華輝第五番街概略

 華輝第五番移民街、通称「華輝第五番街」。この街は華輝交易所を形成する五つの中で最大の岩石塊「ラモン環第一九番破片」の外側もとい交易所の裏、酸素濃度一割 五分かつ重力加速度五.一五メートル毎秒毎秒、幅五十キロ、長さ二百キロの五大平面地域と四百平方キロ前後の小平面地域三四箇所を大小五千もの連絡橋で繋ぎ、太陽光増幅鏡によって稀にある風のない日は温度を感じるまでに増幅された赤い褐色矮星を光源とする永遠の夕焼けのような光に照らされた強風の街だ。瑠国皇暦の一年つまり四五六日のうち四百日は風速八メートル毎分の強風が常に交易所の方角から吹き続けている。ラモン環第一九番破片内部に組み付けられた換気装置「風雲洞二二三」によりメンテナンス時でなければ常に交易所側に高気圧ができるためである。平均二十日に三回は降水するが、厚い雲を作るほど湿潤でなく放射冷却によって常に気温が低いため大抵の場合はみぞれとなる。運がよければ雨になる。そんな街が、私の育ちの故郷である。


 私は雪の融けかけている街を歩いて羅丸の家を目指した。とある角を曲がって路地に入ったところで、路地の向こうから走ってきた素足の少女が私の横をものすごいスピードで駆け抜けていった。


「待てェ、待たんかァい」


 どうやら浮浪者に喧嘩でも売ってしまったのだろう。上手く逃げることを期待するか、そう思ったときだった。背後からパアンという音が響き、チューンという風切り音とともに私の横を弾丸が通り過ぎる。


「やめろ、撃つな!大事な『オセチ』だぞ」


 そんな声が後方から聞こえた。『オセチ』とは誘拐した子供を指す隠語だ。つまり喧嘩を売った……訳ではなくどこからか連れて来られた相手は日々会か、と私は感づいた。下手に地元の反社会勢力などに喧嘩を売りたくはなかったが、瑠国の公務員として重大犯罪に分類される事件をみすみす見逃すわけにはいかない。私は私に気づいて銃を下ろしつつ走り始めた女とそれに追随して少女を追いかける男を猛追した。


「待て、止まれ」


「お、貴様はまさか……まさかあの時の!?」


 よく見るとその男はかつて私がまだ軍人でなかった頃、私の小銭しか入っていない財布を奪おうとして羅丸に蹴り飛ばされたスリではないか。


「……止まれ」


「うるせえ」


 男と女は別の方向に離散する。少女は右側に見える曲がり角を曲がろうとしたところで滑り、転んでいる。


「……スタンモードだ、我慢しろ」


 私はそう言って、男を手持ちの警鞘けいしょうで殴った。男は気を失い、倒れた。


「さてと」


 私は百メートルほど離れた曲がり角に倒れている少女に駆け寄った。私は少女を抱き起こし、近くまで迫った女を警鞘で打った。女は吹っ飛び、動きを止めた。警官に女と男を引き渡し、私は少女に声をかけた。少女は動かない。


「お巡りさん、この子の身元はわかりますか?」


 警官に尋ねると、警官は顔認証を行った。しかし、どこの星系の住民票にもないようだった。


「一時的に警察で保護しましょうか」


 そう言った警官に私は提案を出す。


「いえ、ここの治安を考慮しますと軍で保護したほうが良いと考えます」


「わかりました。軍に身柄を移します」


「さてお嬢さん、行きますよ」


 私は気を失ったままの少女を肩に担いで羅丸の家へ向かった。


「羅丸、開けてくれ。利久村だ」


 羅丸はドアを開けて出てきた。橙瑠人らしさを感じる筋肉質な腕には、包帯が巻かれている。


「その子は?」


「説明はあとだ。少し時間を借りるぞ。宗氏さんはどうした?」


「親父は二年前に死んだよ」


「ならお前が来てくれ。腕の怪我はどうした」


「嘘だろ、やっと休暇を取れたのに。それと腕はただの肉離れだ、気にするな。動きに問題はない」


「なるほど渡りに船だ」


「人の話を聞け」


「この子はいつだったかの小悪人に追われてたんだが、どう思う」


「ああ、この子は絶滅したはずの桃瑠だ。しかしどうして桃瑠が」


「ちょっと待て、桃瑠はまだ絶滅してないんじゃないのか?」


「今の桃瑠は独立した種族で、この子が属する桃瑠は橙瑠の亜種だ。橙瑠の中でも桁違いの戦闘力を持っているぞ」


「ふーん……中継基地まで行けるか」


「ああ、車を貸してやろう」


「ありがとう……じゃなくて、一緒に来てほしいんだ」


「……なんでだよ」


「君の協力があれば反乱軍を鎮圧できるかもしれない。一旦橙瑠の政府と連絡を取って、それからここに戻ってくるからそれまでの間は私と一緒に行動してくれないか」


「……そうか。仕方ないな」


 羅丸はドアを開けて、私を車に乗せた。


「ところでその女の子はどうする?」


「一時保護する。さっきの小悪人を今警察が取り調べてるところだろうが、警察の託児所よりは我々の元にいたほうが安全だろう」


「そうか。じゃあ後部座席に寝かせてやってくれ」


「わかった」


 車は三人を乗せて走り出した。

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