第12話 対決再び

「何だあの話……こぇー……」

「ゾクッとしたよね」

「あれ、ぴったり2,500字? ヤバくね、アイツ」

「まだ時間もこんなに残ってんのに」


 観客達の口々に語る声が雷斗ライトの耳を叩く。画面では対戦相手のライフゲージがゼロを示し、こちらの勇者のキャラの上に被さる形で「WINNER」の文字が輝かしく踊っている。

 20分間の試合時間はまだ5分も残っていた。ステージに上がっている四組の内、決着が付いているのは雷斗達だけだ。


「そんな……。俺が、こんなガキに……」


 タンクトップの男性は、キーボードの前で腕を構えたまま、わなわなと肩を震わせていた。画面を見上げて大きく見開かれた目は、自分が敗れることなど信じられないと語っていた。

 男性の側の「ライティングポイント」のゲージはかなり伸びていたが、「キャラクターポイント」はまずまず、そして「ストーリーポイント」は完結まで行ってもほとんど伸びていないままだった。雷斗からすれば、男性の作品も十分怖いホラーになっていたと思うのだが、ゲームのシステム上は高く評価されなかったらしい。


《《うーん、この人の場合はお題の拾い方がイマイチだったかなー》》


 雷斗の疑問を解き明かすように、紫子ゆかりこが横からさらっと言った。


《《文章は上手なんだけど、「パーティ」の回収が冒頭の一言だけじゃねー。少なくともレイナちゃんは、もっとちゃんとお題を活かそうとしてたよ》》

「ふーん……」


 ステージ上では他の三組の対戦がクライマックスに差し掛かっていたが、観衆はほとんどそれには目もくれず、ざわざわと騒ぎながら雷斗を指差したり、携帯ミラホを向けてきたりしていた。

 やべっ、とパーカーのフードを引きつつ、雷斗は相手の男性に声をかける。


「アンタ、文章は上手だけどお題の拾い方がイマイチだってさ。あのレイナって子は、もっとちゃんとお題を使ってた、って」

「……何だよそれ。誰が言ってんだよ」

「作家のオバケみたいなのが」

「はぁ?」


 男性は怪訝そうな顔で雷斗を見下ろし、チッ、と大きく舌打ちをした。


「おいガキ、お前もあのアイドルくずれ女の受賞作は見ただろ。アイドルネタの話題性で書籍化させてもらっただけの、中身スカスカの駄作だぜ」

「いや、知らねーけど……」

「ああいうのを出来レースってんだよ。ネームバリューで実力以上の評価を受けてるだけ。昔あった、何たらいう俳優の『AGEHACHOUアゲハチョウ』と同じじゃねーか」

「……そんなのオレに言われてもなー」


 男性の言うアゲハチョウというのが何なのかは知らないが、いつまでもグチグチとレイナの悪口を並べ立てる彼に嫌気が差して、雷斗は思うまま言った。


「わかんねーけど、アンタ、自分が上手くいかないのをレイナのせいにしてるだけじゃねーの?」

「何だと!?」

「だからさ、そんなに気に入らねーなら本人に相手してもらったらいーじゃん。昨日みたいな機会がまたどこかであるんだろーし」

「ぐぬ……。そ、そうさ、直接やる機会さえあれば、あんなヤツ――」


 男性が言い返してきた、まさにその時、観衆の一部からざわっと騒ぐ声。


春風はるかぜレイナだ!」

「レイナちゃんだって!?」

「なんでここに!?」


 人々の声につられて、雷斗が振り向いた先には――


「見つけましたわよ!」


 マネージャーらしき女性が止めようとするのも聞かず、ずいずいと人混みをかき分けてステージに近付いてくる、あの春風レイナの姿があった。


「うわっ、本人!?」


 雷斗が仰天して声を上げた後ろで、ひっそりと残り三組の試合が終わりを告げていたが、最早誰もそれに興味を示す者はいなかった。

 人々が驚きながら道を開ける中、リボンやフリルにひらひらと飾られたワンピースのすそひるがえし、レイナはつかつかとステージの前まで歩み寄ってくる。ツインテールをばさりと揺らし、彼女はびしっと雷斗を指差してきた。

