草の子 ~滅びゆく世界と再生の芽~ 一時凍結

ねっとり

第1話 草生える

 草生える。

 わさわさと、わさわさと。


 乾いた大地に草が生えるよ。

 わらわらと、げらげらと。


 燦々と輝く太陽に焼かれる大地が潤うよ。

 しっとりと、なみなみと。


 でも、俺の心は潤わないんですわ。がはは。






 事の発端は正直なところ覚えていない。

 それというのも、記憶がほぼ無いから。


 あれだ、巷で流行っている異世界転生ってやつ?

 それを今、バッチリ体験しちまっているというわけだ。


 文字で読む異世界転生物語は胸をときめかすし、時間が忘れるほどに読み耽るだろう。

 そういった物語を体験してみたい、と何度も思ったことはある。


 現実問題として、それを今体験しているわけだが、これは俺が望んだ異世界転生物ではない。断固として間違っていると口にできる。


 一面に広がる砂漠。かつては緑豊かだったと思わせる亡骸たちが横たわる乾いた大地。

 そこに住まう正体不明の獣たち。いずれも肉食。


 何故、知っているかって?




 何度もぶっ殺されてりゃあ、そりゃあ覚えるわ。




 はい、今回も駄目でした。






「ぶはぁっ! あんのクソ犬っころ!」


 緑の大地からにょっきりと生え出るショタっ子。それが俺。

 深緑のぼうぼうの髪の毛に幼い肉体。それが今の俺。


 外見だけだと普通の人間に思えるが、実のところ俺の頭のてっぺんには草が生えている。

 実に間抜けな外観だが、これは俺と神経が繋がっているので自在に動かせたり。


 まぁ、動かせたところで意味は無いが。


 先ほど、俺の喉を食い千切って絶命させてくれた犬っころは、砂漠地帯でのみ生きられる獣のようで、俺は【砂漠犬】と命名している。

 実に狂暴な奴で、奴に殺された回数は百を優に超えるだろう。


「強行突破は無理だな」


 そう理解した俺は方向転換を余儀なくされる。

 この身体は戦闘能力が皆無だから仕方がない。


 俺が、俺として認識できたのは、砂漠から芽を生やした時の事。

 まさか、それが異世界転生だとは思わなかった。


 お約束の神様とかもいないし、なんらかの説明もない。ただ、地面から生えただけ。

 ハッキリ言おう、頭のてっぺんの草、これが砂の中から飛び出して、初めて俺は転生したことを悟った。


 前世の記憶は思い出せないが、知識はうろ覚えではあるものの割と思い出せる。

 ハッキリ言って今のところ役に立っていないが。


「しょうがない、地道に草を生やすか」


 俺にはとある特殊能力が備わっていた。

 それが、草を生やす能力。


 正確には植物を生やす、というものなのだが、これがまた不便。

 草を生やすには、歩く、という行為が必要なのだ。つまり、前方には草を生やすことができない。

 あと、生える面積がくっそ狭い。肩幅程度しか草が生えないのだ。


 だが、砂漠犬は俺が生やす草が苦手のようで、草の中にいれば襲い掛かって来ることはなかった。


 それと、俺は何度でも復活できるらしい。

 どういう条件かは分からないが、必ず緑のある場所に生え出る。


 ここは俺が最初に生え出た場所で、かつては不毛の砂漠地帯だった場所。今では緑の大草原で水すら湧き出て湖を形成していた。

 それは俺の草を生やす能力によって誕生した楽園。


 とはいえ、正直な話……ここに留まってもしょうがない。

 ここには、緑と水しかないのだ。生物も見かけない。


 幸いにも、俺はどうやら、お日様の輝きがあれば生きていけるようだ。

 水もあると嬉しいが、別になくても問題は無いらしい。理由は不明。説明してくれるヤツがいないんだから当然だよな。


 そして、なんらかの理由で死んでも、また地面から生え出てくる。

 場所は必ず草が生えている場所から。割と位置はランダム。


 ここまで言えばわかると思うが、俺は死ねるけど【終われない】身体を持ってしまった。

 辛いから死んで終わりにする、という逃避ができないのだ。それは絶望といってもいいのではなかろうか。


 だから、俺は歩くしかない。終わりを求めて。


「え~っと、ここら辺は犬っころの縄張りか? 結構広いな」


 死にながら連中の生息地を把握する。たとえ死んでも歩いた部分は緑化するので無駄ではない。

 この緑が確実に連中の首を絞めてゆくのだ。


「よし、全裸ショタの力を見せてやる」


 時間制限があるとは思えないので完全包囲作戦に切り替える。

 時間制限で終われるならそれでもいいし、無くても砂漠犬を確実に閉じ込める事ができよう。


 がはは、おまえらを檻の中の犬っころにしてくれるわ。






 それから何度もぶっ殺されながら、長い時間を掛けて、砂漠犬を緑の檻の中に閉じ込めてやりました。


「ふははははっ! 見ろぉ、犬っころがゴミのようだぁ!」


 緑に怯え竦み上がる砂漠犬。しかし、何が彼らをここまで恐怖させるのか。

 じ~っと見ている、と一匹の砂漠犬が恐怖からか錯乱。緑の大地へと飛び込んだ。


 その瞬間、草どもがわさわさと砂漠犬の身体に絡み付き、身動きを封じてしまったではないか。


 何これキモイ。ドン引きですわ。


 事態はそれだけでは収まらず、メリメリと砂漠犬に何かが埋め込まれてゆく。

 激痛を感じているのだろう、砂漠犬が激しく暴れるも草どもは一本たりとも千切れない。

 やがて、砂漠犬は痙攣し始め動かなくなるのだが、その直後に体中から植物の芽が生え出てきた。


 これ、なんのホラーですか? 視聴を止めてもいいよな?


