第329話  帝国のプライド



北の海商王:ルーベンス・セシリ。


どれほどの財を世の宗教国の回復魔法につぎ込んだか分からない。痘瘡とうそうのせいでどれほど人生に損をしたか分からない。ルーベンスにしか分からない苦しみがあるのだ。病気から生還したルーベンスを待っていた両親の嘆きに生き残った子はどうすればよいのだ。


※ルーベンスを見る度に失った子を想って親は嘆き悲しんだのだ。ルーベンスの容姿を嘆いたのではない。


夢では何度治ったか分からない、起きるとついえる歓喜。なぜ生き残って心が張り裂ける差別を受けなければならないのか。生きて何を為そうともついて回る容姿とこの苦痛。最近では何人が死に顔を見てくれるだろうと心配する。死んだ後も痘瘡とうそうのあばた面で覚えられる北の海商王。宗教国をさげすんでいた。神の万能を宗教家に求めて裏切られていた。


そもそもルーベンスの兄妹が死んだのも親が呼んだ治癒士や司祭の浄化にも出力があり街の治癒士では病状を軽減させるのがやっとでウイルスを死滅させられないのだ。天然痘は皮膚だけではなく内臓にも膿疱が出来る。どの様な病気でも大陸での犠牲者の歴史によって致死率は変わる。地球のアメリカ先住民では天然痘という全くの未知の病気が西欧から持ち込まれたため一切の耐性が先住民には無く、感染した90%以上が死亡した。


・・・・


ルーベンスはアルの齢を聞き失望した。


今回ハーヴェス帝国とルーベンス商会の問題を仲介に出て来たのが神教国と言う宗教国だった。お出ましになったと笑えた。のど越しの良い麗句れいくを並び立て、我が教団の労力を、我が教の法力を、神のお言葉を、と近付くペテン師。挙句あげくの果ては神託と抜かす神の名を騙る詐欺師たち。


今日来たのは神教国タナウスの皇太子殿下だった。さすがハーヴェス帝国、司教や大司教では無く皇太子を連れて来たとニコライに聞いて笑えた。会って見たら年端も行かぬ子供を寄こされた事で失望し怒りさえ湧いた。


いつもの通り最初は持ち上げ、こき下ろし、それでも布施欲しさにすがりつくあさましさを見て笑おうと思った。あおった、バカにした。宗教国の子供を泣かせてやろうと思った。こんな子供を立てて来たハーヴェス帝国に思い知らせようと思った。主導権はこちらにあるのだから・・・仄暗ほのぐらい考えを視られていると知らずにそう思った。


アルは視ていた、宗教国に対する恨みや侮蔑ぶべつで会談どころでは無いことを。言葉に乗ってやった、今まで経験した事のない宗教国の対応をワザワザした。逆にあおった、バカにした。爺ぃが怒ったらとシレっと言うつもりだった。私はあなたの鏡だ、自分の顔を良く見るが良いと〆ようと思っていた。


そう思っていたが誤算があった。


誤算は終わらぬ嫌味の応酬にアルが面倒臭くなった事だ。大元を治せば終わりじゃねーかと短気を起こした。相手が怒る前にアルがこうなっている原因に怒ってしまった。まだアルの中身は25歳の子供だ、言い合ってるうちに、あぁバカバカしい!と短気にもなる。


ただし、相手を視ている。


顔色をうかがうヘナヘナした司祭みたいな真似はしない。相手はこんな一触即発の会談の場で平気で嫌味が言える大きな海の男だ。そんなのが帝国相手に刺し違える覚悟なのだ、根性見せねば話しにならない。アルは人を食う、人を呑み込む怖さを身にまとわせた。カーテンにズイッと無防備で入る豪胆さで驚かせ、あおった相手から目を離さぬ根性を見せ、ののしった相手に笑顔で差し出す握手。アルが主導権を握ったまま子供が老獪ろうかいな海商王を電車道で押し出した。


視線を会わせてお互いに目の奥で会話した。勝負は付いた。押し出されて俵を割ったにも関わらずルーベンスが認めなかった。心で負けた事を認めていながら、意地でも負けを認めずアルをさげすんで来たのでぶちキレた。


それは帝国と刺し違えようとする男の、滅びようが絶対に負けを認めないというルーベンスの矜持きょうじだったかも知れない。


・・・・


昼の用意が出来ましたとメイドさんに案内された。


それは客間に用意された豪華な食事だった。気にする風も見せずにバリバリ、ムシャムシャ食った。あの言語に絶する外道な態度を皆に見せちゃって、今更良い子ぶれずに後に引けないアルだった。