 透き通った翡翠ひすいの瞳が、彼をまっすぐ見据えてくる。


「ここで会ったが百年目ですわ、花里はなざと松葉まつば!」


 ぴりりと声を張り詰めさせたレイナの横で、その名前の主が、びくりと眼鏡の奥で怯えた目をした。

 一秒ほど経って自分のことを言っているのだと気付き、雷斗は自分を指差す。


「あ……オレのこと?」

「他に誰がいますの!?」

「あー……。そうだ、ちょうどよかった、オレもアンタに会いたかったんだ。ちょっと戦ってあげてよ、このヒトと」


 雷斗がタンクトップの男性を片手で指すと、男性とレイナは揃って「はぁ?」と声を上げた。


「そ、そうだ、俺と戦いやがれ、春風レイナ。俺の筆力にかかればお前なんて――」

「悪いけどそんなヒマありませんわ。わたしはあなたを倒しに来たのよ、花里松葉!」


 男性を軽く無視してレイナがまた雷斗を睨む。その横で本物の松葉がびくっと身体を震わせる。


「ちょっと、レイナ、皆さんに迷惑でしょっ!」


 ようやくマネージャーが後ろからレイナを止めに入った。それに助けられたとばかりに、大会のスタッフが横から遠慮がちな声で割って入ってくる。


「あのー、春風レイナさん……? 今、大会中でして……」

「……。なら、この大会が終わったらわたくしと勝負なさい、花里松葉。逃げるなんて許しませんわよ」


 レイナの言葉に、三たび松葉が縮み上がる。見ていられなくなって、雷斗は思わず口にしていた。


「それ、オレの名前じゃねーんだけど……」

「はぁ!?」


 レイナと揃って、大会スタッフもライトの顔を見返してきた。


《《ちょっとライト、それ言っちゃったらダメでしょっ。大会失格になっちゃうよっ》》


 紫子が横からスカスカと雷斗の肩を叩くような仕草をしてくる。あ、そうか、と雷斗が気付いたとき、松葉がおずおずと小さく手を上げて言った。


「あの……。花里松葉はわたしの名前で……。わたしがその子にお願いしたんです、この名前で代わりに出て、って……」

「え!? じゃあ、キミ、花里さんじゃないの?」


 スタッフに問われ、雷斗は「はぁ」と頷いた。


「えっ、エントリーしてた花里さんはアナタ?」

「……はい」

「で、こちらの彼がアナタのかわりにプレイしてたの?」

「……はい」

「えぇぇ、困りますよ、そういうのは……」


 スタッフが困った顔で頭を抱える。周りの観客や他の選手もポカンとしている中、もういいか、と思って雷斗は切り出した。


「そーゆーことなんで……ゴメンナサイ、棄権します」

「ええっ。それはそれで困ります!」

「いいじゃん、代わりにこのお兄さん準決勝に出してあげてよ。面倒かけてスイマセンっ」


 タンクトップの男性とスタッフが揃って目を丸くするのをよそに、雷斗は足早にステージを降りた。案の定、紫子はやだやだと言いながら追いかけてきたが、雷斗としては、これ以上ややこしいことになるのはカンベンしてほしいという思いが何より強かった。


《《ライトのばーか、ばーかばーか。余計なこと言わなかったら決勝まで遊べたのにっ》》

(やだよ。もー面倒なのはコリゴリ)


 ステージから降りた雷斗の前に、先回りしてきたレイナがざっと細い足で仁王立ちする。


「お返事を聞いてませんわ。あなた、わたくしと勝負なさい」

「えー……。つい昨日やったばかりじゃん」

「あれは……! あれは、あなたが初心者ぶるから油断したのですわ」


 少しばかりほおを赤くし、レイナはキッと雷斗に鋭い目を向けてきた。

 観衆達はレイナに遠慮しているのか、遠巻きに二人の様子を伺っているだけだった。松葉もその最前に立ち、心配そうな目で雷斗を見ている。


《《わたしはいいよー! 昨日の今日でまたレイナちゃんとやれるなんて嬉しいっ》》

(そりゃお前はそーだろーけど! オレは目立ちたくねーんだよっ)

《《いいじゃんー、目立ちすぎないようにするからぁー》》


 紫子の手が何度もスカスカと雷斗の肩や頭を通り抜けてくる。あーもう、と彼女を払いのけるように手を振ると、レイナが「何?」と変なものを見るような目で見てきた。


「わかった、わかったよ。一回だけな」


 レイナと紫子の双方に言い、雷斗はやれやれと肩を落とした。

 レイナはようやく得心した顔になって、後ろに控えるマネージャーに何やら耳打ちしている。マネージャーがぱたぱたとスタッフに駆け寄っていくのを目で追うと、ステージ上では既に準決勝の試合が始まっていた。二組四人のプレイヤーの中には、ちゃっかりあのタンクトップの男性が雷斗の代わりに入っていた。


「あなた、本当の名前は?」


 ステージの様子になどまるで興味はないといった様子で、レイナが雷斗の横に並んで尋ねてくる。雷斗は周囲の人達に聞こえないように声を抑えた。


あらた雷斗ライト。でも言いふらさないでくれよ。ネットで目立ちたくねーからさ」

「……それが分かりませんわ。あなたほどの力を持ちながら、なぜ自分の名前で大会に出ませんの」

「なぜって言われても……」

「霊能中学生ライト、だったかしら。本名でチューバーなんてやっておいて、目立ちたくないなんて言い訳通りませんわ」


 レイナが当たり前のように言ってきたので、雷斗はぎょっとして彼女の顔を見た。


「アンタ、なんでオレのことそんな調べてんだよ。ストーカーかよ」

「わたくしが調べたんじゃありませんわ、ネットに出てたのよ。同じ中学生がわたくしを負かすなんて、前代未聞のことだもの」

「……」


 そういえば、ネットで噂になっているのを見たと松葉も言っていたな……と雷斗は思い出し、あの眼鏡女子の姿を目で追った。観衆の中からこちらの様子を見守っていた彼女は、雷斗と目が合うと、心配なのか激励なのかよくわからない、苦笑いのような笑みを控えめに送ってきた。


