第7話 運命
「ニケ!!」
ドーム型の地下神殿に、アギトの声が響き渡った。アギトはニケに向かって、鞘に入った短剣を投げ渡した。
「うわっ!」
いきなり剣を投げ渡されたニケは、剣を受け取った瞬間にバランスを崩した。まだ子供のニケには、短剣といえどバランスを崩すには充分な重さだった。
「準備あれば憂いなしってな!」
「うん。そうだね。」
メルは二人を心配そうに見つめ、我慢出来ずに近づきニケに話しかける。
「もうそんなに無理しないでよね!!私、ニケが死んじゃったと思ったんだからね!!」
「うん、ごめんね……。ありがとう。気をつけるよ。」
メルは鼻をすすりながら二人から目線を下に向けた。ほどなくして、そこにいる者達での大移動が始まる。
男達が何人も集まり、大きな門を開けていく。出口へと向かう一行だが、道中を阻む者も多かった。魔術師が魔法障壁をはり、ゆっくりとではあるが、出口に向かって進んでいた。
「クレセント ブレイズ!!(三日月の火炎)」
イグニスの放つ三日月の形をした炎の衝撃波が、黒服の男を燃やし吹き飛ばした。
「ぎゃあああああ!」
敵の攻撃を退けながら進んでいくと、二手に分かれる道にでた。国王を探している今、道を一つずつ確認している時間などなかった騎士団は、二手に分かれて王を探す以外の選択肢は与えられていなかった。
イグニスとレクサスの二組に別れ探すこととなりイグニス隊はイグニス、ナイン、ニケ達三人、騎士団の半分、レクサス隊はレクサス、王妃、騎士団半分がそれぞれ王を探すこととなった。
王妃は難しい表情をしながらも、ナインに向けて言葉を送る。
「いい?サーガ。あなたには彼女がついてる!心配しないで。あなたが辛いときは助けてくれるから。」
「お母様!?どうゆう事ですか?」
「それは……時が来ればわかります。」
「はっはい……。」
「ナイン。あなたに二つ伝えたいことがあります‥‥。一つ目はあなたの大切な人を全力で守りなさい。その者たちはは必ず答えてくれるはずです。二つ目は何があっても己を信じなさい。これから先、困難がいくつもあるでしょうが、あなたには超えていける力があります。あの子がついているのだから。」
「はい……。」
「では、森との境界で落ち合おう。」
イグニスはレクサスに合流の場所を伝えた。
「はい。ご武運を。」
イグニスとレクサスがそれぞれ率いる2つの部隊は、別々に行動を開始し、王を探しはじめた。
「ドオオオン!!」
出口の扉をこじ開けると、そこは城の中の一室であった。しかし、火災の影響が幅広く進み、辺り一面に火が燃え移っていた。
「くっ!こんなところにまで!!王のもとに急がねばならぬというのに!!」
思うように動けないことから来る焦りが、イグニスの平常心を少しずつ失なわせていった。火の回りが激しく、徐々に退路の数も減っていく。イグニスだけでなく、他の者達もタイムリミットを考える頃合いだということに、うすうす気づき始めていた。
「ズドオオオオオオーン!!」
「はああああっ!!!」
どこからともなく衝撃音と共に、男の叫び声が辺り一帯に響いた。声は城の造りから遠くまで拡散された。
「こっ!この声はっ!!」
声に気づいたイグニスは、共にいた者達に声をかける。
「悪いっ!先に行く!姫様達は騎士達と離れずに着いて来て下さい!」
「はっはい!」
イグニスは全速力で走り始める。その早さは炎が油に引火するような早さで、通った後には炎の道が出来ていく。
「ぼっ、僕達も急ごう!!」
「ええ!!」
ニケの掛け声にナインが応える。ニケ達はイグニスを探して全力で走りはじめたが、あっという間に見えなくなるイグニスの背中を、ただただ見守る事しか出来なかった。
「なんて……。なんて僕たちは無力なんだ!!」
ニケは己の無力さをこれでもかと感じていた。
「しょうがねーだろ……。俺たちに戦う力なんてないんだ!」
アギトの言葉がニケをさらに追い詰めた。
「そうよ!!私達は訓練してるって言っても、ただの遊びだもん!!」
「でも!!それでも!!」
