第10話 風紀委員の鷹宮さんは、品行方正を崩さない②
「では、行きましょう。
昼休み。
4時限目の授業を終えてすぐに、
もちろん、「行きましょう」と言われたところで、僕は目的地を知らされていないのだが、従わないわけにはいかない。
ここでも、クラスメイトたちからは若干白い目で見られたものの、「関わると余計なことに巻き込まれそう」という空気が伝わってきた。
結果、僕は誰からも声をかけられることなく、教室を後にする。
そして、僕が一歩下がる構図で鷹宮さんに付いていっているのだが、その間、お互いに何も話さず、ただただ沈黙の時間が続いてしまっていた。
えっと……これって、何か世間話でもしたほうがいいのかな……。
便宜上、僕たちは『恋人関係』ということになっているはずなのだが、他の人がみたら、絶対にそうは思えないような距離感である。
いや、そもそも、他の人に知られる必要はないんだっけ?
「さあ、どうぞ入ってください」
そして、そんなことをグルグルと考えていると、いつの間にか目的地に到着してしまっていたらしい。
しかし、案内された場所は、僕もよく知っている場所と言うか、昨日も来たばっかりの場所。
風紀委員会が使用している会議室だった。
どうやら、ここで鷹宮さんは僕と話がしたいらしい。
僕は、彼女の指示に従って、会議室に入ると……。
――カチャ。
と、後から入ってきた鷹宮さんが、ドアの鍵をかける。
えっ? なにこれ? どういう状況?
「ご安心を。別に、あなたを閉じ込めたというわけではありません」
すると、僕の顔色から察したのか、鷹宮さんが僕にそう告げる。
「昨日みたいなことがないよう、念のためです」
「昨日みたいなこと? ああ……なるほど……」
一瞬、首を傾げそうになったが、すぐにある光景が頭の中で蘇る。
それは、
「あれは、私も迂闊なことがありました。今さら反省しても仕方がありませんが……」
そう項垂れる鷹宮さんだったが、そんな人様のところに大声をあげて乗り込んでくると予想するほうが難しいんじゃなかろうか。
決して、鷹宮さんの危機管理能力が欠如していたわけではないと思う。
「とにかく、これで邪魔は入りません。では、藤野くん、少し座って待っていてください」
そう言った鷹宮さんは、そのまま近くにあった棚を物色し始めた。
一体、何をやっているのだろうと思っていると、その棚に置かれていたカゴから、あるものを取り出す。
「……あっ」
僕もすぐに気付くが、それより先に、鷹宮さんが僕にそれを手渡す。
「どうぞ。一応、後でちゃんと受け取り証は書いて頂きますが、先にお渡ししておきます」
鷹宮さんが、僕に渡してくれたもの。
それは、昨日、僕が没収された漫画、『エンジェルロマンス』。
通称、『エンロマ』と呼ばれる漫画の単行本だった。
「……どうかしましたか?」
ただ……受け取った僕の反応を見て、鷹宮さんが首を傾げる。
「いや……まさか、返してくれるとは思ってなくて……」
鷹宮さんからしたら、僕から漫画を取り上げてしまったせいで、余計な負担を強いられてしまっている状況な訳で。
それなのに、どうして僕が持ってきた漫画を返してくれたのだろうか?
「それは、あなたが私との約束通り、ちゃんと反省しているように見えたからですよ」
しかし、そんな僕の疑問など一蹴するように、鷹宮さんは僕に伝える。
「元々、藤野くんはクラスでも真面目な人でしたから心配はしていませんでしたが、それでも校則を破ってしまったことは事実なので、見逃すわけにはいきませんでした」
曰く、昨日もずっと、鷹宮さんは僕の行動を逐一観察していたらしい。
「なので、1日だけこちらで預かって返却するつもりでした。それに、校則を破った理由も分かりましたしね」
すると、はぁ、と深いため息を吐く鷹宮さん。
「こんなこと、あまり部外者の私がいうべきではないかもしれませんが……藤野くん、あなたは少し、三枝さんに甘いような気がします」
「あ、甘い?」
「はい。あのままでは、三枝さんにあなたが自分に都合よく動く人間だと思われてしまいますよ。優しさと甘えは、全く別物です。藤野くんも、彼女の先輩であるのなら、きちんと指導してください」
「ご、ごもっともです……」
「ただ……ですね……」
鷹宮さんの言葉を深く受け止めると、彼女もそれ以上は三枝のことについては何も言わず、少し言葉に詰まりながら、僕に言った。
「あなたが、私を助けようとしてくれたことには感謝いたします。それだけは……きちんとお礼を言おうと思っていたんです」
「お礼……?」
今度は、僕が首を傾げる番だった。
助けようとしてくれた、とは、一体どういうことだろう?
それに、お礼、と言われても、そんなことを言われる理由が僕には全然思いつかない。
むしろ、今まさに僕がお礼を言わないといけない立場にあると思うんだけど……。
すると、鷹宮さんはほんの少しだけ目をキョロキョロさせたあとに、俯きながら僕に伝える。
「その……三枝さんが私の動画を流そうとしたとき、止めてくれましたよね……?」
「それは……」
確かに、本気ではなかったとはいえ、三枝が自分のSNSで鷹宮さんの動画を上げようとしたのを止めようとしたけれど……。
「あれは、反射的っていうか……」
そもそも、結局、僕は三枝の提案を止めることが出来なかったわけで、やっぱりお礼を言われるようなことはしていない。
「いえ……私にとっては、誰かに味方をしてもらえるというのは、とても貴重だったんです。私はクラスの皆さんから嫌われていますし、藤野くんもそうなんだろうって思ってましたから」
「鷹宮さん……」
僕は、クラスメイトたちが向ける鷹宮さんへの視線を思い出す。
まるで、自分たちの『敵』だといわんばかりに向けられる視線。
それを、鷹宮さん自身が気付いていないはずなど、あるわけがなかった。
そして、鷹宮さんは、すぅ、と息を吸い込んだのちに、わずかに口角をあげる。
「だから、素直に嬉しくなってしまった、というのが正直な感想です」
――これが、僕が初めて見た、鷹宮さんの笑顔で。
――その笑顔をずっと、僕は見ていたいと、そう思ってしまった。
しかし、その笑顔を見ることができたのは束の間で、今度は僕から視線を外す。
「あ、あの……ですね。藤野くん……その……」
そして、手をお腹のあたりに置き、その部分を指でトントンと叩いている。
……なんだか、いつもの鷹宮さんの様子とは違う。
まるで、今から僕に、何か大事なことを伝えようとしているような、そんな雰囲気を僕も感じとっていた。
「……すみません、私からの話は以上です。では、すぐに受け取り証を準備いたします」
だが、結局、鷹宮さんはすぐにいつも通りの厳めしい表情になり、壁際に設置されている棚のほうへと向かってしまった。
一体、彼女が最後に何を言おうとしたのか、結局分からず仕舞いになってしまった。
ただ、ほんの少しだけど。
僕と鷹宮さんとの距離が、近づいたような気がしたのだった。
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