地球が巨大化してなかったら歩いて5分

ちびまるフォイ

適正な距離感

地球温暖化が騒がれなくなったのは、

それよりも大きなトピックができてしまったからだった。


地球巨大化は誰が見ても明らかであった。


土地が広くなったと喜べたのは最初だけで、

毎日毎日規則正しく巨大化されると、

丁寧に寸法して作った畑はガタガタになりどうしようもない。


人類はただただ巨大化してゆく地球に流されるばかりとなった。



「はぁ……疲れたなぁ……」


男が向こう側から歩いてくる。

昔は徒歩5分だった道のりは、いつしか歩いて1時間となっていた。


無人のコンビニに入ってもデカくなりすぎる地球のせいで物流はなく、商品はスッカスカ。


そんなことは店に訪れる前にわかっているはず。

男の目的は別にあった。


「今日も誰もいない……か」


地球が大きくなると、家同士の間隔は空いていく。

誰も人を見つけられないほどに地球は巨大化してしまった。


男はふたたび次の店へと歩き始めた。

食料の供給先を行き来すればいつか人と出会えると信じていた。


その日も結局誰も見つけられないまま、

昨日よりも移動距離がのびた帰り道を歩いているときだった。


「……あれ?」


遠くの方にうっすら人影が見えた。

それが疲れからくる幻想だとしても気持ちの高ぶりは止められなかった。


「おおおーーい! おおーーい! 誰かいるのか!?」


走り寄ると、そこには女が立っていた。

男はかねてから自分以外の人間を見つけたとき用の会話テンプレートを呼び出す。


「こんにちは、僕は○○っていいます。あなたは?」


「え……な、なんですか……」


女の警戒心は人里にやってきた野生動物以上に高くなっていた。


なにせ人とエンカウントするのに数年かかるこの地球において、

男は目を血走らせた獣に等しい危険性があった。


それを感じ取った男はあわてて無害さを主張する。


「あ、大丈夫ですよ。なにもしません。僕はあなたと友達になりたいだけです」


「友達……?」


「地球が大きくなってから電波も届かなくなって連絡も取れないでしょう?

 だからこうして出会えたのものなにかの縁。

 よければ友達になって定期的にお話したりしませんか?」


男は精いっぱい紳士的な対応を続けたつもりだったが、

女は最初に感じた第一印象をひきずったまま出会い厨として処理された。


「え、嫌ですけど……。失礼します」


遠ざかる背中を追いかけようと思ったが、

女の言葉に含まれる嫌悪感が男の足を重くして動けなくした。


「数年ぶりの人と出会えたのに……」


人との出会いに飢えていたのは自分だけだったのか。

世界に自分しかいなくなった孤独感を感じていたのは自分だけだったのか。


男は何度も自問しては、何度も初対面の対応を後悔した。


「ああぁ……もっと歩み寄った話し方ができていれば……。

 なんでもいい人と話したいっ……孤独になりたくない……!」


この世界に自分以外の人間がいるとわかったうえで拒絶された。

男の心に潜ませていた孤独感を引きずり出すのには十分すぎる刺激だった。


「なんで地球は大きくなるんだよ! ちくしょう……ちくしょう……」


しまいには地球そのものを呪いながら眠った。


翌日も男は自分以外の人を探してぶらつくルーティーンを続けた。

昨日あんなことがあっても人への渇望は止まらなかった。


「まあ……誰もいないよな……」


いつもと違う道を歩いたが結局誰とも会えなかった。

おとといまでは、それが通常だったはずなのに今日は落胆してしまう。


「みんなどこにいったんだ……ん?」


男がふと地面を見ると、コルクの栓が地面に埋まっていた。

この近くに住む人間が自分の存在証明をしようとしたのだろうか。


男はコルク栓を握る。


「ぐっ……固いな……ええーーい!!」


大きなカブを引き抜くように力を込めるとコルク栓は地面から抜けた。

抜いた瞬間、吹き飛ばされるような突風が地面から吹き出した。


「な、なんだぁ!?」


ぶしゅううーー、と地面の穴から空気が空に向かって吹き出し続ける。


その億ではみるみる遠くの山の景色が大きく見えていく。

いや、大きくなっているのではない。


「ちっ、近づいている!?」


近づいているのは山だけではなかった。

栓を抜いた男の周囲の家も吸い寄せられるように近づいてくる。


栓を抜いたことで巨大化していた地球が一気にもとのサイズに戻っていることに男は気づいた。

慌てて栓を締めなおそうにも突風で近づけない。


これまで徒歩10分だった道のりが、もとの徒歩5分まで圧縮されていく。


地球が縮んでいくことでこれまで地平線の向こうにいて見えなかった人影も見えてくる。

男は握っていたコルク栓を手放した。


「ああ……人だ……人がいる……!!」


空気が吹き出し終わると、だだっ広くすかすかだった地上は

人と人とが肩をぶつけ合いビルが空を覆いっていた昔の姿を取り戻した。


「昔だ! 昔に戻ったんだ! もう寂しくないぞ!」






それから数年後、地球は再びだだっ広い地上が広がっていた。


「パパ、昔は地球は小さかったの?」


「ああそうだよ」


「その前は?」


「地球は大きくなっていたんだよ」


「大きくなってから、小さくなったの?」


「そうだね。パパが栓を抜いたから一時的に地球は昔みたいに小さく戻ったんだ」


「戻ったのならそのままでいいんじゃない?」


「いいや、そんなことはなかったんだ。

 地球が小さいと人とのぶつかり合いが増えたんだ。

 だからパパは栓を締めなおして、地球をまた巨大化させたんだよ」


「ふぅん……」


「人間はひとりのほうがいいんだよ。

 ケンカせず、土地を争わず、お互いを求めるくらいのほうがいいんだよ……」


「わかったよパパ」


男はひとりで自分との会話を続けていた。


地球は今も大きくなり続けている……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地球が巨大化してなかったら歩いて5分 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