2021.11,01


 レンガ造りの家々が立ち並び、通路の端や家の軒先には飾り彫りのされたカボチャが立ち並ぶ。そんなカボチャと共に飾られるのは笑顔の藁案山子スケアクロウと藁で束ねた蜘蛛人形スパイダードール

 祭囃子は愉しそうに鳴り響いているが町に笑う声は無く、灯りはあれど人の影は無い。町で笑うのはただ1人、銀の鍵を手にした不思議な子。

 町の大広場でくるりくるりと踊り、笑い、銀の鍵を振るう。


 不思議な子供が振るった銀の鍵、それは振るわれる度に煌めきを残す。闇夜に散った煌めきは、ここではない何処か遠くの存在を呼んだらしい。


「……なんだ、ここ」


 広場に現れたのは背の高い、栗毛色の髪が特徴的な美女。しかしその顔には明らかな警戒の色が見てとれる。


「ようこそ、お姉さん!」


 そんな彼女の足元に現れたのは、カボチャを頭に被った幼い子。銀の鍵と空っぽのバケツを手に幼子は笑っている。敵意は無いと判断したのか、彼女は膝を付き子供と目線の高さを合わせた。


「君が私を呼んだのかな?」

「そうだよ、背の高い美人なお姉さん」

「その格好といい、町の風景といい……これはハロウィンのお祭りなのかい?」


 彼女の質問に対し、子供はとても嬉しそう。顔は見えないけれど、全身でそれを表している。


「そうよ、そうなのお姉さん!

 それで貴女は、私達と一緒に遊んでくださる?」

「……構わないよ、小さなキミ

「本当に!?

 嬉しいわ、嬉しいのだわ!」


 カボチャ頭の子供は大いに笑い、くるりくるりと彼女の回りで踊り出す。稚拙ながらも強い喜びを溢れさせる、実に子供らしく微笑ましいステップだった。


「そんなに嬉しいのかい」

「ええ、ええ!勿論よ!私、とっても嬉しいの!

 優しいお姉さん、お名前はなんというのかしら?」

「マリーナだ。キミの名前は?」

名無ジャックよ、お姉さん!」

「よろしく、ジャック。

 さぁ、何をして遊ぼうか」


 それから彼女はカボチャ頭の子供、ジャックと共に踊り歌った。人の目も姿もない町で、二人は愉しく遊び回っている。

 ジャックが笑えばマリーナが笑い、マリーナが笑えばジャックも笑う。誰も居ない二人だけの舞踏会、ステップもテンポもてんで滅茶苦茶だったけど、終始笑顔と笑いに満ちていた。


「ありがとうマリーナお姉ちゃん、とっても楽しい踊りだったわ!」

「こちらこそ、ありがとうジャック。

 人と踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」

「ならもっと踊りましょう?」


 彼女の手を取り、再び大広場へと駆ける二人。中央にある巨大なパンプキンツリーの灯りが煌々と輝き、寸秒彼女の視界を奪い去る。


「眩しすぎる……ジャック、ジャック?」


 子供は彼女の手を離れ、真っ直ぐにパンプキンツリーの足元へ。


「突然ごめんなさい、お姉ちゃん!

 けれどこれは必要な事なの!」

「必要って、どういう事なんだジャック」

「あの子が帰ってくるのよマリーナ!

 貴女の愛したあの子が、帰ってくるの!」


 子供が声を張り上げると、パンプキンツリーはより一層輝きを増す。瞼越しに痛みを伴う程の光量に達した瞬間、それは花火のように弾け大広間の上空で流れ星のように舞い散った。


「……ジャック、ジャック?」

「マリーナお姉ちゃん、彼女と踊ってちょうだいね!

 私達と遊んでくれた、お礼だよ!」


 光源から目を逸らしつつ、彼女はジャックの名を繰り返す。しかしそこにジャックの姿はなく、代わりに一人の女が立っている。元の明るさに戻った大広間、閃光に焼かれた視界が戻った時。

 マリーナは呆気にとられた様な表情で、その動きを止めた。


「……嘘、だ。

 だって……だって、君……は」


 彼女の視界に映ったのは、あの日失った最愛のゆうしゃの姿。呆然と立ち尽くすマリーナに向かって、彼女は一目散に駆けていく。

 そして、彼女はマリーナの胸に飛び込んだ。飛び込まれたマリーナは支えきれず、そのまま二人は後ろへと倒れてしまう。


「いたた……って、マリーナ!大丈夫!?

