メッセージ イン ア ボトル

mon's

夢喰いの影

第1話 朝戸風と来訪者

 空は淡い青色へと移り始めていたが、薄暗い路地を吹き抜ける風はまだ夜の冷たさを保っている。朝を告げる陽光が時計塔の先に照るのを確認しながら、彼女は悴む手を外套のポケットに突っ込んだ。昨日味わった城郭の外の空気に比べれば幾分ましなものだが、それでも吐く息が白くなる程度には寒い。このまま外にいつづけては、凍えてしまう。


『夢砂屋』


 軒下の木板に刻まれた文字を見上げて、彼女は先ほどしまったのとは逆の手を扉の前に構えた。高まる自分の鼓動がシンとした路地のせいでやけにうるさく感じられた。緊張か、あるいは寒さからか。赤くなりはじめた手の震えは生まれたての子鹿のようで、いくら深呼吸をしても収まることは無い。

 決心がつかないままに時間と冷風は流れる。結局、手の震えが収まるどころか、体にまで伝播し出したところでたまらずドアノブをひねった。

「し、失礼します……」

 来訪を伝えるにはあまりに小さな声を投げかける、が返事は無い。代わりに店の奥から流れる暖かい空気に迎えられ、後ろ手にそっと扉を閉めた。両手をさすりながら、薄暗い店内を見渡す。人気のないカウンター。戸棚に並んだ古めかしい書物。木製の小さな旅行鞄に、用途の分からないいくつかの雑貨。

 彼女は扉の前に立ったまま順繰りに目を移していくが、窓側の棚に差し掛かったところで首の動きが止まる。彼女の目を引いたのは窓際に整然と並んだガラス瓶。それぞれの瓶ごとに色の付いた砂が閉じ込められている。

 彼女が窓辺に近づいていくと、瓶の中の砂が淡く光りふわふわと不規則に舞いだした。

「これって……」

 並んだ小瓶の中から緑色の砂が入ったものを手に取る。風魔法を一緒に封じているのか。はたまた専門外の属性魔法に”砂を踊らせる”などというものがあるのかは分からないが、恐らくこれが『夢砂』なのだろう。果たして、この砂と夢がどんな関係にあるのかすらも分からないが。

 そんな疑問を忘れてしまうのにさほど時間はかからなかった。小瓶をカーテンの隙間から差し込む光に透かすと、瓶の中を舞う砂は一層輝きを増す。手の中にある小さな幻想の世界はまるで、昨日この街に来る時に初めて見た雪景色に色がついたかのようだった。


「夢砂は気に入ったかい?」

 小瓶をみつめていた彼女の背中に、男の声がかかる。不意を突かれ驚いた彼女は、落しかけた小瓶をなんとか掴み直すと、一つに束ねた髪を跳ねさせながら振り返る。先ほどまで全く人の気配がしなかったカウンターに、声の主の姿があった。

「外の風が流れ込んできたのでね。来客にしてはずいぶんと早い時間だと思ったが……」

 腰に手をあて話す男の声を遮り、彼女は勢いよく腰を折った。ブロンドの髪が揺れる。

「お、王都魔法学校、幻影学科出身の、五等魔法使いのメスティ・アイリスです。本日より、お世話になります。よろしくお願いしますっ!」

「あぁ。たぶんそうだろうと思ったよ。ここらの人とは思えないほど薄着だからね」

 あまり表情を変えずにそう返した男は、カウンターのドアを開くとアイリスを手招いた。

「とりあえず奥に入りなよ。温かい飲み物でもいれよう」

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