「御子様、肝が冷えましたぞ!(笑)」

「私も驚いて動けませんでしたよ(笑)」


席に座ると開口一番。バスティーさんとファゾさんが軽い口調で言って来た。嫌味の応酬でぶちキレて皇太子が人間らしい短所を見せたから距離が縮まったみたい。とっても軽口に聞こえた。


少し気が楽になり、アルから肩書で紡ぐ言葉が消えた。


「あれね、宗教国を信じてない典型ね(笑)」

随所ずいしょにトゲがありましたな」

「嫌味ばかりでしたよ(笑)」

「互いに引かぬ応酬でしたな(笑)」とファゾ副官。


「私が仲介を盾に布施ふせ強請ねだりに来たと思ってました」


「あはは」

「布施は感謝の心が無いと意味ないのに」

「え?」

「高みに立ってほれやるぞ!では意味ないです」

「そうなのですか?」


「乞食を見て、今の自分をかえりみる。恵まれてる己に感謝する。そしてその感謝の気持ちを相手に渡すのです。麦がゆ一杯の感謝で良いのです。バスティーさんを見て困っている姿に、そこまでの困りごとが無い私が神に感謝して、その気持をバスティーさんに渡すのと同じではないですか?高みからほれやるぞと麦がゆをやるのは野良犬に対する態度ですよ。学のある人の態度ではありません」


「ありがとうございます」


「バスティーさん、こないだ陛下と宰相とあなたに言った言葉の延長ですよ。バスティーさんは部下を家族と見る、子供として立派に育てる。陛下は国民を愛して家族として食わせていく。悪さをした子には身を持って罰を与える。どんどんその意識が広がると乞食だって同じ土地に住む家族です。ましてや私とバスティーさんはこの時こうやって話をしている。家族じゃ無くても友達を助けるのに高みからバカにしながら助ける人はいませんよ」


「心がける様に致します」


「紛争の仲立ちに来た宗教国の皇太子にアレですよ。どれほど宗教に対してねじ曲がっているかお分かりですか?」


「なんとなく・・・」

「言われてみれば恨みが籠ってましたな」


「まぁ、迷った子供をしつけるのは親の役目ですね、それは仕方ありません、それも神の試練かも知れないです」


「・・・」


「年齢は関係ないです。正せる者がしつけるんです」


「メイドさん、教えてあげて下さいね(笑)」


メイドさんがお辞儀する。言える訳ない。


「まぁ詐欺師にだまされ続けたらああなりますって」


「え?」


「神の法術をうたう所は詐欺師ですね(笑)」


「そうなのです?」


「己を磨け、親を大切にしろ、先祖に感謝しろって言う所は神をかたらない本物だと思いますよ。神に祈れと言う宗教国は嘘ですね」


「それでは、全ての教団では無いですか(笑)」

「うちは神に願いませんから祈れと言わない」


「神に祈らないのですか?」

「神に感謝は捧げます」

「はぁ・・・」


「あ!はた目には祈ってる様に見えますね、神に願うのは間違いです。感謝するのが正解です(笑)」


「これ教義です。持って無いですよね?」


「あぁ、はい」ファゾさんが受け取った。

「それ銀貨三枚ね(笑)」


「(笑)」


「ハーヴェス皇帝陛下も銀貨3枚で買った品です」

「・・・」

「読めば本当の宗教国が分かりますよ」

「・・・」


「本当ですよ。疑ってます?(笑)」

「疑って無いですが・・・」


「陛下が教義を胸に押しいだき銀貨3枚・・・まぁ、それは言い過ぎですがお金くれましたよ」


「御子様が請求されてましたな(笑)」

「陛下に!?」


「そりゃ立派な薄い本なので請求しないと!」


「まぁ、あの海商王も生まれ変わったでしょう(笑)」


「生まれ変わりますかね?」

「本物を見て逃がすならそれも人生です」


「・・・」


「え!逃して悔やむのも人生ですよ(笑)」

「はぁ。私はそんな人生ばっかりですな(笑)」

「それは神に感謝しないと!」


「え!」


「そうやって人は磨かれます。だからあなたがここで食事をしています。あなたという人間がそうやって悔やんだ反省で磨かれたんです。昔と今とどうですか?ガツガツしてないでしょ?丸くなって無いですか?部下に優しくなってませんか?そういう事です、尖った石も失敗してコロコロ転がった分、角が取れて丸くなるんですよ、そんな人生と言いながら笑えるバスティーさんになってる事を神に感謝して下さい」