ニケが城から外を見ると、そこら中に火の手が上がっていた。イグニスが走るその途中には、王を護衛していた騎士団の亡骸がいくつもあり、敵の奇襲がいかに激しいものだったのかを物語っていた。
「馬鹿な!!こんなことが!!……誰がこんな事を!!……なっ!!」
イグニスが倒れていた女騎士を見つけ、近寄り声をかける。その瞬間、女騎士が息を吹き返す。
「おい!!大丈夫か!!」
「ごふっ、こっ‥‥この声はイグニスか?」
倒れていたのは、王国騎士の中でも上位六人の者だけが名を名乗れるヘキサグラム(六芒星)のメンバー。その中の唯一の女騎士、ニールであった。
「何故お前がやられている!?お前ほどのものが!?」
「気をつけろ、アイツの強さは次元が違う、ごはっ!」
ニールは痛みに耐えながらも、イグニスに出来る限りの情報を伝えようとしていた。
「ぁっ……。こっ……。」
「もう喋るな!!あとは任せろ!!」
「国王は……。楽園の間におられる……。」
「わかった!あとは任せろ!」
ニールは無念そうな表情で、最後の力で国王の居場所を伝え気絶した。その時、やっと追いついた後衛陣に向かい、イグニスが命令した。
「白魔導師よ!ニールの手当てを!!」
「はっ!!」
白魔道士が、ニールに回復呪文を唱え始める。
国王や王妃、姫が家族の時間を過ごす楽園の間。そこは宮廷画家や偉大な美術家が、王国に寄贈した芸術品や貴重な書物などが置かれた場所であったが、何よりも王族の思い出が多く集まる場所であった。
楽園の間の扉の隙間から、光が漏れ出す。イグニスが力の限り扉を蹴破り、その扉は業火に焼かれ粉粉になった。
「王よ!!」
イグニスは、大声で中に向かって叫んだ。中には人が三人、内二人が剣を重ねている。一人は国王。もう一人は黒いフードを被った男。そして、もう一人は十二歳くらいであろう面を付けた少年。少年はその身体に似つかわしくないほどの刃渡りが長いロングソードを、国王の身体の中心に向かって、背後から突き立てていた。
その出来事に、ほんの一瞬戸惑ってしまったイグニスが、我に返り事態を把握した瞬間、国王は口から血を吐き出した。
「ごはあっ!!」
その瞬間、イグニスの足下を中心に、業火の円がイグニスの周りを囲った。
「登壇せよ!国を守り、主を守れ!炎の守護神ベヒモスの名において、敵を我の前に膝まづかせよ! ドラゴンズ・オルタネーション!!(龍の分身)」
イグニスが振り上げた剣が、激しく赤色に光る。振り下ろした瞬間、剣から炎の龍が飛び出す。その龍はとぐろを巻きながら国王の近くにいる二人に襲いかかったが、二人はかろうじて避け切り、素早く窓際に移った。
突き立てられていた剣で、なんとか身体を支えていた国王は、そのまま横に倒れた。国王の身体からは大量の血が流れ、絨毯を赤黒く染めていった。
「王!!くっ!!すぐに終わらせお助けします!!!」
「ほおう。これがかの有名なイグニスの業火か。」
黒フードは龍の形をした炎を見て呟いた。面を付けた少年は一言も喋らずにイグニスを見つめている。
立て続けにイグニスの足元から、蒼い炎が発生した。蒼炎はイグニスの拳にも宿り、炎を握りしめたイグニスが叫ぶ。
「ベヒモス!顕現せよ!」
蒼い光によって、床に魔法陣が描かれていく。その間、火花がバチバチと鳴り続け、完成した魔法陣からは青い炎の渦が巻き起こった。渦は天井を破壊し、雲の高さまで上る。蒼炎はそこにベヒモスが顕現することを、王国中に知らしめた。
一人の騎士が、蒼炎の渦中から歩くようなスピードで現れ、イグニスの後ろにに並んだ。その見た目は、身体を中世の鎧で完全に覆う、人間の形をしたものだった。顔や素肌は見えず、中身は漆黒で満たされていた。
ベヒモスが、腰にかけた剣の柄にゆっくりと手を置いた瞬間、イグニスの声と共に戦闘が始まった。
「いくぞ!!」
四人は散らばり、イグニスは黒フードと、ベヒモスは面の少年と向かい合った。
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読んでいただきありがとうございます。
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