第28話 覚悟

 エディが案内されたのは、リンフォード商会本部の一室であった。案内された部屋にはすでに一人の男が座っており、ケインの到着が待ちきれなかったのかドアを開けた瞬間部屋にいた男は椅子から勢いよく立ち上がり、ドスドスと足音を立てながらこちらに向かって来た。


「遅いぞケイン!」


 ケインを怒鳴りつけた男は顔を赤くしながら二人の前に立ちはだかった。


「わっ悪かったよ、ルーカス。」


 ケインは頭をかきながら男の肩をぐっと引き寄せルーカスの紹介を始める。


「すいません。お見苦しい所をお見せしてしまいましたな!ははは!」


「ははは……。」


 エディは目の前で起きた事を苦笑しながら見ていた。


「紹介をさせてください。こいつはルーカス、古くからの友人でして今はこの街で鍛治師をやっている者です。こう見えてこの街では三本の指に入る職人でして街の職人達を取りまとめる代表でもあります。」


「ドスッ!」


 ルーカスは鋭い目つきでケインを睨みつけながら腕でどついた。


「一言多いわ!まったく!」


「こちらは以前にも話したが、私の命の恩人エディ様だ。」


「よっよろしく〜。しがない流浪人でしてたまたまケインさんと出会ってお呼ばれしました……。」


 ルーカスはピクッと反応し、目の色を変えエディに近づいた。


「おお!あんたがそうか!いや〜すまない!このバカが世話になったな!いつも気をつけろとは言っているんだが!ははは!頭は良いくせにどこかおかしいんだこいつは!」


「はっ、はあ……。」


 大の男二人が肩を組んでこちらを見ている状況に困惑するエディは、話を変えようとケインに声をかけようとした。その瞬間、部屋の奥から窓が割れる大きい音が部屋を包み込んだ。


「ガッシャーン!!」


 窓を勢いよく割ったのは手紙のような物がつけられた石つぶてであった。


「ザッ!」


 エディは腰にかけていた剣に手を置いた。投げ込まれた石のつぶては、それ以上動く事なくそこに置かれたままであった。


「ブォン!」


 石つぶてに向けられたエディの右手から魔法陣のようなモノが現れた。


「特に問題は無さそうだな。」


「わっ、わかるのですか?」


 ケインはエディの言動に驚きつつ、関心の目を向けた。


「まあそれぐらいであればなんとか。ところでアレに何か心当たりは?」


 石つぶてに目を向けるケインとルーカスは、気まずそうに互いの顔を見合わせた。


「はあ……。まあこの職種と立場から色々と……。」


「そ、そう……。」


 エディは外に警戒をしつつ、窓からそっとあたりを見渡した。エディのサインを見て危険がないとわかったケインは、石つぶてを拾い手紙を開いた。


「なっ!!」


 ケインは顔色を変え、ルーカスの顔を見つめた。促されるようにして手紙を読み始めるルーカスは、ケインと同じように顔色を変え、読み終えるや否や膝から崩れ落ち激しく動揺していた。


「なっ、なんだと!!」


 手紙はルーカスに向けられたものであり、それは疑いようのない脅迫状であった。


〜 ルーカスへ 〜

 子供は預かった。返してほしくば夜八時にバリル食堂の裏口に来い。


「こっ、これは……。」


 エディは口を手で隠しながら、この状況について考えを巡らせていた。


「実は、エディ様をお呼びした事とこの件は関係がある可能性が高いのです……。」


 ケインは発言をためらいつつも、重たい口を開いた。


「なるほど。聞かせてもらってもいい?こちらも話さなければならない事があるんだ。」


エディの真剣な表情と口調から、ただならぬ意思を感じたケインは、テュミニーの現状から政治の裏事情まで全てをエディに話した。


「明日、テュミニーの運命が決まります。」


「運命……?」


「明日の夜、テュミニーの政界トップを決める会議が開かれるのです。そこに私とルーカスが出席します。私達は現エルミナス国を良く思っておりません。しかし、ハキーム商会は金と地位の為にすぐにでもテュミニーを売り渡すつもりなのです。」


「なるほど。だから投票権を持つケインさんの暗殺未遂やルーカスさんの子供の誘拐が起きたのか。」


エディは、自分達の今後の為にもリンフォード商会を率いるケインやルーカスに勝利をしてもらわなければならないという事を確信しながらケインの話を聞き続ける。


「もし、そのような事になればここテュミニーもエルミナスのように……。そこで、明日行われる会議まで、私達の護衛をお願いしようと声をかけさせて頂いたのですが……どうやら一足遅かったようです……。」


「そういう事だったのか。」


「はい……。会議に出席するものは全部で九人、その中で私達と志を同じくする者は四人……。なので一人でも欠けることは許されないのです。」


エディは迷う事なく、ケイン達に喋りかけた。


「わかった。俺もルーカスさんに同行し救出を手伝おう。」


「おおお!ありがとうございます!なんと心強い!」


安堵した表情を浮かべるケインとルーカスに、エディは自分達の状況を話し始めた。


「まだお伝えしていなかったのですが、私はエルミナスから逃れて来た兵士です。」


「なっ!なんとっ!」


エディとケイン達は、会話をしながらこれからの行動指針を探っていった。


※∮※⌘※∞※⁂※§※∮※⌘※⁂※


 エディがケインと会っていた頃、アルバートは治安の悪い区域でフェルトの足跡を辿りながら捜索をしていた。


「コンコン」


 人気の少ない路地で、ドアをノックする音が鳴った。


「ガチャッ!」


 建物から出てきたのは、凶暴そうな見た目をしているスキンヘッドの男であった。


 出てきた男が目線を少し下に向けると、そこには屈強な体を持つアルバートが立っていた。アルバートに対して怪しむような目線を向けるスキンヘッドの男は、面倒くさそうに話し始める。