「ありがとうございます」


「宗教国はこうやって人の心を掴んでお布施をむしりますから注意しないとダメですよ(笑)」


ALL「(笑)」


「良い話をしていたら一歩近付いて、布施の話が出たら二歩下がれば大丈夫です。気を付けて下さいね?奴らは口が達者ですから」


「ホラ!メイドさんも笑ってますよ!私たちは高貴なんですから食事中は高貴な話題じゃ無いと笑われますよ」


「御子様!(笑)」


「私たちは、高貴な者ですからね。良い話を聞いたら麦がゆが食べられるぐらいの布施はやらねばなりませんよ。それが高貴な者の務めです」


「麦がゆですか?露店の平民が食べる・・・」


「そうですよ。ファゾさんは良い話を聞いたので銀貨三枚と麦がゆ代の銅貨2枚をお布施に下さいよ」


ALL「(笑)」


「布施の話が出た時に二歩下がらないからそうなります、銅貨二枚私に取られて反省して下さい」


ALL「(笑)」


「高貴なお話は笑えますねぇ(笑)」



・・・・



食事が終わると会議室に案内された。


シレっとした能面の様な顔になってリセットする。ハーヴェス全権大使も俺の顔を見て現状の問題に切り替えた。


会議室に入ると会長のルーベンス以下、商会の重鎮たちだろうか、机の前で最敬礼で迎えられた。90°とは言わないが85°ぐらいの最敬礼だ(笑)


執事が席を引いてくれる。


「皆様、床を見てないで座ったらいかがです?」


最敬礼のまま着席しないルーベンス商会の皆に席を勧める。


「皇太子さま、先程は・・・」


「よい!鉛を金とだまされ続ければ金を見たら鉛と思うのは仕方ない。今までだまされた分、反省し頭を使い磨かれたと言う事だ。ルーベンス、お主は損をしただまされたと思ってるかも知れんが、だまされていかり反省した分、用心深くなり今の自分になったと思わぬか?今回の紛争もそうだ。違うか?」


「それは・・・そうかもしれませぬ」


「生まれ変わったら、そこのニコライの様に裏表なく素直に人の言葉を聞いても良いと思うぞ。大商人なら5分話せば見抜けると思うぞ。以後は相手の目を見て話せば良い」


「さて!」


「神託を降ろす!皆、神妙に聞け!」

「は!」ハーヴェス側だけ気合入ってる。


「ルーベンス商会は何も悪い事はしておらぬ、今の現状も不問とする。なにやらハーヴェスの側にも欲深い者がいるようだ。ハーヴェスは不埒ふらちな考えがあった事をこの場で謝罪せよ」


「え!」


「ハーヴェス帝国全権大使、海軍政務武官バスティー・モンツ。己の知ることを吐き出し、この者達に謝罪せよ!」


「・・・」

「神託をないがしろにするか?」


バスティーはしばらくうつむき、顔を上げるとファゾを見た。ファゾは心配げにバスティーを見る。そして意を決したように立ち上がり口を開いた。


「し・・・失礼致します・・・今回のハーヴェス帝国による海賊討伐により国主、国主側近。領主、領主側近。海賊行為に手を染めた商人。海賊の寄港地から鹵獲物を運搬する商人を捕えました。


海賊行為の因果関係を調べたところモン王国では全ての者達の口から海賊行為の鹵獲品ろかくひんはルーベンス商会に売り渡し、商会は一手に売りさばく海賊の手先との証言を得ております」


「ま、待ってくれ!それは・・・」

「黙れ!謝罪の最中である」

「・・・」


「正直に言え、言わぬと本国の皇帝に謝罪させるぞ」


「は!」


「私共が帝国作戦本部の政務官から預かったモン王家、各領主の海賊行為の補償契約書の中に付帯事項がございました・・・」


「先を述べよ」


「王家並びに領主は兵を挙げルーベンス商会をモン国が接取しハーヴェス帝国への補償の一部とする・・・御子様。申し訳ございません!御子様にも申さずこの通りでございます」


俺のひざ元で二人が平伏した。


「よく申した。バスティー・モンツ。お主も武官だ、国の命令書では逆らえまい、許そう。艦隊の全権大使と言えど命令書が間違っているとこの場で断じ、皇帝に成り代わり謝る事はさすがに重かろう。国で問題となれば首が飛ぶ。この事は皇帝にキツク言っておく。以後は口外無用とせよ」


