『スーパー板野大戦 ~大激突!ギャグVSシリアス!~』

「――こちら吹雪ふぶきのミレイ。『ロケットランチャー仮面』はまだ発見できない!」


 女神の翼を陽光にきらめかせ、ミレイは高度3万フィートの空を駆ける。超感度無線機で呼びかけた先からは、戦友、白山しろやま白狼はくろうの張り詰めた声が返ってくる。


『了解。だが気をつけろ、奴は悪魔だ』

「わかってますっ。ガルーダシステムの飛行性能と索敵能力を活かして――、あッ!!」


 突如、ミレイの眼前のVRフィールドに真紅のアラートメッセージが展開し、警報音が彼女の意識に直接鳴り響いた。敵飛行戦力からのロックオンだ。

 飛行速度を落とさぬまま咄嗟に振り向いた先には、空に爆熱の航跡を引き、一直線に自分を狙ってくる数基のミサイル群。


『許すな! 逃がすな! 爆殺ぶっとばしましょう! ロケットランチャー仮面だ!!』


 何処いずこからともなく響く男の声がミレイに戦慄を抱かせる。これが、幾多の仲間を爆殺したと聞く、敵軍の主戦力――「ロケットランチャー仮面」か!


「――のよ、あなたに」


 敵の正体を見切り、ミレイは不敵に笑った。仲間達のかたきを今ここで自分が討ってやる!


多重格子結界ギンガムチェック展開! ミサイル迎撃準備!」


 空気を引き裂いて飛ぶミレイの周囲で、重力子グラヴィトンの流れが歪み、敵のミサイルを迎撃する重力の渦が形作られる。ミサイルを引き付けるように、ミレイは一気に高度を上げた。


「1番から4番、カウンターメジャー射出! 1ワン2ツー3スリー4フォー重圧ヘビー回旋波ローテーション!」


 彼女の言霊ことだまで解き放たれる重力シンパシーの渦が、迫り来るミサイル群を捉え――


『無駄だ! !』

「なッ!?」


 ――突如、別の男の声がミレイの意識に割って入った。

 瞬間、彼女の視界は闇に塗り潰される。ミサイルを、ミレイの翼を、空間全てを染め上げる瘴気しょうきの渦は、闇よりくらい漆黒の


『「重力」は「翼」に不利ディスアド。属性反発作用によりお前さんの詠唱は無効――ミサイルは直撃する』


 その何者かの声をミレイが捉えた瞬間、彼女の周囲に展開していた重力の渦は消え去り――


「そんなっ!」


 ミレイの纏う女神の翼を、数基のミサイルがぶち抜いた。


んだろ? 雪平ゆきひらミレイ』


 あざ笑うような男の声が響く中、彼女の翼はたちまち焼き切られ、紅蓮の炎がミレイの身体をめ尽くしていく。

 意識を失う最後の瞬間、ミレイは思った。


 ――ユイちゃん、お願い。わたしのかわりに――。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 闇に包まれた空に爆炎が広がり、数秒置いて巨大な爆音が瓦礫の街を揺らす。弁護士白山白狼は手にした無線機をぐっと握り締め、戦火に染まる空を見上げていた。


「ミレイちゃん……!」


 白山の傍らで火群ほむら結依ゆいが顔を覆い、力なく膝をつく。少女の流す涙が、その魂の慟哭どうこくが、白山の心を揺さぶった。

 雪平ミレイだけではない。帰るべき未来を失った25世紀のアイドル、金山かなやまチクサも。スーツアクターの大吾だいごとサヤカも。仕立て職人のともえも。夜の世界に生きる風俗嬢達も。ここに辿り着くまでに皆、ロケットランチャーの爆撃に飲まれて消えた。

