第13話 安寧

「ナイン、僕達はヘキサグラムの方達の事をよく知らないんだけど……もし良かったら……。」


 四人の事をより詳しく知りたいニケは、ナインにイグニス達の事を教えてもらえないか頼んだ。


「あっ!ごめんね。この人達は多くの王国騎士の中でも、とても強い人達なの。イグニス、レクサス、アルバート、ニールよ。」


 ナインは慌ててイグニス達の事を紹介した。ニケ達がずっと憧れを抱いていた、王国騎士の頂点に君臨する者たち。ニケ達は緊張しながらも、とても興奮気味だった。


「よっ、よろしくお願いします!!」


 三人は目をキラキラと輝かせながら、一斉に挨拶をした。イグニスは「はっ」と驚き、ニケに近づいていく。イグニスはニケの事を覚えており、肩に手を置きながら感謝の言葉を述べる。


「君か!あの時は助かった!心から礼を言うぞ!!」


「え!?おっ、覚えてくれてたんですか!?」


「もちろんだとも!」


「あっ、ありがとうございます!!あの時は、僕も何が何だか……。ただ行かなきゃって思って。」


「本当は国をあげて礼をしたいところなのだが……。」


 申し訳なさそうに目を細めるイグニスに、驚いたニケは手を振りながら、顔を左右に振った。


「そんな、僕は何も……。」


「いや、君がいなければ、姫の命が危なかったかもしれない。」


「助けてくれてありがとう!ニケ!」


「ビクッ!!」


 ニケは体に電気が走ったような衝撃を受けた。なぜなら、ニケの両手はナインの手でおおわれ、強く握りしめられていたからだ。ニケの顔は、たまらず真っ赤になってしまった。まだ十歳前の男の子にとって、平常心を維持できなくなる理由としては充分な事象だった。


「ぼっ、僕の悪あがきが、ナインの為になったのら良かったよ。」


「すまない。気になっていたのだが、ナインとは姫さまのことか?」


 先程からニケが話していたナインという名前に、疑問を持ったイグニスがニケに話しかけた。


「あっ……はい……。そうです。」


 ニケは咎められるかもしれないと危惧しながらも、おそるおそるイグニスの質問に答えた。


「みんな、ごめんなさい。私、身分を隠さなくちゃと思って、咄嗟に……。」


 申し訳なさそうに下を向くナインの横で、イグニスは前向きな表情で、ニケ達に向かって話し始めた。


「いえ、名案かもしれません!」


「え?」

 

 ニケ達やナインは驚いた顔で、イグニスの言うことに耳を傾ける。


「姫様のこれからの事を考えたら、偽名の方が都合が良いかもしれません。」


「確かに、そうね……。」


 イグニスはそこにいた者達に、姫の偽名の理由を伝え、これからの方針を決める話し合いを行うことにした。


「ナイン様。今日はもう夜遅いので、明日の為にも寝てください。」


 ナインはクスりと笑いながら、イグニスに話しかけた。


「イグニス、様をつけたらすぐばれてしまうわ。」


 イグニスはナインの注文に、とても困った顔をしながら反応した。


「はっ!……しかし……。」


 レクサスはニヤニヤ顔で、イグニスに話しかける。


「そうだよ。ねっ!ナイン?」


「なっ!?お前!!」


 イグニスは、ナインを軽々しく呼び捨てにしたレクサスの行いに対して、露骨に嫌な顔をした。


 ナイン達一行に、ほんのひと時の安らぎが訪れた時間だった。そこにいた者達は無理に空気を読んでいたが、彼らにとってはとても大切な時間だった。


「さあ、お眠りください。ひ……っ!。」


 イグニスはナインの新しい呼び方に慣れず、度々ぎこちない会話になってしまっていた。


「クスっ。ありがとう、イグニス。 さっ!みんな行こ!」


 ナインは、ニケ達と急ごしらえのテントに向かった。

テントの中で、四人は川の字になり横になる。アギトは唐突に「はあああああ!!」と深いため息をついた。


「今日は生きてきた中で、一番大変な一日だったぜ……。今までの人生がなんだったんだって感じだな〜。」


「ごめん……。私のせいで……。」


 アギトの発言に対して、ナインはすぐに反応した。ニケ達は、ナインの言葉から今回の件が全て己の責任だと捉えているように感じた。その言葉を聞いたメルとニケは、すぐに反論をする。


