第8話 暖かさ
コハクという名前の由来は名付け親ではないから分からない。だけど…ある程度推測することができる。そもそも忌み子なのにどうして…どうして名前があるんだろう。…いや、忌み子だからって名前をつけない親がいるわけないよね。
「…そういえば…えっと…コハク?」
「っ!…なんで、しってるの?」
…そういえば言っていた。彼女は本当の名前が嫌いなんだと。だから僕がチャロという名前をあげた。…コハクというのは地雷…だったかな。地雷踏んでしまったのかな、僕…。…どうしよう…殺されるのかな。でも一応聞いてみよう。
「コハクに「コハク」という名前をくれたの…誰?」
親…かな。普通は。僕もエレクという名前はお母さんがくれた。今はもうお母さんと呼べないお母さんに。僕は魔法が使えた、だけど忌み子扱いされた。それは魔女の子だったから。…僕と彼女…そこまで見た目似ていないと思うけどな…。髪色だって違う。僕の髪色は若干緑が入っている水色なのに、彼女は太陽のような黄色。…こう言っては失礼なんだけど…怠惰の魔女には似合わない髪色だなって。綺麗だからどうでもいいけど…怠惰の魔女というのだから紫とか暗めの色の髪色かなって…そういう偏見があるのはいけない。…失礼で傷つけてしまうかもしれないから。言葉には出さないでおこう。あと心が読まれているかもしれないから心の中で謝っておこう。
ごめんなさい。
「…むかし、わたしとおなじ、いみこがいた」
「忌み子…」
…待って。忌み子の話をするということは名付けしたのは親ではないってこと?親は…君を見捨てた…いや、捨てたってこと?…忌み子だからって…名前までつけないなんて…。
「…おとーさん、おかーさん、わたしをすてた。そしてながいねんげつ、わたし、ひとりだった」
…一人…か。確か本には水子の時からこの遺跡に閉じ込められるって…。…その時から彼女は…。
「だけど、もうひとり、わたしとおなじいみこがいた。なまえ、るな」
「…ルナ…かな」
…ルナ…月…あぁ…そういうことか。コハク…つまり宝石の琥珀は太陽の石とされている宝石だった。そしてルナは…月長石が由来かもしれない。ムーンストーン…月の石…対象的な二人だったのかな。
「るなにもらった。こはくというなまえ」
…同じ忌み子からもらっていた…か。お父さんとお母さんに捨てられて…名前すらも与えられなくて…。でもどうしてコハクという名前が嫌いなのかな。ルナという子が嫌い…なのかな?
「じゃあどうしてコハクという名前が嫌いなの?」
「…るな、わたしをうらぎった。いっしょにいるっていったのに、しんでいった。わたしがまじょになって…いきなりおびえて…わたしをころそうとした」
…ルナと言う子は魔女がどんな存在だったのか知っていたみたい…。自己防衛本能が働いてしまったのかな。魔女がこの世界にとってどんな存在なのかを。…七つの大罪魔女って初めて生まれた魔女ではないのかな。…コハクが魔女になった時代も魔女の伝承はあったということ。ルナが魔女という存在を知っているというのなら。
「…わたしをころそうとした、さつじんはん。そんなにんげんが、つけたなまえなんて、いらない。きらい。すてたい」
裏切った人間が与えた名前なんていらない…か。彼女はたった一人の会話相手に殺されかけた。つまり心の拠り所と呼べる相手に殺された、裏切られたということ。そんな人間を恨んで、その人間がくれた名前なんて皮肉にしか見えないと思っているのだろうか。さっきの資料から恐らくコハクが魔女になったのが10歳。…幼い子なのに…こんなに辛い目に…。
「…なんでそんなこと、きいたの?」
「…ちょっと気になったから。君が人間嫌いなのは…何か理由があると思っていたから…少し調べたかったんだ」
…物事には必ず理由がある。そして理解するには色々な資料を読んだり、経験しないといけないのだから…学ばないといけないから。
「…あなた、きんべん。わたしと、はんたい」
「…勤勉?僕が…?」
怠惰と反対の意味を持つ言葉、勤勉。…僕が勤勉ってこと?確かに…学ぼうとはしているけど…勤勉って言えるほどではないんじゃないかな…。僕は学ばないと死ぬから。…本当は普通にみんなと遊びたいんだけどね…。学ぶのもいいけど…時には僕だって…みんなと遊びたい時がある。学ぶばかりじゃ、脳が疲れるし、何より虚しいから…。学ぶことを否定しているというわけじゃない…だけど学び続けるのは僕は嫌だと言っているだけ。
「わたし、なにもしていない。なにもしない。だけど、あなた、ずっとこうどうしてる。じぶんのために」
「…そうでもしないと僕の疑いは晴れそうにないから」
ただ自分のためだった。誰かを救うためでもなければ、誰かを陥れるためでもない。…悪でも善でもない…ただの中立。自分のためだけに行動している。だからコハクの言葉に対して何も反論することができない。だって正論だし、自分でも自覚していることなんだから。
「…わたしは…じぶんのためにもうごけない。…たいだ…だから」
「別に僕と君を比べなくてもいいよ。君は君自身で行きたい方向に行けばいいだけなんだから」