 このシリアス時空で生き残ったキャラクターは、もう数える程しか居ないのかもしれない。


「白山先生、どうして!」


 結依が涙に濡れた顔を上げ、かじりつくように白山に向かって声を上げる。


「どうして、この世界に血が流れるんですか!?」

「理由など俺にもわからん。だが……散っていった者達の無念は、必ず」


 白山が拳に力を込めて言いかけた、そのとき。


「無駄だぜ、ホワイトウルフ。小回りの利かないシリアス時空のキャラクターは、俺達ギャグ時空に封殺される宿命さだめにある」


 漆黒の闇を纏ったような男の声が、瓦礫の街に響いた。


「……語彙大富豪、黒崎くろさき言四郎げんしろうか」


 結依を庇って立ち、十メートルほどの距離を挟んで、白山はその男と対峙する。白山の纏う純白のスーツと、その男の着流した黒いコート――白と黒の戦意オーラを立ち上らせる二人の間を、びゅう、と熱い風が吹き抜けた。


「俺の知る貴兄は正しい語彙の使い手だったはず。それがなぜ、ロケットランチャー仮面などにくみし、無垢なる少女を爆殺する手助けなど……」

「俺だって戦いたくはないさ。だが、座して世界の消滅を待つわけにもいかねえ。ギャグ時空とシリアス時空は共存できない」


 漆黒のオーラを纏った男、黒崎の手中には五枚のカードが握られていた。雪平ミレイの「翼」を奪ったときと同じく――この男は語彙大富豪のフィールドに強引に白山を引き込み、語彙の力で白山の通常戦力を無力化しようとしているのだ。


「俺が直々に冥土に送ってやるよ、ホワイトウルフ。場には『闇』!」


 だが、白山とて、己の言葉を武器にする辣腕弁護士にして、「レトリック講座」の実践編で何度も台詞を取り上げられたほどの修辞学レトリックの使い手。ここで黙ってやられる男ではない。


「ならば――俺の語彙カードは『ホワイトウルフ』!」

「何っ!?」

「俺の名はブラック属性に特効。10-0というやつだな」


 白山の纏う純白のオーラが狼の形を為し、黒崎の展開した闇を引き裂いていく。僅かに狼狽うろたえを見せる黒崎に向かい、白山はびしりと指を差した。


「名前に『黒』と付いている時点で、貴兄は俺に負けていたのだ」

「チッ……。流石は魔法少女ピュアロイヤーだけのことはある」


 ばしゅっ、と音を立てて、黒崎言四郎は闇とともに消滅した。周囲を包んでいた瘴気しょうきの渦は消え去り、再び戦火に燃える瓦礫の街に白山と火群結依は立っていた。


「白山先生って、魔法少女だったんですか……?」

「それは別の作者が勝手に書いた二次創作だ。混ぜてもらっては――」


 刹那、白山の耳を刺すのは、風を切るロケットランチャーの飛来音。


「――結依君、伏せろ!」


 瞬時に結依の身体を引き倒し、白山は地面に伏せる。次の瞬間、凄まじい着弾の衝撃が大地を揺らし、爆風が二人の身体を煽り上げた。


「ぐっ……!」


 白山が顔を上げた、その先には。


「チェックメイトでしてよ、白山弁護士」


 紫の着物を爆風にひるがえし、身の丈ほどの大筆を構えて立つ、白皙はくせきの美女――。


「ユカリ君!? 馬鹿な、キミは我々の味方では――」

「駄作時空へお消えなさい。オン・ドギャ・シナ・ダン・ソワカ!」


 駄作バスター・式部しきぶユカリの大筆から迸る墨文字が、白山の身体を瞬時に取り巻き――


「くっ……馬鹿な。この俺の物語が駄作などと――」


 反駁はんばくいとまさえも与えられず、白山の意識はそこで途絶えた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「そんな……白山先生まで……!」


 困惑と恐怖に目を見張る結依に、式部ユカリがきらりと鋭い視線を向けてくる。その紫の視線にすくめられ、結依はその場から一歩も動けなかった。

 たった今、目の前で起きた光景が結依には信じられなかった。味方側――シリアス時空の住人だったはずの式部ユカリが、なぜ白山白狼を……!


