第13話 叙述トリック(2)

(はぁ!? ……はあぁぁ!?)


 声が漏れそうになるのを何とか抑えて、雷斗ライトは大画面に並んだレイナの文章の末尾を見直した。いくら国語の苦手な雷斗でも、結びの段落を見れば、アイドル型ロボットだと思っていた女の子のほうが実は人間で、ロボットを購入したオタクだと思っていた男のほうが実はロボットだったことは容易に理解できた。


(何コレ、どーいうこと!? アイドルのほうがロボットなんじゃなかったの!?)

《《完全にそう思って読んでたでしょ? レイナちゃんにしてやられちゃったね》》

(え、マジで意味わかんねー、何これ。どこで話が入れ替わったんだよ)

《《入れ替わってないよ。最初から男のほうがロボットだったの。これを叙述トリックとゆーのだ》》

(……?)


 雷斗がさっぱり分からず首をかしげていると、レイナがふふんと笑い、片手を腰に当てた姿勢で言ってきた。


「どう? わたくしの実力、あなたのおメガネに適ったかしら」

「……いや、オレ、眼鏡は掛けてねーし」

「ふざけないで。さあ、続きを書けないなら、わたくしの勝ちですわよ!」


 またしてもレイナは雷斗を指差してくる。よっぽどそのポーズが好きなんだなあと思いながら改めて画面を見ると、いつの間にかレイナ側のキャラクターはアイドル型の女の子ロボットからドルオタ型の男ロボットに置き換わっていた。

 ドルオタが手にしたサイリウムから光を放って攻撃してくるのを、こちらのナース型ロボットは懸命に包帯で防いでいたが、ライフはじわじわと削られていく一方。先に物語を完成させたレイナの「ストーリーポイント」は既にMAXに近い値を示しており、「ライティングポイント」「キャラクターポイント」の数値もこちらと激しく拮抗していた。

 この状況をまずいと思っているのかいないのか、紫子ゆかりこは楽しそうに叙述トリックというものの説明を続けてくる。


《《ホラ、地の文をよーく見たら、自分が男だとか、ロボットが女だとか書いてないでしょ? でも、普通は「アキバ系ヒューマノイド・アイドライザー」なんて言われたらアイドル型の女の子ロボットだと思いこんじゃうわけ。会話もそう見えるように誘導されてるし。やー、ホント上手いねー、レイナちゃん。令和の才媛とか言われてるだけのことはあるよ》》

(イヤ、もう、いいから早く続き書こーぜっ。オレ聞いても分かんないからさっ。早くしないとライフゼロになっちゃうじゃん)

《《うん、おっけーおっけー。じゃあ続きねー。次の日付は、2079年5月5日》》

(2079/5/5、っと……)


 ようやく紫子が続きを語り始めてくれたことにホッとして、雷斗はキーボードを叩いた。



【 彼女は、入院する以前には、この「こどもの日」の時期には

  よく各地のイベントを回って歌を披露していたそうだ。

  「歌で皆を楽しませるのが私の存在理由レゾンデートルだったからね」と彼女が言うので、

  「ならば、入院して歌を歌えない今の状況は、さぞお辛いでしょう」と返すと、

  彼女は私の発言に目を丸くして、

  「わかってくれるんだ?」と、一秒後にはくすくす笑いに転じた。

  私が彼女の感情に配慮した発言をするようになったことが、よほど意外であるらしい。

  だが、私も悪い気はしなかった。 】



 こちらの文章が増えたことで、画面内のナースロボットも反撃に転じた。包帯を撃ち出して攻撃し、相手のドルオタロボットと互角の戦いを繰り広げている。時間は残り10分……。

 レイナの勝ち誇った顔をちらりと見て、雷斗は一つのことに思い至った。


(え……? ひょっとしてさ、お前が書いてるコレも、実は入院してるほうがロボットなの?)

《《お? 気付いたね少年。まあ、お客さんみんな分かってるはずだけどね》》

(なんで!?)

《《だって、このバトル、最初から「叙述トリック」って言っちゃってるんだもん。レイナちゃんのトリックも、最初からみんな分かった上で、どうオチを付けるか見てたんだと思うよ》》

(そーなの!?)


 紫子に言われて観衆に目をやると、確かに彼らは、レイナの完成作品を見て、驚きの表情ではなく感心した表情を浮かべているようだった。ハラハラした顔で戦いを見守っている松葉まつばも、その例外ではなかった。


《《はい、いくよー、次は2078年12月10日。ここでいよいよ読者さんにネタをバラしちゃいます》》

(え……。でもさあ、コレって、後から分かってビックリっていうのがスゴイところなんだろ? 最初からバレちゃってたらダメなんじゃ?)

《《だから言ってるじゃん。わかった上で泣かせるヤツを書くって》》


 紫子は小振りな胸を張り、にこりと悪戯っぽい笑みを雷斗に向けてきた。


《《叙述トリックっていうのはねー、ただ使うだけじゃダメなんだよ。読者だって目は肥えてるんだから。仕込みがバレた時点で他に魅せるものがなくなっちゃうくらいなら、そんな作品はいっそ書かないほうがいーのだ》》


 誰かに語りたくてたまらないといった講釈を、とうとうと語り終え――


《《とゆーわけで、はい。お姉さんは、こんな感じにしてみました》》


 平成の紫式部は、物語のラストパートを口にした。

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