紅い鬼 血桜 下
「まさ、あきさま?」
ヨウコは自分に重なる影を見てつぶやいた。
「私は政明じゃない。政明はおじいちゃん」
純香は頬を膨らませて言ってやる。
「なんだ……純ちゃん、か」
「なんだとは何よ」
純香の言葉を無視して、ヨウコは雪のように舞う桜の花びらを見上げた。視界の端に紅を捕らえて、つい先程までのことを思い出す。不安で早くなる心臓に落ち着けと言い聞かせながら傷に手を伸ばした。
あるはずの傷がない。名残のように布が破れているだけだ。
もしかして、と思いながら紅い鬼を見上げる。
「アヤ様。私に妖力を分けてくださったのですか」
「んなわけねぇだろ」
アヤはぶっきらぼうに答えた。
その答えにヨウコは眉をひそめる。
「では、なぜ?」
「血だ」
「血?」
「政明の孫の血だ」
じれったく思ったのかアヤは怒鳴るように言った。
ああ、と呟いたヨウコ納得した。
純香の家系はまれに妖力を宿す者が生まれる。本人は知らないようだが、意識せずとも、低級の妖怪や霊を払えるほどだ。触ろうとしたら、払われてしまうのだ。高い力を持つ者の血はそれを受けたものに妖力を回生させる力を持っている。
純香にヨウコは笑みを浮かべて礼を言う。
「ありがとう、じゅんちゃん」
「借りを返しただけだから」
純香は目を合わさずにそっけなく言った。
ヨウコはそれを見て笑う。
「ヨウコ、どうやって帰るか知ってる?」
しばらくして訊ねたのは純香だった。
「知ってるわ」
そう返すヨウコにアヤが口を出す。
「なぜ、俺の領域に踏みこめられた」
上半身を起こしたヨウコは艶やかに熟れた唇の端を品良く上げる。
「簡単なこと。純ちゃんに
「いつのまに!」
純香が驚きの声を上げ、ヨウコが得意げに笑う。
「今日、帰る前に会ったでしょう? ほら、洋介くんが心配してるだろうから早く帰りましょう」
言い終わったヨウコは立ち上がり、座っている純香に手を差し出した。
純香は促されるままにヨウコの手を取り立ち上がった。今の今まで自分が別世界にいるとは思わなかったのだ。
純香を元の世界に送り届けたヨウコはアヤの方へ振り返った。
アヤはヨウコの方へ見向きもせずに桜の木を見上げている。
「アヤ様」
ヨウコがアヤの名前を呼ぶが反応はない。ヨウコはかまわずに続けた。
「新たな契約を交わされたのですか」
アヤは答えない。
「あなた様は、無駄な殺生をしない代わりに政明様が死んだ場合はその血肉を食べることを契約されました」
微塵も動かないアヤにヨウコは問う。
「でも死にゆく政明様をあなた様は死を待つのでもなく、長い眠りにつかれた……」
「じじいの顔が見飽きただけだ」
アヤは呟くような声だが、確かにそう言った。
「アヤ様は政明様と遊ぶのが好きでしたからね」
「遊びじゃねぇ、殺し合いだ」
アヤが強い口調で言った。
ヨウコは悟られぬようにわずかに口端を上げる。
「また、遊ぶことができますね」
「……政明の孫に伝えておけ。お前の命は俺のものだ、とな」
鬼はそれだけ言い残して姿を消した。
ヨウコは困ったような笑顔で見送り、自身も純香の後を追う。
桜が静かに舞っていた。
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