「……いーんだよ。オレにとって、このノベルバトルってのはお忍びの息抜きなの」


 雷斗が言うと、レイナはぱちりと目をしばたかせた。


「あなた、本当の作家になる気はないの?」

「何だよ、本当の作家って」

「紙の本を出版して、プロの仲間入りをすることですわ」


 今度は雷斗が目をぱちくりさせる番だった。まるで考えてもいなかったことを聞かれ、雷斗は思わず小さく吹き出してしまった。


「な、何がおかしいのっ」

「いやいやいや、ありえねーって。オレが作家!? 国語の成績2だぜ、オレ。小説なんか読んだこともねーし」

「……わたくしをからかっていますの?」


《《ライト、ちょっと。余計なこと言わない方がいいよっ》》


 紫子が雷斗の顔の前で手を振ってくる。その透けた手の向こうで、レイナが真白い拳を握って雷斗を睨みつけている。


「……え、アンタは何、それになるの?」

「ずっと、それだけに人生を懸けてきましたわ。やっとその入口に立ったのよ」


 一言一言を噛み締めるような彼女の言葉に、雷斗はどきりとした。自分と同じ十五歳かそこらの子の口から、「人生を懸けてきた」なんて言葉が出ること自体、雷斗には想定外のことだった。


「小学校に上がる前から、毎日欠かさず文章を書いてきましたわ。アイドル活動をやってるのも、手っ取り早く世間にわたくしの存在を認知させるため……。邪道と笑う者は笑えばいいですわ。お父様の名に恥じない作家に、わたくしはならなきゃいけないのよ」

「……」


 怖いほど真剣なレイナの目に、雷斗は思わずごくりと息を呑んでいた。


(コイツ……ホントにガチのヤツなんだ)


 彼女の話に大げさなところがあるとは思えなかった。大物のお父様とやらの下に生まれ、彼女は本当に幼い頃から努力を重ねてきたのだろう。きっと遊びも息抜きもせず、来る日も来る日も。雷斗がヘラヘラとバカをやっている間も、ずっと……。


「なんか……マジで悪いことしたな」


 雷斗は呟いた。そんな彼女の背景を知りもせず、その場のノリで紫子に戦わせて彼女を負かしてしまったことが、ひどく残酷な仕打ちであったように思えた。


「? 悪いこと?」

「うん……。オレ、アンタに勝っちゃって悪かったよ。次は負けるようにするから――」

《《ちょっとライト! 火に油!!》》


 紫子が叫んだ時には、レイナがカッと目を見開き、雷斗のパーカーの首元に掴み掛かってきていた。


「うおっ!?」

「あなた、どこまでわたくしを愚弄すれば……ッ!」

「えっ、オレ、そんなっ」

《《あーもー、ライトのバカバカバカ、バーカ!》》


 観衆のざわめきが雷斗達を取り囲んでいる。とにかく自分がマズイことを言ったのだけは分かったが、どうすれば――と雷斗がパニックになりかけたところで、助け舟のように、準決勝の試合終了のアナウンスが場内に響いた。


「えー、ここで、急遽サプライズとしてエキシビジョンマッチを……。あの、レイナさん、行けます?」


 スタッフが困り顔でこちらを見てきた。レイナはやっと雷斗の首元を掴んでいた手を放し、ツンとステージに向かってきびすを返した。


「勝負ですわ、あらた雷斗。手加減なんてしたらタダじゃおきませんわよ」

「えー……。エキシ、何……?」


 やむなくレイナの背中を追って雷斗はステージへと向かう。壇上では、スタッフが「アイドル作家春風レイナちゃんのサプライズ・エキシビジョンマッチです!」などとマイクに向かって告げていた。どうやら、先程レイナのマネージャーがスタッフに何やら言っていたのはコレのことだったらしい。

 観客達がオオッと盛大に騒ぎ始める。ミラホをステージに向けてくる人も大勢いた。カンベンしてよと思いながら、雷斗はスタッフに促されるがまま位置についた。


「レイナさん、試合規定レギュレーション2,500文字クォーター・ショートで大丈夫ですか?」

「何でも構いませんわ。ただし、モード・ハードでお願いします」


 何やら恐ろしいことをさらっと答えて、レイナはギラギラした視線で雷斗を睨んでくる。


(うおっ、怖っ……)


 たった二日の間に何回睨まれるんだよ、と小さく息を吐いて、雷斗は紫子に呼びかけた。


(なあ、思いっきり手加減してサクッと負けてやってよ。なんかコイツ、可哀想じゃん)

《《そんなことしても、この子は気付いちゃうよ。そしたら余計恨まれるのはライトだと思うけどー》》

(そーいうもの? じゃあどーすんの?)


 紫子は「ふむ」と軽く腕を組み、レイナの燃える瞳を見ているようだった。


《《どーしよっかなぁ。やるからには、わたしも楽しみたいしなー……》》


 いやにマイペースな紫子の声。それに被さるように、エキシビジョンマッチの開始アナウンスが響いた。

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