「誰だおめー。」


「ここが酒場だと知り合いの商人から聞いてな。今はやってるのか?」


「ここは酒場なんかじゃねーよ。さっさと失せな。」


 スキンヘッドの男はしっ!しっ!と手を振り払いドアを閉めようとした。しかし、アルバートはそうはいくまいとドアが閉まらないようにすかさず足を中に入れる。


「ガタンッ!」


 しつこく話しかけてくるアルバートに対して徐々に苛立ち始めたスキンヘッドの男は、声を荒げながら建物から己の体だけを出しドアを閉めた。


「おい……。調子乗ってんじゃねえぞ……。」


「おいおい。何を怒ってるんだよ。少しふざけただけじゃないか。」


 アルバートは少し後ろに下がり、スキンヘッドの男には聞こえない程度の声量で呪文を唱え始めた。


「しつけえお前がいけねえんだぜ?」


「シャキイイイイン!」


 スキンヘッドの男は、ニヤニヤと笑いながら背中にかけている大きな剣を抜いた。


「おっ、おいおい。物騒だなっ!そんな事したら無事ではすまないぞ。」


「うるせええ!関係ねえんだよ!」


「ブゥン!」


 スキンヘッドの男がアルバートを目掛け剣を振ろうとした瞬間、スキンヘッドの男の右下に魔法陣が描かれた。


「なっ!!」


「ドスンッ!バキバキッ!ドーンッ!」


 スキンヘッドの男は魔法陣から現れたゴーレムに脇腹を殴られ、驚きの声をあげる間もなく道に放り投げられた。


「だから言ったろ?ケガするって。」


 アルバートはスキンヘッドの男の体をゴーレムの体で隠し、スキンヘッドの男が守っていたドアをゆっくりと開けた。中は地下へと道が続いており、奥からうっすらと明かりが漏れていた。


※∮※⌘※∞※⁂※§※∮※⌘※⁂※


 帰宅したニケが部屋の扉を空けると、そこにはすでに戻っていたアルバートとエディがいた。


「ただ今戻りました!すいません!急ぎお二人にお伝えしたい事があります!」


 血相を変えて二人に話しかけるニケを、アルバート達は待ちわびた顔で迎えた。


「おお!ニケ、俺たちも伝えたい事があるんだ。」


 エディの説明を聞き困惑するニケは、驚きながらも今日体験した内容を二人に伝えた。ニケの話を聞き終えたアルバートは、椅子に座り黙々と喋り始める。


「なるほどな。整理すると、今この街では二大商会による覇権争いが起こっていて、内一つは旧エルミナス側につくリンフォード商会、もう一つは新エルミナス側につくハキーム商会。

そして、ハキームの差し金と思われる者が、リンフォードの権力者の子供を誘拐して脅迫状を送りつけた。

その子供というのがニケの知り合いで、連れていかれた場所は街の地下に存在する闇市。

しかも、その闇市はフェルトの行方が途絶えた場所でもある。」


「でしたらやる事は決まっていますね。」


 エディはどこかスッキリとしたような表情でニヤリと笑い、ランスを手に取った。


「ああ。これから私達が向かう場所は一つだ。」


 三人はすぐさま準備に取り掛かった。


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「んー!んーんむー!」


「ちっ!うるせえガキだな!」


 誘拐犯の大男バルは、口封じをされたまま袋で目隠しをされているルーファスを担ぎ、薄暗い道を歩いていた。


「もう少しの我慢だ。とっとと行くぞ。」


 ガルはバルに急ぎ付いて来るよう促し、しばらく歩いた先に現れた扉を丁寧に開けた。部屋の中に居たのは、ハキーム商会の幹部四人であった。


「ただ今戻りました。」


 ガルとバルは運んできたルーファスを床に寝かせ、片膝をつき幹部四人に頭を下げた。


「ああ。それで、ちゃんと連れて来れたのか?」


「はい。こちらに。」


「ドサッ!」


「んー!!んーんー!」



 バルは身動きの取れないルーファスを幹部四人の前に差し出した。


「うむ。袋をとれ。」


 幹部Aが大男に指示をだすと、ガルはすかさず動き出した。


「はっ!」


 ガルはルーファスの顔に被せられた袋を取り、頭を鷲掴みにしている左手を幹部の前に差し出した。


「ふむ、よし。そいつを牢屋に入れておけ。」


「はっ!」


 幹部Bの発言にガルがすかさず反応し、そそくさとその場を後にした。


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「この店なのか?」


「はい。」


 ニケ、エディ、ルーカスは脅迫状に書かれていた場所付近に到着していた。


「ニケ、準備はいいか?」


 戦場に行く為の心の準備ができているのか、エディはニケに問いかけた。


「うん!僕はいつでも行けるよ!エディ!」


「ふんっ!上等だ!行くぞ!」


 エディは笑いながら店の方へと向かい、そのすぐ後ろにニケが続いた。


――必ず助けるよ!ルーファスっ!!


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読んで頂きありがとうございます。


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