「ユカリさん、あなたは前にわたしを助けてくれたじゃない! それなのにどうして……!」

「駄作バスターは存在自体がネタのようなもの。どちらの陣営にくみするかはわたしの自由ですわ」


 大筆の先に霊気の墨を滴らせ、ユカリが一歩距離を詰めてくる。


「残念だけど、ユイちゃん、あなたも――」


 結依の眼鏡グラスのVRレイヤーにその文字が走った、次の瞬間。


「駄作バスター・式部ユカリめ、語彙大富豪コラボの冒頭で一蹴された恨み、今こそ晴らしてくれる! 喰らえ、開幕ロケットランチャー!!」


 野太い男の声が地平の彼方から轟いたかと思うと、赤い空を引き裂いて幾条ものミサイルの軌跡が伸びてきた。


『ユイさん、早くっ!』


 VRレイヤーに銀色の文字が閃く。その文字こえに導かれ、結依は咄嗟に走った。背後で凄まじい爆発が起こり、爆風が結依の背中を押し出す。


「うっ……くっ!」


 地面に身体を叩きつけられながらも、結依は再び立ち上がり走る。背後で続く爆発音が、眼鏡グラスの機能を介し、視覚情報となって彼女の意識に流れ込んでくる。


美音ミオンちゃん、ユカリさんはどうなったのっ!?」


 戦火の街を必死で架けながら、結依は銀色の文字の主、携帯ミラホの中の電脳歌姫サイバーディーヴァに呼びかけた。画面の中で美音ミオンが緑の髪を揺らし、「そんなことより」と結依を急かしてくる。


『今は逃げることです、ユイさん。生きるためにっ』

「でも、あんなミサイルが飛んでくる中で、一体どこに逃げたら――」

『時空の乱れから生じたこの世界になら、25世紀の交通手段、地下を貫く大深度リニア地下高速鉄道エクスプレスがあるはずですっ。それに乗って新潟まで辿り着ければ、きっとNGT48の子達が助けてくれるはず――』


 虚構世界全てを巻き込む災禍には、現実の存在をもって立ち向かうしかない。美音ミオンの電子の瞳はそう語っていた。

 その可能性に一縷いちるの望みをかけて、結依は東京駅ステーションへの道を急ぐ。だが、その前に立ち塞がったのは――


「残念だったな、火群ほむら結依ゆい君。Projectプロジェクト TOKIトキの主要メンバー達は複垢ログインの容疑でBANさせてもらった」

「あなたは!?」


 身分証ライセンスを突きつけ仁王立ちする、中年の刑事風の男性。


「複垢警察の間黒まぐろだ」

『複垢警察……!』


 携帯ミラホの中の美音ミオンが怯えた声を出す中、間黒は堂々とした声で告げる。


48millionフォーティーエイトミリオン『防災都市戦記』の糸井いといツバメと四十万しじまヒバリは、NGTの●藤●とう●南●なみ●井●かい●かの複垢であることは明白……同じ『プロジェクト・トキ』などという用語を作中で使ったことが仇になったな!」

