第13話 叙述トリック(1)

NOVELノベル BATTLEバトルModeモードHARDハード!』


 雷斗ライトが見上げる大画面に表示されるのは、両者のライフゲージと「2,500 letters」「30 minutes」の文字。そして、金銀の二枚ではなく、赤青黄の三枚のカードがくるくると回転している。


(お題が三つ……!?)

《《わー、楽しみ楽しみー。三題噺さんだいばなしは中学の頃によくやったよっ》》


 緊張感の欠片かけらもない声で紫子ゆかりこが言った。そのはしゃぎぶりと対照的に、雷斗と向き合って立つ春風はるかぜレイナの唇はきゅっと引き絞られ、その翡翠ひすいの瞳にはこちらを射竦いすくめるような戦意が宿っている。


『テクニカルオーダー、「叙述じょじゅつトリック」!』


 一枚目のカードがオープンされ、観衆がオオッとどよめいた。


(え? なに? 何トリックって読むの?)

《《じょじゅつトリックだよ》》


 混乱する雷斗をよそに、二枚目、三枚目のカードの内容が次々と表示される。


『キャラクターオーダー、「機械」! ストーリーオーダー、「歌」!』


(なんじゃそりゃあっ、もうワケわかんねーっ)


 頭を抱えてそう叫びたくなるが、混乱しているのは雷斗ただ一人だった。レイナは真剣な目で画面の表示を見上げ、自分で納得したように小さく頷いている。「このテーマなら行ける」と確信したのだろうか。

 ステージを囲む観衆の中、最前列に松葉まつばの姿があった。彼女は胸の前で祈るように手を組み、赤い眼鏡のレンズ越しに、まっすぐ雷斗を見つめていた。


試合規定レギュレーション2,500文字クォーター・ショート30サーティ分間ミニッツ! Let'sレッツ writeライトNOVELノベル BATTLEバトル!』


 アナウンスがバトルの開始を告げると同時に、レイナがぴしりと雷斗を指差してきた。


「あなた、叙述トリックが何かは当然ご存知でしょうね」

「し、知ってるよ。じょじゅ……じょじゅちゅトリックだろ?」


 そんな言葉は全く知らないが、せめてもの虚勢を張って雷斗は答えた。知らなくても知っている振りをしなければ、また後から「知らないと言ったくせに」なんてレイナに恨まれてしまう……。


「では、いざ尋常に勝負ですわ!」


 鋭い声で言い放ち、レイナはクリアブルーの仮想バーチャルキーボードを颯爽と打ち始めた。



【アキバ系ヒューマノイド アイドライザーMK-8】



 それがレイナの作品のタイトルだった。白く細い彼女の指が、すらすらと淀みなく文章を紡いでゆく。



【 通販で購入したアイドライザーが遂に届いた。一人暮らしの部屋を占領する梱包のダンボールを解くと、何重もの緩衝材クッションに包まれた生身の人間そっくりの機体が、眼前に姿を現した。 

  はやる気持ちを抑え、説明書マニュアルに従って電源コードを繋ぐ。バッテリーに蓄電が開始されるとともに、人工皮膚のまぶたがそっと見開かれた。


 「はじめまして、マスター」


  バイト代を切り詰め、大枚をはたいて買った――最新鋭の汎用人工知能(AGI)を搭載したアキバ系ヒューマノイドは、WEB広告の触れ込み通り、人間とほぼ変わらぬ仕草で控えめに笑いかけてきた。 】




(うおっ、すげー……。「機械」と「歌」ってお題にバッチリハマってそう)


 そのくらいのことはもう雷斗にも分かった。「アキバ系ヒューマノイド」なんて言うくらいだし、アイドルの格好をしたロボットが出てくる話なのだろう。

 先程のタンクトップの男性の「パーティ」の件を見たばかりなのも相まって、お題に正面から向き合って話を作ってくるレイナの凄さが、ここにきてよく分かる……。

 その軽快な滑り出しに応えて、レイナの文章からは早くも、赤紺チェックのアイドル風衣装を着たロボット少女のキャラが、ばしゅっと青緑色の火花を上げて画面内に現れていた。


(……頼むぜ、センセー。レイナを傷付けないよーにやってくれよ)

《《うん。それよりわたし、どーしてもひとつツッコミたいんだけどね》》

(え?)

《《叙述トリックってさー、最初からバラしちゃったら叙述トリックじゃないじゃん》》

(……?)


