第18話 前哨戦(1)

「勝負の前に、キミ達にボクの実力を見せてあげよう」


 ずらりと並んだノベルバトルの筐体の一つに腰掛け、速水はやみは気取った仕草で二人を手招きした。その筐体は席が二人掛けになっているタイプで、速水は松葉まつばに自分の隣に座るよう促していたが、松葉は困った顔をして「いえ……」と小さく首を横に振っていた。


「彼だけ立たせちゃうのは悪いから……わたしも立って見てます」


 さりげなく「彼」などと呼ばれ、雷斗ライトはまたしてもドキリとした。松葉の恋人という設定でここにいるのだから、いちいちそのくらいで動揺しないようにしなければ……と思いながらも、高鳴る心臓の鼓動は抑えられない。


「おや、そうかい。じゃあボクも立ってることにしよう」


 速水はひらりと椅子から降り、筐体の正面に立った。彼が携帯ミラホを筐体のコンソールにかざすと、プレイ料金が決済され、「NOVEL BATTLE」のロゴが画面に踊った。

 彼に招かれるがまま、雷斗は松葉と並んで画面を覗き込む。


「ホラ、見たまえ。この筆名『Whiteホワイト Horseホース』というのがボクさ」


 画面に表示させたランキングを指差し、速水は得意げに言った。


「この通り、全国ランキングの最新順位は3位。かつては1位を獲ったこともあるんだ」

「へー……」

「……凄いですね。わたし、1,000位にも入らないです……」


 松葉は恥ずかしそうに胸元で手をもじもじさせていた。全国にどのくらいのプレイヤーがいるのかは知らないが、確かに、速水が凄い腕前を持っていることは間違いなさそうだった。

 紫子ゆかりこも雷斗の肩越しに画面を覗き込み、「ふーん、ホワイトホースねー」なんて呟いている。


(何だっけ、大統領がいるとこだっけ)

《《それはホワイトハウスでしょ……。白馬の王子って言いたいんだと思う》》

(自分で自分のことを白馬の王子ぃ?)


 雷斗が思わず速水の顔を見ると、彼はフッと自信満々な笑みを見せてきた。


「ボクのランクを見て怖気づいたかい?」

「いや……」


 目の前のイケメンナルシストと、後ろの幽霊をチラチラと見比べ、雷斗は心の中で呟く。


(物書きって、やっぱりヘンなヤツばっかり……)

《《むっ、失敬な。わたしは普通の女子だぞっ》》

(自分のこと平成の紫式部とか言ってる時点でフツーじゃねーよ)

《《だってそれは周りが言ってたんだもん》》


 だからって、普通は恥ずかしくて自分では名乗れないと思うのだが、人並み外れた自信家でなければ物書きは務まらないのだろうか……。

 雷斗がそんなことを思っている内に、速水はサクサクと画面を操作して、オンラインモードの対戦準備に入っていた。


「肩慣らしを兼ねたデモンストレーションをご覧に入れよう。ライトくん、もしこの時点で戦意喪失したら、勝負を諦めて逃げてもいいからね」

「はぁ……」


 生返事に被せるように、松葉が「ううん」と横から割って入る。


「……ライトくんは逃げたりしません。わたしが保証します」


 何だかいつでも自信なさげな彼女の声が、その時ばかりは確固たる自信に満ちて聴こえた。


(そんなこと勝手にホショーされてもぉぉ)

《《大丈夫、わたし逃げないから》》

(そーだろーけどさぁ……)


 雷斗の胸中を知るよしもなく、速水はまたしてもフッと笑って、「見ていたまえ」と画面に向き直った。

 画面には大きく「指定ジャンル:SF」と表示されている。速水がその条件でオンラインの対戦相手を募ったらしい。顔も知らぬ誰かとの対戦が早くもマッチングされ、画面上には雷斗も見慣れた「2,500 letters」「20 minutes」の文字と、両プレイヤーのライフゲージが現れていた。

 銀色のカードが一枚、画面の中央でくるくると回転している。


『マイナーワードは「人工知能」!』


 カードの文字を読み上げる男の声のアナウンスが、超指向性パラメトリックスピーカーから響いた。


「あれ? お題、一つだけ?」


 雷斗が聞くと、松葉が横から「これはね」と教えてくれた。


「先に『SF』ってジャンルを指定してるから……あれがメジャーワード扱いなの」

「ふーん……」

「おや、ライトくんはノベルバトルは詳しくないのかい?」


 二人のやりとりをしっかり耳にしていたらしく、速水はくるりと振り返ってきた。画面ではもう対戦時間のカウントが始まり、対戦相手の文章が綴られ始めているが……。


「詳しくないっていうか……ほとんどやったことないんだけど」

「それは驚きだ。それで全国上位のボクに勝てるつもりなのかな」

「んー……まあ、小説書くのはそこそこ得意だと思うから」

「ははっ。今からボクが綴る一作を見た上でも、そう言えるかい」


 雷斗と松葉にニカリと笑いかけ、速水は画面を向いて仮想バーチャルキーボードのタイピングを始めた。ブレのない速度と、落ち着いた優雅さを両立させた、ムカつくくらい綺麗なブラインドタッチだった。



【人間の証明 Generation.13】



 何だか気取ったタイトルだなあと雷斗は感じた。続けて彼が書き連ねていったのは、その第一印象に違わぬ雰囲気の文章だった。

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