Day 9『神隠し』
God knows ......~いつかの失くしもの~
――ずっと忘れられない記憶がある。
林の側。地元の村のどこか。木陰に突っ立った俺に向かって、綺麗な白髪のお爺さんが何か話しかけている……。近くに年の近い友だちも数人。だが、みんなお爺さんの側にいて、俺だけがその輪から外れている。
「―――、――――」
彼が何を言っているのかは分からない。ただ、幼い俺を見つめる穏やかな眼が、とても哀しそうだっただった。ただそのことは覚えている。
「―――」
彼らがどこかへ行ってしまう。漠然とした不安。何を言われてるのかはわからないまま、意味の分からないまま、ただ去っていく彼らをキョトンと見ている俺。ただひとり置き去りされて。
……そんな記憶。遠い昔の夢みたいな話。
「えー…、みなさん。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。再び、この六年三組のメンバーで集まれたことを光栄に思います。この年になっても変わらず、こうやってみなさんの元気な顔が見られて、嬉しい限りです。
とまぁ、固い挨拶はこの辺にしておいて。みんな、グラスは持った?ハイ、それじゃあ、カンパァーイ!!」
酒の匂いと喧騒に満ちたチェーンの居酒屋。今夜は小学校の同窓会。酒と煙草に浮かされて、昔話に花を咲かす。幼き頃のいたずらだとか、喧嘩だとか、好きな人とか……。
“時が戻ったかのような”とは、よく同窓会の話題で聞く言葉だけど、まさにそんな感じだった。みんな楽しげでイキイキとしている。
「よっ、久しぶり。元気ないじゃん」
懐かしい口調に振り返ると、田中がいた。一番親しくしていた友人。彼との悪ふざけや恋バナが一気に蘇り、近況を話す横顔に昔の彼が重なった。
『広田って可愛いと思わねぇ?』
そうつぶやく彼の色白な頬はいつもより少し赤らんでいて、長めのまつ毛は西日に赤く輝いていた。部活終わりの炭酸が喉を刺激する遠い放課後。
白く照らす電灯の下でビールをあおり、愉しげに語る彼の肌にはあの頃のようなハリはなく、まつ毛の艶も失われた。それは老いというよりは、積み重ねた大樹の皮のように感じた。ふと目を落とすと、左手にはそれを示すように鈍く煌めく銀色の指輪。
「――で?お前はどうなんだよ」
今度は彼の視線が俺の左手へと向いたのがわかる。
「いや、寂しい日々を過ごしてるよ」
続きをうながす彼の瞳。でも、俺には続ける言葉なんてそれ以上にはない。一瞬生まれた沈黙を埋めようと田中が口を開きかけたとき。
「よぉー、飲んでるぅー?」
柔らかな手が肩に置かれて、身体がビクっと飛び上がった。
「おう、広田か。久しぶり」
「何さぁー、驚き過ぎぃー」
「飲み過ぎだろ?」
数十年前に好きだった子は、当時の担任の先生よりも年上の酔っぱらいになっていた。やたらと体重を気にしていた彼女は、今やふっくらとした容姿になっていた。健康診断前に、ご飯を抜くだとか大騒ぎしていたのに。
「もー、昔の話じゃん。今は子どもいるからね、ご飯は大事にしてるよ。好き嫌いとかあると、もう大変」
赤く染まった顔で笑う彼女。ふわふわと揺れる肩の上で切り整えられた明るい色の髪。お昼休みの窓際で、サラサラなびいていた彼女の長髪に見惚れていた田中の視線を思い出す。
「髪切ったんだ」
思わず、口からこぼれた言葉。広田は一瞬びっくりした顔をしてから、「結婚してからはずっとこの長さだよ」と笑った。
「お前も切れよ、その髪。嫌味かよー」
苦笑いで誤魔化しそうになりながら、田中の声に何故か彼の目を見そうになる。……でも、見なかった。きっとこれは俺の考えすぎで、きっとただのお節介だ。明るく言葉を交わしながら、他のテーブルへと移っていく二人。綺麗に染められた広田の横で、うっすら頭皮の透けた田中の後頭部。何だから妙に余計に寂しく見えて、自分の頭をそっとなでた。
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