『そんな、不当捜査です! あれは勝手に作者がモデルに使っただけで――』

「問答無用! 全ての複垢をこの世から消し去ることが我々複垢警察の使命だ」


 結依は後ずさり、携帯ミラホを隠すように胸の前に握り込んだが、時既に遅く――


電脳歌姫サイバーディーヴァ美音ミオン! 全世界のネットワークにおける、199万8千129件の複垢使用の罪で――退会処分バニッシュメント!」


 間黒のかざしたライセンスから電撃がほとばしり、美音ミオンの入っていた結依の携帯ミラホは筐体ごと焼き切られてしまった。


美音ミオンちゃんっ!」


 破壊された携帯ミラホに結依の涙が落ちる。間黒がぎらりと結依を睨み、距離を詰めてきた。


「火群結依君。キミのモデルとなったアイドルも『Project TOKI』の第23話にチラ見せ出演していたな」

「っ……!」


 そんなこと、結依には知ったことではない。だが――


天網てんもう恢恢かいかいにして漏らさず。全ての複垢は我々複垢警察がBANする!」

「やだっ、そんな――」

退会処分バニッシュメント!」


 間黒のライセンスから放たれた閃光が結依の視界をまばゆく塗りつぶす。彼女がぎゅっと目を閉じた、そのとき。


「無駄よ!」


 燃え立つような凛々しい女性の文字こえが、まぶたを貫いて結依の視界に走り――


「わたしの娘のライバルに――手は出させない」


 恐る恐る目を見開き、結依は見た。

 烈火と猛風、雷電と激流、閃光と闇。あらゆる属性が渾然一体となった七色のオーラを背中から立ち上らせ、颯爽とその場に立つ、――指宿いぶすきリノの姿を。


「! リノさん――」


 バニッシュメントの雷撃を容易く弾き返し、リノが黄色のコートをばさりとひるがえして前に出る。


「複垢警察の前によくも堂々と姿を晒せたものだな、指宿リノ! ●原●しはら●乃●のとの多重ログインの容疑で、退会処バニッシュメン――」

「やかましい、地方公務員風情が! 国会議員バッジが目に入らないの!?」


 リノのただ一言で大勢たいせいは決したらしい。複垢警察の権限など及びもつかない権力の威光――「大人の怖さ」を操ることにかけて、結依の知る限り、この戦場で彼女の右に出る者などいない。


、ユイちゃん。ここはわたしに任せて」


 銀河の輝きを宿した女王の両眼が結依に促してくる。行けと。生きろと。


「ありがとうございます、リノさんっ」


 リノに別れを告げ、結依は走る。この戦火を生き延びることができれば、リノの養女むすめひとみともまた戦うことができるだろうか――。


「……それにしても、複垢警察って地方公務員だったんだ」


 携帯ミラホに向かって話しかけたつもりで、直後に結依は気付いた。もう、話し相手になってくれる美音ミオンは居ない。自分一人の力で、生き残りの道を探さなければならないのだ。


「でも……一体、どこに行ったら……」


 自分には、白山白狼や指宿リノのように、ギャグ時空からの侵攻に単身立ち向かえるような力はない。どこに逃げたところで、あのロケットランチャーを撃ち込まれたら最後、ミレイ達と同じように木端微塵にされてしまう。頼れる味方だと思っていた式部ユカリまでもが敵に回ってしまった。

 灼熱のユイの名に懸けて、このまま諦めて倒れることだけはしたくないが、それでも。

 ――打つ手がない。自分には、とても、あの巨大な敵に立ち向かうことは――。


「苦しんでおるのう、未来の女子おなごよ」

「誰っ!?」


 突如、新たにVRレイヤーに流れた文字こえに、結依は咄嗟に周囲を警戒した。


「ここじゃよ、ここ」


 結依が振り向いた先、大きなコンクリートの欠片に腰掛けて、その声の主はにやりと口の端を吊り上げていた。戦国武将の出で立ちに南蛮風のマント、見る者全てを金縛りにするような鋭い眼光。その男を初めて見る結依にも、それが何者なのかは本能で察せられた。


「信長……?」

「いかにも。 織田弾正忠だんじょうのちゅう平朝臣たいらのあそん信長……おぬしらが呼ぶところのじゃ。さて、火群結依とやらよ――」

「どうしてわたしの名前を」

「知っておるよ。『かくよむ』運営お気に入りのわしが、おぬしを知らぬ筈もない。『かくよむこん3』は残念じゃったの」

「……あなたはわたしの敵なんですか、味方なんですか」


 織田信長の眼光に気圧けおされながらも、結依は警戒を解かず尋ねた。信長は、どこからともなく取り出した扇をばさりと広げ、くっくっと小気味よく笑う。


「あの戦火の中をここまで生き延びるとは大したものじゃ。おぬし、わしと一緒にせんか」

「転生……?」

「さよう。幾度となく未来人の相手をさせられる暮らしにも飽き飽きしての。さりとて、『織田信長』の呪縛を離れて、輪廻の輪を解脱げだつすることも叶わず……。ならばせめて開き直り、永遠のせいを楽しんでやらんと、ともに異世界を巡る『ぱーとなー』を探しておったのよ」

