第38話  手作り弁当



8月7日(金曜日)



午前の講習が終わった。



訊きたい問題があるにも関わらず、後ろ髪を引かれながら秋本、三保さん、宮崎さんと屋上に向かった。すぐに秋本は三保さんと宮崎さんの持つ保冷バッグで気が付いた。


アイコンタクトで会話する。屋上前の踊り場に四人が先着した。三保さんと宮崎さんがレジャーシートを敷き総菜パックを並べる。


それぞれ四パックのおかず。卵焼き、弾けるウインナー、厚切りベーコンを焼いたもの、ちくわにキュウリとハム巻き、同じくチーズとハム巻きと色とりどりだ。三保さん、宮崎さんはおかずの係らしく、おにぎり来るまで待っていてねと言われる。


わーいと笑顔でウンウン頷いていると、六人が固まってやってきた。おかずのパックを見ながら箕輪さん、服部さん、橋本さんが周りにおにぎりを置いていく。


三保さんから説明される。


「急に昨日の夜決まったから、家にある物でしかお弁当作れなかったの。お昼時間は全部使えるわよ。昨日盛り上がったから、撮影頑張りましょう。と言う事で野球は汗かくから最後の二十分ね、講義は汗まみれにならない様に気を付けてね。」



おかずに楊枝を刺して女子が担当の男子にアピールしている。おにぎりの世話もする。女子すげー!担当男子断れねぇよ。


俺にも三保さんが付いてくれる。


両脇の瀬尾と波多野もかいがいしくおかずを手渡されて、ゴックンするのを見られて、直ぐに次のおかずの攻撃を受けている。


橋本さんのおにぎりが可愛い大きさで波多野に手渡される。波多野の手に移ったをガン見してしまう。


母ちゃんのデカイ手で握られたおにぎりと違い過ぎだろ!


(明は勘違いしている、二児の母はおにぎりに慣れているだけだ。令子さんの手は決してデカくない。コイツは結構やらかす。腐ったの勘違いしたり、犯人と人質の症候群をチョイ悪ステキと思ったり。色々あるだろうが許してやってくれ。まだ高校生なのだ。)



強烈だ!なんだこの攻撃は!嫁か!これが嫁ってやつなのか?

初めて経験する!それは桃源郷だった。



      これが嫁のいる世界!


異世界とかどうでもいいわ!嫁のいる世界が一番だ!


そういう俺もおにぎりを早く食べろとおかず持った三保さんに見られている。食べたらその手に持つおかずが待ってるんだな。よし、わかった!可愛いお前のために頑張ってにゃんにゃんして食べきるぜ!闘志がみなぎる。


(にゃんにゃん:明の地方の「良く噛んで」の幼児語)


なんだ?この凄まじい攻撃は!脳がとろけるトンデモ威力だ!嬉し恥ずかしくて叫んで走りそうになる。


空いた手を待たずに嫁のすぐ横にお茶も待機している。



精神攻撃だ!マインドブラストだ!付加効果は麻痺だ!


三保さんが撒き散らす桃色空間に囚われた。


脳が麻痺する。



おまえら!これを見ろ!!良く見ろ!を褒めてくれー!こんなにしてるぞ!!見てくれー!ここにがいるんだ!


なん・・・


        って誰も見てねぇよ!



男子は囚われていた。それぞれ二人の世界に入ってる(笑) 絶対領域か?二人だけの絶対領域なのか?


の会話がそこら中から聞こえてくる。


三保さんと目が合う。あぁ、頭が麻痺してクラクラする。甘い卵焼きの説明。こんなに真剣に聞いたの人生初だ。同級生が握ったおにぎりってコンビニの十倍美味しい。そうだ!千円ぐらい出しても惜しくない!


これ、今年の文化祭で出したら凄いことになりそう。


「女子高生の握ったおにぎり」の看板を作ってブレザーの上からエプロンで・・・販売は可愛い娘並べて釣る!


なんかこれ文化祭で掟破おきてやぶりの反則な気がする。

絶対釣れる!じゃなくて、男なら引き寄せられてしまう魅惑のおにぎり。


いな、掟破りというか大衆が求めるならば在りだ!今年の模擬店大賞は貰った!これに勝る出店は在り得ない。行列の出来る店になるな。


ってどこまで妄想しとんねん!


ご飯炊いて女子が握って小梅入れて百円!ボロ儲け!


何時いつまで考えてんだ! 俺!しっかりしろ!


