第2話 当主の就任と母の死

 「兄上あにじゃ、どうすんだ?」

 「お前達は、居城きょじょうに籠って結奈の警護してくれ」

 「しかし、兄上の率いる軍では王女率いる軍には、到底とうてい勝ち目はないぞ?」

 「だがここに居ては、若宮家わがいえの血が途絶えるそうすれば、こやつの祖父に顔向けなど出来ない・・・・・・」

 「わかりました兄、いや陛下、ご武運ぶうんを・・・・・・」

 「結奈、すまぬな、情けない父で・・・・・・」

 「おとう様・・・・・・」

 「姫様、参りましょう・・・・・・」

 

 「うぅ、またあの日の夢かぁ」

 そうか、今日であの出来事から十三年が経つのかぁ・・・・・・

 「結奈、朝食の支度したくが出来ております」

 「そ、そぅ、ありがとう」

 「大丈夫なの?」

 「えぇ、大丈夫よ、なんでもないわよ・・・・・・」

 私にとって今日は、二つの意味で大事な日なのだ。一つは、私の誕生日で、もう一つは、父と兄の死によって私の家の没落と言うある意味呪われている日でもあった。


 「ねぇ、萌花もえか、お母さんわ?」

 「おやかた様でしたら、自室で執務しつむを取っておられます」

 「はぁ、お母さん体弱いのに・・・・・・」

 この状況になったのは、十三年前に起きたお家騒動いえそうどうが原因なのだ。


 十三年前……

 ここには、若宮王国わかみやおうこくと言う巨大な王国があった。しかし、妹の姫華ひめかを総大将とした反乱軍が王城おうきゅうに攻めて来た。そして父や兄達は亡くなった。

 

 「結奈様、少しよろしいでしょうか?」

 私と秘書の萌花と一緒に朝食をしていると一人の家臣かしんが入って来た。私達は、はしを置いた。

 「どうされたのですか?」

 「結奈様、この後大広間おおひろまにお越しいただきませんでしょうか?」

 私は、いきなり言って来た家臣の言葉に驚いた。そんな私を見て、萌花は家臣に質問をした。

 「どなたが、結奈様をお呼びなのですか、後あなたは誰なのか答えなさい」

 そう言うと家臣は、口を開いた。

 「失礼しました、私は、お館様の侍従じじゅうでございます」

 「で、要件はなにかしら?」

 「お館様より、結奈様を大広間にお越しいただきますよう、お館様直々じきじきのご命令でございます」

 「結奈様いかがいたしますか?」

 萌花は、私に聞いて来た。私もこのような呼び出しは、始めた。なぜなら、いつもは自室に呼び出すのに今回は、大広間と一番格式ランクの高い部屋に呼び出されたのだからだ。

 「わかりました、朝食が済み次第支度をして向かいますのでお館様にお伝えください」

 「かしこまりました、結奈様」

 そう言うと侍従は、去って行った。すると萌花は、私に聴いて来た。


 「ねぇ、結奈少し聞きたいのだけどあなたのお母さんってどんな人なの?」

 「そうか、萌花はまだ会った事が無いのね」

 「えぇ、しばらくの間あなたと離れていたからねぇ・・・・・・」

 「で、優しい人なの?」

 そう言う風に聞いて来る萌花に私は、少し迷った。なんせ母との思いではほとんどいい思い出はないのだ。

 「えっ優しいのかな、私にとって鬼のような人だけどね」

 「それって結奈だけじゃないの?」

 「酷くない萌花?」

 「酷くないわよ、それよりも待たせるのは良くないし早く用意して大広間に向かうわよ」

 「う、うん」

 こうして私は、自室に戻り支度をして大広間に向かった。


 三十畳さんじゅうじょうと言う広さを誇る大広間に着くと既に大勢の家臣が集まっていた。だが、いつもと違って皆表情が硬いと言うか暗いのだ。私は、萌花に少し聞いた。

 「萌花、なんで皆こんなに顔が暗いの?」

 「恐らく、例の噂かと・・・・・・」

 「あぁ、あの噂ね、おかあ様に限ってないでしょう」

 例の噂と言うのは、一月ひとつき前から城内に流れているお館様が隠居して私が当主になるのではないかと言う噂である。当然私もお母さんの容態を見ているが、そんな事はないだろうと信じていたと言うよりかはそう思いたいと言うのが本音である。

 そんな事を考えていると上段じょうだんの襖が開いた。

 「お館様、ご出座しゅつざでございます」

 そう言うと全員が頭を下げた。


 「皆さんおもてをあげなさい」

 そう言って頭を上げるとお母さんが座っていた。すると家臣の一人が口を開いた。

 「お館様、本日は家臣全員を招集されていかが致しましたか?」

 すると、お母さんはため息をついた。

 「皆が噂している通りのことです」

 そうすると広間にいる家臣に動揺が走った。

 「皆の衆落ち着きなさい、とりあえずお館様のご説明をお願いします?」

 そう言って家老が静粛せいしゅくさせるとお母さんは、説明をした。

 「先の白虎城びゃっこじょうの戦いで、当家は甚大な被害を出したのは分かっておるな」

 「それは分かっております」

 先の白虎戦とは、昨年さくねん起きた戦争の事で、新帝國である白鷺軍と白虎城にこもる旧若宮王国軍との戦いの事である。この戦いによって虎臥家の当主である養父と義兄も亡くなったのだ。この時の戦争に私と母も虎臥城で白鷺軍と交戦をしたが、白虎城の落城と共に降伏をした。