「……!」


 信長の言葉で結依の脳裏に閃くものがあった。それは直感というより悪寒に近いものだった。


「まさか……この戦いは、あなたが……!」

「ほう? 今のわしの言葉からそこまで読めるか。やはり、おぬし、只者ではないようじゃな」


 コンクリートの上からひらりと飛び降りて、信長はマントを風になびかせ、結依の前に近付いてくる。


「ただの『あいどる小説』の主人公にしておくには惜しい。わしの『ぱーとなー』となり、無数の世界を――」

「イヤっ!」


 後先や損得を考えるより先に、結依の本能は信長を拒絶していた。後ずさった結依に、信長がぎらりと眼光を向けてくる。


「ミレイちゃんや、白山先生や、美音ミオンちゃんが消えたのも……全部、あなたの差金だったっていうの!?」

「別にわしが手を下したわけではないが、そういうことになるかもしれんの。なに、構わぬ、この程度のいくさを生き延びられぬ者など、物語を紡ぐ資格はあるまいて。『きゃらくたー』が増えすぎては作者も大変であろう。間引いてやるのも情けよ」

「そんな……そんな理由で、みんなを……!」


 己の手ががたがたと震えるのを結依は感じていた。絶望と恐怖と――そして怒り。高ぶる衝動が彼女の心を煽り、凍てつきかけたエンジンに炎が回っていく。

 だが。


「おぬし、誰に殺気を向けておる」


 信長の両眼が一際大きく見開かれ、ぎん、と突き刺すような視線が結依の四感ごかんを串刺しにする。先程までの眼光の鋭さなどほんの児戯であったかのような、魂そのものを鎖で縛るようなその視線。結依の足はたちまち震え、自分でも気付かない内に、人形の糸が切れたかのように結依はその場にくずおれていた。


「わしに歯向かうならそれはそれで構わぬ。その首、今ここで落としてくれるわ」


 すらりと腰の長刀を抜いて、信長が結依に迫る。真紅の空に映える白刃を目にし、結依は一歩も動けなかった。

 ここまでか――。結依が運命を呪いかけた、そのとき。


「オン・アラハシャノウ・ソワカ!」


 威風凛然たる文字こえの響きが、戦場を駆け抜け――


「何?」


 声の元を振り仰いだ織田信長に、墨文字の波状攻撃が襲いかかっていた。


「おぬしは――」

「駄作に囚われた哀しき魔物よ、観念するがいいですわ!」


 紫の着物を妖気の風にひるがえし、ひらりと着地したその影は。


「ユカリさん……!」


 駄作バスター・式部ユカリ。敵側に寝返った筈の彼女が、なぜ……!?


「悪いことをしましたわ、ユイちゃん。さっきのは敵軍を油断させるための芝居だったのよ」

「え……?」


 ばちばちと爆ぜる霊気の墨文字で信長を縛り上げ、ユカリは言う。


「白山弁護士はこことは違う場所に転送されただけ。わたしの目的は、ギャグ時空に寝返ったと見せかけ、敵の親玉の尻尾を掴むこと――」

「ほう?」


 瞬間、信長がさぞ愉快そうに口元を歪ませ笑った。


「わしの尻尾を掴んで……それでどうするというのじゃ?」

「なっ――」


 信長はぎらりと眼を光らせ、いとも容易く墨文字の戒めから逃れたかと思うと――


「ユカリさん、危ない!」


 結依の眼前で、手にした刀を一閃。ユカリの大筆は飴細工のように叩き切られ、彼女の纏う妖気の渦もまた消え失せてしまった。


「ッ!」


 一瞬、狼狽えた表情を見せながら、それでもユカリは懐から御札おふだを取り出して戦おうとする。膝をついたまま目を見張っていることしか出来ない結依の前に、閃光一瞬、信長の刃が迫る――!


