妖怪ラブホテル ノベルバーまとめ
藤ともみ
第1話 鍵
「鍵」
ラブホの清掃の仕事を終えて、ビールとつまみを買って帰路に着く。
遠くに見えてきたぼろアパートの窓から明かりが漏れている……やべ、電気つけっぱなしで出ちまったのか!? うわー電気代もったいねぇ!
悪あがきだとは思うが、少しでも無駄な電気代を減らそうと俺は走る。家にたどり着いてドアノブに手をかけると、鍵まで開いていた。確かに今日は寝過ごしてしまい、家を出るとき慌てていた……にしても間抜けすぎるだろ、自分。まあ空き巣が入ったところで、盗るもんなんざ何も無いとは思うが。
「はーぁ、まあいいや、とりあえず酒……」
「お帰りなさーい」
誰もいないはずの部屋から俺に向かってかけられる声。
顔をあげると、そこにはスーツを着た人気俳優顔負けのイケメンがにこにこ笑いながらこっちを見ていやがった。
「てめ……!どうやって入ったんだ!?」
「鍵かかってなかったから入っちゃいましたよ~無用心で危ないからお留守番しておいてあげました!」
「いや、鍵かかってなくても勝手に入るんじゃねえよ!?」
その後、追い出そうとする俺と粘る奴との攻防があったが、結局仕事帰りで疲れていた俺が早々に根負けしてしまい、ヤツと一緒に呑むことになってしまった。自分の家のタワマンで呑んでりゃ良いのになんだコイツ。まあ、ヤツが市販の旨いサラミを持ってきていたので今回は良しとしてやる。酔いつぶれて目覚めたときには、ヤツの姿は跡形もなく消えており、俺は自分が無事に目覚めたことに心底ホッとした。
……そんなやりとりがあったのが数日前。今日は休みだ。今日はひとりでだらだらすると決めている。さっきからドンドンとドアを叩く音が聞こえるのはきっと気のせいだろうと、無視を決め込む。見て見ぬふりは俺の得意技だ。
やがてドアを叩く音が止んだ。ようやく静かになった……と思った次の瞬間。
若い男の拳が窓ガラスを突き破ってきた。派手な音を立てて割れるガラス。器用に家側に手を回し鍵を開ける男の手。マジかコイツ。ここ2階なんだけど。つうかドアから反対側の窓に回り込むの速すぎじゃねえか。
「こんにちはテツオさん!!」
鍵を開けた窓をひらいて、ヤツが笑顔で入ってきた。
「鍵かけても入ってくるんじゃねーか!!」
「テツオさんが居留守を使うからですよ~!まぁそもそも人間の鍵とか僕には無意味なんですけどね!」
「今度神社で厄除けの札買ってくるか……」
「やめてくださいヒトを疫病神みたいに!」
「似たようなもんじゃねーか!」
「ほら、いい天気ですから散歩にでも行きましょう!ちょっとは運動しないとただでさえマズそうなテツオさんの肉が更にマズくなっちゃう」
「うるせえええ!! あ、あとお前窓ガラス弁償しろよ!!」
結局、俺が寝転がって起き上がらないのを見ると、ヤツもそこまで強硬に散歩に連れ出す気は無かったようで、ゴミに出さないまま放置してある週刊誌を読み漁り、やがて飽きてドアから帰っていった。家にいた時間は10分程度だったんじゃないかと思う。
その後、ヤツが呼んだらしい修理業者がやってきて、窓ガラスは綺麗に張り替えられたので、吹きさらしの状態で夜を過ごす心配はなくなったのだが本当に何がしたいんだアイツは………。
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