小梅じゃあからさま過ぎるから昆布も! それから離れろ!


で人気に! オイ!


周りを視てもそんな妄想してる奴はいなかった。

しめしめ、俺しか気が付い・・・じゃねーよ!


マインドブラストのせいで、不安定に。クソ!


桃色空間から、己の持ちうる経済観念を振り絞って抜け出す事に成功した。


そういえば俺以外はイケメンだったな。

精神耐性持ってんのか、すげえな!うちのイケメンは。


凄い攻撃だ。耐えるイケメンの対応をめるだけだ。イヤ、読んだ上での作戦なのか?対応を読んだ上ならば・・・

イケメンの気配りを逆手に取るか!これは絶対逃げられない。


こんなに冷静な俺が狂いそうに・・・


三保さんの手作り弁当の作戦エグイよ(笑)


マジ笑えて見てらんないよ。


考えてたら写真撮られてた。




仲良く手作り弁当を食べて、ジャンプ写真を撮りまくった。



そりゃもう、色々写真を撮った。女子が赤青黄緑桃のハンカチやスカーフ持って来たから戦隊モノのポーズとか。

女子達が首の色が映える様にスカーフを直してくれる。


俺は中心で女子から「もっと右手を上にと」ポーズの演技指導を受たりもした。戦隊の写真と見比べるから間違いない(笑)


男子が一人ずつ順に抜けて、ピンクの位置に女子が入る。レッド担当の俺が抜けると瀬尾がレッドだ。女子が鶴のポーズで立ってるだけで笑えるわ(笑)



ジャンプ写真もいいのが何枚も撮れた。


女子は炎天下にジャンプしすぎてヘロヘロになっていた。まぁ熱中症にならない様に踊り場に逃げるし大丈夫。



最後にキャッチボール。賢介はもう出来あがって上半身裸だ(笑)


「へいへい!」と言いながら三人でボール回し。三人が屋上のスペースを存分に使って球を回す。三人が三人共キャッチから流れるフォームで球を回す。「送球って押し出すみたいに見えるな」と瀬尾が舌を巻く。


元から暑いので、肩もすぐ温まる。俺がプロテクターを付け終わって屋上の角に座り、波多野がピッチャーの位置、賢介は踊り場で休憩。俺の下には膝を付いてもいいようにシートを敷いた。


ピッチングが始まった。ゆっくりスパーンと投球が始まる。少しずつペースを上げていく。波多野が「次八分でいくぞ」と宣言。ワインドアップにして徐々に徐々に力を乗せていく「スッパーン!」とミットを鳴らす。


「そろそろ始めるか?」と波多野が言うので、賢介に屋上の対角セカンド位置に入ってもらう。


「締まっていくぜー!」と賢介に声を掛ける。波多野がロジンを捨て、ワインドアップで大きく振りかぶった。


高く合わせた手が始動を始める。軸足を中心に左足を捩じり込んでタメを作る。捩じり込んだ体をそのままに左足で大きく前に踏み込み前方に体重移動。下半身で生み出したエネルギーを上半身に伝えて胸肩が回転運動に合成する。その力は流れるように肘から先へと伝えられスナップと共に指から放たれる。



高く合わせた手の始動からボールを投げた後の終了動作まで流れるような一瞬の動きだ。



スッパーン!俺は何千回とやってきた送球動作で「セカン!」と賢介に送球。波多野はしゃがんで頭上の球を追う。賢介へ「パーン」とダイレクト。 オシ!やるぞ。



「賢介ー、特等席で波多野の球見せてやるよ。これ被って当たらない位置で見な」と硬式用の両耳ヘルメットを渡す。



やる前から決めていたサインを波多野に出す。ストレート、カーブ、シュート、ドロップ(落ちるカーブ)まずは直球!「ドパーン!」 賢介が「すっげー伸びる。マジかよ!」と驚く。見たら近づいて来てたので「避けろよ、お前の頭に来たら取れねぇぞ」と笑う。



秋本と瀬尾をチョイチョイと呼ぶ。「お前らも特等席で見せてやる。」怖い怖いと逃げ回る瀬尾に予備のマスクとヘルメットを被せて俺の後ろの審判の位置へ固定。「俺の右肩から目だけ出せよ、動かなけりゃ当たらないから大丈夫だ。」


