『トキを超える夢』(糸井ツバメ・PRテキスト)

トキを超える夢

Projectプロジェクト……TOKIトキ?」


 チームメイトのヒバリが携帯端末に送ってきた電網書籍ブックのタイトルに、ツバメははっと目を見張った。

 手元の画面に浮かび上がるのは、遥かいにしえの本の表紙。数人の女の子の絵に被さるようにして、天を行く朱鷺トキのシルエットと共に、鮮やかな真紅の英文字アルファベットが踊っている。


「そうそうそう! わたし達のプロジェクトと同じタイトルなの! わたし、これ絶対スワちゃんに見せなきゃって思って」


 新潟中核都市ディザイネイテッド・シティの中心部、地下シェルターの一角に仮設された芸能居住区ドミトリー食堂カフェテリア。いつものごとく、頭の両サイドに垂らした黒髪をぴょこぴょこと揺らし、ヒバリはせわしなく言葉を重ねてくる。


「いやー、懐かしいねー。スワちゃんとミズホくんと三人、新潟シティの再興に駆け回った日々!」

「うん。ひばりんの炎上騒動で台無しになりかけたやつね」

「ちょっ、それは言わない約束でしょー!」


 ゆさゆさとツバメの腕を掴んで揺すってくるヒバリを、はいはい、と軽くあしらっていると、周りの席のスズやハクイ達がくすくすと笑った。


「ひばりん、組閣そかくがあっても全然変わらないね」

「スワちゃん、休まるヒマないでしょ」


 いや、まったく、そのとおり。

 ツバメはうんうんと頷き、チームメイト達の言葉を全力で肯定した。


「キャプテンになったことより、ひばりんと離してもらえたことの方がスワちゃんにはご褒美だよね」


 周りの皆はそんな軽口を言って笑っているが、当のヒバリは気を悪くする様子もなく、ふんふんと鼻歌を交えながら上機嫌で喋り続けてくる。


「たとえチームが離れても、スワちゃんとわたしは魂の同志ソウルメイト! いつか、北陸ミリオンの『比翼の朱鷺デュアル・アイビス』としてその名を国じゅうに轟かせるのだっ」

「はいはい。がんばりましょー」


 カップの紅茶に口をつけ、一息ついてから、ツバメは端末に映し出されたを指差した。


「……それで、ひばりん、この本は何なの? 随分古そうに見えるけど」

「古いよー、メチャクチャ古いよ。聞いて驚けっ、なんと21世紀の逸品なのだ!」

「21世紀……」


 芸能史の授業で習ったことがある。21世紀といえば――ツバメ達、48millionフォーティーエイトミリオンの前身となるアイドル組織が初めてこの国に誕生した時代だ。


「読みたいでしょ? 読みたいよね、スワちゃんっ」


 ヒバリの口車に乗せられるのは何だか悔しい気もしたが、「プロジェクト・トキ」というタイトルが持つ強烈な引力には抗えず、ツバメは書籍ブックのページをめくっていた。



「『新潟にアイドルグループの支店を作りたい。人々の夢が重なるとき、青春の時計は廻り始めた』――」


 書籍ブックの最初のページに記されたそのフレーズを読み上げて、ツバメは一旦、ヒバリや他の仲間達の顔を見た。


「これ、新潟のアイドルのお話なの?」

「うん、そうそう! わたしもまだ途中までしか読んでないんだけど、凄いんだよ。大昔の人達が、新潟このまちにアイドルを作ろうとして頑張る姿が書かれてるのっ」

「……そっか、そうだよね。新潟には、昔からアイドルが居たんだ……」


 他でもないヒバリに聞かされたことがある。今より遥か昔――まだ国じゅうに48millionフォーティーエイトミリオンの支部がなく、全ての女子がアイドルになるわけではなかった時代。後の東京第一首都ファースト・キャピタル中京第二首都セカンド・キャピタルといったアイドル聖地と並んで、早くからアイドル誘致に手を上げた地方都市こそが、ここ新潟だったのだと。

 でも、どうして。

 どうして、大都会でもなかった当時の新潟に、アイドル組織の支部が置かれることになったのだろう。


「気になる? ほらほら、スワちゃん、ページめくってっ」

「むう」


 悔しいけど、確かに気になる。

 まだ電網端末インターフェースもネットワークも、「オータム」すらも無かった時代。特定芸能人アイドル基本法にも芸能居住区ドミトリーにも縛られることのなかった少女達が、どんな志を抱いてこの地に集まり、どんな思いで歌っていたのか。


Overtureオーバーチュア……日陽ひなたの始まり」


 ページをめくり、最初に浮かび上がったその文字をツバメは読み上げた。それは目次らしかった。白地に赤の揃いの衣装を纏った、五人の少女を現したイラストの上、序曲オーバーチュアという共通タイトルに続いて、人の名前らしきものが並んでいる。


 日陽の始まり。

 美南みなみの始まり。

 由佳ゆかの始まり。

 りかの始まり。

 萌香もえかの始まり。


 どれも古風な名前だった。イラストに描かれた若い女の子の姿と紐付けるのが難しいくらいの、歴史の本や古典文学でしか見かけることのないような古い響きの名前ばかりだ。

 それでも、ツバメは無性にワクワクする気持ちを抑えられなかった。いわゆる電網断絶データ・エクスティンクションよりも前の時代――動画や静止画の記録が断絶している古の時代を生きた少女達の人生が、この本の中にある。画面に並ぶ無機質な活字の向こうに、古のアイドル達の息遣いが宿っている。


 ――彼女達は会いに来てくれたのだ。遥かな時を越えて、わたし達のもとに。


 ヒバリやスズ、ハクイ達にも見えるように画面を向けて、ツバメはその中身を読み解き始めた。


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