「ナインのせいじゃないわ!」


「そうだよ!悪いのはみんなあいつらさ!」


 ナインは、横になっている皆んなと逆の方向に身体を向け、感謝の言葉を懸命に伝える。


「うん……。ありがとう……。」


 こうして激動の一日は終わりを告げた。テントの外では、騎士達が交代で見張りをする足音が朝まで鳴っていた。


 翌日、昨日の一日が幻と思わせる程に良い天気の朝がやってきた。


「うっ、うーん。」


 ナインはゆっくりと身体を起こし、横にいるメルとアギトを見て、ニケがいない事に気付いた。


――あれ、ニケ……どこに……。


「痛っ!」


――筋肉痛……。これくらいの事で……他のみんなに比べたら、こんな痛み……。


 ナインは自分を強く抱きしめ、精一杯の力で着ている服を握りしめた。

鳥のさえずり、猿が木から木へと渡る音、虫の鳴き声、そんな音が森から聞こえてくる中、他とは違う「ブンッ!ブンッ!」という音が聞こえてきた。


 ナインはテントから出て辺りを見回した。すると、素振りをしているニケが視界に入る。それはお世辞にも洗練されているとは言えないものだったが、とても心がこもっているように見えるものであった。


「僕は!皆んなを!守る!力が!欲しい!」


 ナインは、ニケの素振りを離れた場所で見ながら、少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 

「ナァーインッ!」


「バンッ!」


 ナインの名前が呼ばれるのと同時に、誰かがナインの両肩に手をのせた。


「きゃっ!」


 驚いたナインがすぐさま後ろを振り向くと、アギトが真後ろに立ちニコニコ笑っていた。


「アギトッ!?」


「にひひひっ!」


 ナインの寂しそうな背中を見たアギトは、気付いたらナインを驚かしていた。


「もうっ!やめてよっ!!」


「ゴメン!ゴメン!」


 アギトはしてやったりという顔をしながら、謝り続ける。


「でもさ……。そんなにナインが考え込む事じゃないと、俺は思うんだけどなあ〜。」


「っ!……うん……。」


 ナインはアギトの言葉から、自分の為にわざとふざけていると察し、すっと我にかえった。


「やってるなー!!」


「えっ!」


 こちらに向かって大きな声で話しかけてきたのは、アルバートだった。最初は離れたところから観察していたようだが、途中から我慢が出来なくなり、ついつい来てしまったようだ。


「お前!なかなか筋がよいぞ!」


「ほっ、本当ですか?!」


 アルバートに褒められたニケは、心から喜んでいた。なにせアルバートは、王国騎士ヘキサグラムの一人。ニケでなくても喜ぶのは当然であった。


「誰かに教わっていたのか?」


「いえ…。教わってはいませんが、アギトとずっと練習はしてました。」


「いや!なかなかいいものを持っている。」


「あっありがとうございます!!」


 ニケをべた褒めするアルバートは、笑いながらニケの肩を「バンバン」と叩いた。


「おいボウズ!俺のとこにこないか?」


 アルバートはニケが将来有望だと見込み、自分の隊に来るよう提案した。


「えっ!?」


 王国騎士への誘い、それは王国の民からすればとてつもない事であった。王国騎士というものは、決して簡単になれるものではなく、選ばれし者だけがなれるものと、エルミナス王国では決まっていたからだ。騎士と兵士、そこには努力では埋められない壁が存在しており、剣で生きていくものにとって憧れの存在でもあった。


「おいおい待ってくれ。彼は俺が先に目をつけていたんだ。」


 アルバートの誘いを遮るように、イグニスが二人の間に割って入った。少し驚いた様子のアルバートは、イグニスを探るように会話を始めた。


「ほう。これはこれは。王国騎士団長のイグニス様ではありませんか。どうかされたのですか?」


「私も、彼のことは気にかけていたのだ。横入りは頂けないな。」


「ほう。……では、本人の意思を聞いてみようではないか。」


 イグニスとアルバートは、同時にニケへ目線を送り、ニケの反応を待っていた。


「えっえええ!そんな……。」


 二人の眼差しに戸惑うニケは、困り果てナインを横目で見て助けを求めた。


「ニケってモテるのね。知らなかったわ!」


「そっそんなあああ!」


 ナインはわざと驚いたように見せながら、笑いをこらえていた。そこにいた者達は皆笑い、ひと時の平和を実感していたのだった。


 その頃、エルミナス王国では黒服の男達が好き勝手に振舞っっていた。


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読んでいただきありがとうございます。


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