もう一丁直球! 「ドパーン」 次は落ちるカーブ 「スパーン」 シュート「スパーン」瀬尾と秋本交代。直球「ドパーン」カーブ「スパーン」「シュート」


今度は女子の見学コースね。

賢介の場所と交代して、橋本さんからヘルメット付けて見てもらう。賢介は女子にボール当たらない様にグラブ付けて女子を守ってる。


明日の波多野の担当だからな、良く見てあげてね。他の女子も波多野の球を見てもらった。


直球、カーブ、シュート、落ちるカーブ。「波多野アゲアゲだなぁ?」「ギャラリーいるからなー」「よーし!」「気合入れろー!」「もう一丁!」「もう一丁こーい!」「波多野ラスト、根性入れろー!」と距離を置いて喋りながら終える。26球の投球。全力ストレートが8球。


気付いた時には昼休憩を悠々回ってた!


「うゎ!なにやってんだよ、全員撤収ー!(笑)」



講習に三十分も遅刻した。俺も波多野も汗だく。タオルで拭いてもなかなか汗が引かなかったからだ。


誰もいない静かな廊下、上半身裸で冷房の風を求めてうろつく二人。何だこの予備校の風景は。


二十分も三十分も変わんねぇよと二人で充分涼んで、それぞれの教室へ帰った。



偶にランチの都合で遅れてくる生徒は居ても三十分遅刻は中々無かった。教室入ったら大注目。


心配してくれる六つの瞳が心地よかった。



講習の休憩時間に二百枚もの写真がALLグループのLOINに送られてきた。


考えたら恐ろしかった。一人十枚撮ったらグループで百枚なのだ(笑) ジャンプ写真や戦隊モノ入れたらどうなるのか。女子なんてキャッチボールの時撮りまくってた。裸の賢介を・・・ぐわー!


見てたら休憩時間中テロンテロンとスマホが鳴りっぱなし。女子は俺個人に送りにくいのか、グループに送って来た。今までのグループを写真専用にして、新しいグループで誘っておく。


帰りの電車で男子グループの写真を見る。ここは女子の写真密売所と化している。俺の個人LOINには、圧倒的に三保さんの写真が送られている。忖度そんたく野郎が多い、忖度出来る男達だからイケメンなんだろう。まぁ他の子は密売所で見られるから気にしない。



女子グループに至っては言わずもがな。アイドル写真即売会に押し寄せるかのごとき熱狂だった。誰も口には出さないが賢介の上半身裸に腋毛全開の写真が刺さっていた。


ガン見されていた。捕球の際の球を追う真剣な目、左手のグラブを上げているため腋は無防備、鍛えられ今も走りこむ賢介の体は汗に光るしなやかな筋肉を映し出す。エロを感じさせない男の裸は乙女の大好物であった。


波多野も頑張って投げたのに、写真は脱いだもの勝ちだった。なんで知っているって?


賢介の写真に情念が乗ってるんだよ・・・怖!


今日は大成功だったなぁ、何と言っても手作り弁当が一番だったよな。あのおかず攻撃を文字通りに食らったら、なし崩しに相手を受け入れちゃうしな、


ジャンプ写真の時もさりげなく全員が隣に写ってるしな。女子って凄いなぁ。プールの班分けなんて要らないんじゃ?


男子も多分、女子が協定組んだの見抜いたと思うけどあいつらなら絶対不快にさせないと思う。明日の班分けで男子と女子の反応を見てからだな。とりあえずは仲良くなれたから息抜き的に大成功。


夕ご飯の時に三保さんからLOINで連絡。


明日の酒井口8時6分の電車、前浜線に乗り換えてプールへ行く。俺の最寄り発が8時12分だそうです。7時45分に家出よう。



風呂から出たら早速プールの用意をする。スポーツバッグに去年の海パン(ショートパンツの青にヨットにヤシの木柄)下着、バスタオル、Tシャツ、スポーツタオル、ポーチにもバスタオルとパーカー、Tシャツ、小銭入れを入れる。



濃紺デニムにTシャツと薄い青のボタンダウンを畳んで上に財布にチケット。玄関に行き革のベルト付サンダルを置く。海っぽい感じだな。


準備完了。


明日はいつもより早いので二十三時にルーチンやって寝た。






次回 第39話 ビキニ天国  

-------------


この物語を読みに来てくれてありがとうございます。


読者様にお願い致します。


応援ポチ。☆も頂けたら嬉しいです。


ポチをしてくれる事。それはとても励みになるのです。


一期一会に感謝をこめて。よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る