第16話 分析

「ダダダダダダッ!」


 ニケとアルバートは、一頭の馬に2人で乗っていたが、ニケも馬の扱いに徐々に慣れ始め、ニケが手綱を持つ時間も少しずつ増えていった。


 馬で数日間走り続けたニケ達は、草木が生い茂る森の中を進んでいた。


「チョロチョロ」


 休息を取る為に水場を探していたアルバート達は、水の流れる音から目的地である川を探し当てた。


「よし。あの川のほとりで一息着こう。」


「はいっ!」


 アルバートの呼びかけに、二人の騎士とニケが素早く反応した。

馬から降りたニケと一人の男騎士は、馬の手綱を川の近くの木に縛り、水を浴びるため猛スピードで川へ向かって走って行った。


「バァシャー。バシャバシャ。」


 ニケと共に川に入っていった男騎士は勢いよく水を浴び、とても気持ちよさそうに叫ぶ。


「ぶはー!生き返るー!」


「ふあー!気持ちいい!」


 ニケも、男騎士に負けじと己の感情を叫んだ。


「はっはっは!おまえら、そうしてると兄弟に見えるなあ」


「え?」


 ビショビショの顔を向かい合わせるニケと男騎士は、少し恥ずかしそうにして立っていた。

そんな事はどうでもいいと言いたげな女の騎士は、アルバートに自分達がまずどこへ向かうのか聞いていた。


「アルバート様、私達はこれからどこへ向かうのでしょうか?」


「うむ。これから補給も兼ねて、テュミニー街道へ向かおうと思っている。」


「なるほど。確かに……かしこまりました。」


 女騎士と話していたアルバートは、思い出したかのように二人に尋ねる。


「ところで、お前たち。この少年とは、もうちゃんと話したのか?」


「あっ、いえ!まだであります!」


 男騎士は、そういえばという顔をしながら、アルバートの質問に返事をした。


「なんだ。それはすまなかったな。ニケ。自己紹介を頼む。」


「はっはい!ニケ・マーティスです!生まれはアマンド地区で、父は行商人をしております。ナインとは…いえ…姫様とは、おそれながらよくお供させて頂きました!」


「こいつはな〜実は凄い奇跡を持っているらしいんだ!」


「えっ!?」


 男騎士は興味津々にニケを見ている。それもそのはず、ヘキサグラムの一人が、興味を示す程の存在。興味が湧かない者なんて、兵士の中にいるはずもなかった。アルバートはニヤニヤ顔で、イグニスから聞いた情報を騎士達に話した。


「ふーん。」


 女騎士は、ニケを疑り深く観察している。キリっとした鋭い目からは、相手を怯ませてしまいそうな気を放っていた。


「何たってあのイグニスが一目を置いているんだからな!」


「えっえええ!」


「ほお。」


 アルバートの話に驚きを隠せない二人の騎士は、あらためてニケに熱い視線を送った。


「いいい!?」


 二人の騎士から、珍しいものを見るような目線に晒されたニケは、気まずさから顔を引きつらせ後ずさりをする。さらに、女騎士はニケを追い詰めるように質問を投げかける。


「奇跡って、具体的にはどんな事が出来るの?」


「あっいや!僕はまだ九歳なので、奇跡は使えない、はず……です。」


 自身の耳を疑ったアルバートは、ニケにイグニスから聞いた話の説明を求める。


「なに?そうなのか?イグニスは見たこともない奇跡が、少年の周りから現れたと言っておったぞ?」


 ニケは、自分が殺されそうになった時に助けてくれた、腕のようなものを思い浮かべていた。


「はい、確かに現れました……。ただ、僕にもアレが何なのかはさっぱりわからなくて……奇跡というのは、十歳になるよりも前に発現することはあるのですか?」


「いや、そんな話は聞いたことがないな。」


 ヘキサグラムのアルバートですらわからない謎に、女騎士以外の三人は腕を組み、あぐらをかいた状態でしばらく悩みこむ。そんな中、もう疲れたという顔をした男騎士が、話を変えた。


「まあ、わからない事を無理に考えてもしょうがないじゃないですか!私も自己紹介させてください!私はエディ・スナイデル。こっちの無愛想な女騎士はフェルト・クリスティー。」


 フェルトは、顔を縦に一度だけ傾げて挨拶をする。それを見たニケは、少しおどおどしながら挨拶をした。

エディの身体付きは、一般の兵士よりもしっかりしてはいるが、アルバートとは違い決して屈強という感じではなかった。フェルトはエディより少し背が低いが、洗練された女騎士の身体付きをしていた。


