第2話 少女
パレードが終わっても街の活気が収まる気配はない。外の賑やかな雰囲気とは打って変わって、静けさで満たされる店内。暑いのになぜか涼しく感じる店内は、三人の溜まり場になっていた。三人は店内でくつろいでいるが、お店に来る客がほぼいない為、注意するものはいない。
「はああ。」
アギトはどこか不安げな面持ちでため息をついていた。
たむろしている三人はいつものようにどこか暇そうにしながらも、真剣に話していた。
ニケは天井にかけられた小さなシャンデリアを、指先でなぞるように空を切りながら2人に話しかける。
「ねー、奇跡が起きたらみんなはどうするの?」
「どうなるんだろうねー。そもそも何が起こるかなんてわかんないしさー。」
メルは近くに置いてある可愛らしい人形を見つめながら、何となく返事をする。
「そうだよ。今考えてもしょうがないよ。けどな!俺は王国軍の騎士団に入るぜ!凄くカッコいい奇跡を与えられて、軍の隊長と並ぶ騎士になりたいんだ!」
アギトは目をキラキラと輝かせて拳を掲げる。その言葉にかぶせるようにメルが話し始める。
「無理無理!あんたには無理! 桑か鎌でも頂いて、みんなのためにお米を作り続けなさいよ!」
「あはははっ!」
メルとニケは堪えられず、声を出して笑っていた。
「笑うなーー!」
アギトは馬鹿にする二人に注意をするが、まともに聞いているものはいない。メルもアギトに触発され、夢見る少女の顔をして外の景色を見つめる。
「私はどうしようかな〜。」
「魔法使いとかどうだ?」
アギトは悩んでいるメルに向かって提案をする。
「それもいいわね!」
メルはすぐさま店内に置いてある小さな木の棒を持ってポージングをし始める。それを見ていたニケとアギトはこらえきれず、苦笑してしまう。
「くっくっ くすすっ。」
「笑っちゃまずいよ、アギト。」
ニケ自身も笑いを堪えきれていないが、アギトの露骨にメルを馬鹿にしたようなニヤニヤ顔を見て注意をした。
「だってよ〜!……くすっ。」
「バキッ!!」
メルの持っていた木の棒が、アギトの頭に振り下ろされた。
「痛ってえええ! 何すんだよ!?」
「うるさい。」
メルに叩かれ、たんこぶを作ったアギトはすかさず文句を言うが、メルは聞く耳を持とうとしない。
「しかもなんで俺だけ!?」
「あーうるさい。」
自分だけ叩かれたアギトは、ニケが叩かれていないことに不満を持ちメルを問い詰めるが、メルは何も聞こえていないようなそぶりを見せる。
「あはは……。」
少し申し訳なさそうにしているニケは、二人の何気ない会話を聞き平和を実感するのであった。ニケは父親から昔起きた戦争の話をしょっちゅう聞かされていた為、体験をしたことはないが今の状況はとても尊いものであるということは理解しているつもりでいた。
アギトはメルに向けて涙目で何かを訴えていたが、メルは目を閉じて髪をいじっていた。ふとした瞬間に、メルは先程から向けられていた視線に気づいた。
「ん?アレ誰だろう?」
「えっ、どこ?」
ナインが見つけた人影に、アギトが食いつくように目を向ける。
「あっ本当だ!誰かいる!」
ニケも人影に気づき、そちらに向かって指をさす。アギトは我慢できず、人影に向かって近づいていく。
「おおい!こっち来なよ!一緒に遊ぼうぜ!」
お店の入り口で少しだけ顔を覗かせていたのは、臆病そうな雰囲気を持つ1人の少女だった。
肌は白く、髪は長めのストレートヘアの女の子だった。髪で目がほとんど隠れてはいるが、とても整った顔をしているのはちゃんと見ていない三人にもわかった。女の子の髪には外から入る日光によって、眩しいほどのエンジェルリングが現れていた。両手を前でもじもじさせて下を向き、口をパクパクさせているその女の子は、人生経験の少ないニケたちにとって不思議な存在としか言いようがなかった。
「あっ…あの…。」
今にも座り込んでしまいそうな彼女は、力を振り絞って口を開こうと努力をしているようであった。
三人はお互いに顔を見合わせ、笑顔を見せる。
気づけば、三人はその子を囲み質問を次つぎにぶつけていた。女の子も最初は質問に慌てふためいていたが、それでもどこか嬉しそうな表情を見せていた。
「名前はなんて言うの?」
アギトは少し偉ぶった態度で女の子に尋ねる。すると女の子はおそるおそる口を開き発言をしていく。
「あっあの……えっと……。」
「ん?」
女の子の言葉を上手く聞き取れなかったメルは、女の子の顔に自分の耳を近づける。
「ナッ…ナイン……。」
「へー面白い名前だね! 」
「おいっ!」
メルは純粋な感情で、名前についての感想を伝えた。しかし遠慮のないメルの言葉に対して、あまり他人に対して気を使う事をしないアギトであったが、流石に失礼ではないかと思い、少し苦笑をしながらメルに突っこみを入れた。
「僕はニケだよ。よろしく。」
「私メル。よろしくね!」
「俺はアギト!よろしくな」
「うん!」
ナインはとても嬉しそうに頷いた。
その瞬間、空気が変わったかのように店に風が吹き込んできた。
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半月ほどたっただろうか。出会った四人は頻繁に集まるようになり、遊ぶ頻度も増えていった。ナインは三人の影響を受け、次第に口調も明るくなっていった。ナインは付き合い方を学んだというよりも、思い出したという方が正しいのだとメルは感じていた。
気づいたら四人は長い付き合いのような関係になっていたが、それでもナインはところどころで少し寂しそうな表情を見せた。それに気づいていた三人は、何とか元気になってもらおうと明るく振る舞うのだった。