 「しかし、それは新帝國が原因であって当家とうけはなにもしていないですか・・・・・・」

 「確かにそなたの言う通りだ、しかし処罰を受けた違うか?」

 そう言うと家臣達は黙り込んでしまった。それを気にせず言葉を続けた。

 「ましてや私も先の戦で当たった傷のおかげで私の寿命めいうんも短い・・・・・・」

 「お言葉ですがお館様、今の当家率いる者など・・・・・・」

 そう家老が言った。確かに私もまだ十四歳だ。確かに家を率いるのはまだ早いのは分かっている。かと言って虎臥家の血族は私と新帝國の王女しか血は繋がってないのも事実である。

 「結奈、ここに来なさい」

 お母さんは、私を上段の間と呼ばれる一段上がった十畳ぐらいの所に来るように呼び出した。私は、理解が出来ないまま言われた通りに上段の間にあるお母さんの隣に座った。

 「この結奈を虎臥家第五代目当主とうしゅとして就任させる」

 そう宣言すると広間に居た家臣達は、驚きのあまりに言葉が出なかった。すると家老が口を開いた。

 「お館様正気ですか、結奈姫はまだ十四の少女でございますよ?」

 「それがどうしたのですか?」

 「いえ、少々早すぎではないかと思いますが・・・・・・」

 「先代は、十九で家を継いでいますけど何か?」

 「しかし、十四の少女に率いれますでしょうか?」

 「あなた、この子の異名いみょうを知ってそれを言えるの?」

 「いや、それは存じていますが・・・・・・」

 「なら文句はないわよね」

 そう言うと家臣達は、頷いた。こうして私は、虎臥城の主にして第五代目の当主に就任をした。私が当主として就任して一週間ほどの日が経ったある日の夜のことだった。


 「御隠居ごいんきょ様、大丈夫ですか?」

 「急げ、医者を呼べー」

 「灯りを付けろー」

 その夜、私は、八畳ぐらいの自室で書物を読んでいたのだが、城内がやたらと騒がしかった。

 「やたら騒がしわね、まぁ私に関係ないか」

 そう呟いて私は、書物の続きを読む事にした。

 「大変よ、結奈、お館様が…」

 そう血相けっそうを変えた萌花が私の部屋に入って来た。私は、萌花の顔色見て何かお母さんにあったのだとすぐに察した。

 「とりあえずお母さんの部屋に案内して、状況は行きながら聴くわ」

 そう言って私は、母から貰った水鏡みずかがみを閉じて自室を飛び出した。


 「御隠居様の容態が急速に悪化して今夜にでも亡くなるのではないかと、医師の方が・・・・・・」

 「回復の見込みはないの?」

 「いえ、ないとの事です・・・・・・」

 「そんなはずはないわ、あの人に限って・・・・・・」

 そんな会話をしていると母の部屋についた。私は、勢い良く部屋の襖を開けた。


 「お母さん、目を覚ましてよ・・・・・・」 

 私が付くころには、母は目をつむってまるで今でも消えそうなろうそくの火のような息の中母は、薄っすら目を開いた。

 「うるさいわよ、当主が情けない・・・・・・」

 「でも・・・・・・」

 「桔梗、すまぬがこの馬鹿娘このこと二人で話したから出てくれぬか・・・・・・」

 「御意、お館様」

 そう桔梗と呼ばれた家臣は、萌花と医者と共に母の部屋を出た。


 それと同時くらいだろか、お母さんがか細い声で話し出した。 

 「結奈、そんな顔しないの・・・・・・あなたを見るのが空からになるだけなのよ?」

 「そんなの嫌だよ・・・・・・」

 泣きそうな心を抑えながら返事をすると母は、それを見透かすような感じで私に言って来た。

 「あなたは、この家の主なのよ・・・・・・」

 「そんなの関係ないよ・・・・・・」

 「大切な人の死は辛い事よ。でもそんな事・・・・・・沢山あるのよ?」

 「うぅ、うん」

 「ねぇ、結奈、最後に良い当主の秘訣ひみつを・・・・・・伝えてあげようか?」

 「うぅ、うん」

 「捨てる神あれば拾う神ありよ・・・・・・」

 「どういう意味よ・・・・・・」

 「あなたの変な優しさや努力は、いつか報われると言う事よ・・・・・・夢叶えなよ・・・・・・結奈―」

 「お母さん、お母さん-----」

 その夜私の母は、月明かりと太陽に照らされながら天界にある若宮宮殿わかみやきゅうでんに向かった。

 その後の事は、あまり覚えていない。唯一覚えていたのは、十畳ぐらいの母の部屋で、母の霊体れいたいを抱きしめながら寝ていたことぐらいだ。普通は、死ぬと冷たくなるのだがその日だけは、母の生きている時よりも暖かく感じたのだ。

 その後私は、母の葬儀を行ったが私の心には、謎の穴が開いてしまった。

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