第25話 風紀委員の鷹宮さんは、生徒の誰とも馴染まない⑤


「お兄ちゃん、今週の日曜日って予定あったりする?」


 夕食中、いつものように妹のあやが作ってくれたご飯を食べているところに、彼女からそんな質問が飛んできた。


「いや、ないけど……どうしたの?」


「じゃあさ、買い物付き合って欲しいんだけど、いいかな?」


「買い物? 別にいいけど……」


 それくらいなら、付き合ってあげても問題ないのだが、妹と一緒に出掛けるなんて、1年以上なかったイベントなので、ちょっと驚く反応をしてしまった僕。


 別に、仲が悪いというわけじゃないけど、どこの兄妹もそれくらいの距離感だろう。


 お兄ちゃんが大好きで、終始甘えてくれるような妹など、それこそギャルゲーくらいにしか存在していない。


 おっと、話が逸れてしまったが、妹がわざわざ僕を誘って買い物とは、一体どのような用件なのだろうか?


「来月、父の日でしょ? それで、お兄ちゃんにも一緒に選んで欲しいなって思って」


「ああ、成程」


 そういえば、もうそんな時期か。


 話を聞けば、この前の母の日は妹に全部任せてしまったのだが、父親のプレゼントとなると、やはり男の僕の意見も取り入れたいらしい。


「お父さん、基本的には何でも喜んでくれると思うんだけど、やっぱり、どうせなら使い勝手のいいプレゼントしたほうがいいでしょ?」


「まぁ、父さんって綾がプレゼントをくれるだけで喜んでるもんな」


「それも、どうかと思うんだけどね」


 はぁ、とわざとらしくため息を吐いた綾だったけれど、その態度とは裏腹に、どこか朗らかな表情を浮かべていた。


 やっぱり、父親から見たら娘というのは可愛いようで、綾から貰った誕生日プレゼントなどは、全て大事に保管されている。


 中には、まだ綾が幼稚園の時に描いた似顔絵なんかもちゃんと取っていたり、バレンタインデーの時なんかは、冷蔵庫にずっとチョコレートが入っていて、流石に母さんから怒られていたという事件もあったりした。


 だから、僕が一緒に選んでしまうとはいえ、今回も大事なコレクションが追加されてしまうことになりそうだけど、それは口に出さないことにした。


「ありがとう、それじゃあ、悪いけど日曜日は空けておいてね」


「了解」


 となると、土曜日もあまり夜更かしをしないように気を付けなければ……。


「ところでさ、お兄ちゃん」


 すると、まるで何気ないことを口にするかのように、綾が唐突に僕に言ってきた。



「お兄ちゃんって、彼女出来た?」



「うぐっ!?」


 思わず、食べていたご飯を喉に詰まらせるところだった。


 しかし、何とかお茶で流し込むことに成功した僕は、息を整える間もなく、綾に反論する。


「な、な、なんで急にそんなこと聞くんだよ!」


「いや、だって……」


 すると、僕とは違って至って冷静な態度で僕に言った。


「お兄ちゃん、急にお弁当いらないっていうし、昨日の夜はコソコソと自分の部屋に行って、誰かと電話してたから」


 うっ……!


 そんなところまで見られていたのか……。


 というか、昨日の電話は綾にもばっちりとバレてしまっていたらしい。


 そして、綾の予想は大まかに括ってしまえば、色々と込み入った理由があるにせよ、『彼女が出来た』という点では当たってしまっている。


「いや! そ、そんな訳ないだろ……。僕に彼女なんて……」


 しかし、実際はあくまで演じているだけというか、正式な彼女ではないので、認めてしまうには抵抗があった。


 なので、ここは上手く誤魔化すことにした。


「そもそも、僕って深夜アニメ観たりゲームばっかりしてるだろ? そういうのって、女の子的には嫌なんじゃないのか?」


 確か、まとめサイトで、そんな残酷なアンケートを取っていたのをちらっと見てしまい、当時は恋愛などに興味はなかったとはいえ、落ち込んでしまったことがあったことを思い出す。


「うーん、別に、そんなことないんじゃない?」


 しかし、妹はそんな僕の意見を否定した。


「私の友達だって、アニメとかゲーム好きな子いるよ? 今時、そんなので抵抗を持つ人なんて少ないんじゃないかな?」


 私だって、お兄ちゃんの漫画とか借りて読んでるし、と付け加える綾。


「だから、お兄ちゃんに彼女が出来たとしても、それはそれで、別に意外でもなんでもないかなーって」


「そ、そうなんだ……」


 その評価は、兄としては喜んでいいものかもしれないけれど、なんだか色々と誤解を与えてしまったような気がして、申し訳ない。


「でも、そっか。彼女が出来たとかじゃないんだ」


 そう言って、綾は少し残念そうに唇を尖らせる。


「ちなみに、彼女が出来たら、ちゃんと私には報告してね。お兄ちゃんが、どんな人を選んだのか、知っておきたいから」


「う、うん……わかった」


 どうやら、綾も色恋沙汰にはそれなりに興味があるらしい。


 ふむ、だとしたら、話の流れ的に、こちらも確認しておいたほうがいいかもしれない。


「えっと、じゃあ、綾は彼氏とかいたりするの?」


「いないよ。当たり前のこと聞かないでよ」


「当たり前のことって……」


 それこそ、兄妹贔屓というわけではないが、僕より綾のほうがそういう相手がいても可笑しくないような気がする。


「そりゃあ、私だっていつかは誰かのことを好きになるかもしれないけど、今はまだ、友達とかと一緒にいるほうが楽しいかな」


 まぁ、綾はまだ中学生だし、彼氏を作ったりするのは、まだ先の話なのかもしれない。


 何より、綾に彼氏なんて出来たときには、父さんが黙っていないだろう。


 きっと、未来の綾の彼氏の一番の苦労は、父さんを説得することになるんじゃないだろうか。


「あーあ、これじゃあ、兄妹で恋バナするのは、まだまだ先になりそうだね」


 綾は、最後にそんな台詞を言い残して、残りのおかずに手を付け始めた。


 きっと、綾の言う通り、僕たちがこんな話をするのは、もっと先の話になるのかもしれない。


 それでも、僕は綾が選んだ人ならば、きっと素敵な人なんだろうと思いつつ、僕も再び夕食に手を付けたのだった。


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