「させない!」


 その瞬間に結依が見たものは、自分を庇って飛び出し、信長の凶刃を身に浴びるユカリの姿。

 噴き上がる血飛沫が紫色の妖気の粒子に変わり、倒れ伏したユカリの身体が白い渦に飲まれて消えてゆく。


「ユカリさんっ――」

「……あとは頼みますわ、『灼熱のユイ』。あなたなら、きっと……!」


 行かないで、と叫んで結依は手を伸ばしたが、その指は虚しくくうを掴むだけだった。


「身の程を弁えぬ大うつけめ。紫式部の生まれ変わり如きが、織田信長本人であるわしに敵うと思うたか」


 信長のあざ笑う声が文字を通じて結依の心を鷲掴みにする。許さない――自分の心がそう叫ぶのを聴いた瞬間、両腕に、両脚に、全身に、力が蘇っていくのを結依は感じた。

 この世界が何なのかは結依には分からない。誰を倒したところで、消えていった仲間達が戻るわけでもない。

 それでも、結依の魂が命じていた。戦わねばならないと。この敵だけは倒さねばならないと。


「……何じゃ、その眼は」


 信長の凍てつくような殺気にも、もう結依は怯まなかった。地面を踏みしめ立ち上がるこの足も、強く握り締めるこの拳も、自分だけのものではないと知っているから。


「信長さん。わたしの瞳に何が見える?」


 己の背に立ち上る灼熱の業火を感じながら、結依は静かに歩を踏み出す。轟と鳴る烈火の渦が、己の身体を包み、天上に噴き上がるのがわかる。


「スクールアイドル、灼熱のユイ――あなたの心を、燃やし尽くす!」


 眼鏡グラスをさっと取り払い、結依は地面を蹴って宙に舞った。構わず斬りかかってくる信長の刃をひらりとかわし、灼熱の渦を巻いてターンを決める。結依の身体から吹き荒れる猛火の竜巻が、ほむらの戒めと化して信長の動きを封じ込める!


「馬鹿な……この炎は、本能寺の……!」


 幾千の転生を経ようと、幾万の物語を食い物にしようと――

 


「終わりの時よ。ミレイちゃんが浴びた炎で、裁きを受けるがいいわ」


 キッと敵を睨み付ける結依の手中に、光のマイクが顕現けんげんする。

 そして、結依は歌った。灼熱の炎を纏う不死鳥の如く、百鬼夜行を焼き祓う必殺の調べメロディを。

 激しい歌声が一気いっき火勢かせいを煽り、業火ごうか絢爛けんらんの舞が世界を炎一色に染め上げる。十重とえ二十重はたえの炎の渦に包囲され、信長が苦しみの声を上げる。


「ぐ……こ、こんな、『あいどる』の小娘如きが……!」


 サビ前の間隙かんげきを突き、結依は叫んだ。


「アイドルを、舐めるな!」


 偶像とは、神の力を現世うつしよに降ろす聖なる依代よりしろ。そして音楽とは、古来、うごめく闇を祓い清めてきた退魔の儀式!

 激しく燃え盛る女神の聖火が天をき、第六天の魔王を焼き尽くす。その罪さえも救い清めるかのように――。


 ――全てが終わったとき、そこには消炭一つ残らなかった。

 結依の手から光のマイクが零れ落ち、粒子となって消えてゆく。ふらり、と視界が揺らぎ、結依の身体は熱い地面に倒れ込んだ。

 噛み締めた唇から滲む血の味は、とても爽快な勝利の味とは言えなかった。

 悪の根源、織田信長は倒した。だが、その過程で失われたものはあまりに多い。自分は、何一つ大切なものを守ることはできなかった――。


「ミレイちゃん――」


 最後にその名を小さく呟いて、火群結依の意識は虚無へと落ちていった。




 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 以下、演習編です。



【演習1】

 この物語を「夢オチ」以外で綺麗に終わらせるにはどうするか、あなたの考えを自由にツイートしてください。


【演習2】

 本文に登場しなかった板野キャラを1名挙げ、この物語においてそのキャラにはどんな活躍が考えられるか、あなたの考えを自由にツイートしてください。

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