第127話  縮地の真実



朝を食ったら帝国公爵と勝負に出る。


公爵に全ての情報を開示させる。あと20日以上ある。

公爵を伴い一気に私兵を隷属する。

鉱山の獣人奴隷を隷属する。



巨悪の全てを制圧する。


・・・・


公爵邸に行くのも不思議なほど怖くなかった。


公爵の執務室で詳細な地図を求めた。

奴隷に関する情報を求めた。

隠し資産の情報を求めた。


各国の詳細な地図と奴隷交易路が出てきた。

そう、奴隷ロードが記されていた。


奴隷を集める拠点貴族メンバー。

実行する国の籠絡した貴族の名前。

部族連合国。獣人部落の情報屋の獣人。

強請った、侵入した、逆らった者の末路のリスト。

奴隷狩り実行、略取実行に関わった者のリスト。

他国で保全の財産リスト。


人の腐りを視た、どうしようもない腐りを視た。

世界の真ん中で大声で糾弾したかった。

救えない欲にまみれた者を無くしたかった。


忠告を無視すると火事になる。人質を取る。逆らう者は殺す。

過ぎた要求者は消える。邪魔な者は踏み潰された。

実行者リストまで作り、加担した者も永久に縛る。

私兵団が大活躍していた・・・獣人だけじゃ無かった。


蹂躙する者達と泣き叫び許しを請いながら消えて行く者。師匠でさえ拷問を怖がったのが良く分かる。


精神耐性が無ければ覗けない世界を視た。

叫びたかった。怒れば簡単に思えた。



同じ怒りがあった。思い出した。

俺に怒る力があるから叫べるだけなのだ。

怒って叫んで潰すなら、一年の教室にぶっこむのと同じ。


不思議に憤怒の心は消えていた。


この世の人達は家族がある、家がある、親族や仕事がある。叫びたくても叫べないのだ。人の世の中で抗えない一生を終えて魂は磨かれた筈なのだ。


人として許せないのは物質世界に生きる俺のエゴだ。


神は何もせずに静かに見守っている。


俺に教えて無い、何一つ指示してない。


それが何よりも高次の者の証しだ。


神が是と認めている世界なのだ。


神は何もしないのを知っている。


でも俺はそれを知る。なのに出会う不思議。知る不思議。あっちで俺が野球に出会い、監督に出会い、天才に出会い、野球をやめたからこそスキルを得てしまう不思議・・・今、この世界にいる不思議。


宇宙を統べる神達ですら把握できない数奇な運命。


俺は俺の思う通りに物質世界で足掻くさ。


例え使徒でも物質に囚われる人である事に違い無い。



秋本なら優しい対価を求めるかもな?と思った。


帝国が創り上げた集大成の巨悪を許す対価を考える俺がいた。


ここまで保身に知恵が働く男。死ぬまでこの国の民を守ってくれるなら腐った悪知恵の使い様もあるさ、と考え直した。



・・・・



情報の一式を手に入れ公爵の子になった。


6名の護衛も引き連れ領地の公爵邸に跳ぶ。

一辺12km×9km程の唯一の草原地帯がそのまま領都。


北西に面する大山脈は年中雪が積もる大山脈だ。

耕作可能地を領地に持つ帝国貴族は1000年以上前から農場で獣人奴隷を飼育して家族にし増やし、農場で一生を終わらせた。


公爵領20万人の繁栄は人口密度の高い領都に出ている。1k㎡1400人弱、あっちでも大都市にランクインだ。


領都人口15万人。騎士団6000人従士4000人、守備隊3000人。私兵6000人。己の権益を守るための街。それを食わすに足る鉱山。それは鉱山の獣人奴隷の歴史そのものだ。聖教国のルールを聞く訳など無い。獣人排斥の街、この領が国なのだ。



応接に跳び、まずは公爵邸内の序列の高い者から呼びだしてもらう。応接に座る公爵の膝に乗り子供らしくして待つ。


次々と使用人が呼ばれて応接に並んだ。メイド以下何名。執事以下何名。料理長以下何名。公爵の牙城を浸食していく、安全圏を増やしていく、隷属紋を刻んで誓約して行く。


アルは粛々と誓約し、何も命じぬ主人になって行く。主人の命令を嬉々として待つアルにとって安全な奴隷に変えていく。


何度目かのグループだった。隷属紋を刻んだ使用人がドアに向かった瞬間に鳴った。



危機感知が鳴った。



眼がと情報を叩き込む。



え!と気付くともう終わる寸前だった。


俺の真横から首に向かって刺客の剣が迫っていた。


そんなに早い訳ではない。師匠よりは遅い剣。


でもどうしようもなかった。


その軌道は間違いなく首にクリティカルだった。



終わる!と走馬灯が回る間も無く刃がゆっくり迫る。


ゆっくり、ゆっくりと首に滑り込む輝きを見ていた。


それは時間が限りなく引き伸ばされた世界だった。


迫る刃が己の首に当たる瞬間を凝視する世界。


それが首に滑り込んだ。



「ばふっ!」

(たすけるです)