「こりゃあ、恐れるわなぁ」


 草のまさかの狂暴ぶりに俺もドン引きするも、砂漠犬は何度も俺を殺害した実績があるので恩赦は無しだ。そこで、ゆっくりと朽ち果てるがいい。


「さらばだ、腐れわんこども」


 そういうわけで、俺はクールに去るぜ。

 まぁ、全裸なのでくっそ格好がつかないけど。






 脅威が去ったお陰で行動範囲が広がる。

 今の俺にはひたすら歩く事しかできない。やることがそれしかないのだ。


 しかし、歩けど歩けど砂漠ばかり。砂漠犬以降、他の生命体を確認していない。

 虫すらいないとか、どうなってんだろうか。マジで死の惑星と化しているとでもいうのか。


 どの道、俺にできる事といえば、歩いて草を生やすこと。

 にょっきり、と幼い足跡から生え出る植物の芽は、短時間で瑞々しい植物へと成長する。


 果たして、俺も時間経過で立派に成長するのか。

 ぶっ殺されまくっていて一切成長してなかった感じだけど。


「そろそろ疲れたな。今日は、ここをキャンプ地とする!」


 うろうろ、と周囲を歩き回って少し広い緑の大地を作り出し、その中央に身を投げる。

 これが、ここ最近の生活スタイル。


 何も食べなくてもいいけど、疲労は蓄積するようで無限に歩けるわけではない。

 そして、何も食べないという事は心が疲労しっぱしという事に。

 何よりも独りで寂しい。


 誰か、俺の心に潤いプリーズ。






 目が覚める、と俺の周囲に謎の球状の物体が。


 それは緑色の半透明の物体で、野球ボール程度の大きさだ。それが、ぴょんぴょん、と飛び跳ねながら草原を動き回っている。


「なんだ、こりゃ?」


 気になったので一匹確保。ぷにぷにしていて温かい。


「おまえは何者だ?」


 ゴマ粒のような目を、ぱちくりさせるそれには口が無いらしく、身体をプルプルさせるだけであった。


 よくよくみると、こいつらは俺が作り出した緑の大地から生え出ているようで、何をするでもなくプルプルと跳び回っている。

 賑やかではあるものの、俺が望んだのはこういう事ではない。


「何がなんだか……」


 ぷにぷにを放し、俺は再び歩き始める。


 脅威が去ったからか、その後は順調に勢力を拡大。砂漠の色は緑色に染まってゆく。

 目標がないからこんな事をやっているが、これが目的で俺をこんな肉体に封じ込めたのであれば、それなる存在に然るべき報いを与えねばなるまい。


 がしかし、このショタボディには、そのような戦闘能力は無いわけで。


 いや、鍛えればワンチャンあるか?


「よし、腕立て伏せ、百回だっ!」


 結果としては一回しかできませんでた。


 何この身体、貧弱。貧弱で許されるのはショタまでだよね。


「許されたっ!」


 突然叫ぶ俺に、ぷにぷにたちはビックリしたもよう。

 慌てて俺に寄って来て身体を擦り付けてきた。


 たぶん、落ち着いて、と俺を宥めているのだろう。


 あれ以降、このぷにぷには数を増やし緑の大地で群れを成している。

 こいつらも俺同様に何も食べずに生きていけるもようで。


「あぁ、別に怒っているわけじゃないよ」


 そう? とぷにぷにたちは離れてゆく。

 会話はできないが、なんとなくお互いの意思は理解できる感じだ。


「しかしまぁ、本当になんも無いな。異世界転生とか言ったけど、異世界かどうかすら怪しくなってきたぞ」


 とにかく情報がない。ぷにぷにの発生で、ファンタジー感が出てきたが、まだ信用するには決定力が不足している。

 現地民がいてくれれば、それを解消できるが、このような環境では望み薄だ。


 見ろ、この見事な砂の大海を。こんなんで生物が生きていられるか馬鹿野郎。


「……歩くか」


 ため息一つ。ただひたすらに歩くより他にない。

 俺の歩いた後は緑が生える。草が生える。でも笑いは生えてこない。


 笑ったのはいったい、いつの事だったか。思い出せない。


 思えば日本の暮らしは恵まれていたのだろう。安全で、何一つ不自由がなく、金さえあれば何でも手に入った。


 ここは地獄だ。


 なんにも無くて、人も居なくて、食い物も無くて、娯楽も無くて、終わりすら無い。

 死ですら終わりを与えないって拷問のそれだ。






 何度か目かの夜が来た。砂漠の夜は氷点下になるという。

 でも、俺が寝ている草の上ではそれがない。目が覚めると植物たちが俺を覆っている事もある。見た目は草の寝袋といった感じになるか。


 そんな感じで今日も草の寝袋に包まれて寝るわけだが、今日に限っては妙な胸騒ぎが。

 ぷにぷにたちも、どこかそわそわしている感じだ。


 しかも、良い方の胸騒ぎではなく、悪い方の。


「……なんだ? この感じ」


 周囲を確認するも特に変わった様子はない。


 そう、地表は。


 僅かな振動。それは徐々に大きくなってゆく。

 やがて、地震のような揺れを感じ砂漠を引き裂いて巨大なものが姿を現した。


「蛇っ!? いや、こいつはっ」


 くそデカいミミズ、そう言う前に、俺はヤツに喰われて死んだ。

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