グンカンドリ

古井論理

血殺団の乱

旅は始まる

 私が艦長を務めていた小型戦艦「伊〇一二」は、血殺団の乱で損傷したため修理のために第八艦隊司令部に帰投し、乱の発生から三ヶ月が経過した瑠国皇紀二二六九年五月十日午後八時三十三分、第八艦隊司令部の緊急修理ドックに入った。私はそこのラウンジで防衛総隊の釜村副司令に出会ったのであった。


利久村りくむらくん、君に少し頼みがあって来た」


「釜村副司令、何でありましょうか」


 私が釜村副司令に敬礼すると、釜村副司令は「軍機密」の判が捺された冊子の表紙をチラリと私に見せた。


「ラウンジではまずい。場所を移していいかね?」


 私はコーヒーを一気に喉に流し込み、マグカップを持って立ち上がった。


「三分時間をください」


 副司令は私の言葉に怪訝な顔をする。


「どうした?君らしくない」


「もう二日は寝ていません。コーヒーをもう二杯、いや三杯飲ませてくれませんか」


「わかった」


 私はコーヒーをマグカップ三杯飲み干し、副司令に「お待たせしてすみません」と頭を下げた。副司令は立ち上がり、ラウンジを出て司令部区画に向かった。


「利久村くん、君の出身は華輝けてる交易所で間違いないかな?」


「はい」


「その前には六年間橙瑠星系の羅有為らーうぃ市にいて、カラガン動乱の戦火を逃れるために華輝交易所に移った。これも合ってるな?」


「はい」


「なら大丈夫だ。着いたぞ、特甲談和室だ」


 釜村副司令は重いドアの鍵を開け、入室した。私も入室を促され室内に入る。


「さて、華輝交易所周辺の治安状況は知ってるか」


「ええ、私が住んでいた頃から居住地域はスラムのようで、治安が悪いなどという生やさしい言葉では表せないものでしたね」


「まずはその居住区、具体的には華輝第五中継基地周辺の居住区に行ってほしい」


「私が住んでいた区画ですね」


「ああ。そこで人を探してほしい」


「人……?」


羅丸らまる宗氏そうしという人物だ。もちろんただの人じゃない、純系の橙瑠人で、元外交官だ。すでに三ヶ月間我々が手を焼いている血殺団の乱、これはひとえに機動力を重視した戦術を使った戦いに我々がなすすべもなくやられてしまった結果だ。この非常事態を収束させるために橙瑠自衛軍の協力が必要だと中央は考えた。そこで羅丸宗氏を通じて橙瑠自衛軍のリーダー良江よしえ文紀ふみき大将に協力を要請し、橙瑠自治政府にも正式に参戦してもらいたい。よって、君に与える任務は三つだ。第一に良江をこの艦隊司令部へ連れてくるか、戦術ネットワークで通信ができる状態にすること。第二に、橙瑠政府に参戦するよう要請すること。第三に、橙瑠自警団の艦隊とともに橙瑠政府のある鞍旗山あんきさんから出撃し、血殺団艦隊の本拠地たる宇宙要塞『本堂』を攻撃、血殺団艦隊を撃滅し首謀者を確保することだ。君には瑠国政府から全権委任大使の権限と橙条約に基づく連合艦隊指揮官への任命書をすでに用意している」


「なぜ私が?ほかにも適任の者がいるでしょうに」


「残念だが君以外にいないのだよ、任期内に辿り着けそうな適任者がね。それに、血殺団が使って我々が対処に手を焼いている高機動格闘宇宙戦闘方式は君が艦隊アカデミアにいる際に考案したものだ。その実証艦として作られた血甲儀仗隊専用艦隊が盟浄友士カルトに組み込まれたのだから、君には間接的とはいえ責任がある。もう一つの実証艦隊は橙瑠自衛艦隊だ、つまり君にしかすべてを収束させられない」


「では任務をいつまでに済ませればいいのでしょうか……?」


「期限は明朝から三週間だ。それまでに協力が得られる確約がなければ瑠国政府は地球連邦と対峙する全ての戦線の艦隊を割くか協和連邦外務艦隊及びアジャルア連邦艦隊に技術を流して対処への協力を要請する」


「わかりました。羅丸宗氏の子息とは知り合いですので、彼を訪ねます」


「では、明朝出発したまえ。小型船『第一九三日出丸』を君の乗艇とする」


 第一九三日出丸は「准軍艦」に分類される小型艇で、優れた通信能力と機動性を備えている。小型の船体に高出力のエンジンと単装機関砲塔一基一門、連装機銃塔三基六門を搭載しており、元は民間商社に偽装した大規模な輸送犯罪シンジケート「日出総合商社」の輸送船であった。その戦闘力は極めて高いが、速力は機関部に搭載した軍艦用のパワーブースターに依存している。そのため長時間過負荷を強いると壊れやすいなどピーキーな特性も持っていて、世話を焼かなければ懐いてくれないということから「軍艦鳥ぐんかんどり」と呼ばれることになった。そんな船に乗る数奇な旅が始まったのは、なんとも理不尽な理由で出された『秘密の特命』からだった。

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