気が付くとシェルが剣を包み込んで受けていた。

目を剥いて超驚く相手の顔が至近距離。


慌てて麻痺の連打。ズドドドドド機関砲のような連射。


それぐらい焦っていた。

ハッ!と気が付いてから隷属してゲッシュした。


(    シェルー)

(アル様守るです)

(  うん しんでた)

(シェルがたすけるですよ)

(  うん ま た た すけて   )

(はいです)



少しの間放心していた。


気が付くと一人椅子に座ってた。


横で公爵と護衛が刺客をボコボコにしていた。


ガゲッツ公爵と6人の護衛が血だまりで憤怒の形相。

腹に6本の剣で床に縫い付けた上、身体強化の袋叩きで蹴りまくってる。ほぼ死んでいた。耳が削げて顎まで折れてる、まったく防御も出来ず酷い状態だった。



我に返った俺は、凄い勢いで最大Lvの大ヒールした。



今の恩寵の現象を良く視た。

俺の眼を搔い潜った仕組みが知りたかった。


公爵邸の私兵団長だった。


この刺客は傭兵団:雷雲の団長、やっぱり師匠並みの凄いのいた。公爵の護衛状況で検索したから傭兵団の猛者は引っ掛かって無かった。構成する団員の数は暁より上の6000人。


こいつは危機感知をセンサーにして俺を特定してきた。危険が迫るとムズムズするらしい。


ムズムズする方へ寄って来て俺を視認。

視認した瞬間に俺のアラームが鳴った。


縮地を理解してしまった。

確かに仙術の欄にある。ラノベで勝手に転移に似た戦闘技術と思っていたが違っていた。この様な使い方は聞いた事も見た事も無い。窓の外からの縮地の奇襲攻撃。


それは仙術だからと言える技だった。

相手の場所を我が地に縮める。それが縮地だった。勝手に物理系だから相手と直線で繋がって無いと転移出来ないと思い込んでいた。


距離を縮める恩寵。転移してるんじゃなかった。似て非なる技だったのだ。自分が行って無い。相手が来ていた。それは相対的な感覚なのかもしれないが、間違いなくこいつは斬っている。


ムズムズする警鐘が近づくにつれて大きくなる相手、見た事の無い危険な奴を瞬時に殺す一択で自分から来やがった。


過去には一度も失敗した事のない必殺技。今回初めて失敗した必殺技。危機感知と縮地の恩寵複合技として使っている。それを理解した上で使ってやがる。雷雲がゴロゴロと近付き稲光と共に雷が走る。上手い名前は確かに雷だわ。


公爵の膝の子供。その首を躊躇せず刈りに来る私兵団長。25m先から跳んで来やがった。


年季が違う。危機感知する野郎を見物して殺りに来る根性が凄ぇ。その経験と恩寵の使い方を視せて貰った。ムズムズする危険の種は間違い無く潰すの一念だった。危険を感知したら潰すの一念。


危機感知は危険を嗅ぎ出す第六感。

自身で発現させて磨くと、こんな子供が危険と嗅ぎ出せる。


ゾッとして公爵の護衛の危機感知も視た。

この護衛も多分同じ域だ。こいつは気配察知と危機感知をリンクしてる感覚だ。これも恩寵の複合で一体化していた、その察知は15mの同心円。


気配察知した瞬間に危機感知の恩寵で悪意を判断。その感覚は同時!敵を感知した瞬間に襲って負けたことがねぇ。自動迎撃システムかよ!ファランクスだわ(笑)こいつが縮地持ってたら昨日死んでたな。


マジかよ!15m圏内に入った瞬間に迎撃態勢取ってないとやられるって一体。ちびるわ。よくこいつに勝ったな(笑)