 雷斗が首をかしげたところで、言いたいことを言って満足したのか、紫子はふふっと笑って着物のそでをばさりと振った。


《《まあいっか。わかった上でそれでも泣かせるヤツを書きますかー》》

(でも、大丈夫なのか? なんたらトリックは知らねーけど、少なくとも「歌」ってテーマはアイツ得意そうだけど。アイドルだし)

《《んー? まあ、わたしも得意だから大丈夫だよ》》


 相手のロボット少女がぽんぽんと音符を撃ち出してこちらのライフゲージを削り始めるのを、のんびりと見上げて、紫子は「おっけー。纏まった」と呟いた。


《《いくよー。タイトルは、『とあるヒューマノイドの看護日誌』》》

(とある……ヒューマノイドの……かんごにっし)


 紫子に言われるがまま、雷斗はキーボードの上で指を動かす。


《《いいかね、少年。キミに叙述トリックとゆーものを教えてあげよー。最後の最後まで目を離すんじゃないぞー》》

(はぁ。オレが打つんだから目の離しようがないんだけど……)


 レイナの文章がどんどん増えていくのを横目に見ながら、雷斗は紫子の語る言葉をタイプしていく。最初は未来の日付からだった。



【2080/12/24


  記録最終日。


  わたしのかわりに生きてほしい、と、そう言い残して彼女は散った。

  ならば、私は生きよう。志半ばで世を去った彼女のぶんまで。

  彼女が私に感情を与え、人生を与えてくれたのだから。 】



(なにこれ。日記?)

《《そー、看護日誌って言ったでしょ。この日付をねー、ふふん、なんと時系列と逆にさかのぼっていくのだっ》》

(ジケーレツって何だよ)

《《……。まあいいや、続き行くよー》》



【 今日はクリスマスイブ。人間達が家族や恋人と幸せを分かち合う日。

  美しい雪を愛した彼女のためにも、今日を私の新たな誕生日としよう。


  彼女の愛した歌を私も歌い、彼女の愛した世界を私も愛そう。

  彼女の供養と、私自身のために。 】



 そこまで打って一息付いたところで、こちらの文章からも光を散らしてキャラが現れた。ナース服を着た女性ロボットのキャラだった。



(あ、これ、ロボットの話だったんだ)

《《んー、ナルホド、ゲームのAIがなかなかせっかちだなあ。それでいいんだけどね。タイトルと本文からバッチリ絵を想像してくれてる。狙い通り》》

(……?)


 紫子は一人でうんうんと頷いていたが、雷斗には何が何だか分からない。

 そうこうしている内にも、レイナの文章は登場人物のセリフを交えてどんどん伸びていた。相手のアイドルが次々ぶつけてくる音符の攻撃を、こちらのナースは包帯を撃ち出して迎撃している。



【「会いたくって、会いたくって、会いたくって、NO! きーみーにー」

 「お前、歌もダンスも全然上手くなんねーなあ。それでアイドルって冗談キツイだろ」

 「だ、だからっ、こうして練習してるじゃないですか!」

 「ダメダメ。そんなんじゃ劇場に立ってもアンチのブーイングまみれだぜ」


  アイドライザーを購入してから、はや二週間。

  毎日欠かさず練習レッスンをしているのに、肝心の歌やダンスは、いつまで経っても上手くならない。


 「お前、やる気あんの?」

 「あ、ありますよ! わたし、アイドルに懸けてるんですからっ!」

 「ねえ……。まあいいや、ハイ次、『ヘビーサーキュレーション』やってみな」

 「は、はいっ。ふふっ、この曲はちょっと自信あるんですよ? 昨日、チューブで振り付け動画をガン見しましたからねっ!」

 「お前、御託ごたくだけは毎回立派だけどさぁ……」 】



 レイナがそこまでのセリフを打ち終えるのを、紫子はふんふんと眺めていたが、ややあって「ヤバイねー、レイナちゃん」と静かに声を漏らした。


(ヤバイって、何が)

《《昨日はライトを甘く見て油断してたっていうの、あながち強がりじゃないよ。ふーん、スゴイなあ、中学生でここまでちゃんと書けるなんて》》

(? わかんねーけど、普通にセリフが書いてあるだけじゃん?)


 雷斗には、いよいよもって紫子の言葉の意味が分からなかった。

 何も書けない自分が偉そうに言えた立場ではないが、少なくともここまでのレイナの文章を見た限り、ただアイドルオタクの男性とアイドルロボットが会話しているようにしか見えないが……。それほど褒められるような文章なのだろうか。


《《最後まで読んだらライトにも分かると思うよ。さーて、わたしも気合い入れてやるかー》》

(……?)


 雷斗の脳内を埋め尽くすクエスチョンマークが氷解するのは、バトルが進み、レイナの作品が先に完成してからだった。

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