ニケたちが遊んでいた広場が夕陽に染まりかけていた頃、ナインは言い出しづらそうに口を開けた。
「あの……そろそろ……。」
「あっ!もう夕方かっ!」
アギトはナインのささやきによって、いい時間だということに気がついた。
「あたしもそろそろ帰らないと!」
メルも夕日が落ちるまでに帰るようにと言われている事を思い出し、慌てて賛同した。
「バイバーイ!」
ニケ、メル、アギトはまた明日も会う事を確信している為か、いつものようにさらっと別れを告げる。
「バイバイ……。」
夕陽によって生まれたナインの影には、紅い眼のようなものが不気味にちらついていた。
「ただいまー!」
ニケは家に着き、待っていた父親『カイル』に帰宅した事を告げる。
「ああ。お帰り。ご飯が出来ているよ。準備を手伝っておくれ。」
「うん!」
ニケには母親がいない。父カイルからは小さい頃にモンスターに襲われて死んだと聞かされていた。
離れ離れになったのは小さい頃だった為、もちろん母親についての記憶は一切持ち合わせていない。いつしか話題にも上がらなくなった母親のことは、心のどこかでしこりのようにニケにつきまとっていたのだった。
そんな二人も、今では夕飯のシチューを食べながら会話を楽しむことができている。
「今日も一日を堪能できたかい?」
最近の、父親であるカイルの口癖であった。
「うん! いい一日になったよ!」
ニケは仲の良い友達が増えたことに、とても心が高揚していた。
「それは良かった!明日も良い一日になるといいな。」
「うん!そうだね!」
ニケとカイルは日々起きたことを話し合い、確かな絆を確かめていた。その夜、ニケは布団の中でその日の思い出に浸っていた。
ーーナインも最近は僕たちに慣れてきたみたいでよかった〜。あんなに無口だったのに、今ではアギトの言うことにも自分の意見を伝えられるみたいだし……。僕たち、もっと仲良くなれるよね……。
ニケが段々と眠りに落ちている時刻。エルミナス王国の城門付近の目立たない場所で、黒い影が揺れ動く。そのうちの一つは、暗闇の中で静かに笑みをうかべていた。
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日が昇り朝が始まる。 毎朝鳴っている鐘の音を、目覚ましにするものは少なくない。
朝早い時間。町外れの森から、鳥のさえずりが聞こえる。森の入り口から伸びる道のりは、見えないところまで続いている。その森の入り口に、ニケ達はアギトに呼び出されていた。
「よしっ!!今日は探検だ!!」
「えええ!また!?」
アギトの提案はニケとメルの批判に晒される。しかし、それは決して珍しいことではない。
「うぐっ!」
「もう飽きたよー!」
メルはもうやりたくないという事を何度も伝えているが、アギトの探究心がそれを許さなかった。
「あはは……。」
メルは文句を言い、ナインは苦笑いをする。四人で集まった時のいつもの流れである。
「しかもまた森なの!?」
虫がそんなに得意ではないメルにとって、気が向かないのも無理はない。
「森以外のどこを冒険するってんだよ!男といったら猛獣がうんようんよいるジャングルとか!猛獣がうんようんよ泳ぐ大海原とか!猛獣がっ」
「パコオオオン!!」
「ぐえっ!」
メルの拳がアギトの頭に向かって垂直に落下し、アギトからカエルの鳴き声のような音が聞こえた。
「いてええええ!」
「あっごめん!アギトの様な顔の虫が首の上に乗ってたから、つい!」
「ようなじゃない!俺だ!」
ニケは二人の間に割って入り、お互いの意見を聞こうとする。
「まあまあ、メルはどこか行きたいところがあるの?」
スッキリしたーと言わんばかりの顔をしたメルは、即座に反応した。
「もちろんあるわよ!」
「どこ?」
ニケやナインも興味津々に話を聞こうとする。
「探検よ!!」
「はあ?じゃあいいじゃんか!」
メルとアギトは顔を近づけ、お互いに一歩も譲らないという意気込みで向かい合う。
「バカ!探検は探検でも街を探検するのよ!」
「街なんか探検してもしょうがないだろ。」
「これだから男は!」
アギトを一喝したメルは続けて話す。
「この街は数多くある国の中でも、かーんなり大きい方なんだから!見なきゃ損でしょ!?」
ナインも目をキラキラ輝かせてうなづいている。実際にエルミナス王国は数ある他国と比較しても、上位五本の指に入る広大な土地を保有し、繁栄をしている。
「うぐっ……。」
「この国に来たい人だってわんさかいるんだって、お母さんも言ってたもん!」
メルの正論に困り果てていたアギトに、ニケが助け舟を出す。
「まあまあ…。メル…。今日はアギトの誘いで集まったんだし、今日は森に行こう? 次は必ず街も探検するからさ。」
「ううん、ニケがそこまで言うなら。」
これまた正論に、メルも認めるしかなかった。
「カナカナカナ……キリキリキリ……ボボボボボ……。」
虫の鳴き声がニケ達四人を出迎える。
奥へ奥へと進む四人を待ち受けていたのは、幻想的な森の祝福。綺麗な緑色の葉は光に照らされ宝石のように輝いている。あちこちにある小さな滝は森の住民にとって欠かせないオアシスになっている。とても大きく天まで届くような巨木。そこから生える枝の傘をくぐり抜けた太陽の光は、まるで自然のスポットライトのようであった。
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読んでいただきありがとうございます。
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