…そんなこと偉そうに言って…僕だってまだ子供だから人生の先輩というわけでもない。年齢的に言えば彼女のほうが人生の先輩なのかもしれない。だって多分、僕よりも長生きしているから。
「…たいだでも、こうていするんだ」
「…うん。君の人生に対して僕がとやかく言える権利はないし…」
「へぇ…」
「…でも一つだけ言うとするなら…人生って何回でも道を変更していいんだよ」
「…へんこう?」
僕が前に読んだ本の中にそういう言葉があった。人生は何回でも道を変更していいのだと。…魔女としての人生を歩みたいのならその道へ。だけどその道が嫌になったらすぐさま引き返して別の道を歩めばいい。それが可能で許されているのはその人生を歩んでいる人だけ。僕がとやかく言う立場にはない。僕は他人の人生を縛る趣味はない。…だけど僕の人生は僕が決める。僕の人生の決定権は僕だけしか所有していない。…コハクだってコハクの人生の決定権はコハクしか持っていないんだから。
「…そう。でも、わたし、へんこうするつもり、ない」
「そっか」
「…なにも、いわないんだ」
「言ったよ。僕は君の人生に対してとやかく言える権利はないと。だから君がそう決めると言っても僕はなんにも言えない」
…僕は救世主なんかではない。人の心を救うとかそういう職業についているというわけでははない。人の心の傷は簡単に癒やす事はできない。魔法でも…全く癒やすことなんて出来ない。だから僕にはどうしようもないんだ。
「…」
「…そろそろ眠くなってきたから…帰るね。ごめんね、こんな遅くまでいて…」
「…いいの」
僕は人間だから。魔女ではない。普通に眠くなる。活動時間には限界が存在するのだから。…流石に…もう…眠くなってきた…。小屋に…戻ろう。
「さようなら」
「…。…あ、まって…!」
「………いい。わたしには…かんけいない。…」
わたしはかんけい…ない…。
「彼はやはり、魔女に愛されている子だ。魔女に自ら向かっている」
「ですが、こんな処置してもよろしいのですが?」
「殺すわけではない。それに魔女との会話が村を滅ぼす内容かもしれないのだ。それは村の存続に関わるのだ。可能性があるというのなら…それを潰しておいた方がいいのだ」
「魔女の怒りを買ったら…どうするつもりなのですか」
「そもそも考えてみたのだ。彼がどうして一人で我々、村が迫害のような扱いをシているのに…なぜ魔女は何もしないのか」
「魔女の子ではないから…でもそれだと…」
「あぁ、それだと魔法の才能面に説明がつかない。最上級魔法は普通は上級魔法を軽々扱えるものがようやく使える魔法。それなのに上級魔法を扱えない彼がなぜ使えるのか。答えは簡単、魔女の子だからだ」
「それならどういうことなのでしょうか」
「…魔女は彼が殺されなければいいと考えているのではないか?」
「それは…でも確かに、ここの魔女ならありえることです」
「彼は魔女の子の中でも愛が薄い部類に入っている。つまり死ななければ大丈夫だということ」
「怠惰の魔女…何もしない、何かやることが面倒で仕方がない魔女。…確かに怠惰の魔女は人間嫌いと言っているのに村には何もしない矛盾した魔女でもあります。それは面倒だから…つまりは彼を傷つけても「面倒」と片付けて何もしない可能性がある…と」
「そういうことだ。そして仮に魔女の子ではなくても、魔女に会いにいく理由は何だ?村を滅ぼすため以外の理由は考えられない。魔女に自ら会いにいくなんて狂人の所業だ」
「それなら理解しました。協力しましょう」
ザクッ…!
…痛い…!痛い痛い…!
目から…悲しくもないのに…涙が…。
でも涙にしては…物凄い暖かい…え?まさか…。
あぁ…!痛い…痛い…!
涙のような液体を手で拭ってみるとそれは…その液体は赤かった。
赤い水…そして暖かい…液体の正体は血だった。
何かに切られたような感触が一瞬した。
そして目が痛い…目を開けたら血が溢れ出てくる…。
開けても…片方の目が…見えなくなった…。
…もう片方の目で確認してみると…村の人が二人…向こうへ歩いていった。
…片手には血がついたナイフが。
あれで、僕の目を…僕の右目を…。
…これは警告…?二度と…魔女に会うなという警告?
それとも僕がまだ魔女の子だと勘違いされているから?
だから僕は…傷つけられるの?
なんで…なんで…。
目の前が真っ暗になって意識を保つ事が出来なくなった。
右目はもう真っ暗、開けても月光を見ることが出来ない。
彼女…コハクと似たような感じになってしまった…。
…あぁ…痛い…でもなんだか…痛く…なくなってきた。
…寒い…秋なのに冬みたいに感じる…。
…僕…死んでしまうのかな…分からない…。
だけど…さっきよりも…とても…ねむく…なって…。
「…どうして、きてしまうの。このこはかんけいない。それなのに、なんで。なんで、しんぱいしてしまうの。しんぱいして、きた。…まじょなのに。なんで?」
…なおさないと。
暖かい手のひらが僕の体に触ったような気がした。
秋の終わりに僕は誰かの暖かさを知った。
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