこともないような気品のあるロングドレス姿ということもあって、夢をみているんじゃないかと思ってしまう。


 すると、三枝はそのまましゃがみこんだかと思うと、じっと僕の顔を見つめる。


「って、結構腫れてるじゃないですか。口とか切れてません?」


「えっ? だ、大丈夫……だと思う……」


 そう答えてしまったものの、口の中でちょっと血の味がしたような気がする。


「仕方ないですね、あとで冷やすものでも買ってこさせますから、ちょっと我慢しといてください」


 そういうと、三枝は持っていた小さい鞄からスマホを取り出して、ポチポチと触り始めた。


「あ、あの……三枝さん、一体、どうしてここに……」


 そして、戸惑った様子のまま、鷹宮さんが三枝に質問する。


「どうしてって、先輩たちのピンチに駆けつけてあげたんじゃないですかぁ。どうでした? さっきの演技、なかなか良かったでしょ?」


「演技って……まさか、先ほど、警察の方が来るという声も……」


「はい、アタシですよ。古典的な方法ですけど、ちゃんと効果あったみたいで良かったです」


 そういえば、駆けつけてきたのは三枝だけで、警察の人の姿はない。


 今思い返してみると、確かに、あの声もなんとなく三枝の声色と似ていた気がする。


「あっ、安心してください。一応、警察なんかより怖い人たちがさっきの奴らを追いかけてますから、もう戻ってくることはないと思いますよ」


「警察なんかより怖い人って……誰?」


「さあ、誰でしょうねぇ~……聞きたいです?」


「……いや、いいです」


 なんだろう、これ以上踏み込んじゃいけないような気がして、僕は質問をストップさせた。


「いえ、ですが……」


 しかし、さすがにこんな三枝のいい加減な説明に、鷹宮さんは納得していないようだった。


「……あー、はいはい、分かりましたよ。ちゃんと本当のことを話しますって。でも、そろそろ帰ってくると思うんですよねー」


 三枝がそう呟くと同時に、公園の入り口が光に照らされて、それが車のヘッドライトの光だということはすぐに判断できた。


 そして、三枝が現れたときと同じように、こちらに人影が近づいてきて、僕たちに声をかけてくる。


「お迎えに上がりました、お嬢様」


 その人物は、白髪の初老の男性で、細身で高身長だからなのか燕尾服がとても様になっている人だった。


「ありがとう、爺。それで、逃げていった男たちってどうなったか連絡は来た?」


「はい、丁度、話を聞いているところみたいですが、こちらで穏便に話をつけておきます。なので、申し訳ございませんが、お嬢様のご友人の方々も、私の車で送迎させて頂きます」


「わかった。元々、アタシも先輩たちから話を聞きたかったから、同じ車のほうが好都合よ。すぐに出発する準備をして」


「畏まりました。では、お待ちしております」


 三枝から『爺』と呼ばれた人物は、深々とお辞儀をしたのち、再び駐車した場所まで戻っていってしまった。


「三枝、今の人って……」


「……まぁ、その辺もおいおい説明しますけど、ともかく、先輩たちもアタシに付いてきてください」


 そして、三枝は僕たちに背中を向けたかと思うと、一度だけ振り返って、こう告げる。



「ちょっとだけ、夜のドライブでもしましょうよ、先輩方」


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