第4話 紙飛行機

 庭園で飛ばしていた紙飛行機が、カサ、と、音を立てて茂みに落ちた。

テツオはとてとてと走って紙飛行機を探しに茂みの中に入る。

真っ白な紙飛行機は茂みの中では目立つのですぐに見つかった……が、その側にいたモノを見てテツオは凍りついた。

ねずみとりに、蜥蜴のようなイモリのような生き物が引っ掛かっている。しかし尻尾切りができないあたり蜥蜴ではないらしい。しかしイモリというにもどうも違うような……とにかく爬虫類っぽい生き物だった。

生き物はバタバタと手足を動かしてもがき苦しんでいた。

テツオはねずみとりの存在を知っていた。兄が蟲毒の術に使うために、こうした生き物をたくさん捕まえる必要がある、と言い聞かされていたのだ。罠にかかったモノを逃がしたら承知しないぞ、と兄と父に睨まれながら。

だから、紙飛行機だけ取って、そのまま無視して戻るべきだった。

しかし、罠にかかったその生き物とテツオはしっかり目があってしまった。

割とつぶらで綺麗な瞳がこちらを見つめる潤んだ瞳を見ると、助けを求められている気がした。

一匹くらい逃がしてやっても大丈夫だろう。

そう思い、テツオは罠をはずしてやった。

「ほら、早く逃げろ」

小声でそう言うと、生き物は一瞬テツオを見て、そのあとすぐに走り出していった。

ほっとため息をついて、紙飛行機を拾い上げたその時。

「徹雄!!」

雷のような怒鳴り声がテツオの耳を直撃した。びくりと身を震わせ、振り返ると、兄が仁王立ちになっていた。

「こんなところで何をしているんだ」

「あ……いえ………」

恐怖で身がすくみ、うまくしゃべることができない。ふと、兄はテツオの足元に目線を向け、何かに気がつくとハッとして、いきなりテツオの頬を握り拳で力強く殴り飛ばした。テツオはバランスを崩して、そのまま地面に倒れてしまう。

「………うぅ」

 痛みで動けないテツオを、兄は怒りに任せて容赦なく踏みつけた。

「貴様ぁ!蟲を逃がすなって言っただろう! 破魔の無い落ちこぼれの癖に僕の邪魔をするな!」

「もうしわけありません……もうしわけありません、兄さま……」

 騒ぎを聞き付けて、使用人たちと父がやってきた。

「何の騒ぎだ?」

「父上! こいつが僕の蟲毒用の虫を勝手に逃がしたんです!」

 うずくまるテツオを指差して兄が言う。

「………来い」

 父が威圧的に言い、ぐいとテツオの腕を引っ張って立ち上がらせた。

「いや……!!ごめんなさい、ゆるしてください!」

「いいから来い!」

父の怒号にテツオは身を縮め、もう抵抗すら諦めて父に引きずられていった。

茂みには、獲物のかかっていない罠と、白い紙飛行機だけが残された。

「……ふん、こんなもの」

 兄は紙飛行機をぐしゃりと踏みつけて、使用人たちに片付けるよう命令するとそのまま部屋に戻っていった。

 ひしゃげて土がついた紙飛行機は、使用人によって拾われ、ごみ箱に捨てられ、二度と空を飛ぶことはなかった。

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