「は!ありがとうございます」

「よい!平伏を止め座るがよい」


「よく分かった。そういう事らしいな、神の声が聞こえぬは間違いないと言う事だ。さて、ハーヴェスではその様な罪状だそうだが、不思議と商会の罪が神託に降りてはこぬ。それは即ちその罪状は虚偽である。全ての世をつぶさに見ておる神が何も言わずばそれは罪に有らず、よって嫌疑は晴れた」


「この場におらぬハーヴェス皇帝に成り代わり神教国皇太子、アルベルト・ド・カミヤ・メラ・タナウスが謝罪しよう。ルーベンス商会の皆の者よ、心配を掛けた。済まなかった」


アルは立ち上がって、頭を下げた。慌ててハーベスの二人も立ち上がり頭を下げた。


「以後、この様な事が無きようハーヴェス皇帝に厳重に言っておく。ルーベンス商会に嫌疑は無い。以上!神託は降りたぞ」


ニコライが立っているアルにおずおずと聞く。


「皇太子殿下、お取り調べは無いのですか?」

「神託に間違いなど無い、間違いは人間が犯すものだ」


「ありがとうございます」

「なぁ、ルーベンスよ?(笑)」

「ははぁ」こうべを下げる。


話は終わったので皇太子の皮を脱いだ。


「さぁ、バスティーさん、ファゾさん、コアさん、終わったから帰るよ。バスティーさんは付帯事項の所を無くしてから海賊行為の補償契約を実行してね。やっと下らない問題から解放されて実務ですよ、良かったですね。それでは参りましょう!(笑)」



「それでは失礼します。当地の昼食をありがとうございました。とてもおいしかったです!」メイドさん執事さんにチラと視線を向ける。


ルーベンス商会の皆を見ながら最後にルーベンスと涼しげに眼を合わせた。ルーベンスは74歳とは思えぬ風貌になっていた。血色も良く髪も黒々、まだ50歳位に見える(笑)


ルーベンス商会の皆も立ち上がりお辞儀を返す。お辞儀が終わるのを見計らって皆をシャドが巻く。ニコニコとした子供は手を振りながら瞬時に消えた。


会談はハーヴェス側が勝手に喋って、勝手に謝罪して何も無く終わった。商会長は治療のお礼を言う間が無かった。


・・・・


艦隊旗艦の甲板上。


「御子様、この度はありがとうございました」

「いいですよ、陛下にキツク言ってくれるんでしょ?」


一同ポカーン。


「僕が言うとは言って無いです、誰が言うんです?」

「・・・」


「冗談ですよ!そんなこと言わなくて良いです」


ホッとしている。


「バスティーさんは権限の範囲で怒ればいいです。天下のハーヴェス帝国が乞食の様な浅ましい事をしようとした。調べたら分かると言う使者の言葉に従えば、ルーベンス商会の嫌疑が晴れ、本国の指示を実行出来ない事を恐れたあなたもファゾさんもダメですよ。しかし嫌疑を調べて本国の思惑おもわくつぶす事も出来ないと思うのも仕方が無い。俸給を頂く武官なら悩むでしょうね(笑)


だから今、私が怒っておきます。


あなたはもう怒られました。帰国したら商会を調べる手順を抜き、ハーヴェスの手を汚さず他国の武力でルーベンス商会を接収する絵図を書いた政務武官に帝国の武官として恥を知れ!と怒ればいいんです(笑) 


帝国のプライドは頭を下げる事では失われません。いさぎよく間違いを認める事でもプライドを守れることを知りましたね?帝国のプライドはそうやって守ると思いますよ。


バスティーさんからも勿論の事、提督からも間違いなく宰相に報告が行く筈です。現場で何が起こったのか、この艦隊の全ての将兵が見ています。ハーヴェス艦隊を失いかねない危険な絵図を書いた者は震えあがるでしょうね(笑)」


「教えておきます、自分の責任を少しでも軽くするためにルーベンスを陥れようとした国首、領主の補償額をあなたの権限で上げるのはアリですよ。商会長の長男、子爵家当主に指示した者がいます。上の指示者が責任を取ればいいのです」


「は!そのように」


「それでは、コアさん。後はよろしくお願いね」

「はい。アル様、お任せください」


「それでは失礼します」


手を振りながらアルは消えた。


アルを見送ったバスティーはため息をいた。


「15時だ。今日は休もう、補償案件は明日だ!(笑)」


海軍政務武官バスティーはファゾに言った。




次回 330話  トークと歌謡ショー

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               思預しよ

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