「よし!自己紹介も終わった事だし、街に向かうか!目指す街もそう遠くはないしな!」


「あの、これからいく街は、どんなところなんですか?」


 アルバートの発言を聞いたニケが、質問をした。


「おお!悪い悪い、言ってなかったな。これから行くのはテュミニー街道という場所でな、主に武器や武具などを主軸に、生計を立てている者が多い街だ。」


「武器……ですか……。」


――そういえば、ちゃんとした武器なんてほとんど持ったことないな……。あの時、拾った剣くらい……。


「ニケに合う武器も見つかるかもな。」


「えっ……。」


「ドクンッ!ドクンッ!……。」


 エディの発言を聞いたニケの鼓動は、自然と早くなっていく。それは高揚と、敵を傷つける為の物を自身が持つことへの恐怖からだった。しかし、ニケは自分自身が求めたものと己に言い聞かせて、体の震えを抑え込んだ。


「はいっ!!」


 アルバート、エディ、フェルトの三人は、弱々しくも運命に抗おうするニケが、精一杯絞り出した勇気に、強い意志を感じ笑みを浮かべた。


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 七大国の一つであるサルーン皇国。その国力は世界第三位であった。その皇帝は二十八歳とまだ若く勇猛な若者だった。名前はアルザス・フュー・ラウドネス。彼は奇跡を得た10歳の時、全てを悟った。この世は強き者と弱き者で分けられるということを。ラウドネスはエルミナス王国の陥落に伴い、密かに動き始めていた。


「皇帝。いかがなさいますか?」


 煌びやかな皇室で、第一補佐官がラウドネスにこれからの行動予定を聞いていた。


「うん。偵察を送ろうと思う。現状を把握せねば何も動けぬからな。ザイフはいるか?」


「はっ!」


 呼ばれたのは屈強な身体付きをした男だった。背中には大きな大剣を背負っており、その者が通れば誰しもが道を譲るほどの威圧感を放っていた。


「今からエルミナスに行き、中の状況を調べてこい。」


「はっ!」


 ラウドネスの命令にザイフが返事をした。ラウドネスは今の情勢について分析をしており、そのせいかどこか腑に落ちない顔をしている。


「エルミナスは決して軍事大国ではないが、あのイグニスを含むヘキサグラムがいるのだ。落とすのは容易ではないはずだが。」


「はい。近年まれに見ぬ成長を遂げた国であり、率いる騎士の質は他の強国にも引けは取らないはずです。」


「確かに。それが何故……。」


 ラウドネスは肩肘をつき、物思いにふけっていた。額に添えられた指の隙見からは、ラウドネスの鋭い眼差しが光る。それは騎士であろうとたじろいでしまう程の気を放っていた。


「ザイフ。お前の情報によっては、この国の行く末が変わる。心して努めよ。」


「はっ!」


 ラウドネスの言葉を聞いたザイフは、目を少し細め返事をした。


 エルミナス王国の陥落により、どこの国でも混乱が起きていた。七大国の一つであるエルミナス王国の地。統治する権利を得た者の利益は、計り知れないモノであった。


「はああああ!!」


「ドスッ!……ブシュウウウウ!」


「ビャララガガガ!」


 勢いよく繰り出されたニケの剣撃は、虫型モンスターの額を捉えた。攻撃されたモンスターからは青い血液が吹き出され、辺りを耳障りな音と異臭で包み込んだ。


 アルバート率いる一行は、身を隠しながらサルティア砂漠に出るため、アルメル森林を進んでいた。森林は身を隠すにはうってつけの場所であったが、様々なモンスターが生息する危険な場所でもあった。 小さな虫であっても、魔物であった場合は油断が出来ない。少しの油断でさえも死に繋がりかねないのだ。


――これが命を賭して戦うということなんだ!


 ニケはアルバート達の助けを借りながら、毎日モンスターと戦っていた。

そんな中、ニケはずっと不思議に思っていたことがあった。それは自分の身体の不自然さについてだった。


――何故だろう。剣なんてほとんど持った事がないのに……自然と身体が動く。


 思い当たる節はたった一つしかなかった。


――アギトとのチャンバラ……なんてことはないだろうし……。


「クスッ!」


 アギトとのチャンバラを思い出していたニケは、楽しかった時間を思い出し、ふいに笑ってしまった。

ニケは、来る日も来る日も多くのモンスターと戦い続けた。その度にニケの身体はボロボロになっていったが、それでも続けられたのは、大切な人を守る為という理由があったからだった。


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読んでいただきありがとうございます。


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