 頭、打ってない?」


 彼女は押し倒してしまったマリーナの上から離れ、すぐさま体を揺らし呼び掛ける。


「ソレ……イ、ユ……?」


 今にも泣き出しそうな声で、震える手を彼女の頬へ当てる。失った筈の温もり、もう二度と触れられない筈の温もり。居る筈の無い、マリーナがたった1人愛した相手。

 頬へあてられた手を取り、安堵の表情を見せるソレイユ。そこで緊張の糸が解けたのか、彼女は仰向けのまま動かないマリーナの胸へと凭れかかった。


「はぁ……良かったぁ。

 受け止めてくれると思ってたのに、そのまま倒れちゃうんだもん」

「ご、ごめん」

「いいよ、許したげる」


 悪戯っ子のように笑うソレイユ。マリーナはその頭に手を乗せて、いつかそうしていたように手櫛を通してやる。ゆっくりと優しく、恋仲の男女が行うように何度も手櫛を通した。


「ねぇ、マリーナ」

「なんだい、ソレイユ」

「こうやって微睡みながら頭を撫でられるのもいいけど……私、貴女と踊りたいな。

 せっかくの収穫祭なんだし、ね?」

「……そうだね、踊ろうか」


 二人は立ち上がると大広場で踊り始める。何処かでかけられているレコードの音色にあわせて、手を重ね歩調をあわせて笑いあう。綺麗なドレスも仮面も無いけれど、二人の姿はとても輝いて見えたことだろう。

 南瓜提灯パンプキン・ランタンから漏れる淡い灯りと満点の星空、大自然の舞踏会場は二人の為だけにあるかのよう。


「マリーナ、私とっても楽しいの!」

「私もだよ、ソレイユ!

 キミと踊れるなんて夢みたいだ」

「なら、もっともっと踊りましょう!

 ずっと、ずーっと忘れないように!」

「……あぁ、勿論だとも」


 満面の笑みでソレイユは笑う、それはマリーナが見ることの叶わなかった笑顔。最愛の彼女が心の底から笑った顔は、きっと何よりも輝いて見えた事だろう。




 ──────…………しかし、物事ゆめには必ず終わりが来る。

 満点の星空は白み始め、それにあわせてレコードの音楽も消えていく。優しくも妖しい光を灯していた南瓜提灯パンプキン・ランタンも、既に光の大半を失いつつあった。


「……はぁ、もうお仕舞いか」


 子供のような膨れっ面で残念そうに呟くソレイユを、マリーナは優しく抱きしめていた。


「残念だけど、そういうものだよソレイユ」

「わかってるよ……わかってるけど、もう少し……って思っちゃうんだ」

「そう、だね……私も君と、このまま……なんて思うよ」

「そっか……──」

「……けど、ごめん。私にはまだやることが……やらなきゃいけない務めがあるらしい。

 だから、まだ君とは行けそうにない」

「わかってるよ、

 私はお利口さんだから、待っててあげる。

 だから、しっかり終わらせてくるんだよ!

 それまで私待ってるから、ずっと貴女を待っているから……だから……」


 それまで気丈に振る舞っていたソレイユの声は、みっともないくらいに震えていた。そんな彼女をもう一度優しく包み込むように抱きしめ、その耳元でマリーナは囁く。


「大丈夫、全部わかってるよ……

 だからさようなら、ソレイユ。

 全てを終えたらきっと、君の元へ会いに行く──」


 伝え終えた瞬間、無人の街は太陽の光に晒された。陽光が全てを照らし、在るべき姿へと戻していく。マリーナの腕に抱かれていた彼女は、けるようにして消えてしまった。



「……どうかしら、マリーナお姉ちゃん。

 私からの贈り物は、楽しんで頂けたかしら……?」


 巨大なパンプキンツリーの裏から現れた件の子供は、俯きながら恐る恐るといった様子で尋ねる。


「とても良い時間だったよ、ありがとうジャック」

「それは良かったのだわ、マリーナお姉ちゃん」


 嬉しそうに笑う子供ジャックの前でしゃがむと、マリーナは子供の頭を優しく撫でた。


「素敵な時間になったのなら何よりだわ、マリーナお姉ちゃん。またいつか、感謝祭ハロウィンの夜にお会いしましょう!」

「わかった。その時にはまた、愉しく踊ろう」

「約束よ、マリーナお姉ちゃん!」


 子供ジャックは手にした銀の鍵を振るい、空間に煌めきを残していく。それが五芒星を描いた瞬間、彼女の姿は消えていた。





 向日葵の丘、その中心に光る五芒星が現れた次の瞬間にマリーナはそこに居た。

 見慣れた向日葵畑、崖の岬に建てられている馴染みのある一軒家。元の世界へ戻されたと理解したマリーナは、その場から動かず空を見上げていた。

 恋慕と寂しさの入り交じった表情で、彼女はここではない何処か遠くを見詰めている。

 愉しい夜の余韻は長く緩やかに。一夜の幻だったとしても、あの思い出は彼女の中に残るだろう。
















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