第10話 魔女でも出来ない

 片目が見えなくなり、僕はまだ見えるもう片方の目で彼女を探した。半身が底なし沼から抜け出せなくなったという事実はとても辛いけど、そうなってしまったのだからいつまでも後悔しているわけにはいかないという思いがあった。彼女に話を聞かないといけない…どうして僕を助けてくれたのか。

 彼女は魔女であり、人間嫌いだったはずなのに人間である僕を助けた。まだ彼女が助けたというのが確定しているわけではないけど、僕を遺跡の中に運んで傷を魔法で治すという行為をする辺り、遺跡にいる彼女の仕業である可能性はかなり高い。

 彼女はまたもや月光浴をしていた。大きな岩の上で気持ちよく…というわけではないみたい。なんだか哀愁漂う感じだった。彼女は僕に背を向けて座っていたから完全に背中だけで判断している。背中だけだからそう感じるだけで本当は違うのかもしれないけど。

 「…おきたんだ」

 彼女が僕の方に顔と体を向ける。…やっぱりどこか哀愁漂う雰囲気を感じた。包帯で目を隠しているから分からないけど…悲しい顔をしていそうだった。

 「えっと…君が僕を助けてくれたの?」

 「…うん。なんでかはわからないけど」

 助けた理由は自分でも理解できないか…人間嫌いだからそうだろうとは思ったけど…だけど僕は少しだけでも信頼されたということかな。魔女に信頼されるのは普通の人なら気味悪いし、速攻で絶交しそうだけど。別に僕は悪い気はしない。

 「…ありがとう。助けてくれて」

 「まじょに、かんしゃ?」

 「別に君が魔女だからって感謝しないわけじゃないよ。えこひいきは嫌いだし…それに助けてくれたのなら君は僕の命の恩人だから。だから感謝しないとね」

 魔女だからって僕の命を助けてくれた恩人…だから感謝しないといけない。恩人だけど感謝しない…僕はそこまで薄情ではないから。

 「…でもきず、かんぜんに、なおせなかった」

 僕の右目のことだろうか。確かに目は開けることができるけど視力は戻っていない。その事を言っているのだろうか。そこは別に気にしていないし、傷がふさがって死なないのならいい。命が助かったのなら僕は別に完全に治療されていなくてもいい。むしろ魔女でも出来ない事があるんだっていう事実の方が僕は驚いているけどね。回復魔法で目の傷や視力は魔女だから回復できるかと思ったけどね。

 「そんなに気にしなくてもいいよ。命はまだ枯れていないんだから」

 「…かいふく…せんもんじゃないから…ふかんぜんになった」

 専門じゃない?魔女にも専門というのがあるんだ。魔女は魔法使いなら超えてはならない一線を超えた禁断の魔法を使うと本で読んだことがあるけど…それにまでも専門というのがあるなんて…。

 「わたし、くうかん…それがせんもんだから。かいふくは…せんもんじゃないし、にがて」

 くうかん…空間のこと?だから無限ループとかそういうのが出来たんだ。

 「わたし、たいだ。たいだをつかさどるまじょ。だから、こうげきとか、ぼうぎょとか、かいふくとか…せんとうでつかうまほう…せんもんがい」

 攻撃魔法と防御魔法、回復魔法まで専門外だったら…かなり扱える魔法が制限されている。技巧系の魔法…が専門なのかな?それとも幻術魔法辺り?

 「専門は…」

 「ぎこうけい…しかもかなりげんていして」

 「限定…」

 「…れっかかんれんだけ。わたしにあつかえるのは。だってたいだだから」

 「劣化…あぁそういうことなんだ…」

 劣化の魔法はかけた対象を劣化させることができる。全体を劣化させたり部分をとんでもなく劣化させたりする…。…確かに怠惰の魔女にはピッタリの魔法かもね。ちなみに専門外だとそれを専門にしている魔法使いに比べると劣るという。魔女でも専門外とか専門とかあるんだ…すべての魔法を扱えると思っていたから。使えるけど扱えないという魔法は魔女でもあるんだ…。

 「…専門外なのにありがとうね」

 「…うん」

 コハクが下にうつむいた。月光が顔に届いていないからとても暗い顔をシているように見える。…励まして…あげたほうがいいよね。励ますというよりどうして悲しい顔をしているのか聞いて励ましてあげないと。

 「…どうしたの?元気ないけど…」

 「…そうみえるの?」

 「うん。僕にはそう見える」

 下にうつむいている時点で僕にはそう見える。

 「…にんげん、きらいのはずだった。でも、あなたをたすけて…わからなくなった」

 人間嫌いなのに人間である僕を助けた事で悩んでいるのかな。…分からなくなった…それはどういう意味なんだろう。

 「…わたしがわからなくなった。なにがしたいのか、なにを…もとめているのか」

 「自分自身のこと…」

 支離滅裂…か…。自分自身の意思と行動が合っていないから、そのことに対して疑問を抱いてしまったのかな。…それで答えが見つからなくて悩み続けていたのかな。僕がどれだけ寝ていたか…分からないけど…。長い時間悩んでいたのかな。

 「…わたし、なに、したいのか。…わからない…こたえ…みつからない…まるいちにち…かんがえた」

 …丸一日…僕は一日寝ていたのか。…そんなことはどうでもいいけどね。

 …永遠を生きる魔女にとって一日なんてとてつもなく短いんだろう。覚える事なんてない短すぎる一日なんだろう。だけどそれでも…彼女にとってこの一日は…始めての経験だったのかもしれない。丸一日…本来は短すぎる時間なのに長く感じた時間。一日悩み続けてこの一日はコハクにとって特別な日になるんだろう。

 「…なにも…しなくていいと…いわれたの。…りそう…かなえられるって…」

 「誰に?」

 「…べるふぇごーる」

 「ベルフェゴールね?」

 ベルフェゴール…七つの大罪の「怠惰」に対応する悪魔。その悪魔とコハクは契約してコハクは今、怠惰の魔女として活動しているのか…。

 「…でも…なにもしない…それは…いや…そう、あなた、きずついたときに…おもった。おもってしまった」

 「…僕が?」

 僕が傷ついて何もしないのは嫌だと思った…人間嫌いのする行動じゃないよ、それは…。まるで…僕が…君にとって特別な存在であるかのように…。

 「…君は僕のことをどう思っているの?」

 「…あなたの、こと?」

 「うん。素直に言ってほしい。どんな言葉でも…受け入れるから」

 素直に言ってもらわないと困る。君の気持ちを理解することが出来ないから。…僕は君の人生をとやかく言う権利はない。けど悩み相談ぐらいならできるから。

 「…にんげん…だからきらい…」

 「…そっか」

 「でも…」

 「…でも?」

 ーわたしのことを…まじょである…わたしを…うけいれた…ー

 「…へんなひと」

 彼女の言葉、それはいい意味なのか、悪い意味なのか。…だけど僕にはこっちで捉えた。いい意味で僕はその言葉をとらえた。

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