公爵邸ではリアルで視てたから助かった。俺も知らぬが仏だわ。


俺は今、自他ともに認める公爵の子供だ。しかも公爵の命で使用人を集めている状況で襲われるとは思って無い、当然何も心配してなかった。わざわざ検索など必要無いと思っていた。変に検索掛けて危機感知持ってる奴は逃げ出すとも思ったのだ。


バカな俺は今気が付いた。

公爵横に置いて自由に歩いて、全員いきなり麻痺で良かった。とにかく公爵邸の全員隷属してからだ。


私兵が獣人村に火を付けて、村人が出てきた所を一網打尽にしてるからな。奴隷狩りは無期って決まってるんだよ。


私兵全員麻痺にして恩寵を全部奪った。奪った上に鉱山奴隷で一生働いて貰う。雷雲の傭兵団6000人の労働者を確保だ。今は何もしない。



領都公爵邸は制圧。


獣人奴隷の鉱山に公爵と護衛を連れて跳んだ。



もう遠慮は無かった。


鉱山内部の奴隷指示系統。監督官を制圧しては大声でゲッシュしていく。関係者の恩寵は全て剥奪。


獣人奴隷は隷属紋付けてゲッシュして確かめた。

隷属紋で俺を主人と思ってるんだけど、先に受けた隷属紋の主人の命令のまま働き続ける。俺の方が命令権が上になるだけだった。


関係者合わせて25000人が暮らす施設って分かる?

俺の高校の生徒1000人の25倍が暮らすんだよ。

想像つかないでしょ?


余りの凄さに顎が外れる規模だよ。

坑道とかの穴じゃない。大ホールか大空洞だ。

ギリシャの神殿みたいなぶっとい石の柱が何本も30m程上の天井に伸びている。


スズメバチの丸い巣を中から視る感じかもしれない。


1000年以上掘って続くってすごいよ。今現在2万人だ。元々奴隷国家だった時には何人居たのか・・・大山脈の内部に凄まじい敷地が出来ている。


地層に埋め込まれている部屋と言う部屋。吹き抜けから見上げると蜂の巣状の何段にもなる階層になっている。遠近感がおかしくなるほど続いている。


見上げるだけでは無い、見下げても巨大な地下水のプールまで吹き抜けが有る。


高い壁には金色の太い筋が縦30m×横600m程続き、足場に乗って掘っている。金の筋に沿って1段30m程の階層を作っていく感じだ。斜めに金の帯がある所は吹き抜けになっている。


人ってこんな凄い物を作れることに驚いた。

あっちだったら間違いなく負の世界遺産だ。


壁に蟻のように取り付く奴隷に視線追尾式ホーミング隷属紋だ。やればやるだけ10人、20人と奴隷紋を付けられる数が多くなるのは並列思考が慣れて来てると思った。証文も最初はモタモタしてたのが今は瞬時に書き換えが進んでるからな。


穴蔵の中を掘ってると思っていたけど全然違った。


超デカイ魔法ランプが無数に煌めく。

どうなってんだと視ると大きな吸魔石が入れてある。


どんどん隷属して行った。獣人奴隷も見張りも護衛も生活を担う奴隷も子供奴隷も・・・獣人村を襲撃して帰る雷雲傭兵団に出くわした獣人冒険者PTも一緒に捕まって奴隷になっていた。


水源も豊富なのかわざわざ外の川から金鉱の中まで水路が作ってあり、奴隷が水を汲んでいる。一大工業団地の様になっている。


そうだよな、奴隷にして縛っても生活させないと一生労働力を絞れないから村の生活みたいになってる。


夫婦も勝手に決められて隷属のまま家族になって子供まで育つ世界。見れば見るほど吐き気がするおぞましさだ。人が獣人を飼ってる世界がそこにあった。いや人が人を飼っている世界だ。


しばし放心状態で奴隷たちを見ていた。


いや、検索した時お前は見た筈だ、あっちの世界でも当たり前にある世界だ。見たじゃないか農園で飼われていた人達を。


知ろうとしたら幾らでも知れた世界だ。知る事と現実を見る事のギャップで驚いているだけだ。こっちに来て初めて知ったお前がバカなだけだ。現実を嚙み締めろ。



こんな人たちを俺は救えるのか?


それしか知らない人達を世に出していいのか?


金を掘る事が生活。それしか知らない人達。


洞窟の世界しか知らない赤ん坊の様な大人だ。



ハッ!と気がつくと作業を続ける。

悩みながらも隷属紋を刻んで誓約していく。

目の前の事をやらないと一歩も進まない。


そのまま金の採掘場から大空洞を下りて行くと掘った土から金を取りだす工程だ。学校の校庭の何倍も広い地下水のプールで獣人が蟻のように働く。


それは砂金取りと同じだ、地下水に群がり大きなタライに水を入れては比重差で選り分ける。


砂粒みたいな物から空豆大まで様々だ。

視たら1kgを越えるのもたまに出る。

こんな物のために親が命より大事な子供を!クソバカたちが。


ロセとミニスのお母さんが朝まで探し回って翌日寝込んでいたのを思い出した。



大山脈しか出ないという。視ると火成岩という地中から噴出したマグマに金は含まれている。余りに大きな空間で大きな話なので驚いた。千年以上も人が掘るとドーム球場何個分にも渡る考えられない巨大な空間が目の前に出来ているのだ。


最後は食料に携わる奴隷と搬入する外の商人達。

領主の息の掛かった商人の隊商がものすごい数出入りしている。街の門を守衛が守らないとこんな感じだろうと言う様にゾロゾロと荷馬車が流れ込む。


毎日2万5000人を賄う食料。


積み下ろすのも獣人奴隷だ。

こりゃ幾ら居ても足りないわ。掘れば掘るだけ人が要る。


商人まで含めて全部隷属紋で制圧して行った。

ここの出入りに看破持ちが居た。2人でダブルチェックだ。

もう必要ないので奪っておいた。


全部の巨大な蜂の巣空間を回って隷属しつくした。

もう聖教国次第でいつでも送還できる。ここの2万3千人程の奴隷は助かったも同然だ。


7時間も掛かっていた。今日だけで3万人超える隷属をした。公爵邸と私兵、商人までやってる。時間掛かる訳だ。


公爵と護衛を帝都に送り言い直す。


「俺は子供じゃない。主人だ」

「仕事しろ」



ロスレーンに帰った。


アニーにお茶を煎れて貰って気を静める。

生まれた場所の違いであの生活を見ると気が滅入る。

物心つくと目の前に金採掘。当たり前に人生を捧げる世界。


普段の自分に戻るのにしばらく掛かった。



・・・・



傭兵に行ってた暁のマルクさんが合流してた。

夕食の時に紹介されて、明日の朝に模擬戦やってくれるという。何日かしたら副団長達帰っちゃうのかな?と寂しく思うがしょうがない。


食事後師匠の所に行った。

マルクさん達5人と話し込んでいたが、ちょっと外してくれたので重要な事を確かめた。


「縮地って相手を引き寄せて剣を振る感じですか?」

「俺は走り込みながら叩き斬る感じだな」

「ん?・・・」

「何だ?」

「師匠走って無いじゃないですか」

「感じがな。そんな感じだ、縮地した瞬間に斬ってる感じ」

「・・・・あ!いいのか。そんな感じで」


「何の話だ?」


「今日、縮地持ちに殺されそうになって・・・」

「何!マジなのか?」そこで俺を笑わせんな(笑)

「マジですよ!やっつけたけど知ったんです」

「何をだ?」


「なんか私を引き寄せて斬ってるんです」


「おー!そんな感じだ」今度は一緒と言いだした(笑)


「私、導師の転移と師匠の縮地が一緒と思ってたからビックリして死ぬ寸前でした。首のここまで刃が来てました」


「あと2cmじゃねーか!(笑)」

「笑い事じゃ無いですよ(笑)」


「老師の奴とは完全に別だな、あれって一つの動作しか出来ないだろ?跳んだ瞬間は動作が止まってる」


「あ!良く分かりますね。行く場所にマークしたらそこ目掛けて跳ぶのに他に意識向けられないです」


「俺のはな、何かしながらそこへ行ける。斬りながらでも蹴りながらでもそこへ行ける」


「安心しました。さすが使ってる人です」

「お前、見てたじゃねーか」

「え?」


「魔爪根しながら縮地でそのまま斬ってたろうが。キラーバイソンもオークも倒木も。縮歩でも斬ってたぞ」


「あ!」

「だろうが!(笑)」

「見てても普通過ぎて気が付きませんでした」

「俺の心配より死にかけた自分の心配しやがれ(笑)」


「・・・」



「もういいです。師匠帰っていいです(笑)」

「おぅ!気を付けろよ(笑)」鼻笑いして帰っていく。



心配したのに。ちくしょう!




次回 128話  メイド長のお使い  

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